元悪役令嬢捜査官ロベリアと相棒リナリアの事件簿〜高慢令嬢から一転推理大好き捜査官になっていた悪役令嬢のロベリアの相棒に選ばれてしまった聖女でヒロインのリナリアはハーレムルートを捨てて難事件に挑む〜

逢魔時 夕

前篇「港湾の質素倹約な伯爵殺人事件」

CASE.01 あたし、乙女ゲームの世界に転生しちゃったみたいなので、前世の分まで人生を謳歌したいと思います。 by.リナリア

「ロベリア・ノワル・マリーゴールド! お前の悪事は全て分かっている! 俺の婚約者であることを笠に着て、身分の低い者達を虐げてきた! 特に聖女候補であるリナリア・セレスティアルには嫌がらせだけでは済まない、凶手の送り込みなども行った! 幸い俺達がその場に居合わせたから良かったものを、あのままでは彼女が殺されていたのだぞ!!」


 灰色の髪を持つ碧眼の美少女――平民出身で神聖魔法の適性を持ち、聖女候補として学園に入学していたリナリア・セレスティアルを庇うように悪役顔の貴族令嬢の前に立った金髪碧眼の美男子――アダマース王国の王太子、ラインハルト・ディアマンテ・アダマースは、婚約を結んでいたロベリアを前に怒りを露わにした。


 そんなラインハルトと同様にリナリアを庇う三人の男――宰相の息子ヘリオドール・シャトヤンシー・エスメラルダ、現王国近衛騎士団騎士団長の長男ザフィーア・アズール・コランダム、枢機卿の息子アレキサンドラ・トルマリン・クリソベリルも、ロベリアに怒りの視線を、或いは絶対零度の双眸を向けている。


「俺の婚約者としてお前は相応しくない。この場でお前との婚約を破棄する」


「――ッ!! 覚えてらっしゃい、リナリア・セレスティアル!!」


「まだだ。お前のこれまでの所業がこのまま許されるとでも思ったか? ロベリア、お前はやり過ぎた。既に父上とも相談の上で、許可ももらっている。父上はお前を俺の婚約者に指名したことを後悔していたぞ! かつてないほど横暴な、この国の未来を共に作り上げていくのにあまりにも相応しくない者を指名してしまったとな。……今日付で貴様を国外追放にする。もう二度と我が国の土を踏むことは許さん!」


 ラインハルトの剣幕に恐れをなしたのか、それとも公爵令嬢である自分がまさか国外追放にされるとは思っても見なかったのか、ロベリアはヘナヘナと倒れ込んだ。


 ロベリアの取り巻きの令嬢達が蜘蛛の子を散らす勢いで逃げていき、残ったロベリアも王子が「連れて行け」と命令を下すと、現れた兵士達がロベリアを立ち上がらせて連れて行った。


「大丈夫だったか? リナリア。もう怖いことはないからな」


 ラインハルトが笑顔でリナリアに笑い掛けた。ヘリオドール、ザフィーア、アレキサンドラも次々の励ましの言葉を送る。

 そして、四人は次々とリナリアに告白の言葉を送った。リナリアは目に涙を浮かべて一人ずつその気持ちに応えていく。


 リナリアが全員の告白に応え終えた瞬間、空に虹が掛かった。まるで、世界がリナリアと四人の愛を祝福しているかのように……。


                   END.































 ◆◇◆◇◆



「ふう……ようやく終わったわ! ハーレムルート達成! しかし、悪役令嬢ロベリア、本当にウザかった! 本当、なんなのよあの女!」


 家庭用ゲーム機のコントローラーを操作してセーブを行い、獲得したスチルを見直す少女。

 少女の名は日畑ひばたそら――灰色の髪を持つ碧眼の美少女でもなく、平民出身で神聖魔法の適性を誇る聖女候補でもなく、ましてやリナリア・セレスティアルでもない。


 アダマース王国など存在しない地球という星に生まれ、高校に通っている普通の女子高校生。アルファベット二文字で表せばJKだ。


 彼女は高校が休みのこの日、大好きな乙女ゲームをプレイしていた。今回プレイしていた「リナリア〜平民少女のシンデレラストーリー」というゲームは乙女ゲーム好きの空がお小遣いを使って購入したものの、バイトと学業の関係で忙しく、埃を被っていた俗に言う積みゲーだった。


 バイトも休みとなったこの日、空は朝からプレイを始め、ようやく目標だったハーレムルートの攻略に成功したのである。

 窓の外は既に真っ暗になっていた。時計は二時三十分を示している……無論、P.M.の方ではない、A.M.の方の二時三十分、草木も眠る丑三つ時である。


「う、嘘! もうこんな時間! って、なんで気づかなかったのあたし! ……どうしよう、明日、じゃなかった! 今日は学校があるのに」


 結局、空はそのまま睡眠を取り、七時に目覚ましで無理矢理起床。「空、貴女、隈が凄いわよ。ちゃんと寝たの!」と半怒りの母が用意した朝食を寝ぼけ眼で食べ、授業の荷物の入ったリュックサックを背負って自転車に跨った。


