CASE.02 悪役令嬢が悪役令嬢していないってどういうことなの!? 悪役令嬢は悪役令嬢の役割をこなしなさいよ! by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


 聖女修行は治癒術の修行から勉学に至るまで多岐に亘った。何度も至高天エンピレオ教団の治癒師に混じって治療を行い、実地訓練も行った。

 こうしてようやく聖女候補として学園に通うことができるようになったんだけど……まさか、乙女ゲームの主人公がスタートラインに立つまでにこんな過酷な日々があったとはね。


 枢機卿の息子のアレキサンドラにエスコートされ、私は学園の土を踏み、スタートラインに立った。

 アレキサンドラにはアウローラっていう神前で婚約を結んだこの時点では相思相愛の婚約者がいるんだけれど、自分ではないどこの馬の骨か分からない女性をエスコートしていることは「これは職務だから」って堪えているみたいね。

 そんなアウローラの姿を見たアレキサンドラが申し訳なさそうな顔をしているけど、ゲームだとアレキサンドラルートではアウローラじゃなくてリナリアを選ぶのよね。


 勿論、あたしはハーレムルートを諦めるつもりは毛頭ないわ。拾った命だもの、前世で生きられなかった分まで人生を謳歌するわ!


 どうにかアウローラを悲しませない形でハーレムルートに至れないかという前世と今世合わせて多分最大級の命題の答えを考えながら、あたしはアレキサンドラと共に入学式が行われる講堂に向かった。


 講堂に入ったあたしに向けられた視線は、好奇心と敵意と悪意……あまり気持ちいいものでは無かった。


 好奇心は数百年に一度程度でしか現れない希少な力を持つのがどのような人物なのか、という興味関心ね。そこから派生して、いかに自分の派閥に取り込むか、そういった策略を巡らせている者も多い。


 私の美貌に見惚れている人も何人かいるみたいだけど、貴族は全体的にレベルが高いからなぁ……リナリアはあたしよりも遥かに美少女だけど、どこまで通用するかは正直未知数。まあ、ヒロインの高スペックは容姿にも大きな影響を与えているし、攻略対象の攻略にも少なからず影響を与えているとは思うんだけど。


 敵意と害意は「平民でありながら枢機卿の息子を侍らせていいご身分ですこと」、ってところかしら? アウローラに「お可哀想に」と視線を向ける貴族令嬢達の姿もある。……まあ、どこまで本気か分からないものだけど。


 それから、これは男女共通だけど、選民意識の高そうな貴族の子息令嬢達が「平民の分際で未来の貴族の子女が通うこの学園に足を踏み入れるなんて許されないことだ」と思っている人達もいるようね。これもオーソドックスだわ。


 講堂には既に攻略対象達や攻略対象を巡り争うライバルキャラ達の姿もあった。

 ……えっと、新入生の最前列にいるのが王太子のラインハルトで、宰相の娘のアクアマリンがあたしの席よりも二つ後ろの列にいて、近衛騎士団長の息子のザフィーアとスカーレットが隣同士座っていて、あたしの隣にはアレキサンドラ、そこから少し離れたところにアウローラがいて、二年生の席には宰相の息子ヘリオドール……おかしいわね。ロベリアがいないわ。


 王太子ラインハルトを巡って争うことになるロベリアだけど、ゲームの中で最初に登場するのはこの講堂の入学式の場面。

 平民でありながら学園に入学したリナリアに取り巻きを引き連れて喧嘩を売ってくるのよね……嫌なら極力避けて関わらないようにすればいいと思うのだけど。「不快感を感じないために私が努力するんじゃなくて、貴方が心掛けるべきだわ」と思っていたのかしら? 視界に入らないようにしろって言われても無理があるのだけれど。


 しかし、どうしたのかしら? ロベリアが現れなければ最初の王太子ラインハルトとのイベントも消滅するのだけど!

 この場面でリナリアはラインハルトに助けられ、そこからラインハルトルートだけど恋が発展していくのだけど……そもそも、最初の絡まれるイベントがなければラインハルトの攻略はできないんだけど!


 結局、ロベリアが現れないまま入学式が始まって、学園長の挨拶、新入生のラインハルトの言葉、生徒会長挨拶……と入学式のイベントが次から次へと終わっていく。学園長の挨拶とか、アホみたいに長かったのに、何で現れないのよ、ロベリア!!


