ゲーミング男子中学生が前の席の女子を見つめる話

@nametaro

第1話 いのち短し輝け男子


「えー、人類が肌の色から解放されて今年でちょうど90年になります」

歴史担当のイケザキ先生が黒板に指を走らせると、癖のある書体で『第13章ゲーミング人類史』の文字が白く浮かび上がった。

「えー、肌色が固定されていた時代に人類が肌色に基づいた社会を形成していたことは、えー、1学期で学習しましたが…」


中学1年の1学期に原初生命の誕生から始まった歴史の授業はその内容を次第に現代に移し、3学年の2学期からは近代の歴史、いわゆるゲーミング期の出来事を習うところまで進んできている。突如として現れた1677万色に輝くゲーミング人類が瞬く間に世界を支配する激動の30年間は長い人類史のハイライトというべき時代なのだが、歴史が嫌いなトクナガミツオにとってはただただ退屈ないつもの授業だった。手持ち無沙汰にくるくるとペンを回す右手はミツオの気持ちを反映するように不満そうな鈍い光を放っている。


「えー、最初にゲーミング化した7人は青色が強かったことから青色セブンと呼ばれており、えー、ここは高校受験でも毎年出題されるので…」


歴史上の偉人の名前が読み上げられるたびに授業の声はだんだんと遠くなり、ミツオの意識は前の席に座るオオムラテルコの後ろ姿に注がれていった。テルコは授業に集中しているのだろう。黒板とノートの間を視線が行き来するたびにピンク色のヘアゴムで結ばれたポニーテールが可愛らしく上下に揺れている。

このところミツオは気がつけばテルコを見ながらぼんやりと考えごとをすることが多くなった。高校受験が近づきクラスメイトたちも本格的に受験勉強をスタートしているというのに、ミツオの頭の中にテルコの占める割合は日増しに増えていくばかりだ。このままでは不味いという気持ちとは裏腹に、目の前でフワフワと踊るポニーテールに誘われるようにミツオの視線はテルコの首筋へと移っていった。テルコの肌はまるでミツオの視線を吸い込むように赤から深い紫へとゆっくり変色し始めている。


肌の発光の調整は呼吸のようなもので、意識しなければ自然にゆっくりと色を変えていくが意図的に変色させることもできる。ググッと集中すれば肌に文字を浮かびあがらせることもできる一方で、感情的になると本人の意志を無視して特徴的なパターンで発光してしまうので時に言葉よりも雄弁に気持ちを語るコミュニケーション手段になっている。

恋する乙女は恋愛感情が高ぶると黄色の発色が強くなるなんて噂もある。テルコに好きな男がいるとしたら、その男にどんな色を見せるのだろうか?


「えー、赤組フォーは有名なのでみなさんも知っていると思います。えー、わが国では肌の色を根拠とした差別を根絶したヒーローとして…」


ミツオたちは固定肌の人類が絶滅した後に生まれたゲーミングネイティブ世代だ。そのため人の色が変わらない状態もそこにどんな文化が存在したのかも実際に経験したことはない。当時は変えられない肌色の違いのせいでトラブルが絶えなかったとは言うが、肌色が変わるせいで発生するトラブルばかりを見聞きして育ったミツオとしては固定肌の方がどんなに快適かと思う。今朝のニュースでは、病院の待合室で紅白に発光したのはハラスメントにあたるとして入院患者らが見舞い客に訴えを起こしたという話題が深刻に取り上げられていた。人類が変色する肌を手に入れなければ互いの肌色ばかりを気にかける窮屈な社会にはならなかっただろうに。


「えー、では黄色セブンの登場の部分をオオムラさん読んでください」


イケザキ先生から指名されテルコは「はい」と小さく返事をすると大きく息を吸い、教科書に記載された赤組フォーの活躍を明瞭な声で読み上げていく。態度には現れていないが少し緊張しているのだろう、声は普段よりワントーン高く、肌も活発に変色を繰り返している。

ミツオがテルコのことを気にしだしたのはつい最近のことだ。2週間前の日曜日、近所のショッピングモールへ家族と出かけていたときにたまたま買い物に来ていたテルコにばったり出くわした。テルコの私服姿を見たのはその時が初めてだ。テルコは明るい花柄のワンピース姿の下でさらに明るく肌を輝かせており、まるで夏のひまわり畑を切り取ったような美しさを放っていた。

学生は学生らしく。そんな理由がなんの根拠になるのかはわからないが、学生は肌の輝度と明度を落とし地味な見た目を保つことが社会的に良しとされている。肌の明るさは生活指導で厳しくチェックされ輝度を改めないままであれば内申点にも響いてくるので、標準的で従順な中学生たちは抑えめな肌で学校生活を送ることとなる。姉妹のいないミツオにとって、100%で輝く女子を間近で見ることは震えるように刺激的な体験であった。

休日に偶然出会ったクラスメイトとドギマギしつつ短い会話を交わした、そんな何でもない出来事がきっかけとなりそれ以来教室にいる時もミツオとテルコは会話を交わすようになった。学校では輝度を落として目立たない彼女の本当の輝きを僕だけが知っている。まるで二人だけの秘密を抱えているような恥ずかしさと優越感が混ざり合い、テルコとの会話は学校生活で一番の楽しみになっていった。

今朝話したときにテルコは『ゲーミング娘。』というアイドルが好きだと言っていた。家に帰ったらさっそく調べて曲を聴いてみよう。明日、曲を全て聴いたと言ったらテルコはどんな表情をするだろうか?まずはテルコが一番好きだという恋愛イルミネーション21という曲を……



「えー、トクナガ!聞いてるか!」

鋭い声にミツオがビクリと顔を上げると、イケザキ先生の真っ赤な顔が眼前に迫っていた。

「はい、すいません」

すっかり妄想に耽ってしまいイケザキ先生が近づいてきたことにすら気づけなかったようだ。反省の表情を示すとイケザキ先生の怒りは収まったようで、素早く顔色を戻して教壇へ踵を返した。


動揺してピカピカ光った僕が面白かったのだろう、周囲からクスクスと笑う声が聞こえてくる。テルコに恥ずかしいところを見られてしまったかもしれない。慌ててテルコを見るが、テルコは先程と変わらず教壇に顔を向けておりその表情は読み取れない。しかしチラリと覗く横顔には笑みが浮かんでるようにも見える。

幻滅されてないといいけど…その前に僕は幻滅するほど良いイメージを持たれているのだろうか?テルコは僕のことをどう思っているのだろうか?

答えを求めるようにテルコの姿を見ると、テルコの首の色がぐにゃりと変化しはじめた。それは自然な変化ではなく意図的な変化。黄色に染まった首の上に赤い光が集り、意味を持った文字を次々に形成していく。

『バ』『ー』『カ』『w』

ぐにゃりと揺れながら現れた4つの文字は再びぐにゃりと揺れて、僕を煽るように点滅しながら消えていった。

思いっきりバカにされてしまった。授業が終わったらなんて言い訳をしようか。まさかテルコのことを考えてボーッとしていたなんて言えるわけはない…けど、でも、思いきってそう告白したらテルコは僕になんて言うのだろうか……


愛らしいポニーテールを眺めながらミツオの頭と目がぐるぐると回転を始める。動揺と興奮に揺れるミツオの肌は急速に色を変え、鮮やかな恋の黄色を放っている。



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