CASE.07 ようやく私の心を満たしてくれる、つまらない灰色の世界に彩を与えてくれる存在に出会えたというのに……。 by.ラインハルト

<Side.ラインハルト/一人称限定視点>


 私、ラインハルト・ディアマンテ・アダマースはアダマース王家の第一子、つまり王太子として生を受けた。他に二人の弟と三人の妹がいるが、この国の次期王位は最初に生まれた男児なので、私が死なない限りは弟達が国王になることはないだろう。


 王位につくことに興味はなかった。アダマース王家に「次期王位は最初に生まれた男児」などという決まりさえなければ、私は王位継承権を放棄したかった。


 とにかく、年頃の娘を持つ貴族達が婚約者候補を連ねてくるのが面倒だった。

 私は自分でいうのもなんだが、なんでもそつなく熟すことができた。

 剣術や学問、大抵のことは少し手解きを受ければなんでも習得できた。家庭教師達は「神童」だと褒め称えたが、一体何が素晴らしいのか。全く努力もせずに何でもできてしまえば、何も残らない。楽しい経験も、面白さもない……それが、私に強い劣等感を抱かせた。


 王宮には様々な人間がやってくる。打算に溢れ、お別科を並べ立て、その裏で腹を探り合い、蹴り落とし合い、そうして更なる繁栄を目指す貴族達。人の考えを読むのにも長けていた私は、そんな見たくもない人間のドロドロとした部分を沢山目にすることになった。


 婚約を結ぼうとする貴族令嬢達も、既に打算が見え隠れしていた。

 野心に満ちたギラギラとしたあの目――あの悪意に満ちた伏魔殿と、何事にも楽しさを見出せない下らない天が与えた才とやらのことが、私にとって大きな苦痛だった。


 そんな私の退屈なまま終わる人生に一つの区切りがつけられた切っ掛けは、マリーゴールド公爵から「初めて城に娘を連れて来るのですが、城の案内を娘と歳の近い王太子殿下にお願いできないでしょうか?」という打診だった。

 まあ、良くある話だ。「自分の娘を気に入ってもらうことができれば、あわよくば婚約者に」ということは。


 マリーゴールド公爵は社交的で性格は明るく、学問に秀でていて、身体能力も高く、色気に溢れた美形だったため、社交界では高い人気を誇っていたそうだ。

 そんな彼は、人見知りが強く顔立ちもきつかったという公爵家の三女を娶り、多くの彼を狙っていた独身令嬢に衝撃を与えたという。

 現在は、子煩悩な父親としてかなりの評判を広めていて、甘やかされて育った一人娘は我が儘放題の高慢令嬢なのだそうだ。そして、その彼女が今回、案内しなければならない令嬢なのだという。


 私は我が儘放題の子供は苦手だが、計算高い貴族達よりはまだマシだ。それに、かなりの力を持つマリーゴールド公爵の頼みを断ることも難しい。

 マリーゴールド公爵の申し出を承諾した。



 ◆◇◆◇◆



 そうして対面したロベリア・ノワル・マリーゴールド令嬢は甘やかされて育った我儘で高慢ちきな頭の悪い令嬢だった。

 寧ろ、よくここまで「世界が私を中心に回っている」とでも言わんばかりに傍若無人に振る舞えるものだ。


 そんなロベリアにベタベタ付き纏われ、私はうんざりした。

 確かにこれまでにない珍しい令嬢ではあった。ここまで王太子と公爵令嬢、その身分差を意識せずに王太子である私に高慢に接してきたのはこの娘が初めてだ。


 私は確かにこれまでの悪意に満ちた人の皮を被った悪魔達の棲まう伏魔殿からの解放を望んでいた。そんな世界を破壊してくれる、そんな存在を望んでいたが……うん、これは違うな、と確信した。

 これは私が望んでいる存在ではない……確かに、彼女は悪意に満ちた人の皮を被った悪魔ではないが、そもそも打算もなく根底にある野心を剥き出しにした別のベクトルで厄介な存在だった。


 そんな彼女は私に一目惚れをしたらしい。普段からやっているのだろう得意の「おねだり」でマリーゴールド公爵に私との婚約を強請った。

 困った顔をしながらも、マリーゴールド公爵はそれ自体には特に異論はないという様子で父上と話し、あっという間に私とロベリアの婚約が決まってしまった。


 ロベリアはそのまま嬉しそうにマリーゴールド公爵と共に帰っていったのだが、私はこれからあの傍若無人な悪魔のような女に振り回される人生を送ることになると思うとゾッとした。

 だが、決まってしまったものはどうこう言っても仕方がない。こうなったらこの婚約を貴族の婚約者をあてがおうという作戦から身を守る防波堤に利用しようと、そしてその婚約を使い潰して、いいところで切り捨てようと。

 そう決意して、私はロベリアとの婚約にようやく向き合うことができたのだが……。


「どういうことですか? ロベリアが婚約の解消を願っている?」


 私は使用人の一人からその情報を聞き、流石に堪忍袋の尾が切れた。

 あれだけ振り回して婚約を結ぼうとしたあの我が儘女が、今度は婚約の解消だと!? 私はあの女にどれだけ振り回されればいいというのだ!!


