第215話 確かに。楽をしたいと思うのは真理だよな

《おめでとうございます。個体名:高城奏が、レッドスケリトルドラゴンを倒したことにより、イタリアのモンスター討伐率が100%に到達しました。その特典として、<エポナの祝福>を会得しました》


《奏が<エポナの祝福>を会得したことで、<鷲獅子騎手グリフォンライダー>に含まれる幻獣系モンスターからの好感度補正が強化されました》


《奏の<エポナの祝福>が、<多神の祝福>に内包されました》


《奏がエポナの依頼を達成したことにより、奏に住民候補リストが贈られました》


《おめでとうございます。個体名:高城奏が、イタリアのモンスター討伐率を100%にしたことで、エポナがイタリアにモンスター避けの結界を張ることに成功しました》


 神の声が鳴り止むと、奏は急いで魔石やモンスターカードを回収し、【転移ワープ】で双月島の神殿に戻った。


 ペルーの時と同じように、イタリアで自分の姿が目撃されてしまえば、祭り上げられたくないからだ。


 奏達が帰って来たことを悟り、悠を抱っこした楓とサクラが奏を出迎えた。


「奏兄様、ルナちゃん、バアルさん、天照さんもおかえりなさい」


「ただいま、楓」


「ただいま~」


「おう、帰って来たぜ」


『今、帰って来たわ。【擬人化ヒューマンアウト】』


 双月島に戻ってくれば、戦闘になることはまずないので、天照は天叢雲剣の姿から人型に変身した。


「楓、新しい住民候補のリストを貰った。一緒に見よう」


「はい!」


 楓は嬉しそうに頷き、奏の隣に座った。


 奏は報酬で会得したリストを開き、楓と一緒に見始めた。


 すると、リストに記された住民候補のモンスターは5種類いた。


 最初に記されていたのは、ケット・シーだった。


 アイルランドの伝承される猫の妖精であり、人前ではただの猫だが、本性は二本足で人間のように動くとされている。


 奏も名前だけは知っており、イメージしやすかった。


 種族の特徴として、手先が器用らしく、細かい作業が得意だと備考欄に記されていた。


 ケット・シーの次に書かれていたのは、クー・シーだった。


 こちらは、ケルト神話に登場する犬の要請であり、ケット・シーとは異なり見た目は大型犬らしい。


 二足歩行はできないが、役目に器用さは求められておらず、番犬や衛兵に向いていると備考欄に書かれていた。


 その次に書かれていたのは、ユニコーンだった。


 こちらも奏は名前を知っていたが、ケット・シーと比べて癖が強かった。


 解毒や治療が得意だが、処女もしくは1人に操を捧げる女性にしか心を許さないので、男性や雄のモンスターの治療をしないらしい。


 この注意書きを見た瞬間、奏はユニコーンを選ぶことはないと思った。


 あらかじめ、自分に懐かないとわかっているモンスターを貰い受けるなんて、貴重な枠が勿体ないからである。


 ユニコーンの次に記されていたのは、カーバンクルだった。


 額に宝石を持つ兎の見た目をしたモンスターで、懐いた者にしか自分に触れさせない。


 得意なことは特にないが、生息する場所に住む者のLUKが高まると備考欄に書かれていた。


 最後に記されていたのは、スフィンクスだった。


 巨大な猫の見た目であり、なぞなぞ好きで物の保管が得意らしい。


 一通りリストに目を通すと、奏は楓に訊ねた。


「楓はどれが良いと思う?」


「ケット・シーが良いと思います」


「どうして?」


 奏も同感だったが、楓がなんでそう考えたか気になったので訊ねてみた。


「消去法です。クー・シーは番犬や衛兵に向いてますが、そもそも双月島は広い訳でもなく、安全な神域なので絶対に必要じゃありません。ユニコーンは、奏兄様を蔑ろにしそうだから論外です。カーバンクルは、幸運をもたらすだけです。スフィンクスは、かまってちゃんだと思います」


