第224話 トイレ掃除いっとく?

 奏達がイスラエルに移動し、あちこちでモンスターを退治して回っていた頃、響とアラン、月読はロシアのサンクトペテルブルクに来ていた。


 ここにある血の上の救世主教会に、セーレがいると聞いているからだ。


 ロシアに入ってから、響達は現地の冒険者を1人も見かけておらず、遭遇するのは全てモンスターだった。


 そして、セーレに辿り着く前に、響は厄介なモンスターに遭遇した。


 そのモンスターは、三つ首の茶色いドラゴンであり、教会の屋根の上を縄張りとしていた。


 朧気ながら、月読はそのモンスターに心当たりがあった。


「確か、アジュダヤだったかな」


「三つ首のドラゴンだと、アジ・ダハーカだと思ったけど違うんだ?」


「アジ・ダハーカなら、ロシアには現れないでしょ」


「そんなもんかな?」


「そんなもんだよ」


「・・・拙者だけでござるか? 吞気に喋ってる余裕がないと思うのでござるが」


 アランの背中の上で、響と月読が吞気にモンス多ーの名前を特定しようと喋っているので、アランが困った顔になった。


 すると、アジュダヤは響達を目視で確認した。


「「「敵だぁぁぁぁぁっ! 【炎槌フレイムハンマー】」」」


 ゴゴゴォォォッ! ブブブンッ!


「アラン、回避!」


「【斥力リプル】」


 ブブブンッ!


 響達に向かい、炎で模られた3つの大槌が振り下ろされたが、アランが【斥力リプル】でどうにか弾き飛ばした。


 それにより、3つの炎の大槌は響達に当たらず、空振りしたまま消えた。


「やられたらやり返す。【降王水レジアフォール】」


 ザァァァァァッ! シュワァァァァァッ!


「「「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」」」


 滝のように流れ落ちる王水が、アジュダヤに命中し、その鱗をみるみるうちに融かした。


 鱗を融かされたアジュダヤは、絶叫せずにはいられなかった。


「なんだ、オロバスよりも遅いじゃん。アラン、攻撃しちゃって」


「任せるでござる。【音波釘打ソニックネイル】」


 ビュン! カカァァァン! ドッシィィィン!


 アランが放った鋭い音波が、鱗が融けて苦しんでいるアジュダヤの腹に命中し、よろけた拍子に地上に墜落した。


 アランの【音波釘打ソニックネイル】は、2連続で命中する音波だ。


 先に到着した音波が、ぶつかった物体の抵抗を0にする。


 その瞬間に少しだけ遅れてぶつかった音波が、一切抵抗されない状態で衝撃を与える。


 ドラゴンと言えば、強敵のように思えるのだが、アジュダヤには響達の攻撃が次々に嵌まって拍子抜けだった。


 響達はまだ、セーレを倒せていない。


 セーレをさっさと倒し、紅葉達に合流する手はずだったので、響は早々に決着をつけることにした。


「スケジュールが詰まってるんだよね。【槍地獄ランスヘル】」


 グササササササササササッ!


