第223話 あれが? 歩く十八禁の間違いだろ?

 奏と楓は、それぞれルナとサクラに乗り、その横をバアルが飛んで聖墳墓教会の攻略を急いだ。


 スピードクリアの本気を出した奏達を止められるモンスターは、このダンジョンにはいなかった。


 気づけば、奏達はボス部屋の扉の前まで到着していた。


「楓、扉を開ける前に、諸々の強化を頼む」


「わかりました。サクラ、【魂接続ソウルコネクト】をお願い」


「うん! 【魂接続ソウルコネクト】」


 サクラのスキルのおかげで、楓のパワーアップが完了した。


「ありがとう、サクラ。【天使応援エンジェルズエール】」


 楓がスキル名を唱えると、ラッパを持った天使達が天から舞い降りて、奏達を鼓舞するようにラッパを吹いた。


 ラッパを吹き終わると同時に、天使達は消えた。


「楓、ありがとう。次はルナだ。【憑依ディペンデンス】を頼む」


「は~い。【憑依ディペンデンス】」


 ピカッ。


 ルナがスキル名を唱えると、翠色の光がその場を包み込んだ。


 光が収まると、そこには髪が翠色に、目は金色になった奏の姿があった。


「サクラ、俺がアスモデウスと戦ってる間、楓のことを守ってくれ」


「わかった!」


「バアル、楓とサクラがピンチなら助けてくれ」


「おう。手出しが認められた範囲でなんとかしてやんよ」


 話がまとまると、奏は頷いた。


「頼んだ。じゃあ、入るか。【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン!


 ボス部屋の扉を、奏が蹴るのと同時にスキルを発動した。


 すると、ボス部屋の扉が室内に吹っ飛んだ。


「ゴファッ!?」


 自分に向かって飛んで来た扉を、アスモデウスは近くにいた男性冒険者が、自ら肉の盾になって防いだ。


 肉の盾になった冒険者は、扉がぶつかった衝撃で気絶し、アスモデウスの足元に倒れた。


 その冒険者以外にも、何人もの男性冒険者達がアスモデウスの周囲に集まっており、アスモデウスが座っているのも四つん這いになった男性の上だった。


「奏、あれがアスモデウスだ」


「あれが? 歩く十八禁の間違いだろ?」


「早急にやっちゃってください! 奏兄様には、私がいます! 奏兄様が望むなら、私も同じ水着を着ます!」


「いや、張り合わないでくれ。楓はそのままが良いんだ。あれはただの変態だとしか思ってないから」


 奏の顔が引きつったのは、アスモデウスの装備のせいである。


 アスモデウスの見た目は、全身がピンクの体表で紫色のウェーブがかかった長髪の女型の悪魔なのだが、その服装がスリングショットと呼ばれる水着だった。


 しかし、グラマラスなボディのせいで、スリングショットでは大事な部分がほとんど見えており、そのせいでボス部屋の中に幽閉されている男性冒険者達は軒並み魅了されてしまっていた。


 楓としては、奏に自分以外の異性のそんな姿を見てほしくないので、1秒でも早く倒してくれと訴えた。


 それも、どうしても見たいなら自分が同じ姿になると言ってまでである。


 そんなアスモデウスの姿を目の当たりにしても、奏に顔を引きつらせる以外動じた様子はなかった。


 楓がスリングショットを着なくても、奏は楓にしか手を出さないと決めているから、微塵も魅了されることはないし、今の奏は状態異常も効かない。


 だから、奏がアスモデウスを見て鼻の下を伸ばすことあり得ない。


 ところが、それとは対照的に、ボス部屋の中にいる奏以外の男性冒険者達は、すっかりアスモデウスに魅了されて鼻の下を伸ばし、アスモデウスの逆ハーレムを形成していた。


「変態とは酷いわ~♡。ん~、これでも~、私は性欲に忠実なだけよ~♡」


「・・・相変わらず、イラつかせてくれる奴だぜ」


 アスモデウスの喋り方が、生理的に受け付けないらしく、バアルは嫌な者を見る目でアスモデウスを見た。


「失礼しちゃうわ~♡ そんなこと言うなら~、ん~、ぶち殺してあげる♡ 私の忠実な僕達~、ん~、私に逆らう者を殺」


「言わせないから。【世界停止ストップ・ザ・ワールド】」


 奏がスキルが発動すると、奏以外の世界が灰色に染まった。


 アスモデウスに最後まで喋らせることなく、奏はスキルを発動した。


 正直なところ、奏はさっさと【蒼雷罰パニッシュメント】で終わらせたかった。


 しかし、時を止めずに【蒼雷罰パニッシュメント】を発動すれば、間違いなく魅了された男性冒険者達が身代わりになってしまう。


 それがわかっていたから、奏は先に時間を止めた。


 そして、邪魔をされない状況を作ってから、奏はアスモデウスに攻撃した。


「【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン!


 蒼い稲妻がビームのように放たれ、アスモデウスの頭を消し炭にした。


 だが、どういう訳かアスモデウスが消滅することはなかった。


「なんでだ?」


 奏は必勝法が不発に終わり、首を傾げた。


『パパ、あれはデコイだよ。【仙術ウィザードリィ】を使ってみよ?』


 (【仙術ウィザードリィ】を?)