 そして、入学式が終わってしまった。新入生達が続々と講堂を去っていく中、三人の新入生がこっちに向かって歩いてくる。


「貴女が聖女候補のリナリアだったかしら? 随分といいご身分ね。淑女の教育を受けていないのかしら? あら、そういえば貴女って平民出身だったわね」


 えっと……確かロベリアの取り巻きの令嬢A、令嬢B、令嬢Cね。

 どういうことかしら? ロベリアがいなかったから、取り巻きの令嬢A、令嬢B、令嬢Cが出てきてイベントの穴埋めをしたということ?


 でも、ラインハルトが助けに来る気配はない。ザフィーアに何事か聞いてから不機嫌な表情で講堂を出て行っちゃったし。

 結局、アレキサンドラが三人を宥めて何とかこの場を収めたけど……妙だわ。


 この世界って、本当に乙女ゲームを元にした異世界なのかしら?



 ◆◇◆◇◆



 あたしの疑問は確信に変わった。

 ロベリアは次の日には学園に現れた。……でも、あたしに絡んでくることはない。


 ラインハルトにべったりとして離れない訳ではなく、寧ろその逆でラインハルトを上手く躱しているように思えた。学園を休むことも多く、仮に学園に現れても授業を終えるとすぐに姿を消してしまう。ゲームのように取り巻きの令嬢を連れている訳ではなく、ゲーム時代の分かりやすい悪役令嬢から、得体の知れない存在へと変わってしまった。


 問題はそれだけじゃない。あたしは、乙女ゲームの内容をしっかりと記憶していた。選択肢の内容や表示されるタイミングまで。

 でも、その内容をなぞってみても攻略対象と距離を詰めることはできなかった。


 枢機卿からあたしのサポート役を任されたアレキサンドラは、それからもあたしと行動を共にした。アウローラもいつしか、貴族令嬢達のグループに所属するようになり、二人の関係はどんどんひび割れていく。アレキサンドラはアウローラに申し訳なさそうにしていたけど、アウローラはこれに関しては何も感情を表に出さずアレキサンドラを居ないものとして扱うようになっていった……これ、まずいわよね。


 他の攻略対象とライバルキャラの関係は睦まじいままで、割り込む隙はないように思える。

 ただ、ラインハルトとロベリアの関係には大きな亀裂が走っているように思えた。……アレキサンドラによれば二人は乙女ゲームの時と同じように婚約をしているようだけど、婚約者同士の仲睦まじい感じは全くない。


 このままでは何もできないまま学園生活が終わってしまうと思ったあたしは、情報を集めることにした。

 まずはあたしと行動を共にしているアレキサンドラに「もう大丈夫よ。私も学園に慣れたから」と伝え、単独行動をできるようにした。


 アレキサンドラは「貴女の身に危険があれば大変ですから、引き続き私が護衛します」って引き下がったけど、丁重にお断りした。……これでアウローラとの関係が改善すればいいのだけど……って、あれ? あたしってハーレムルートを目指していたわよね。


 目指す場所は図書館。乙女ゲーム時代にはこの図書館にヒロインのリナリアに情報をくれるサポート役がいた。


 アドリエンヌ・フォン・ランタナ。図書館に引き篭もった黒髪の眼鏡を掛けた地味な少女で、リナリアの友人として攻略のヒントや情報を与えるなどのサポート活動を行っていた。ランタナ子爵家の三女で歴とした貴族だけど、大公家、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家の六爵位の中では男爵家と共に下層に属していて、攻略対象のような国の未来を背負い立つ人達とはやっぱり大きく違う。

 リナリアの初めての友達となったアドリエンヌは、彼女の恋を応援するために様々な情報をくれるようになる。攻略サイトを使わない攻略では、アドリエンヌだけが頼りだ。


 パソコンで攻略サイトを見られないし、ログアウトもできない、ゲームマスターのような存在もいなければ、あたしのプレイした前世の記憶も頼りにならない。もう頼るっきゃないでしょ、アドリエンヌ大明神様!!


