第214話 くっ、自分がビッグネームだからって自慢ですか?

 奏達が礼拝堂に移動すると、転移門ゲートが光を放ち、その中から白馬エポナが現れた。


 エポナの雪のように白く美しい毛並みを見て、ルナがササッと奏の前に出た。


「むぅ・・・」


「・・・何故、警戒されてるのでしょうか?」


「パパに甘えて良い神獣は、ルナだけなんだからね!」


「ええ、わかってます。伊邪那美に連絡してもらったと思いますが、私は奏の神獣になりに来た訳じゃありません。奏にお願いをしに来ただけです」


 ルナが奏の前に出たのは、奏の神獣は自分だけでなければ嫌だと言う気持ちからだった。


 種族が違う以上、つがいになることはできないが、神獣として奏にかわいがってもらうことは独占したい。


 だから、ルナは雌馬の姿をしたエポナを見た途端、警戒して前に出たのだ。


 そんなルナを見て、奏は安心させるためにルナの頭を撫で始めた。


「ルナ、落ち着くんだ。安心しろ。ルナは俺にとって世界一の神獣だから」


「エヘヘ~♪」


 奏に撫でてもらったおかげで、ルナはエポナへの警戒を解いて奏に甘えた。


 奏がルナと戯れているのを見ると、エポナは頷いた。


「なるほど。奏、貴方は風神獣ルナと良い絆を育んでますね。であれば、私の提示する報酬も、問題なく渡せます」


「一体、何を報酬にしようとしてるんだ?」


「私はこの島の住民として、貴方に友好的なモンスターをお譲りすることを報酬にするつもりです」


「マジか」


「はい。奏は<鷲獅子騎手グリフォンライダー>を会得してますし、それ以外にも<騎手ライダー>系の称号をお持ちの方が2人いますよね。ですから、幻獣系モンスターをプレゼントしますよ」