 あの時ばかりは冷静ではいられなかった。父上とロベリアが一対一で父が使う応接室の一つで会っているという話を聞き、すぐさま向かった。少し隙間を開け、私は二人の会話の一部始終をしっかりとこの目で見ることにした。抗議の声を上げるなら、全てが終わった後でも問題はない。


「セージから話は聞いている。婚約を解消したいそうだね。何らかの心変わりがあったと聞いているが、とても弱気な理由から婚約の解消を願っているようには見えないね。寧ろ、夢を追いかけるために婚約を解消したい、とても前向きな理由からの婚約解消に思える。前に会った時よりも精悍としている」


 父上の言う通り、ロベリアからは数日前にあった時の高慢な性格が微塵も感じられなかった。

 まるで人が変わった・・・・・・かのように淑女らしく椅子に座り、父上と向かっている。彼女はここ数日で貴族令嬢らしくなったようだ……そんな簡単に人は変われないと思うのだが。


 父上によれば、ロベリアは「わたくしは王太子殿下には相応しくないと思っております。とても国母として国を支えていけるとは思えません」と弱気な理由で婚約の解消を願っているそうだ。

 あの高慢な令嬢ならば、まずそんなことは言わないだろう。私と釣り合うかどうかではなく、私がロベリアと釣り合うのか、そういう目線で考えそうな傍若無人な令嬢だったからな。


 父上の仰る通り、何か他に目的や打算があるのだろう。正直、私との婚約は多くの貴族が求めるもの……それを手放してまで叶えようとする目的があるとは到底思えないが。

 数日前まで手に取るように分かっていた高慢令嬢の心はたった数日で分からなくなってしまった。


「さて、婚約の解消だが一つだけ条件がある。その条件をクリアしさえすれば、私はロベリア嬢とエドワードの婚約解消に協力しよう」


 父上はその婚約解消に賛成のようだ。……だが、条件とは何だ? どういうことだ?

 私の知らない間に、私とロベリアの婚約の話は私も想像だにしなかった方向へと進んでいく。婚約の時と同じだ、私は当事者なのに蚊帳の外か。


「条件……ですか?」


「これは君にとっても都合のいい話だと思うがね。条件とは、君が夢見る王国刑事部門で結果を残すことだよ。君が捜査官として優秀であることを私に認めさせることができれば、君は夢を叶え、婚約という柵から解放される」


 どういうことだ? 何故、ロベリアが王国刑事部門への所属を夢見る? あそこは王族でも手が出せない司法と行政の独立機関だぞ。

 まさか、王族以上の権力を望んでいるということか?


「……一つよろしいでしょうか」


「構わないよ」


「王国刑事部門は国の影響を受けない組織とお聞きしておりますわ。例え国王陛下であろうとも、王国刑事部門の人事操作はできない筈でございますが」


「確かに、私にもできることとできないことがある。本来・・なら、王国刑事部門への干渉は私の力を持ってしても不可能だ。ただ、今の総監殿は学園時代の同級生でね。古い友の頼みであれば、断ることはできないんじゃないかな?」


「なるほど……そういうものなのですね。……分かりましたわ。国王陛下が提示してくださったもので構いません」


「二人でいる時はエドワードで構わないよ。これから何度も会うことになるだろうし、そう堅苦しくしていては気疲れするだろうからね」


「……畏まりました。エドワード陛下、一つだけお願いをしてもよろしいでしょうか?」


「何だね?」


「王国刑事部門に所属するに際して、無条件で資格を得るというのは他の努力なさっている方々に対して失礼でございますわ。わたくしも実際に試験を受けて捜査官の資格を得て、その上で賭けに臨ませて頂きたいのです」


 まるで別世界の話のようだった。俺を置き去りに、二人は話を進めていく。

 もう頭の悪い高慢令嬢の姿はどこにも無かった。


 私でもようやく理解できたのは、ロベリアが婚約の解消を望んでいることと、王国刑事部門への所属を願っていること。

 ただ、これまでの欲しいものは何でも力尽くで手に入れる彼女と違って、何一つズルをせず真っ当に、その職務に向き合おうとしていることが分かった。


 何故、そのような考えに至ったかは分からない。

 だが、真っ直ぐ向けられたその瞳は、これまで見たどの宝石よりも輝いていて、美しいと思った。これが人間の信念なんだと、正しい在り方なのだと、一目見た瞬間に私は理解した。


 あの宝石を、私は手にしたいと本気で思った。何故、このタイミングで婚約解消を願うのだと、激しい絶望感に苛まれた。

 ようやく私の心を満たしてくれる、つまらない灰色の世界に彩を与えてくれる存在に出会えたというのに……何故、何故ッ!!


「ははは! ロベリア嬢は真面目・・・だな。分かった、君には実際に試験を受けてもらう。勿論、一度きりのチャンスではなく、他の受験者と対等に、毎年チャンスをあげよう。ただし、君は公爵令嬢で大人びているもののまだ八歳だ。君では絶対に突破できないであろう体力検査については免除の方向で、それ以外の試験を受けてもらう。それでよろしいかな?」


 愉快そうに父上は笑った。だが、私には父上が笑うことで必死に何かを誤魔化そうとしているように見えた。

 あれほど泰然自若とした、王の中の王の如き父上が、何故、齢八歳の少女に恐れを成したのか。


 父上はその場での婚約の解消を断った。それは世間体を気にしてのことか? いや、それならば条件を出す必要はない筈だ。

 何故、父上はロベリア嬢との婚約を解消しなかったのか? もしや、彼女が公爵令嬢だからか?

 マリーゴールド公爵家は大きな影響力を持つ、その力を持ってロベリアが自らと対峙することを恐れたのか? それならば、王妃という役割に押し込めて、管理下に置いてしまおうと……いや、荒唐無稽な話だな、そんなことがある訳がない。


 ロベリアが部屋から退出した。部屋の扉の隙間から中を覗いていた私に気づいていたのか、部屋の中からは見えない位置で黙礼して去っていった。

 やはり、ロベリアはもう高慢令嬢ではないのだと、我が儘な子供ではないのだと強く実感した。


「歴史は繰り返されるというのか……ショウインジ」


 部屋の中で父上が普段の彼からは想像もつかない怯えた様子で、口にした言葉が耳朶を打った。

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