 直接首を斬りにいくには距離があり、その時間で逃げられると厄介なので、響は【槍地獄ランスヘル】を発動した。


 串刺しになったアジュダヤは、響が想定していたよりもタフで、【槍地獄ランスヘル】でも倒れなかった。


 ところが、串刺しになったことでアジュダヤに変化が現れた。


 シュゥゥゥッ。


 突然、アジュダヤから白い煙が発生し、アジュダヤの体を包み込んだ。


 そして、煙の中のシルエットが、アジュダヤのものから悪魔の姿へと変わった。


「まさか・・・。【千里眼クレヤボヤンス】」


 響は何かを思いついたらしく、【千里眼クレヤボヤンス】で煙の中にいるシルエットの正体を探った。


 すると、響の目には煙の中の存在が、ドラゴンではなく完全に悪魔の姿で捉えることができた。


「これ、ひょっとしなくても、アジュダヤじゃなくてセーレだったんじゃない?」


「あれ? おっかしいなぁ・・・」


 響にジト目を向けられ、月読は引きつった笑みで誤魔化そうとした。


「月読が何も見通せないポンコツな件について」


「誰がポンコツだよ!」


「月読」


「僕はポンコツじゃない!」


「トイレ掃除いっとく?」


「・・・はい、すみません。ポンコツで良いです」


 奏の気分を害する頼みをしたことで、復活したら天界のトイレ掃除をすることになっていたが、月読は響をサポートするために地球に残らせてもらっていた。


 それにもかかわらず、セーレのことをアジュダヤだと勘違いしていたので、響は月読をポンコツ認定した。


 最初は否定した月読だったが、ポンコツであることを認めず、自分の間違いも認めずに響の足を引っ張ってしまえば、自分は天界に強制送還される。


 それだけでなく、そのままトイレ掃除に直行させられるとわかっていた。


 だから、月読は悔しい気持ちはあれど、響に謝ってポンコツ認定を受け止めた。


 そんな話をしている間に、セーレを包み込んでいた煙は消え、白い執事服を着た無傷のセーレが現れた。


「あぁ、俺はなんて不幸な美少年なんだ! 持ってた最後のストックを失うなんて!」


「いや、美少年じゃないでしょ。年齢からいって」


「見た目が美少年なんだから、永遠の17歳なのさ!」


 髪をかき上げ、イケメンっぽい仕草をするセーレの見た目は、確かに少年と言っても過言ではなかった。


 高校生ぐらいの身長で、顔つきも若く成人のそれではない。


 スタイルも良く、俳優やモデルだと言っても通じるレベルだ。


 それを自分でもわかっているからこそ、セーレはわざわざ自分を美少年だと言っているのである。


 だが、そんなセーレの外見も響のストライクゾーンには入っていなかった。


「ふ~ん。あっそ」


「おやおや? おかしいぞ? ソロモン72柱で最もイケメンな俺を見て、メロメロにならないはずがない!」


「メロメロ? ・・・フンッ」


「鼻で笑われた・・・、だと・・・?」


 メロメロにするどころか、相手にもされていないと悟ってセーレは驚愕した。


「時間の無駄。【影傀儡シャドウパペット】」


 ドガッ。


 突然、体の制御が利かなくなり、セーレは訳もわからず地面に倒れた。


 響がセーレの影を操り、セーレを地面に叩きつけたからだ。


「何をした!? 俺に攻撃するなんて、世界の損失だぞ!?」


「うざい。【陥没シンクホール】【槍地獄ランスヘル】」


 ズズズズズッ、グササササササササササッ!


「ひぎゃぁぁぁぁぁっ!」


 抵抗する余裕もなく、突如できた穴に落ち、壁と底から無数に生えた槍で串刺しにされ、セーレは絶叫した。


「ゴキブリみたいにしぶといね」


「おい! 美少年たる俺をゴキブリと一緒にするなんて、マジ万死だぞ!」


「うるさい。【降王水レジアフォール】」


 ザァァァァァッ! シュワァァァァァッ!


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」


 穴を埋めるように流れ落ちる王水が、セーレに命中した。


 その瞬間、セーレは串刺しになった時よりも大声で叫んだ。


 それでも、セーレのHPは0にならなかった。


 常識的に考えて、もう致命傷になるダメージを何度も与えているのだから、いつ倒せてもおかしくないはずである。


 それにもかかわらず、どういうことかセーレを倒せないため、響は首を傾げた。


「響、ちょっと良い?」


「月読、何か思いついた?」


「本体が別の場所にあるんじゃないの?」


「・・・マジ? 【千里眼クレヤボヤンス】」


 月読に指摘され、響は再び【千里眼クレヤボヤンス】を発動した。


 すると、響は今まで攻撃していたセーレが本体ではないこと、本体のいる場所を見つけることに成功した。


「ふぅ。響はまだまだ【千里眼クレヤボヤンス】を使いこなせてないみたいだね」


「・・・戻ったら、奏ちゃんにお願いしてこっちでもトイレ掃除の罰を与えてもらおうかな」


「き、汚いよ、響。そこで奏を持ち出すなんて」


「あ、あの、本体を倒しに行かなくて良いのでござるか?」


「「そうだった」」


 アランに指摘され、響と月読は言い争いを止めた。


 そして、苦しむ分体のセーレを放置して、響達は【千里眼クレヤボヤンス】で見つけたセーレの本体のいる場所に急いで移動した。


 セーレの本体は、教会の中にあるボス部屋にいた。


 ボス部屋を開けると、玉座に眠るように座るセーレの姿があったのだ。


「幽体離脱的なスキルかな? まあ、倒せば関係ないよね。【致命斬首ヴォーパルビヘッド】」


 スパァァァァァン! ジュワァッ! パァァァッ。


 今度こそ、響はセーレを倒した。


 セーレの首を刈ってすぐに、セーレの体が光の粒子になって消えたから間違いない。


《響の【陥没シンクホール】と【槍地獄ランスヘル】が、【槍宮殿ランスパレス】に統合されました》


 神の声が聞こえたことも、響にセーレを倒した実感を与えた。


「響、急いで紅葉達に合流しよう」


「そうだね。アラン、よろしくね」


「任せるでござる」


 戦利品の回収を素早く済ませると、響達はダンタリオンと戦っているであろう紅葉達に合流すべく移動を開始した。

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