 高校を目指し、大通り横切るため交差点まで走ってきた空。その睡魔は既に限界まで達しており、普段なら絶対に間違えない信号機の赤と緑を見間違えた。

 真っ赤な輝きを信号機が放つ中、何の疑いもなく飛び出した空を直進してきたトラックが――。



 ◆◇◆◇◆



<Side.リナリア/一人称限定視点>


「……そっか。あたしは、死んじゃったのか」


 ――あたしの記憶はある日突然、蘇った。


 私はリナリア・セレスティアル。アダマース王国の王都に程近い村で生まれた。

 父と母と三人暮らし。貧しいながらも楽しく暮らしていた。そして、その暮らしがずっと続くものだと信じて疑わなかった。


 でも、私が傷ついた友達の傷を治してあげたいと思った時、全てが瓦解した。

 魔法が使える人がいるこの世界でも、数百年に一度程度でしか現れない希少な力――神聖属性魔法。その力を使った瞬間、私の中にあたしが蘇った。


 傷を治癒した友人が気味悪がったり、圧倒的に魔法の素質は貴族の方が高く、平民はほとんど素質を持たないことから貴族の隠し子なのではないかと疑われ、家族関係が崩壊し始めていたけど、あたしは自分のことで精一杯で、家族にまで目を向けることができなかった。


 あたしは転生したんだ、「リナリア〜平民少女のシンデレラストーリー」の世界に。

 トラックに撥ねられて、死んで……。

 乙女ゲームの世界に転生なんて、アニメや小説の中だけの話だと思っていたのに。


 私とあたしの記憶は混線を続け、あたしは長い間頭痛に苦しめられた。あたしが、リナリア・セレスティアル。アダマース王国に転生した日畑空であるとようやく理解できたのは、それから数日後のことだった。

 その頃には家庭が崩壊し、父親が家を出て行った。これまでいつも笑顔だった母はあたしに当たり散らすようになった。


 でも、そんな日もすぐに終わった。至高天エンピレオ教団の司教を名乗る人物があたしを迎えにきた。

 この展開をあたしは知っている。この後、あたしは聖女の候補となり、学園に入学するんだ。そして、王太子と宰相の息子と近衛騎士団長の息子と枢機卿の息子と出会って……。


 あたしの死は未だ受け入れられた訳ではない。もっと家族と沢山居たかった。あの世界で、あたしはまだ沢山やりたいことがあった……乙女ゲームとか、乙女ゲームとか、乙女ゲームとか…………あれ? 実は大して無かったのかな?


 でも、もう転生しちゃったんだから仕方ない。この世界を生きるしかないんだ。

 折角乙女ゲームのヒロインに、私に転生したんだ。だったら、好きなだけ謳歌すればいいじゃないか!

 あたしの推し達が、この世界にはいるんだから!



 ◆◇◆◇◆



 アダマース王国で絶大な権力を握る至高天エンピレオ教団の枢機卿のベルナルドゥス・セラフィム・クリソベリルと堅苦しい謁見を済ませたあたしは、当てがわれた部屋に行き、羊皮紙と羽ペンを手に取った。


 まずは、「リナリア〜平民少女のシンデレラストーリー」のことを纏めておかないとね。忘れたら大変だし。




*攻略対象は全部で四人いるよ。マジイケメン!


●ラインハルト・ディアマンテ・アダマース

 「リナリア〜平民少女のシンデレラストーリー」の舞台となるアダマース王国の王太子。攻略対象の一人。

 ライバルキャラとして登場するのは、ハーレムルートでもライバルキャラとして立ちはだかる悪役令嬢ロベリア・ノワル・マリーゴールド。

 面倒な貴族社会で退屈と代わり映えのしない生活に辟易としており、乙女ゲームでは型破りな主人公に興味を持った。

 金髪碧眼の美男子でザ・王子という見た目だが、中身は腹黒でドSな性格。


●ヘリオドール・シャトヤンシー・エスメラルダ

 現在宰相を務めているベリル伯爵の息子。黒髪に黒い瞳を持つメガネを掛けた優男。攻略対象の一人。

 ライバルキャラとして登場するのは、ヘリオドールの妹のアクアマリン・シャトヤンシー・エスメラルダ。

 既に父親の実務に協力している秀才。美形の両親から受け継いだ溢れ出す魔性のオーラを持ち、ファンクラブも存在するほど。


●ザフィーア・アズール・コランダム

 現王国近衛騎士団騎士団長の長男で次期当主。攻略対象の一人。

 ライバルキャラとして登場するのはルビー色の髪と瞳を持つ侯爵令嬢でザフィーアの婚約者のスカーレット・ルビー・カーバンクル。

 父親に憧れて剣の道を極め、いずれは父と同じ近衛騎士団騎士団長に至りたいと思っている。今とは異なり弱気なスカーレットを励ましたことがあり、これがスカーレットに惚れられる要因となった。


