元悪役令嬢捜査官ロベリアと相棒リナリアの事件簿〜高慢令嬢から一転推理大好き捜査官になっていた悪役令嬢のロベリアの相棒に選ばれてしまった聖女でヒロインのリナリアはハーレムルートを捨てて難事件に挑む〜
CASE.04 中世ヨーロッパ風の世界観の異世界なのに、何故仏教思想とか警察機構とかが存在するのかしら? 設定警察が召喚されてしまうわよ! by.ロベリア
CASE.04 中世ヨーロッパ風の世界観の異世界なのに、何故仏教思想とか警察機構とかが存在するのかしら? 設定警察が召喚されてしまうわよ! by.ロベリア
<Side.ロベリア/一人称限定視点>
前世から思えば「凄い趣味ね」と言いたくなるようなピンクの天蓋付きベッドで寝ていたわたくしはベッドから起き、クローゼットに向かった。流石は上級貴族。クローゼットも大容量だったわ。
その中から目当てのもの――薄手の布――を見つけると、捻って縄のようなものを作り、ベッドに横になって首に巻き付けた。
「さらば、第二の人生。……来世にワンチャン」
「お待ち下さい」
……ちっ、勘のいい奴。と思いながら、わたくしは部屋の中に突入し、首に巻き付け、絞めようとしていた布を奪ったメイドに視線を向けました。
メイドは薄い蒼髪に氷のような冷たさを内包した碧眼の女性……名前はデルフィニウム。わたくしの専属メイド。
「どうやら意識が混濁しておられるようですね。新人メイドの不始末で熱々の紅茶を頭から被って意識を失うとなんともコメディな……いえ、前例のないような意識不明の状態に陥っておりましたが、気分はどうですか?」
「最低の気分よ。自殺をしようとしたのに、どっかの誰かさんに止められたせいでね」
「失礼ながら、お嬢様はこれまで人生全てが我が世の春とでも言わんばかりに傍若無人な行いを繰り返し、それはそれは充実した日々をお過ごしだったとは思いますが、何かご不満でも?」
「ズケズケ言うわね……貴女そういう性格だったかしら? ツーといえばカー、逆らうことのない影みたいな、面白味のカケラもないメイドだったと記憶しているのだけど。……何故恵まれたわたくしが自殺を考えたか、でしたっけ? この世界に推理小説がないことが分かったからよ! これから何を楽しみに生きていけというの!!」
……ドラマが見れないのは百歩譲って仕方ないと思うわ。でも、推理小説がないって何よ!
まあ、確かに世界初の推理小説は、一般的には一八四一年のエドガー・アラン・ポーの短編小説『モルグ街の殺人』と言われているわ。それ以前にも推理小説らしきものはあるのだけど、いずれも中世が終わる十五世紀以降に刊行されている。……どこまで中世ヨーロッパ風が準拠しているのか分からないけど、ないのは当然かもしれないわ。でも、わたくしは推理小説を水のように吸って生きてきたのよ。
「はぁ。……よく分かりませんが、ご愁傷様でした? どうやら、かなり頭がおかしくなられたご様子。旦那様に一度医者に診ていただくことを強くお勧めするべきでしょうか?」
「何そのバイトみたいな無責任な慰めは! これ、絶対伝わっていないでしょう!? というか、わたくしはおかしくないから!!」
「頭がおかしくない方ほど自分はおかしくないと思っているものですよ?」
「そういうものかしら? お母さんも健常者が責任能力がないように装っているのと、本当に責任能力がないのを見分けるのって大変だって言っていた気がするけど……って違う! 流されちゃダメよ! デルフィニウムさん、いいかしら? これからわたくしが知っている限りのことを話すわ」
だんだんと誤魔化しながら話すのが面倒になってきたから洗いざらい話すことにした。といっても基になった乙女ゲームについて知らないことしかないんだから、すぐに話し終わってしまったのだけど。
「はぁ……俄かには信じがたい話ですが、百歩……いえ、十万億土ほど譲って、仮にお嬢様が気が触れたのは前世の記憶を思い出したからだとしましょう。……普通はもっと知識を持っているものなのではありませんか? この世界について前知識は皆無に等しく、自分が悪役であることくらいしか分からない。そんな状況で破滅しないように頑張ろうと努力する訳でもなく、ただ推理小説がないから死んでやるとは、また随分斜め上な判断でございますね。確かに、この世界に推理小説なるものは存在しませんし、私もどのようなものか存じ上げません。ただ、貴女様がせっかく拾った命をこんなところで投げ出して頂く訳には参りません」
「もしかして、貴女。わたくしに生きて欲しいと思っているの?」
まさか、わたくしに散々こき使われてきたこのメイドがわたくしの生きて欲しいと願っているなんて……あり得ない話だとは思ってはいた。でも、この時は本当に嬉しかったのよ。そう言ってくれるんじゃないかと信じていたから。
「いえ、『欲望を満たしてさえすれば、安定した給金がもらえる』素晴らしい職場だったので、手放したくないだけです。これまでのお嬢様はなんとも扱いやすいお方でした。我が儘放題でしたが、従ってさえいれば安定して給金を頂けて幸せな暮らしができていたのですから」
でーすーよーね!! 分かっていましたわよ! どうせそんなことだって。
高慢令嬢のどこに「生きて欲しい」なんて思える要素があるのか、内心不思議だったわ。
でもさ、もっと、なんか……オブラートに包むとかできるでしょう? 一応、わたくしは雇主の娘なのよ!?
