第227話 華麗ならば、逃走もまた闘争なのだよ

 紅葉達が大統領府に到着すると、そこには眼鏡をかけた冒険者らしき男性がいた。


 しかし、紅葉達は誰もそれがロシアの冒険者だとは思っていなかった。


「ダンタリオンね」


「おや、これはもう騙せない程断定されてるか」


 そう言って、ダンタリオンが顔の前で手をスライドさせると、男性冒険者だった外見が、片手に辞書を持った白衣の悪魔へと変わった。


「後学のために、何故見破れたか教えてくれないか?」


「ここに1人でいることが変。ロシアの冒険者が壊滅的な状況で、服が全く汚れてないのが変」


「なるほど。それは言えてるな。まあ、こんなものは時間稼ぎにしかならんと思ってたがね」


「とっとと死ねやオラァ! 【猛毒十字斬ヴェノムクロススラッシュ】」


 スパパッ!


「【障壁バリア】」


 キィン!


 ルドラが話の流れをぶった切り、毒で構成された十字の斬撃を放つが、ルドラは容易く防いだ。


「おやおや、君のお仲間は随分と粗忽者じゃないか」


「煩い! 【猛毒十字斬ヴェノムクロススラッシュ】【猛毒十字斬ヴェノムクロススラッシュ】【猛毒十字斬ヴェノムクロススラッシュ】」


 スパパッ! スパパッ! スパパッ!


「無駄だ。【障壁バリア】」


 キィン! キィン! パリィィィン!


 3回目の【猛毒十字斬ヴェノムクロススラッシュ】により、ダンタリオンの【障壁バリア】が破壊された。


「ふむ。【障壁バリア】の耐久性はこんなものか」


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ! サラ!」


「はい! 【重力網グラビティウェブ】」


 ヒュン!


「【俊足クイック】」


 ベチャッ! ズゥゥゥン!


 サラの攻撃を躱したダンタリオンは、サラの正面に移動していた。


「私は昆虫系モンスターが嫌いなんだ。気持ち悪いからね。【蹴刃キックスエッジ】」


「【網宮殿ウェブパレス】」


 ススッ、キィィィン!


 ダンタリオンの蹴りによって放たれた斬撃は、サラが【網宮殿ウェブパレス】によって跳ね返した。


 勿論、ダンタリオンは【俊足クイック】の効果時間中だったので、反射された斬撃に当たることはない。


 ルドラとサラが、ダンタリオンと戦っているのを観察して、紅葉は首を傾げた。


「おかしいわね」


「何がじゃ?」


「迦具土、不思議に思わないの? ダンタリオンはソロモン72柱なのよ? それなのに、あんな小技しかスキルがないなんて変よ」


「言われてみれば、そうじゃな」


「変身してたってことは、変身した者のスキルも使えるってことかしら?」


「その可能性が高いのじゃ。ダンタリオンの目的は、間違いなく時間稼ぎじゃからな」


「そうね。そろそろ私も参戦するわ。ピエドラ、【暴食将軍グラトニージェネラル】よ」


「(○´・ω・`)bOK!」


 ピカッ。


 ピエドラが顔文字で応じると、紫色の光がその場を包み込んだ。


 光が収まると、紅葉の軍服の色が紫色になっており、紅葉は空を飛んでいた。


「せいっ!」


 ブンッ!


「チッ、これは面倒だな。【三重障壁トリプルバリア】」


 パリパリパリィィィン! スッ、シュイン!


 紅葉がグングニル=レプリカを投げると、ダンタリオンは忌々しそうに三重構造のバリアを展開した。


 あくまでもレプリカなので、本物グングニル並みの威力はない。


 そのせいで、グングニル=レプリカはダンタリオンに掠り傷を負わせるに留まり、すぐに紅葉の手に戻って来てしまった。


「余所見すんじゃねえ! 【海蛇突撃サーペントブリッツ】」


 ザァァァッ!


「しつこいな。【落雷サンダーボルト】」


 ゴロゴロゴロォォォン!


「主! 【網宮殿ウェブパレス】」


 ススッ、ボォォォッ!


 ルドラを覆うように、サラが【網宮殿ウェブパレス】を発動したおかげで、ルドラに落ちるはずだった雷は、何重にもなった網でできた宮殿を燃やすに留まった。


 もし、【海蛇突撃サーペントブリッツ】を発動中のルドラに雷が落ちていたら、感電していただろう。


 シーサーペントを模った水を纏った突進攻撃は、雷には弱い。


 サラがルドラのサポートに徹していなければ、防御に間に合わなかったに違いない。


 そして、このタイミングで紅葉達は5本目の光の柱が現れたのを視界の端に捉えた。


「あと1つだ。もう、君達もわかってるんだろう? ほらほら、止めてみたまえ」


 ダンタリオンは、5本目の光の柱が出現したのを見ると、ニタァッと気味の悪い笑みを浮かべた。


「なんとしてでも阻止してやるわ! 【怠惰眼スロウスアイ】」


 ボワワワァァァン。


 紅葉の目が紫色に光ると、紅葉の目から放射状に紫色の光が放たれた。


「【二重俊足ダブルクイック】」


 先程よりも、AGIが更に上昇し、紅葉の【怠惰眼スロウスアイ】はダンタリオンに避けられた。


 【怠惰眼スロウスアイ】を乱れ撃ちすると、ルドラやサラに当たってしまう恐れがある。


 それに、避けられるとわかってて無駄撃ちもできないので、紅葉はイライラした。


「遅い。寝惚けてるのかね?」


「もう、ムカつくわね!」


 ブンッ!


