元悪役令嬢捜査官ロベリアと相棒リナリアの事件簿〜高慢令嬢から一転推理大好き捜査官になっていた悪役令嬢のロベリアの相棒に選ばれてしまった聖女でヒロインのリナリアはハーレムルートを捨てて難事件に挑む〜
CASE.03 断罪確定の悪役令嬢に転生してしまったようなのですが……そんなことより、異世界に大好きな推理小説がないってどういうことですの!! by.ロベリア
CASE.03 断罪確定の悪役令嬢に転生してしまったようなのですが……そんなことより、異世界に大好きな推理小説がないってどういうことですの!! by.ロベリア
<Side.月村葵/一人称限定視点>
私、
仕事が忙しかった父母は、私を父方の祖父母の元に預けていた。
父と母に甘える、そんな普通の子供なら当たり前に享受できる幸福を私は知らないまま育った。
父と母の姿を見て学び、成長していく……そんな当たり前の幼少期は私には訪れなかった。
祖父と祖母は私を甘やかしてくれたわ。でも、それは祖父と祖母の孫に向ける愛だった。
祖父母には感謝してもし切れない……でも、欲張りな私は父と母に愛して欲しかった。みんなが当たり前に享受できる幸せが欲しかった……とにかく、愛に飢えた子供だったのかもしれないわね。
祖父母は、よく父と母の話をしてくれた。正義感の強い二人は裁判官として、検事として、正しい裁きを求めて戦っていると。
特に母は「裁かれるべき人間が適切な処罰を受けるべきである」という考えを強く持っていて、常に罪に対する適切な刑を模索し続けていたそうだ。
私は父と母と一緒に居たかった一方で、裁判官として、検事として仕事に打ち込む二人のことが誇りだった。憧れの存在だった。
ある日、祖父母は私をかつて父が使っていた部屋に案内してくれた。所狭しと並んだ父のコレクション――古今東西の推理小説。
私は最初、少しでも父のことを……自分がほとんど知らない憧れの人のことが知りたくて、推理小説を読み始めた。私の渇望が、満たされない飢えが、いつしか代償行為のように推理小説に向けられるようになるまで、そう時間は掛からなかった。
私は推理小説を読み漁った。最初は父の部屋にあったコレクションだけたったけど、コレクションを読み終えた後は図書館で借りた。書店で興味を持ったものは少ないお小遣いを叩いて買った。
推理小説以外には、刑事ドラマも見るようになった。
特にお気に入りなのは、被害者の残した遺留品から死者の心情を読み解くものと、科学捜査研究所を舞台に科学捜査で事件の真相に迫るものかしら? シリーズものではないけど、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』の舞台を現代に置き換えた二時間ドラマもお気に入りだわ。……えっ、刑事ドラマじゃないものが混ざっているって?
そうして、推理小説や刑事ドラマを水のように吸って成長した私は高校入学を機に一人暮らしを始めることになった。
その入学した高校では、正直浮いていたわ。どこの部活にも所属せず、授業が終わればバイトをして、溜まったお金を生活費と大好きな推理小説に当てる生活を送っていた私は、同級生の女子達とも話が合わず、男子達とも合う筈もなく教室で孤立していった。
そんな私に話しかけてくれたのが、乙女ゲームヲタクの
彼女はクラスでもヲタクであることを公言しているオープンヲタクで、その人懐っこい性格から男女共に急速に距離を詰め、「友達百人できるかな?」のノリで先輩後輩分け隔てなく次々と友達を作っていった。
そんな佐々木さんはよく私に絡んできた。常に孤立している私を哀れんだのか、それとも「友達百人できるかな?」のノリで私とも友達になりたいのか、どういう意図があったのかはよく分からない。いや、そもそも意図なんて本当にあったのか甚だ疑問ね。
打算も何も関係なく、心の赴くままに生きる。あの子はそういう子だったから。
私と佐々木さんはよく自分の趣味の話をした。どちらかが聴き役に徹して、私は推理小説の話を、佐々木は趣味の乙女ゲームの話をする。
佐々木さんは「トリックとか難しい話っすね。よく分かんないっす」とあっけらかんと言いながら、いつも私の話を聞いてくれた。私も特に興味が無かった乙女ゲームの話を聞いた。
その内容はよく覚えていない。きっと佐々木さんも私の話の内容なんて覚えていないんじゃないかしら?
でも、それで良かった。誰かに聞いて欲しかった。誰かに話したかった。あの空気感が私は好きだったんだから。きっと、佐々木さんも……というのは、私の願望かしら?
