第125話:マジックバーに行こう②

「わかりました、綺麗なお嬢さん。ではとっておきのマジックをお見せしましょう」


 マスターはほのかにそんな挑戦的なことを言った。

 そして壁のボタンをポチッと押す。


 照明が少し暗くなって、点滅を始める。

 幻想的な雰囲気だ。これも演出なんだな。


「あなたお名前は?」

小酒井こさかい ほのか」

「ほのかさんですね。いいお名前だ」

「……」


 お世辞に答えずに、ほのかは黙ってマスターの顔を見つめてる。


「どうしたほのか?」

「今のセリフから、既にマジックが始まってる……のよね?」

「いやいや、ないだろっ!」

「あはは、その男性の言うとおりですよ。今の言葉には、まったくタネも仕掛けもございません」

「あたしは騙されないからっ!」


 なに言っとんだコイツは。

 疑いすぎだ。


 いや……ほのかのやつ、既にマジシャンの術中に落ちてる。


 何か仕掛けてくるんじゃないかっていう不安がかえって集中力を分散させてしまう。

 そして相手が高度な騙しのテクニックを持っているという思い込みが、暗示となってより騙されやすくなっているのだ。


 ……って、よく知らんけど。

 

「さあ今からが本番です」


 俺たち四人とも、ゴクリと唾を飲む。緊張だ。


「では今からほのかさんに魔法をかけます」


 マスターは手を伸ばして、ほのかの胸の辺りで広げた。


 思わずほのかの豊かな胸が目に入る。

 白いブラウスが窮屈そうだな。

 しかも胸元が少し開いたデザインだから、谷間がチラッと見えて目に毒だ……


 って俺は何を考えてるんだ!?

 いかんいかん。


「ほのかさん。あなたの今日のブラの色は?」

「え? 黄色だけど……」

「わかりました」


 なんというセクハラな質問!

 でもほのかもこの雰囲気に飲まれてるのか、なんの疑問も抱かずに素直に答えてるし。あはは。


 マスターはほのかの胸の前で、突然手をぐっと握りしめた。そしてぐいっと自分の方に引き寄せる。


 と同時に──


「ハイヤッ!」


 ──おわっ、びっくりした。


 突然大きな声を出してどうしたんだ?

 ほのかも驚いてのけぞってる。


「ほら。抜き取りました」

「え? なにを?」

「ほら」


 あれっ?

 いつ間にかマジシャンの手の中には、黄色い……


「黄色のブラをブラブラ。なんちゃって」


 え? 気がつくとマジシャンは手に黄色いブラを下げて、ほのかの目の前で揺らしてる。


「へっ? ……いやぁぁぁぁ! みみみ、見ないでひらりんっ!」


 まさか身につけてるものを抜き取るマジックなんて凄すぎるっ!!


 俺は思わずカウンターに身を乗り出してほのかを見た。


 ほのかは真っ赤になりながら、片手で胸を隠し、そしてマスターの持つブラを奪い取ろうともう片方の手を伸ばした。


「なーんてね。ほら、騙されましたね、ほのかさん。自分の胸をちゃんと見てごらん」

「え……?」


 ほのかは下を向いて、両手でブラウスの胸元を開いた。


 ──あ、もしかして。


「マスターが持ってるのは別物か!」

「うん、そうだよ! ほら、ひらりん、ちゃんとつけてるでしょ!」


 なるほど!

 このマジシャンは凄いのだという思い込み。

 そしてこの薄暗くて幻想的な雰囲気にすることで、彼が手にしたブラが別物だとわかりにくくしたわけか!


 確かにほのかの胸には、ちゃんとブラがつけられている……って、おい!


 ほのかが手でブラウスの襟を開いてるから、黄色いブラと、そこからこぼれそうなたわわな果実の谷間が──


「ばっちり見えてるぞほのかっ!」

「え……?」


 世界が一瞬静止した……気がした。


「いやぁぁぁぁ! ひらりんのえっちぃぃぃぃぃっっ!」


 ほのかが片手を大きく振りかぶったところまでははっきりと覚えてる。


 しかし次の瞬間。

 バッチィィィンという音と、頬への凄まじい衝撃を感じて脳がぐわんぐわん揺れた後は……


 気がついたらカウンターテーブルに突っ伏してた。


「こらほのちゃん! 平林君は悪くないでしょ!」

「そうですよほのか先輩の方から見せたんですから」


 所長とルカの声が聞こえた後、背中を揺すられるのを感じた。


「だだだ大丈夫?」


 顔を上げると、ほのかが心配そうな顔で覗き込んでる。


「あ、うん……」


 ほのかの顔が視界に入る。


 俺も男だ。今まで動画や写真では女性の裸の胸を見たことはもちろんある。

 だけどリアルで、しかも知り合いの女性の胸をあそこまで見たとなると……ブラをつけていたとはいえ、恥ずかしくてほのかの顔をまともに見れないっ!


「ごめんねひらりん。ホントごめんね」

「いいよ。気にすんな」


 男としては、大変良いものを見せてもらったとは思う。

 だけどビンタの痛みと釣り合いが取れてるのかというと……どうなんだ?


 でも涙目で謝るほのかを見ると、怒る気にはなれないな。


 それにしても──思いっきり疑いの心を持って見てたくせに、コロっと騙されるんだなコイツ。


 マスターが冷たいおしぼりを出してくれて、それで頬を冷やしながらマジックの続きを見た。やっぱ近くで見るマジックは面白いな。




 そして楽しい時間はあっという間に過ぎた。


「またお越しくださいね~」というマスターの声に送られて店を出た。


「もう二度と来ないからっ!」


 店を出てからだけど、ほのかが毒を吐いてる。


「面白かったですけどねぇ。私はまた来たいです」

「そうね。私もまた来るわ」

「え? え? え?」


 焦って俺を見るな。

 同意を求めてもダメだ。

 だって楽しかったんだから。


「ああ。俺もまた来たい」

「むむぅぅっ……それはまたあたしのブラをまた見たいってこと?」

「なんでそうなる? ほのかはもう来ないんだろっ? だったら3人で来るからいいよ」

「あああ、そんなあたしだけのけ者にしないでよっ!」

「お前が来ないって自分で言ったんだろが」

「いいよ。来てあげるよ。ひらりんのために」

「なんで俺のためなんだよ?」


 相変わらずめちゃくちゃなほのかトークに、所長もルカも笑ってる。

 そんな感じで、とても楽しいマジックバーナイトは終了したのだった。

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