「無駄だ。【三重障壁トリプルバリア】」


 パリパリパリィィィン! スッ、シュイン!


「逃げのダンタリオンね! 少しは戦って倒そうって気概を見せなさいよ!」


「華麗ならば、逃走もまた闘争なのだよ」


「猪口才な! 【地獄炎宴ヘルズディナー】」


 ブンッ! ゴォォォォォォォォォォッ!


 ルドラが痺れを切らしたらしく、大技を発動した。


 サラを巻き込まぬように、ルドラはサラに騎乗して火の手が及ばない位置から攻撃した。


「チィッ、野蛮人が!」


「そこっ!」


 ブンッ! グサッ! シュイン!


「ぐはっ!?」


 ルドラの攻撃に気を取られ、そこで見せた隙を逃すことなく、紅葉はグングニル=レプリカを投擲した。


 いかにAGIを上げようとも、複数の行動を同時に行えるDEXはなかったらしく、ダンタリオンに初めて攻撃らしい攻撃が入った。


 そうなれば、ここで紅葉が畳みかけないはずがない。


「【灼熱世界ムスペルヘイム】」


 ゴォォォォォッ! ドガガガガガァァァァァン!


「ぐぁぁぁぁぁっ!」


 劫火に焼かれ、ダンタリオンは少なくないダメージを負った。


 しかし、ダンタリオンを倒せた訳ではなく、ダンタリオンは【灼熱世界ムスペルヘイム】でダメージを負いながらも、どうにか効果範囲外まで脱出していた。


 全身の火傷が、スリップダメージを与えているようだが、それでもダンタリオンは倒れない。


 しかし、全身の火傷により、体を動かすのが辛くなったらしく、ダンタリオンは立ち止まった。


「【回復ヒール】」


「【怠惰眼スロウスアイ】」


 ボワワワァァァン。


 再び紅葉の目が紫色に光ると、紅葉の目から放射状に紫色の光が放たれた。


 今度は紫色の光がダンタリオンに命中し、ダンタリオンの動きがかなりゆっくりになった。


「しぃぃぃまぁぁぁっっったぁぁぁっっっ!」


 回避よりも回復を優先させたせいで、ダンタリオンは自分の逃げ足を封じられてしまった。


 そこに、紅葉とルドラではない声が聞こえた。


「首置いてけ。【致命斬首ヴォーパルビヘッド】」


 スパァァァァァン! ジュワァッ! パァァァッ。


 突然、ダンタリオンの背後に現れた響が、MPによって生成した猛毒濡れの刃でダンタリオンの首を斬り落とした。


 響は【幽霊移動ゴーストムーブ】により、ギリギリまで誰にも気配を感じ取られないように近づき、美味しいところを頂く準備を整えていたのだ。


 それにより、ダンタリオンは回復不能なダメージを負い、その体が光の粒子となって消えた。


「ちょっと響! ここまで追い詰めたのに、最後だけ掻っ攫うんじゃないわよ!」


「フッフッフ。僕はバアルさんに言われた通り、当初の役割を果たしただけだよ。紅葉達が苦戦してたから、奇襲して終わらせただけ」


「あぁ、もう、不完全燃焼だわ! ・・・あれ? おかしいわね」


「何が?」


 イライラした様子の紅葉が、急に落ち着きを取り戻して首を傾げたので響は気になった。


「ダンタリオンとの戦いが終わったのよ? それなら、いつものように神の声が聞こえてもおかしくないでしょ?」


「確かに・・・。なんでだろ?」


「紅葉、あれを見るのじゃ!」


 迦具土が慌てて空を指差した。


 その方角を紅葉が見ると、6本目の光の柱が出現していた。


 ビィィィィィッ!


 3本の光の柱の頂点が、光の線で結ばれて正三角形を模った。


 これで、北を上とする正三角形と南を上とする正三角形が揃い、六芒星が完成してしまった。


 ピカッ、ゴロゴロゴロォォォン!


 暗雲が雷雲に変わり、雷が上空の六芒星に落ちた。


 ピカァァァァァン!


「「「・・・「「うっ!」」・・・」」」


 突然、その場を強烈な光が包み込み、紅葉達は目を開けてはいられなかった。


 そして、紅葉達の耳に神の声が届いた。


《緊急事態です。ダンタリオンが倒れましたが、【召喚陣サモンサークル】が完成してしまいました》


《これより、サタンがモスクワの大統領府に降臨します》


 神の声が止んだ時、紅葉達は戦いに勝って勝負に負けたのだと思い知らされた。

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