「ケット・シーなら、手先が器用だから、色んな作業が任せられるってことか」


「はい」


「俺もそう思う。じゃあ、ケット・シーにするか?」


「それで良いと思います」


 奏と楓の意見が一致すると、奏達は礼拝堂に移動した。


 そのタイミングを見計らっていたかのように、転移門ゲートが光を放ち、その中からエポナが現れた。


「奏、イタリアを救ってくれてありがとうございます。新しい住民をどの種族にするか、決まりましたか?」


「決めた。ケット・シーが良い」


「わかりました。少し待ってて下さい。連れてきます」


 そう言うと、エポナは転移門ゲートで一旦天界に戻り、礼拝堂に二足歩行の虎猫を連れて来た。


「お待たせしました。ケット・シーのニャルルです。雌ですよ」


「ニャルルなのにゃ。よろしくなのにゃ」


 エポナに紹介されると、ニャルルはペコリと頭を下げた。


「よろしく。奏だ」


「楓よ。よろしくね、ニャルルちゃん」


「ルナだよ~」


「サクラなの」


「はい、奏様、奥様、ルナちゃん、サクラちゃん、よろしくなのにゃ」


「では、ニャルル、ここでの生活を楽しんで下さい」


「ありがとうなのにゃ」


 エポナはニャルルに声をかけ、ニャルルはエポナと別れの挨拶を済ませた。


 エポナを見送り、転移門ゲートが閉じると、奏達は双月島を案内して回ることにした。


 ニャルルの役割を決めるには、双月島を知ってもらうのが手っ取り早いと思ったからだ。


 北東部の耕作地に行くと、ニャルルはリック達の農作業を見て、その尻尾をピンと張った。


「ニャルル、気になる所があったか?」


「あったのにゃ。ラタトスク達が使う道具を作りたいのにゃ」


「リック達の道具?」


 リック達ラタトスクは、素手で土を耕したり樹から果実を捥いでいる。


 それが自然だと思っていた奏は、ニャルルの言葉に首を傾げたのだ。


「そうにゃ。誰だって、楽ができるならしたいと思うにゃ。農作業の道具があれば、リック達が楽出来て嬉しいにゃ」


「確かに。楽をしたいと思うのは真理だよな」


「流石なのにゃ。奏様はよくわかってるにゃ」


 感性に似ている部分があるとわかると、奏はニャルルに親近感が湧いた。


「ニャルル、道具作りは何ができる?」


「一通りできるにゃ。【鍛冶ブラックスミス】と【調合ミックス】、【木工ウッドワーク】を会得してるにゃ」


「生産が得意な訳か。それなら、リック達に道具を作ってやってくれ。いや、これから会う住民達にも、必要な道具を作ってやってほしい」


「任せてほしいにゃ」


 ニャルルの役割は、双月島の職人になった。


 それから、南東部の果樹園、西部のアスレチックを回り、他の住民達とも顔合わせを済ませると、奏は今まで使わなかった在庫をニャルルに解放した。


「にゃんとっ!? ミスリル、アダマンタイト、ヒヒイロカネまでインゴットがあるにゃ! すごいにゃ! 感動したにゃ! ここは天国にゃ!」


「そうか? 天界なら、こんなのいくらでもあるんじゃないのか?」


「天界だって、なんでもかんでもできる訳じゃないのにゃ。今は、地球がモンスターの侵攻を受けて武器不足なのにゃ。だから、貴重な鉱物があっても、武器しか作れなかったのにゃ。生活用品なんて作れる余裕はなかったのにゃ」


「案外、天界も余裕がないんだな」


「そうなのにゃ。だから、私はここに志願したにゃ。エポナ様から、戦いと無縁な環境で、好きに生産活動に従事できると聞いたにゃ」


 そう口にしたニャルルの目は、早く生産活動に移りたいと物語っていた。


「わかった。ニャルル、生産に使う施設があった方が良いよな?」


「なければ建てるのにゃ。でも、用意してもらえるなら嬉しいのにゃ」


「任せろ。【全創造オールクリエイト】」


 神殿の敷地の隣に、奏は【全創造オールクリエイト】で生産施設を建造した。


 鍛冶と調合、木工ができるように、必要だと思われる最低限の施設が一瞬にして想像された。


 勿論、ニャルルが寝起きする部屋もその施設に含まれている。


「すごいのにゃ! ファンタスティックなのにゃ! 家で作業し放題なのにゃ!」


 ニャルルは大喜びだった。


 声や表情だけでも、喜んでいるのはわかる。


 だが、ニャルルの尻尾がはち切れそうなぐらいブンブンと横に振られているので、奏達はニャルルの感情を尻尾を見て判断するのが良いと結論付けた。


 その後、ニャルルは与えられた家に入ると、生産活動に没頭した。


 日が暮れるまでに、ポンポンとこの島の住民達に必要な道具を作り、ニャルルは歓迎された。


 そして、奏の【全創造オールクリエイト】に頼らなくとも、双月島の文明が進んだのだった。

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