「……貴女って本当に正直者ね」
「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」
「褒めてないんだけど……まあ、いいわ。貴女に何を言われたって関係ないわ。絶対に死んでやる……貴女の目を盗んで次こそは。わたくしは推理小説がない世界なんて耐えられないのよ!!」
このメイド、絶対に邪魔をしてくるでしょうけど、わたくしの信念は変わらないわ。
こんな推理小説のないつまらない世界とおさらばしてやる!
「……失礼ながらお嬢様。本当に死ねば、来世はその推理小説とやらがある世界に転生できるとお思いですか? 仮に転生できたとして、本当に人間に生まれ変わることができると、本気でお思いですか?」
「それは、どういうことかしら?」
「遠い国に、六道輪廻という考え方があるそうです。人は死ぬと地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天上道に生まれ変わると。そもそも人間に生まれ変わることが果たしてできるのか、お嬢様は何故それを確信できるのか、甚だ疑問でございます。人間道は、輪廻の最上段で理想郷にも等しい天上道……天人五衰と呼ばれる五つの地獄の苦行を遥かに超える苦しみがあること以外はまさに天国そのものの世界の一つ下に属します。そのような世界に生まれることも奇跡に等しいことではありませんか? 折角人間に転生できたのです。その命、有意義に使うべきではないでしょうか? ……そうですね。例えば、この国には王国刑事部門という組織があります。王国で起こった事件を解決するための国の一機関でありながら独立を保っている組織です。まずは、こちらに所属することを目指し、好きなだけ事件を解決するのはいかがでしょう」
このデルフィニウムというメイド……なんか説教くさいわね。何故仏教思想なのかしら? ……仏教は中世以前から存在しているけど、中世ヨーロッパとは親和性低過ぎじゃないかしら?
しかし、王国刑事部門か……つまり、警察機関ね。
確かに、わたくしの記憶の中にもそういう存在があるというものはある。……なんで気づかなかったのかしら?
