リボルバー

弥生

リボルバ

俺自身まだ把握も出来てないのに

今の俺の状況をどう説明したらいいだろう?


今俺は職場の前の大きな交差点の真ん中で、固まっている


たった今、俺に嫌がらせをし続けてきていた上司に対して、ついに俺がキレて啖呵を吐き捨ててオフィスを飛び出してきたところだ

怒りに任せてオフィスビルを出て、宛もなく目の前の横断歩道を渡っていたら、固まった


自分の身体が固まったコトに焦りはしたけれど、それと同時に街の雑踏が無音になり、見れば俺の視界の全てが止まって見えた

道行く人も自転車や車、風に舞い上がった紙くずまでもが宙に浮いたまま止まっている


全てが静止した静寂の中、唯一足音を立てて俺に近付いてくる人物を発見した


頭の先からくるぶしまで真っ黒い布で身を包み、自分の背丈よりありそうな大鎌を杖のようにして、トン、トン、トン、と音を立てて俺に近付いてくる

頭から被った黒いフードの下には骸骨を模したお面がうっすらと浮き上がっている

絵に描いたような「死神」そのものだ


俺は死ぬのか、それとも死んだのか?

死に際しての「御迎え」に関しては諸説聞いたことがあったけれど、先立った親族ではなく死神が正解だったのか


死神は俺の目の前まで来ると足を止めた

思ってたのと違って意外にも背が低くて拍子抜けした


「すみません」


まるで迷子になった人が見ず知らずの通行人に道を訊ねるようなテンションで死神は俺に声をかけてきた

更に驚いたのは、その心許ない細い声が女声だったと云うことだ

しかもかなり幼い声だ

もしかしたら声変り前の男の子かもしれない


「救世主さん・・・だよね?」


全身が硬直していて声も出せないことで俺は返事をする事を諦めて放棄していた


「実は、初めてだから段取りとか慣れてなくって」


そう云うと死神は懐から拳銃を取り出した


「リボルバ、回転式拳銃だよ」


そう云うと今度はポケットから弾丸を一握り取り出してその回転式拳銃に1発づつ弾を込めた

慣れない手付きで「ひとつ、ふたつ」と数えながら、6発目の弾を込めると「ふぅ」と安堵の溜め息を吐いた


「ルールは知ってるよね?

今、頭の中で6人、殺してやりたいほど憎いヤツをリストアップして、君がその6人の眉間にこのリボルバの弾丸を撃ち込めば、時間は元通りに動き出すし君も元の生活に戻れる」


そんな話は初耳だ

死に際に6人殺せば自分が延命出来るなんて話は聞いたこともない

それに6人も殺してやりたいほど憎いヤツなんて俺には思い浮かばない

あ、けど入社してから6年間、目の敵みたいにされて俺の手柄を横取りしたり上司の権限で俺に割りの合わない仕事ばかりを仕向けたり稚拙な嫌がらせを繰り返してきたあの上司のコトは殺してやりたいほど憎いと思う

アイツを殺すのには6発の弾丸を撃ち込むだけじゃ気が済まないくらい俺はアイツに怒っていたんだ


死神が拳銃を俺の手に握らせると同時に俺の身体が軽くなり、周囲りを見渡せば街の中は相変わらず静止したままだった

自分の後ろを振り返ると大型のトラックが俺に触れるか触れないかの至近距離で止まっていた

運転席には目と口とを大きく開いた形相の運転手が、やはりマネキンか蝋人形かのように固まっている

なるほど、俺が後ろから来たこの大型トラックに跳ねられて死ぬ瞬間なんだなと理解した


「死神さん?もしもその6人を殺すのに失敗した場合、俺はどうなっちゃうの?」


他にも聞きたいことは山ほど溢れ出てきそうだったけれど、動けるようになって開口一番に俺は死神に失敗した時のペナルティを尋ねた

大方、この静止した世界を延々とさ迷い続けるコトになるとか地獄に落ちるとか、そんな感じだろうか


「違うよ!死神じゃないよ!これ、悪魔のツモリなんだけど?取引をするのは悪魔だって、知らないの?」


うん、知らないね、知ったことじゃないね

死神でも悪魔でいいから、俺がこの後どうなっちゃうのかを教えて欲しい

そうだ、今「取引を」って云ったよな

ってコトは交渉の余地はあるのかも知れない


「実は俺、6人も憎いヤツが思い浮かばないんだ。でも1人だけ、弾を6発撃ち込んでも気が済まないくらい憎いヤツはいる。すぐそこのオフィスビルの6階に今いるから、ソイツにこの弾丸6発を撃ち込むんじゃダメかな?」


考えてもみれば、俺はアイツのコトを常々生きている価値がないだとか死ねばいいのにとか願ってきていた

アイツを自分の手で殺せるなんて本望だとすら思えるし、更にそれでこの交通事故から俺自身の命を救えるのであれば一石二鳥も良いところ


「人数は1人だけど、6人分くらい憎いってコトかぁ。まぁ、アリっちゃアリかな」


そう云うと自称悪魔の死神は深呼吸をして更に話し始めた


「実はココからが本題だからね。

この拳銃は君が本当に救世主なのかどうかを試す試金石だったんだ。

ここで次のルールね、君には2つの選択肢が用意されてるよ。

選択肢そのイチ!

