第216話 いや、強いられてるわ。肉弾戦を強いられてるの

 奏がエポナに頼まれ、イタリアでモンスターを倒していた頃、紅葉はオーストラリアに来ていた。


 オーストラリアに来るまでに、紅葉はマレーシア、ブータン、オーストリアのモンスター討伐率を100%まで引き上げており、本日4ヶ国目である。


『紅葉よ、かなりハイペースじゃが、大丈夫かの?』


「ええ、大丈夫よ。ソロモン72柱じゃなければ、どうってことないわ」


 天界から見守っていたらしく、オーディンが紅葉に話しかけるが、紅葉は問題ないと答えた。


 なんだかんだ言って、紅葉もLv100の超人ドワーフであり、迦具土を復活させた実力がある。


 それに、ジャバウォックに進化したピエドラも、存分に働いているので、紅葉にそこまで負担がかかっていないのだ。


 マレーシアで大量発生したケンタウロスは、紅葉が【灼熱世界ムスペルヘイム】で燃やし尽くしたが、ブータンで氾濫したミノタウロスは、ピエドラが美味しくいただいた。


 オーストリアでは、冒険者達を眠らせて他のモンスターに襲わせていたザントマンと対峙したが、モブモンスターのほぼ全てをピエドラが担当し、紅葉はザントマンだけを倒した。


 個人的に、ザントマンと奏は会わせたらいけないと思い、ピエドラに他を任せてザントマンを真っ先に倒しに行ったのだ。


 こんな経緯なので、4ヶ国目の遠征ではあるものの、疲労困憊で動くのも億劫という訳ではない。


 さて、紅葉が今いるオーストラリアだが、スタンピードが起きたのはエアーズロックだ。


 まさか、こんな形で登山禁止になったエアーズロックに来ると思っていなかったので、紅葉は現地の冒険者達には悪いが、少しだけ得した気持ちだった。


 もっとも、モンスターが溢れているせいで、観光気分は微塵も味わえないのだが。


「アシュラベアにドランクサーペント、エキサイトボクサーまでいるのじゃ」


「6本腕の熊に、酔拳みたいな動きの蛇、何故かボクシンググローブをしてるカンガルーね。これって、肉弾戦を強いられてるのかしら?」


「強いられてないのじゃ。偶々なのじゃ」


 紅葉が変なことを言い始めたので、迦具土はくだらないことを考えさせないようにそっけなく答えた。


「いや、強いられてるわ。肉弾戦を強いられてるの」


「・・・はぁ。困った紅葉なのじゃ」


 蜻蛉切・真を使わずに戦う気になってしまった紅葉を見て、迦具土は大きく溜息をついた。


 だが、迦具土の溜息の原因はすぐに解消されることになった。


「サンハイ( ´ ▽ ` ) ガ٩( 'ω' )وン٩( 'ω' )وバ٩( 'ω' )وル٩( 'ω' )وゾ‼‼」


 顔文字のすぐ後、【暴食進撃グラトニードライブ】を発動し、ピエドラが大量にいるモンスターを吸い込みながら突撃を開始した。


 それにより、紅葉が何かすることなく、30秒程度で周囲のモンスターが一掃されてしまった。


「ピエドラ~、少しは私にも取っておいてよ」


「( ゚ω゚ ) お断りします」


「なん・・・、だと・・・。ピエドラから、明確に拒否されるだなんて・・・」


「(>ω・)てへぺろ」


 ショックを受けている紅葉に対し、ピエドラはわざと苛立たせるような顔文字をチョイスして使った。


 しかし、ピエドラは使っている顔文字とは裏腹に、ふざけているつもりはない。


 この場面で、紅葉が肉弾戦に没頭し、時間も労力も割いてしまえば、オーストラリアでスタンピードを引き起こした元凶と戦うときに万全な状態で戦えない。


 それを考慮して、ピエドラは食事を兼ねた露払いをしたのだ。


 そして、モンスターの大群がいなくなったエアーズロックをピエドラに乗って登っていくと、紅葉達はスタンピードの元凶と遭遇した。


 そのモンスターは、巨大なアシュラベアから剥ぎ取った皮を敷いた骨でできた玉座に腰を下ろしている。


 見た目は筋骨隆々であり、毒々しく変色した鉈を握るライオンの顔をしたモンスターである。


 背中から生やした悪魔の翼から、これがオーストラリアに現れたソロモン72柱であろうことは一目瞭然だった。


「プルソンなのじゃ」


「プルソン?」


「バアルによると、ソロモン72柱の王の一柱なのじゃ。気を付けるのじゃ」


「ベレトと同格ってことね? フランスで倒したモンスターの」


「その通りなのじゃ」


 迦具土に注意され、紅葉の警戒が1段階上がった。


 プルソンは鉈を紅葉に向けると、忌々しそうな表情になった。


「よくも我の手駒を減らしてくれたな」


「地球に仕掛けてこなかったら、こうなることもなかったのよ」


「それは無理だ。魔界では、住める土地が減ってるからな」


「あっそ。人もモンスターも、侵略の原因は大差ないわね」


 紅葉の言葉を聞くと、プルソンの額に青筋が浮かび上がった。


「下等な人風情が、我等と比べるとは不敬だぞ」


「・・・迦具土、聞いた? 不敬だって。何様のつもりなんだろうね?」


「だから、王様なのじゃ。さっき説明したのじゃ」


「私にとっての王は、奏君だけだもの。他の有象無象の身分なんて知らないわ」


「貴様ぁぁぁぁぁっ! 【猛毒刃ヴェノムエッジ】」


 スパァン!