「ふーん。それで、エポナの頼みは?」


 先に報酬を提示されたので、奏はその報酬を得るために必要なことを訊ねた。


「イタリアのモンスター討伐率を、100%に引き上げて下さい」


「イタリア? エポナはイタリアの神なのか?」


「・・・自分が知られてないというのは、悲しいものですね。これでも私、ローマ神話には登場するんですが」


「俺は神話に詳しくないから、そういうのは大目に見てほしい。紅葉だったら、エポナのことを知ってたかもしれないが、今は外出中だ」


「わ、わかりました。では、私を知ってもらいつつ、依頼の詳細もお伝えしましょう」


 エポナはショックを受けていた。


 神として、名前を知られていないことは、自分の認知度が低いからだと改めて感じたからである。


 だから、せめてこの場にいる者達には、自分のことを知ってもらおうと依頼内容だけでなく、自分のことについても説明することに決めた。


「エポナ、そう落ち込むなよ。本当にビッグネームの神しか、奏は知らねえから」


「くっ、自分がビッグネームだからって自慢ですか?」


「いや、違うんだが・・・」


「これが持つ者と持たざる者の差なんですね、わかります」


「うわっ、こいつ拗ねやがった」


 バアルが気遣って声をかけたが、それは逆効果でエポナは拗ねてしまった。


 そんなエポナに対し、奏は説明を催促した。


「エポナ、早く説明してくれ」


「わかりました。私ですが、ローマ神話の神であるとともに、天界ではモンスターの管理をしてます」


「モンスターの管理?」


「はい。バアルが連れ帰って来たモンスターの世話は、私がしてたんですよ。そして、天界に今いるモンスターは私が育てた子達の子孫です」


「だから、俺達が依頼を達成したら、幻獣系モンスターをプレゼントするって言った訳か」


「その通りです」


 奏の理解が早かったので、エポナはホッとした。


 見た目が雌馬のエポナは、エポナ自身もモンスターじゃないかとツッコまれないか心配していた。


 それが杞憂に終わったので、ホッとしたのである。


「イタリアって、ソロモン72柱いないんじゃなかった?」


「ソロモン72柱はいません。しかし、ソロモン72柱が起こした騒ぎに乗じて、イタリアのダンジョンのボスモンスター達も、ダンジョンから出てきてしまいました」


「まったく、おとなしくダンジョンにいれば良いのに。現地の冒険者達はどうしてる?」


「残念ながら、イタリアに現れたモンスターが強かったせいで、戦える冒険者はほとんど残ってません」


 エポナは悲しそうに言うと、小さく溜息をついた。


 奏にとって、エポナの提示する報酬は、パチャママの夢見リンゴ程絶対に手に入れたいものではなかった。


 だが、双月島の住民が増えれば、自分達の暮らしが快適になる可能性があるから、奏は依頼を受ける決心をした。


「わかった。早速行こう」


「ありがとうございます。それでは、私は一旦天界に戻ります。奏が依頼を達成すると信じ、この島に連れて来る候補をまとめておきますね」


「頼んだ」


「はい。それでは」


 エポナが転移門ゲートを通り、天界へ戻ったのを見届けると、奏達も早速行動開始である。


 楓達に留守番を頼み、奏、ルナ、バアル、天叢雲剣の姿になった天照で、【転移ワープ】によりイタリアへと移動した。


 奏達がやって来たのは、ローマにあるコロッセオだ。


 コロッセオでは、奏の<不退転覇皇ドレッドノート>にビビり、逃げ出そうとするモンスターばかりだった。


「逃がさない。【天墜碧風ダウンバースト】」


 コォォォォォォォォォォッ、カキィィィィィィィィィィン! パァァァッ。


 コロッセオに群がっていたモンスターの混成軍が、膨大な量の冷気に触れて凍った。


 戦利品を全て回収し終えても、神の声が耳に届かないので、奏は首を傾げた。


「全滅させても、神の声が聞こえないな」


「まだまだ、行くところはある。次は、ピサの斜塔の辺りだ」


「ピサの斜塔?」


「おうよ。あっちは、ここと違って飛べるモンスターも多いらしい」


「逃げられたら面倒だな」


「大丈夫だろ。それよりも、先に急ごうぜ」


「わかった。【転移ワープ】」


 次の目的地、ピサの斜塔へと奏達は移動した。


 すると、ピサの斜塔には無数のワイバーンは群がっていた。


 ワイバーンの姿を見つけてすぐに、ルナが口を開いた。


「パパ、私がやる」


「任せた」


「うん! 【翠葉嵐リーフストーム】」


 スススススッ、スパパパパパァァァァァン! パァァァッ。


 逃げ出すよりも先に、ルナの範囲攻撃が決まり、取り巻きのワイバーンの軍勢は一掃された。


 しかし、ピサの斜塔にはまだボスが残っていた。


 黒光りする鋼の体の飛龍が、ピサの斜塔の先端から巻き付いていたのだ。


「ほう、珍しいじゃねえか。アダマントドレイクだぜ」


「アダマントドレイク?」


「おうよ。見た目は東洋型のドラゴンで、鱗がアダマンタイトで構成されてるんだ。一般的な冒険者なら、アダマントドレイクのVITが高くて手も足も出ない」


「まあ、俺には関係ないけどな。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォン! パァァァッ。


 蒼い稲妻が、アダマンタイトでできた鱗を貫き、そのままアダマントドレイクの体を貫いた。


 それにより、体力を全損したアダマントドレイクは倒れ、魔石とマテリアルカードがドロップした。


「パパ、お疲れ様~」


「ルナもな。あれだけのワイバーンを、一掃したんだから」


「エヘヘ♪」


 奏が撫でると、ルナは奏に擦り寄って甘えた。


 それから、奏達が魔石等の戦利品を回収していると、バアルが声をかけた。


「奏、あそこを見ろ」


「ん?」


 バアルに促され、奏が視線を向けた先には赤い骨で構成されたドラゴンがおり、奏達から遠ざかっていた。


「レッドスケリトルドラゴンだ」


「赤いってことは、スケリトルドラゴンの3倍のAGIなのか?」


「いや、AGIだけじゃねえから。奏、紅葉に毒されてんぞ?」


「そうか? でも、あれさえ倒せばこの辺にはもう敵はいないよな?」


「いねえな。つーか、多分、イタリアで最後の敵だろうぜ」


「マジか」


「マジだ。それとな、レッドスケリトルドラゴンは【魔法無効マジックヴォイド】を会得してるから、物理攻撃で倒せ」


 【蒼雷罰パニッシュメント】1発で終わらせたかった奏だが、バアルの注意を受けて嫌そうな顔をした。


「面倒だな。ルナ、【憑依ディペンデンス】を頼む」


「は~い。【憑依ディペンデンス】」


 ピカッ。


 ルナがスキル名を唱えると、翠色の光がその場を包み込んだ。


 光が収まると、奏の髪の色が翠色になって、目は金色になっていた。


 そして、奏はすぐに空を飛んでレッドスケリトルドラゴンを追いかけた。


 レッドスケリトルドラゴンには、鳴くための声帯がない。


 しかし、もしも鳴けるのであれば、全力で鳴いていただろう。


 何故なら、奏が退魔師エクソシストであり、<不退転覇皇ドレットノート>を会得しているからだ。


 レッドスケリトルドラゴンにとって、奏は二重に恐怖を感じる相手だ。


 全力で逃げようとも、単純な作業をするような表情で追い詰められ、あっという間に奏がレッドスケリトルドラゴンの前に回り込んだ。


「手間かけさせんなよ」


 スパァァァァァン!


 奏は天照を抜刀し、そのままレッドスケリトルドラゴンを一刀両断した。


 レッドスケリトルドラゴンは、やられたことに気づくことなく倒され、魔石をドロップして消えた。

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