予定通りこの拳銃を握ってその6人を1人づつ、あ、君の場合は1人か

後ろのビルの6階まで駆け上がってその1人にこの拳銃で弾を6発撃ち込むか

選択肢その二!

しばらくここに残って冷静になるのを待ってから、その1人を許してあげれるように努力して、許せるって思えたならその時にゆっくりと振り返って後ろのビルを6階まで上がってその1人をハグしてあげるの

どっちを選ぶ?」


コレが何かの試験とかなら正解が選択肢二だってコトくらい直感的に解るんだけど、アイツを許すなんて出来っこないしハグするなんてトンでもない話だ

アイツを許せる心境になるまで何年かかると思ってるんだ?

あ、そか、今、時間は止まってるのか

俺がアイツを許せるようになるまで何年かかろうがそれまで時間は止まってるってコトなのか

挑戦してみる価値だけはありそうだけれど、あの自尊心の塊のような稚拙で性悪な上司を俺が許してハグまでしてる状況は全く想像も出来ない


「それじゃとりあえず選択肢二で、断念したらやっぱりこの拳銃でアイツを撃っちゃうって云うのはアリ?」


悪魔は俺に返事もせずに回れ右をして元来た方角へと歩き出した

一瞬追いかけようかとも思ったけれど、もうサイは振られてると理解して思い止どまった


「オマエ!上司の俺様に口応えすんのかー!!」

バカな上司の怒声を浴びてフッと我に返る

口応えなんてしたツモリもないのに一方的に理不尽なコトを並べて怒鳴り散らされて、正に次の瞬間に俺はキレてこのバカ上司に啖呵を切ってオフィスを飛び出す場面だった

俺が辞めたら困るのは自分だろ!後悔しても遅いからな!

そんな台詞だったと思う


「すみませんでした。ちょっと頭を冷してきます」


そう云って俺はバカ上司に頭を下げるとオフィスを退室して6階のロビーのエレベーターホールの窓際まで行き窓の下の交差点を見下ろした


すっと人の気配を感じ俺の隣に並んで立ち止まったのが分かった

振り返ると大鎌を持った黒ずくめで骸骨のお面を被った怪しいヤツが、窓から下の交差点を見下ろしていた


「見事なハグだったよ」


こっちを振り向きもせずに死神は云った

そして今度は空を見上げながらこう続けた


「殺したいほど人を憎むような場合って、たいてい憎まれる方が悪いんだよね。

けどそんなヤツが直るワケないんだからさ、解決法はひとつしかないんだよ、分かる?

喩え相手が悪くたって、無条件でソイツを許す心、答えはソレしかないのにね、なんで人類は気付かないんだろうね」


どれだけ俺が苦悩したかなんて嘘のように思い出せないけれど、どうやら俺はあのバカ上司を許してハグすると云う選択肢の二を達成出来たようだ

そして死神が約束してくれた通りに元の生活に戻れている


「人類が許すコトを学べば戦争はなくなって、みんなが助け合える平和な世界が来るんだけどなぁ、人類ってバカだよね。今までに戦争のなかった年って一度もないって知ってた?」


人類とか戦争と云う単語で、最初にこの死神が俺のコトを「救世主」と呼んだのを思い出した


「君は人を許せたからね、人類を救う救世主だよ。

救世主の内の1人って意味だけどね。

あと78億人の救世主が現れれば人類は平和になる。

君があの上司を許せなかったなら、それすなわち人類の滅亡を意味してたんだ」


その次の瞬間、俺の目にトンでもない光景が飛び込んできた!

見下ろしていたオフィスビルの前の交差点に暴走した大型トラックが突っ込んで横転した

横倒しになったまま信号機の電柱に頭から突っ込んで運転席がぺしゃんこに潰れたのが上からだと鮮明に確認出来た


「君を跳ねそうになったトラックの運転手さん、救世主じゃなかったみたいね。

自分の命惜しさにリボルバで6人殺してたら、君もあそこにいたのよ」


そうか、時間が戻った瞬間に俺があのバカ上司とハグをしに6階まで来ていなかったなら、あのトラックと電柱との間で時間が戻って挟まれて潰されてたってコトか


「死神さんさぁ、あんた自分のコトを悪魔だって云ってたけど、実は天使だろ?」


自称悪魔の死神は俺の方に向き直って肩を震わせて笑いながら返事をした


「知らないの?天使は悪魔の姿を借りて現れるって云うんだよ!」


そう云い残すと死神はその場ですっと姿を消した


それ、逆だよ

悪魔が天使の姿を借りるんだよ

しかもあのコスチュームは悪魔じゃなくて死神だし


そう云えば初仕事だみたいなコトも云ってたっけな

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リボルバー 弥生 @yayoi0319

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