「そうね。とりあえず、王国刑事部門への所属を目指してみることにするわ。デルフィニウム、王国刑事部門に関する資料を集めてくださるかしら?」
「承知致しました、お嬢様」
なんかデルフィニウムの口車に乗せられているような気がするけど、仕方ないわね。
一回もニコリともせず、淡々としていたデルフィニウムが部屋を去っていき、どっと疲れたわたくしはとりあえず一眠りすることにした。
◆◇◆◇◆
王国刑事部門に所属するためには二つの試験で合格する必要があることが分かった。
一次試験が教養試験、論文試験、第一次適性検査、二次試験が面接試験、第二次適性検査、体力検査……この体力検査ってのはかなり厄介みたいで、職務執行上必要な体力の有無についてを測る訳だけど、個人的にはこれが一番辛い。
前世の成績は高校レベルだけど、学年トップスリーに入っていた。……まあ、乙女ゲームのスチル集めに必死な佐々木さんが毎回首位独走していたから、あの高校の成績なんて大してあてにならないのかもしれないけど。
勉強は苦じゃない。推理小説は万物に通じていなければ楽しめないと思っていた当時のわたくしは学校の勉強から雑学の蒐集に至るまで幅広く行っていたし、こっちの勉強も本質的には同じな筈……何も問題ない。
……てっきり、魔力測定があるとは思っていたのだけど、そういったものはないのね。
この世界には魔法がある。その魔法の有無も適性に組み込まれているかと思ったけど、どちらかというと魔法よりも捜査官に必要な知識と身体能力に重点を置いているような気がするわ。
しかし、魔法を使える貴族が作ったなら魔法に関する項目を貴族優位にするために加えると思うのだけど……これじゃあ、魔法が使えない人が王国刑事部門を設立したみたいじゃない。
そもそも、この王国刑事部門の創設がどのように行われたかという情報は全くと言っていいほどない。誰が、いつ、なんの目的で国王ですら容易に手を出せない外部機関を作ったのかしら? それも、ここまで先進的な組織を……警察組織の登場は十八世紀を待たなければならない筈。本当に謎ね……この世界。
わたくしはあの日以来、一つの夢に向かって進むことにしたわ。
体力検査はかなり不利だけど、騎士団に所属していたという経歴の使用人さんにお願いして、体力作りのお手伝いをしてもらった。
高慢なお嬢様が遂に気が触れたか、と屋敷の内部で噂が広がったけど、それとなくデルフィニウムが動いて火消ししたらしいわ。……あの人、実は超有能だったのね。
お父様とお母様には、わたくしが「王太子殿下と婚約を解消したい」と思っていることを夕餉の席で伝えた。
お母様は話を聞いて卒倒。まあ、確かにお母様は喜んでいたものね、婚約。
一方、お父様は理由の説明を求めた。
「わたくしは王太子殿下には相応しくないと思っています。とても国母として国を支えていけるとは思えません」
「ロベリア、君は王太子殿下との婚約をとても喜んでいたじゃないか? 血筋に関しても公爵家の生まれだから問題はない。何か理由があるのかい?」
「改めて考えてみると、とてもわたくしには耐えられないですわ。それに、これまでの行いを振り返っても、やはり王太子殿下に釣り合わないと思います」
「私は王太子殿下とロベリアが釣り合わないとは思わないけどね。それで、仮に婚約を解消したとして、新しい嫁ぎ先を検討しないといけないね……ロベリアに釣り合うとなると」
「いえ、その必要はありませんわ。……わたくしには最近どうしても叶えたい夢ができました。お父様とお母様を失望させるものであることを承知していますが、それでも、どうしても叶えたいのです」
ロベリアはこれまで様々な我が儘を通してきた。でも、これからわたくしが通そうとする我が儘はきっとそのどれよりもお父様とお母様を失望させることでしょう。
「どんな夢だい?」
「王国刑事部門に所属して、国のために働きたいという夢です。学園を卒業してから、一次試験と二次試験を受けたいと思っています」
「これまで私はロベリアの可愛い我が儘に応えてきた。でも、この我が儘は流石に私にもどうにもならないよ? 王国刑事部門には貴族の力が通用しない。その願いを叶えてあげることは私にはできないな。……でも、そうだね。ロベリアはそんなこと百も承知か。だから、自力で試験を受けたいと。そうだね、娘が夢に向かって頑張ろうとしているんだ。その夢を応援するのが私の役目だ」
「だ、旦那様!」
「娘の幸せを願うのが親の役目だと思わないかい? ミーディリアナ」
お父様に抗議の声をあげようとしたお母様を、お父様が優しい声音で遮った。
これ以上、お母様も何も言えず、不満そうに口を閉じる。お母様には申し訳ないけど……でも、婚約を結んで破滅して、一族郎党揃って坂を転がり落ちるように没落していくよりはマシじゃないかしら?
「ただ、今回の婚約は私もかなり無理を通したからね。強引に婚約した訳だし、こっちの都合で解消するという訳にはいかないことは分かるよね。国王陛下にロベリアの意向は伝えておくけど、そのお願いが本当に通じるかどうか保証はできないから、ごめんね」
「いえ、元はと言えば思慮の欠けるわたくしが招いたことですわ。申し訳ございません、お父様」
「気にすることはないよ。人は失敗から学んでいくものだからね。今は沢山失敗していいんだよ。いつか、肝心な時に間違わないように選択ができれば、それで十分なんだからね」
お父様って、わたくしに甘々なところが玉に瑕だけど、実は凄い人格者よね。イケメンで聡明……何もかも揃っているし。
なんでこんなお父様からわたくしみたいな勘違い娘が生まれてきたのかしら?
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