 ……まあ、そもそもあたしはVRの乙女ゲームじゃなくて家庭用ゲーム機で乙女ゲームをやっていたし、乙女ゲームの世界に転生したんだから、ゲームマスターなんていないんだけど。


 学園には三つの図書館がある。このうち、アドリエンヌがいるのは旧校舎にある旧図書館……基本的に誰も寄り付かなくて静かな場所で、司書が一人いる以外は本当にアドリエンヌしかいない静かな場所の筈だったんだけど。


 その場所に居たのは、アドリエンヌでは無かった。


 肩まで届く艶やかな濡羽色の髪に、紫紺の瞳。やや吊り上がった目の悪役顔の美少女。

 あたしと同じ学園の女子制服に身を包み、白魚のような指で百科事典にも匹敵する、もしくはそれ以上の分厚さの黒い本を捲っていく。


「…………なんで、こんなところにいるのよ! ロベリア!!」


 そこには、あたしがずっと探していた悪役令嬢の姿があった。



 ◆◇◆◇◆



「えっと、どこかでお会いしましたっけ? ……ちょっと待ってくださいね。あっ……クラスメイトのリナリア・セレスティアルさんでしたね。……しかし、いきなり大声で呼び捨てはあまり褒められたことではありませんわ。親しき中にも礼儀ありといいますが、わたくしとリナリアさんは同じクラスにいても関わったことがほとんどない他人同士。尚更、礼節を弁えるべきだと思います」


 本に栞を挟み、分厚い本を閉じたロベリアは、正論であたしを批判した。……といっても、敵意は全く感じられない。

 自分の思ったことを素直に述べただけ……という感じよね。あたしを目の敵にしている訳でもなさそうだし。


 ……それよりも、その本の題名、『犯罪心理学全書』? なんでそんな本をこんなところで読んでいるのよ!? まさか、本当はリナリアを嫌っていないように見せかけて、完全犯罪を起こそうと思っているの!? それって、ゲーム時代の悪役令嬢ロベリアより強力になってあるわよ!!


「あたしは……」


「皆までいう必要はありませんわ。そうですね、一つ推理をしてみましょうか? もし、わたくしの推理が間違っていれば、訂正してくださって構いませんわ」


「……はぁ」


 この悪役令嬢、真意が全く見えないわね。何を企んでいるのかしら?


「貴女はリナリア・セレスティアルさん。神聖魔法の適性を持つ聖女候補と聞いているわ。でも、それは仮の姿……実際は転生者なのではないかしら? メタ視点を持っているなら、悪役令嬢であるわたくしを警戒することは至極当然なことよね」


「まさか、貴女も転生者なの?」


「ええ。改めまして、わたくしはロベリア・ノワル・マリーゴールド、前世は月村つきむらあおいという高校二年生だったわ」


「あたしはリナリア・セレスティアル。前世は日畑ひばたそらという女子高生だったわ」


「なるほど、同郷の人だったのね。……もしかして、この異世界の元になったなんちゃらっていう乙女ゲームについて知っているのかしら? わたくしは実はあんまり分かっていないのよね。教えてくださると助かるのだけど」


「……もしかして、月村さんって乙女ゲームをプレイしていないの? していないのに……転生したの? 悪役令嬢に?」


「えぇ、わたくしもなんでこんなことになったのかよく分からなかったわ。高校の同級生にそのなんちゃらって乙女ゲームのファンの子がいて、色々と話してきていたのだけど、あたしは別のジャンルに興味があったから、互いに一方的に話してそれで終わっていたのよね。辛うじて分かるのが、わたくしがこのゲームの悪役令嬢だということと、展開によっては国外追放にされることと、死刑にされること。……公爵家の令嬢、つまり高位貴族の娘を断罪するってあまり現実的ではないと思うのだけど、そういうのが可能なのが乙女ゲームなのでしょう?」


 ……そういうことね。悪役令嬢の方も転生者で、大した情報を持っていなかった。なるほど。それなら、よく分からない挙動にも説明が……って、つく訳ないでしょう!?

 確かに、取り巻きを連れて講堂で私に喧嘩を売らなかった理由はこれで説明がついた。……けど、授業の後に姿を消した理由は説明がつかないわよね。

 もしかして、断罪を避けるために王太子と距離をとっていた……とか? でも、それなら、この図書館に来る必要は……。


「折角だから情報交換をしないかしら? 同郷の者同士、持っている情報を交換し、次に繋げていくことは有意義だと思うわ。そうね、つまらないと思うけど、わたくしはわたくしのこれまでの人生、前世のことを含めて包み隠さず話すわ。その代わり、貴女には乙女ゲームの内容を話してもらいたい。どう? お互いに欲しい情報を交換し合うの。有意義だとは思わないかしら?」

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