第212話 じゃあ、いつ行くんだ? 今でしょ?

 パチャママは顔を赤くしてはいるものの、覚悟を決めて本題を口にした。


「私はお願いに来ました。奏、どうかペルーをソロモン72柱から救って下さい。ペルーには、アロケルというソロモン72柱がいるのです」


「ペルーのどこ? アロケルはどんな奴?」


「マチュピチュです。アロケルは、獅子の顔をした二足歩行の悪魔系モンスターです。武器は使わず、肉弾戦を好みます。また、INTの低い者がその目を見ると、自分の死に様が見えて発狂します」


「ふ~ん」


 奏の反応が軽いので、パチャママの顔が引きつった。


「あ、あっさりと流しますね。お願いですから、私の話に興味を持って下さい」


「別に、どのソロモン72柱が相手だろうが、倒さなきゃいけないのは変わらないじゃん。それとも、現地の冒険者に同情する反応が見たかった? 違うだろ?」


「・・・そうですね。では、報酬の話をしましょう。アロケルを倒し、ペルーのモンスター討伐率を100%にしてくれた暁には、私の【種苗創造シードリングクリエイト】を使い、奏の求める植物の苗を用意しましょう」


 パチャママは、奏に動いてもらうために報酬を提示した。


 報酬の内容を聞くと、奏はパチャママの【種苗創造シードリングクリエイト】が気になった。


「バアル、【種苗創造シードリングクリエイト】の効果は?」


「ありとあらゆる植物の種や苗を創り出せる。その植物は、既存のものに限らず、新種でも創れる」


「マジか。パチャママ、世界樹に並ぶ植物ってある?」


「世界樹、ですか? それはないですね。あれは植物界の頂点にありますから」


「そっか・・・」


 双月島に世界樹がある時点で、世界樹を超える、もしくはそれに並ぶ植物でなければ興味がなかった。


 しかし、ここでパチャママは伊邪那美からのアドバイスを思い出し、奏に提案した。


「では、食べた後に眠れば、見たい夢を見られる果実の生る木はどうでしょうか?」


「詳しく」


 奏が考えることもせず、即座に続きを話すように促したので、パチャママは心の中でガッツポーズをした。


「わかりました。本来、夢はスキルでも使わなければ操作できませんよね?」


「できないな。枕の下に見たい夢に関する写真を入れたり、寝る前に見たいものに関する動画や写真を見ても、大して効果はなかった」


 奏は寝ることが好きなので、当然見る夢についても自由に決められたら良いのにと思うことが少なくなかった。


 だから、少しでも自分の望む夢が見られるように、ありとあらゆる実験をしたが、どれも効果はいまひとつだった。


 その悩みが、パチャママによって解決するならば、奏にとってその植物は興味を持ち得るものになる。


「そうでしょう、そうでしょう。私なら、用法用量を守っていただければ、食べてから寝ることで、お望みの夢が見られる果実の生る木の苗を用意しましょう」


「バアル、何してる。行くぞ」


「奏、睡眠欲に忠実過ぎやしないか?」


「じゃあ、いつ行くんだ? 今でしょ?」


「懐かしいフレーズだな、おい」


「冗談はさておき、人類は今、睡眠の新たな可能性に直面してんだぞ?」


「マジか。奏の頭の中じゃ、いつの間にかそんなスケールのデカい話になってんのか」


「パチャママの依頼、引き受けよう。報酬の準備を頼むぞ」


「わかりました。ありがとうございます」


 パチャママは頭を下げると、転移門ゲートを通って天界に戻って行った。


 それから、奏は楓に出かける旨を伝え、バアル、ルナ、天叢雲剣に形に戻った天照を連れ、【転移ワープ】でペルーのマチュピチュへと移動した。


 奏達がマチュピチュに到着すると、そこは死屍累々、阿鼻叫喚という表現がぴったりな地獄と化していた。


 死体が大量にあるだけでなく、辛うじて生きている冒険者達も、アロケルの目を見てしまったせいで1人残らず発狂していた。


 そして、発狂して防御が疎かになった冒険者達を、アロケルが引きつれたモンスターの軍勢が殺して回っていた。


 そんなタイミングで、奏がやって来た訳だが、奏には<不退転覇皇ドレッドノート>がある。


 それにより、発狂した冒険者達を殺すだけの簡単なお仕事をしていたモンスターの軍勢が、一瞬にして震え上がった。


「ルナ、俺がモンスターだけ上空に打ち上げるから、それらを倒してくれ」


「は~い」


「【透明多腕クリアアームズ】」


 ドドドドドドドドドドッ!