『うん。きっと、パパならアスモデウスの本体を見つけられると思うんだ』


 (わかった。やってみよう)


「【仙術ウィザードリィ】」


 奏が困っていると、ルナが助け船を出した。


 ルナの意見を採用し、奏は早速【仙術ウィザードリィ】を発動してみた。


 すると、奏は何もいないはずの場所から、アスモデウスの形状をした邪な気を感じ取れた。


 それだけでなく、奏が攻撃した場所からは何も感じなかった。


『やったね、パパ! あそこだよ! すっごい嫌な感じがするもん!』


 奏に憑依しているルナも、同様に嫌な気配を感じ取ったらしい。


「場所がわかれば、こっちのもんだ。【技能付与スキルエンチャント:<蒼雷罰パニッシュメント>】」


 バチバチバチバチバチィッ!


 変態アスモデウスに騙されてイライラしているせいで、天照に付与された蒼い雷がロキとの戦いの時ぐらい鋭い。


「今度こそ、跡形もなく消えてくれ」


 スパパパパパァァァァァン! ズドォォォォォォォォォォン! ゴォォォォッ!


 奏は容赦なく、アスモデウスの気を感じた場所を滅茶苦茶天照で斬りまくった。


 斬撃、雷撃、劫火を一瞬でその体に受け、サイコロカットされたことで、何も見えなかった場所に、アスモデウスの肉片が突然現れた。


 パァァァッ。


 とてもではないが、修復不可能なダメージをその身に受け、アスモデウスは今度こそ消えた。


 奏が【世界停止ストップ・ザ・ワールド】を解除すると、ボス部屋内に色が戻ると同時に奏達の耳に神の声が届き始めた。


《おめでとうございます。個体名:高城奏のパーティーが、アスモデウスを倒したことにより、イスラエルのモンスター討伐率が100%に到達しました。その特典として、<ソロモンの再来>を会得しました》


《奏の<多神の祝福>と<ソロモンの再来>が、<代行者>に統合されました》


《おめでとうございます。個体名:高城奏のパーティーが、イスラエルのモンスター討伐率を100%にしたことで、伊邪那美がイスラエルにモンスター避けの結界を張ることに成功しました》


《奏がアスモデウスに目もくれずに倒したことで、楓の<聖女>と<専属メイド>が、<愛の聖女>に統合されました》


 神の声が聞こえなくなる頃には、ルナが【憑依ディペンデンス】を解除して奏の目の前に現れた。


「パパ~!」


「ルナ、さっきはありがとう」


「役に立った?」


「勿論だ。ルナは頼りになるよ」


「エヘヘ♪」


 奏に頭を撫でられ、嬉しくなったルナは奏に頬擦りした。


 そんなルナを見ていると、楓も褒めてもらいたくなったようで、奏の隣にピタッとくっついた。


「奏兄様、お疲れ様です」


「楓も強化してくれて助かったよ」


「はい!」


 ルナだけでなく、自分も頭を撫でてもらえたことで、楓はご機嫌になった。


 楓とルナが褒められれば、直接奏を強化した訳ではないが、サクラだって物欲しそうな目で奏を見つめるに決まっている。


 奏はその視線に気づき、サクラに手招きした。


「サクラもありがとう」


「うん!」


 仲間外れにされることなく、サクラも奏に頭を撫でてもらえて機嫌を良くした。


 楓達が満足するのを待ってから、バアルは奏に声をかけた。


「んじゃ、そろそろこの国を出ようぜ。戦利品だけ回収したら、こんな所は1秒でも早く出て行きてえ」


「そうだな。魔石とモンスターカードか・・・。バアル、このモンスターカードはいらない」


「俺様もいらねえよ。後で、ガネーシャにでも売ってやれ。貴重であることに変わりはないから、そこそこの物と交換してくれるだろ。それよりも、宝箱を開けちまえよ」


「わかった」


 バアルに促され、奏はボス部屋の中央に現れた宝箱を開けた。


 すると、宝箱の中には金色に輝く指輪が入っていた。


「おいおい、今更こんなの出て来やがった」


「バアル、これは何?」


「ソロモン王の指輪だ。俺様が魔界から天界に戻った後、天界で俺様を除くソロモン72柱を制御するために作られた指輪だ。これが序盤に手に入ってたら、ソロモン72柱との戦いでかなり楽できたんだがなぁ」


「今更過ぎるだろ、おい」


 奏は手に取った指輪にジト目を向けた。


「それな。そうだ、ここから脱出する前に、変態に誘惑された馬鹿共をどうするか決めねえと」


「モンスター避けの結界も展開されて、俺達が脱出したら、このダンジョンが元の聖墳墓教会に戻るんだろ? 放置で良いんじゃね?」


「よし、そうしよう。こんな奴等よりも、外の聖域の中にいる女共をどうにか保護してやらねえとな」


 バアルがそう口にした途端、奏とバアルの耳に伊邪那美の声が届いた。


『奏、バアル、大変だえ! 紅葉達がピンチだえ! 冒険者達の後処理は此方達が引き受けるから、モスクワに行ってほしいえ!』


 残念ながら、奏の仕事はまだ終わらないらしい。


 奏達は伊邪那美に急かされ、【転移ワープ】でモスクワへと移動した。

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