私は変人としてクラスメイトに受け入れられた。きっと、それは佐々木さんの力があったからだと思う。
佐々木さんと出会ってから、私の世界は広がった。決して友達は沢山できなかったけど、女子のグループに入ることができた訳ではなかったけど、私はクラスで孤立せずに済んだ。
高校生活では普通の女子高生が経験しないような思い出もできた。
ある時は言葉も交わしたことのない同級生の女の子が殺害された事件を、幽霊となった被害者の同級生自身と、祓い屋? 除霊探偵? 怪異専門の探偵? そんな肩書の男性と共闘し、解決したこともあった。……まさか、幽霊がいるとは思わなかったし、お化けと闘う人達が人知れず存在しているなんて思わなかったわ。世界って広いわね。
その人から鬼斬? 鬼を斬る技? そう言った技を教えてもらう機会もあった。……流石に護身術程度のレベルでしか習得できなかったけど。そもそも幽霊と戦う機会なんて人生で一度あるかないようなものでしょう? 平和な人生を送っていた私には無縁だと思っていたのだけれど。
……案外身の危険ってすぐ間近に迫っているものね。いえ、幽霊に取り殺されそうになったとか、そういうのじゃないわ。
そもそも、私は幽霊よりも断然、人間の方が恐ろしいと思っているの。統計では、病気を媒介する蚊の次に人間を殺しているのは人間なのだそうよ。
殺人、戦争、紛争……様々な理由で人間は人間を殺す。幽霊が取り殺すよりも、人間が殺意に駆られて人間を殺す方がよっぽどケースが多いんじゃないかしら?
その殺意が、下校中の私に向けられることになるなんて思わなかったけど……。
私に突如として向けられた殺意の持ち主は、検事である母が裁いた「少女誘拐殺人事件」の被告だった。
言葉巧みに少女を誘拐し、その尊厳を踏み躙り、ゴミのように捨てた。そんな非道な殺人者を私の母は決して許さなかった。
その男は懲役刑に処せられた。……でも、模範囚として刑期を大幅に短縮して出所したらしい。母が私の生まれたその年に引き受けた仕事なのだけど、私はその事件のことを昔、母から聞いていた。
男は「検事のあのクソ女に、俺の人生を狂わされた! あの女とって大切な存在である娘を殺し、絶望させるためにてめえには死んでもらう!」と叫んだ。
身勝手な男だった。理性なんてとうの昔に捨て去って、自分の望むままに曲解と正当化をし続けた。あれほどの悪意を、歪んだ怒りを、私は未だかつて向けられたことが無かった。
護身術なんて役に立たなかった。心臓を一刺し、グサリ。
私は刺された場所に猛烈な熱を感じながら、痛みを超えた熱さに苦しみながら月村葵としての人生に終止符を打つことになった。
◆◇◆◇◆
<Side.ロベリア/一人称限定視点>
わたくし、ロベリア・ノワル・マリーゴールドはマリーゴールド公爵家の長女として生を受けましたわ。
公爵であるお父様は甘く、お母様もあまり厳しい方ではなかったのでお父様の溺愛を止めることもなく蝶よ花よとそれは可愛がられてきました。
そんな風に育てられれば、誰もが「世界の中心はわたくし」、「世界はわたくしを中心に回っている」、「わたくしは特別な存在なの」と思うのも致し方ないのかもしれませんわね。勿論、責任転嫁する訳ではありませんわ。
欲しいものはなんでも与えられ、気に入らないなら八つ当たりをすればいい。
そうやって辞めさせたメイドや使用人は数知れず。あっ、でも、わたくしの生まれた時から専属メイドとして仕えているデルフィニウムは高慢お嬢様のわたくしの怒りの矛先が向かないように立ち回っていたわね。
そんなわたくしは八歳の時、お父様に連れられて王宮に行きましたの。そこで、わたくしは運命の出会いをしたのですわ。
ラインハルト・ディアマンテ・アダマース王太子殿下……稲穂のような金色の髪に澄んだ青の瞳の美しい天使のような容貌の美少年でしたわ。
わたくしは、そんなラインハルト様に一目惚れをしてしまった。
公爵令嬢はあくまで公爵家に生まれただけの爵位を持たないただの子供。対して、ラインハルト様は国王候補筆頭の王太子。
隔絶した身分差があるにも拘らず、自分を特別な存在だと思い込んでいたわたくしは、王太子様にべったり付きまとった。
その時はわたくしがラインハルト様と当然のように婚約を結べると思っていたのよね……今思い出すと「全く、どんな勘違い娘よ」と突っ込みたくなるわ。