 無数の透明な腕が、次々に怯えて動けなくなっていたモンスターの軍勢を上空へとアッパーで打ち上げた。


「【翠嵐砲テンペストキャノン】」


 ゴォォォォォッ、ズバババババァァァァァン! パァァァッ。


 轟音とともに、翡翠色の嵐を凝縮したブレスが横薙ぎにルナから放たれ、モンスターの軍勢は一掃された。


 そうなれば、残るはアロケルだけであり、アロケルは奏とルナの実力を知り、ガクブル状態だった。


 そんなアロケルを見て、バアルは哀れに思った。


「あーあ。アロケルの奴、顔はライオンのくせに、借りて来た猫よりもおとなしくなってやんの」


「き、!」


「ケケケ、だってよ! 恐怖で呂律が回ってねえじゃん!」


 既に戦意喪失状態なのは明らかで、自分に悪態すらつけないアロケルの姿は、バアルにとって滑稽以外の何物でもなかった。


 そんなアロケルに対し、奏が取った行動はいつも通りだった。


「【透明多腕クリアアームズ】」


「グハッ!?」


 アロケルが逃げられないように、複数の透明な腕でアロケルを拘束したのだ。


 アロケルが自分の全身を握られたと感じた時には、強制的に肺から息を吐き出させられていた。


「じゃあ、質問しよう。アロケル、お前に拒否権はない。嘘も許されない。ソロモン72柱と連絡を取ることなんてもってのほかだ。もし破れば・・・」


「グァァァッ!?」


 【透明多腕クリアアームズ】で握る力を強めると、アロケルは痛みを堪えられずに叫んだ。


「このように、死なない程度に激痛が全身を襲うと思っとけ」


「・・・わ、わかった。さ、逆らわない。ぜ、全部喋る。だ、だから、もう止めてくれ」


 アロケルの心は、奏のデモンストレーションで完全に折れてしまった。


 奏がダイダラボッチの時のように、全身の骨の半分を折らずとも、アロケルはそれと同等の恐怖を味わったからだ。


「世界中で、ソロモン72柱がダンジョンから出陣することを決めたのは、誰の発案だ?」


「パイモン」


「パイモンはどの国にいる?」


「アメリカ」


「何故出陣を決めた?」


「昨日、つるんでたガープがやられ、パイモンは待ち構えずにこちらから積極的に殺しに行くべきだと唱えた」


 アロケルの話を聞き、奏はルドラが昨日、タイムズスクエアでガープを倒したことを思い出した。


 それがきっかけだったということは、わざわざルドラに教える必要はないだろう。


 もし、ガープを倒す順番が遅れたとしても、生き残ったソロモン72柱の数が少なくなれば、ずっと守勢で居続けることはないからだ。


「反対意見は出なかったのか?」


「出た」


「どこの誰が反対した?」


「ロシアのダンタリオン」


「うわっ、あいつか・・・」


「知ってるのか、バアル?」


 ダンタリオンの名前を聞くと、バアルが嫌そうな顔をしたので、奏はバアルに訊ねた。


「おうよ。あいつはなんつーか、黒幕気質な奴だ。ロキと同じぐらい、変身するのが得意だぜ。しかも、洗脳や幻術まで使うから、まともに戦おうとはしないだろうな」


「確かに、バアルが嫌がりそうな相手だな」


「嫌というより、嫌いだな。以前、ダンタリオンがモンスターを洗脳したり、幻術で騙してるのを見たことがある。洗脳や幻術が解けた後、絶望して心を病んだモンスターを殺処分しやがった。そんな生物を道具としか思わねえような奴を、嫌いにならないはずがねえよ」


「そうだな」


 バアルが捲し立てるので、奏は簡単に相槌を打った。


「それによ、インテリぶってるのが腹立つ」


「それはバアルの嫉妬じゃね?」


 前半に比べ、後半は個人的な感情だったので、奏は肯定せずにツッコミを入れた。


「俺様だって、知識なら誰よりも自負がある。けどよ、ダンタリオンがインテリオーラ出しやがるから、魔界では俺の知的オーラが霞んでたんだよ」


「魔界のことはよくわからんが、俺はバアルを頼りにしてる。困った時のバルペディアだろ?」


「バルペディア言うなっての。だが、確かに奏は俺様を頼りにしてくれてる。そう思えば、ダンタリオンのことなんかどうでも良くなってきたぜ」


「そりゃ良かった」


 奏に頼られたことが嬉しいようで、バアルは嬉しそうに笑った。


 奏もバアルの機嫌が直ったようなので、ホッとした様子である。


 そして、放置されてポツンとしていたアロケルだが、特にこれ以上訊きたい内容が思いつかなかったので、拷問することもなく倒すことにした。


 グシャッ! パァァァッ。


 アロケルは、奏の【透明多腕クリアアームズ】によって握り潰された。

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