●アレキサンドラ・トルマリン・クリソベリル

 アダマース王国で絶大な権力を握る至高天エンピレオ教団の枢機卿の息子。高い治癒魔法の才能を持つ。

 ライバルキャラは至高天エンピレオ教団の敬虔な信徒であるアウローラ・ホーリー・エンジェルオーラ公爵令嬢。

 至高天エンピレオ教団が見出したリナリアが学園に馴染めるように協力するように枢機卿である父から頼まれており、リナリアにとってアレキサンドラはもっとも身近な存在である。一方で、アウローラとは神の御前で婚約を結んだ関係にあり、乙女ゲーム内での攻略難易度は最も高い。

 圧倒的な治癒術の適性を持ち、更に魔物の出現の根源の浄化を可能とする聖女の秘儀は至高天エンピレオ教団を捻じ曲げても手中に収めたいと思えるものである。そのため、本来なら許されない神前での誓いの破棄も認められてしまう。

 主人公にとってのハッピーエンドでも神前で愛を誓い合い、心から愛していた最愛の人をポッと出のリナリアに奪われ、悲しみのどん底に突き落とされたアウローラが最後失踪するという不憫なラストであり、純粋で優しいアウローラの人気は高い一方で、このルートを二周以上プレイする人は滅多にいない。


*ライバルキャラはハーレムルートを攻略すると隠しキャラになる。あたし、百合には興味ないんだけどね。


●アクアマリン・シャトヤンシー・エスメラルダ

 ヘリオドールルートの最初にして最大の障害で、ライバルキャラにカテゴリ」される人物。

 ブラコンを拗らせたツインドリルの典型的な令嬢。兄のファンクラブにたった一人で立ち向かうお兄様大好き人間であり、ヘリオドールの攻略にはまずアクアマリンと仲良くなる必要がある。アクアマリンに認められることがヘリオドールルート攻略の条件。


●スカーレット・ルビー・カーバンクル

 ザフィーアルートに登場するライバルキャラ。社交界の華や貴族令嬢の鑑などと称えられており、平民であるロベリアに対してマナーやダンスなどで違いを見せつける。

 心からザフィーアのことを慕っており、彼に相応しくなれるような己を磨いていった努力家で、正統派ライバルなためか人気も高い。


●アウローラ・ホーリー・エンジェルオーラ

 アレキサンドラルートのライバルキャラ。エンジェルオーラ公爵家の令嬢。

 攻略対象を差し置いて、作中随一の人気を誇る人物。至高天エンピレオ教の敬虔な信徒で、アレキサンドラと神前で婚約を結んだ。

 純粋で優しく健気な性格で、アレキサンドラに尽くしてきた人物。本物の聖女とネット上で呼ばれるほどの慈母のような慈悲を持っており、プレイヤーによってアレキサンドラを攻略され、つまり寝取られてもリナリアを一言も責めずに姿を消してしまう。決して弱音を吐かず、優しい笑みをたたえている彼女にこれほどの仕打ちをしたアレキサンドラとシナリオを考えた制作陣に対する批判は尋常じゃなかったという。


*アウローラちゃんマジ天使だよね! アウローラちゃんを悲しませないように、上手くハーレムルートを目指せたらなぁ。


*そして最後は忘れちゃいけないアンニャロ、悪役令嬢のコンチクショウ!


●ロベリア・ノワル・マリーゴールド

 乙女ゲーム「リナリア〜平民少女のシンデレラストーリー」の悪役令嬢でマリーゴールド公爵家の長女。父親に我儘を言って王太子と婚約を結んだ。我儘放題で、リナリアのことを嫌っている。リナリアを目の仇にして事あるごとにイジメを行い、やがてエスカレートしていくとリナリアに暗殺者を差し向けるようになる。ミニゲームでも登場して邪魔をしてくる。

 最後は罪がバレて国外追放か死刑。ただし、条件を全て満たさない限りは死刑にはならない。




 こんなところかな? これから聖女として辛い勉強の日々が待っているみたいだけど、推し達と会えるようになるんだから頑張らなくっちゃ。……ロベリアだけ要らないんだけど、都合よく彼女だけ居ない異世界だったってことは……流石にないよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る