ただ、問題はわたくしの血筋が大きな力を持つ公爵家のもので、更に建国の英雄の血を引いているということ。
娘にデレデレのお父様はわたくしと王太子殿下の婚約に大賛成で、国王様の方にも断る理由は特に無かった。
こうしてポンポンポンとことが上手く運ぶものだから、殊更こういうアホの子はつけ上がるのよね。
このままどんな高慢令嬢に成長するのか……高慢王妃が取り仕切る国って圧政にしかならないし、いずれはわたくしの行いが間違いだと真実を突きつけるものが現れる。どちらにしろ、わたくしが悪役令嬢なんて役割を持っている以上、どこかで破滅することは決まっていたのだろうけど。
わたくしにわたくしの行いの過ちを死をもって分からせる……その前に、わたくしの行いが過ちであることを自覚する日が来た。この幸運があったから、わたくしは今こうして貴女と主人公と悪役令嬢としてではなく、同郷の人としてお話ができていると思うと本当に感謝しかないわね。
ある日、入ったばかりの新人メイドが転んでティーセットをひっくり返した。その紅茶はわたくしの頭に掛かり、カップの縁が頭に激突したのだけど……まあ、そんなことされたら怒髪天をつく勢いで稚拙な罵詈雑言を浴びせかけ、メイドを解雇するのが普段のわたくしだったのでしょうけど、当たりどころが悪かったの。
何の拍子に何が起こるかは分からないものね。わたくしはその時、前世の記憶を――月村葵の記憶を思い出したわ。
そこからはわたくしと私の記憶が入り乱れて大変だった。自我が定まるまで互いが主導権争いをし続け、結果として長く生きてきた私が主導権を握ったのかもしれないわね。……取り込まれても仕方がないと思ったのだけど。
「……ロベリア・ノワル・マリーゴールド?」
ようやくわたくしの思考が安定した頃、わたくしはふと前世の記憶の中にわたくしの名前があることを思い出しましたわ。記憶を手繰り寄せ、それが佐々木さんとの会話の中にあったものだと気づくまでそう時間が掛からなかったのは不思議ね。
『ロベリア・ノワル・マリーゴールドは乙女ゲームの悪役令嬢っす! あっ、悪役令嬢ってのは攻略対象の攻略を邪魔する障害みたいなキャラのことっすよ。沢山邪魔をしてくるから面倒で、嫌われ者なんすよ』
『他にもライバルのキャラはいるんすけど、特に悪役令嬢のロベリアはとにかくしつこいんすよ! あっ……いいところなのに、ってところで邪魔をして』
『他のライバルキャラはハーレムエンドを迎えた後に攻略できるようになる隠しキャラでもあるっす。なんでも、出資者の一人が百合研究のお偉方で、百合ルートの導入を強く希望したみたいなんすよね。でも、悪役令嬢ロベリアは徹頭徹尾主人公を邪魔するっす。どれだけ運営に嫌われていたのか、それとも、ネタキャラ扱いされていたのかは分からないっすけど』
『実はうち、このロベリアがどうにも嫌いにはなれないんすよね。そもそも学園生活で逆ハーレムとか意味が分からないっす。恋の火花バチバチさせるより、学園生活という人生に一回しかない機会を楽しめばいいと思うんすよ。身分なんて気にしないで、友達を沢山作れたらきっと幸せだと思うんすよ。ロベリアだって、追放とか処刑とかじゃなくて……もっとそういうすれ違いの極みみたいなのじゃなくて、違う関わり方があってもいいと思うんすよ。……乙女ゲーム全否定っすけどね。でも、うちはみんなが幸せなのが一番嬉しいっす』
乙女ゲームの話しはよく覚えていない。攻略対象が誰だったとか、主人公が誰だったとか……でも、よく話題に出ていた悪役令嬢のことだけは覚えていた。
高慢で、我儘な、タチの悪い王太子の婚約者の公爵令嬢。
あの誰よりもヒロインしている佐々木さんなら友達になれたかもしれない……でも、リナリアに沢山酷いことをして、そしてその報いを受けて死んでいく変えられない運命を背負った悪役令嬢。
そのロベリア・ノワル・マリーゴールドに転生してしまったのだって知った時、運命を変えないといけないと必死になれなかったのは、それよりも大きな問題のわたくしの脳内を支配していたからなのは間違い無いわね。
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