 キレたプルソンが立ち上がり、鉈を大きく横に薙ぎ、猛毒を帯びた斬撃を放った。。


「【緋炎円スカーレットサークル】」


 ボォォォォォッ! 


 緋色の炎が、紅葉達を中心に円を描いて広がる。


 それにより、プルソンが放った猛毒を帯びた斬撃が緋色の炎に阻まれた。


「小癪な! 【足踏爆弾スタンプボム】」


「ピエドラ、飛んで!」


「(○´・ω・`)bOK!」


 ドスンッ、ドガァァァァァン!


 プルソンが強く右足を踏み込むと、そのすぐ後に紅葉達のいる場所が爆発した。


 しかし、紅葉が指示を出していたおかげで、ピエドラが爆風を利用してプルソンの頭上まで回避と同時に移動できた。


「クッ、飛んで逃げたか。【奏者召喚トランぺッターサモン】」


 ブォォォォォッ!


 トランペットにしては重厚な音と同時に、トランペットを持った骸骨天使と呼ぶべきモンスターが出現した。


「我にトランぺッターを呼び出させたことだけは、褒めてやろう」


「別に、褒めてほしいのはあんたじゃないわ。ピエドラ、やっちゃいなさい」


「(b゜ω^)⌒☆バチッ」


 ドゴゴゴゴゴォォォォォン! パァァァッ。


 ピエドラの【炎熱地獄インフェルノ】が命中し、トランぺッターと呼ばれた骸骨天使は活躍することなく倒れた。


「おのれぇっ! 【猛毒刃ヴェノムエッジ】【猛毒刃ヴェノムエッジ】【猛毒刃ヴェノムエッジ】【猛毒刃ヴェノムエッジ】【猛毒刃ヴェノムエッジ】」


 スパァン! スパァン! スパァン! スパァン! スパァン!


「ピエドラ、回避」


「∩`・◇・)ハイッ!!」


 自棄になったプルソンの連続攻撃を、ピエドラは余裕をもって次々に躱した。


「うん、わかった。王とか言いつつ、大したことないわ」


「下等生物がぁぁぁぁぁっ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」


「はいはい。そうやって上から物を言ってるけど、攻撃は当たらないし、見下ろしてるのは私達。おわかり?」


「黙れクソがっ! 貴様など、所詮その従魔の力がなくては何もできないだろうが! 貴様の攻撃こそ、我にまだ1回も当たっておらぬわ!」


「・・・OK。その喧嘩、勝ってやるわ。ピエドラ、【暴食将軍グラトニージェネラル】よ」


「了解デス。´ω`。)ノ☆」


 ピカッ。


 ピエドラが顔文字で応じると、紫色の光がその場を包み込んだ。


 光が収まると、紅葉の軍服の色が紫色になっており、紅葉は空を飛んでいた。


「私に喧嘩を売ったこと、後悔させてやるわ。【鋼噛メタルバイト】【紫雷正拳サンダーストレート】」


 ブンッ、ゴロォォォン! バチィッ!


「何ぃっ!?」


「君がッ泣くまで殴るのをやめないッ! 【紫雷正拳サンダーストレート】」


 ブンッ、ゴロォォォン! バチィッ!


「ぐっ・・・」


「【紫雷正拳サンダーストレート】【紫雷正拳サンダーストレート】【紫雷正拳サンダーストレート】」


 ブンッ、ブンッ、ブンッ、ゴロゴロゴロォォォン! バチィィィィィッ! パァァァッ。


 プルソンは泣くこともできないまま、HPを全損して倒れた。


「えっ、もう終わり?」


 不完全燃焼気味の紅葉の耳に、神の声が届き始めた。


《おめでとうございます。個体名:秋山紅葉が、プルソンを倒したことにより、オーストラリアのモンスター討伐率が100%に到達しました。それにより、オーディンがオーストラリアにモンスター避けの結界を張ることに成功しました》


《おめでとうございます。個体名:秋山紅葉が、クエスト2-4をクリアしました。報酬として、進化の証の引換券を会得しました。あと6枚集めることで、引換券が進化の証に変わります》


《おめでとうございます。個体名:秋山紅葉が、武器を使わずにプルソンを倒しました。その報酬として、紅葉に<拳聖>が与えられました》


 神の声が止むと、ピエドラが【暴食将軍グラトニージェネラル】を解除した。


 そのすぐ後、迦具土も戦い終えた紅葉に駆け寄った。


「お疲れ様なのじゃ」


「ちょっと物足りないけどね。あれ?」


「どうしたのじゃ?」


「やっぱり、肉弾戦を強いられてたのよ。私、拳でプルソンを倒したし」


「・・・はぁ。紅葉はやっぱり紅葉なのじゃ」


 不完全燃焼だったかと思いきや、さっきの伏線を回収したと喜んでいる紅葉を見て、迦具土はやれやれと首を横に振った。

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