第209話 自己主張した方が良いとは言ったけど、ここで伏線回収するとは・・・

 プルルルルルルッ♪


 楓が夕食を作っている時、奏の耳に念話の着信音が響いた。


 かけてきた相手は奏の予想通り、先程助けたルドラだった。


「もしもし、もう終わったのか?」


『終わった。ボスのガープを倒した。協力感謝する』


「そりゃ良かった。怪我はしてないよな?」


『問題ない。ガープは俺を舐めてた。だから、その油断が命取りになった』


「確かに、ソロモン72柱って、何故か知らんけど自分達の方が強いって思ってるよな。こっちに一方的に倒せる力があるってこと、わかってない気がする」


『ちょっと待ってほしい。一方的に倒せるのは、この世界で奏だけ』


「そうか?」


『そうだ』


 奏と同じことが、冒険者の誰でもできるならば、とっくにソロモン72柱は全滅しているので、ルドラはその点だけは認識を間違えないでほしいと思った。


「話は変わるが、ルドラって今、どこで寝起きしてんの?」


『適当な場所で野宿してる』


「マジか。実は、ルドラと別れた後、ルドラを俺達の住む島に滞在させてくれないかってガネーシャから頼まれたんだが、ルドラはどうしたい?」


『ガネーシャ様が?』


「ガネーシャが、世界のために働くルドラのために、どうか滞在させてくれって言って来たんだ」


 自分の代わりの1人として、ルドラがインドから出て世界に散らばるソロモン72柱を倒しに行っているので、奏はルドラに双月島に滞在してもらっても良いと思っている。


 勿論、これを奏だけで決めると不味いので、奏は楓にもルドラを滞在させて良いか訊き、きちんと了承を得ている。


 基本的に、奏のやることを肯定する楓だが、それに甘えてはいけないと奏が考えているので、ルドラの滞在について奏は楓にも了解を得たのだ。


『サラもいるが、それでも良いのか?』


「構わないさ。俺達にも従魔はいるんだし」


『・・・カーリーもいるんだぞ?』


 正直に言って、ルドラはサラの方がおとなしくできると思っている。


 だから、カーリーを連れて行って良いのかと聞く方が、それに対する回答は怖かった。


「バアルがいれば、おとなしくなるだろ」


『確かに』


「それに、そろそろルドラも柔らかい布団で寝たくないか?」


『寝たい』


「正直でよろしい。じゃあ、これから迎えに行く」


『わかった』


 念話が終わると、奏は楓に声をかけた。


「楓、話してた通り、ルドラが滞在するってさ」


「わかりました。部屋もありますし、夫婦の営みさえ邪魔しないでくれれば、私は構いませんよ」


「そ、そうだな」


 楓のスタンスは、自分と奏の夜の営みさえ邪魔しなければ、滞在してもらっても構わないというものだった。


 ブレない楓を見て、奏は思わず苦笑した。


 それから、奏は【転移ワープ】でタイムズスクエアにルドラ達を迎えに行った。


 タイムズスクエアに着くと、奏はルドラとサラの姿を見つけた。


 ルドラの従魔になる前、サラは奏の強さに怯えていたが、奏が自分を攻撃しないとわかった今では怯えることはなくなっていた。


「ルドラ、お疲れ様」


「奏、来てくれてありがとう。操られた冒険者の対応、俺だけじゃ無理だった。感謝する」


「別に良いって。俺だって、ガネーシャから報酬は貰ってる訳だし」


「報酬?」


「天界の温泉施設の年間フリーパスを家族分貰った」


「・・・温泉のフリーパス」


 ルドラは極楽湯の年間フリーパスが、自分を助けることと等価だと扱われたことに苦笑した。


 もし、これが自分を助けることに見合わないと奏が判断したら、助けてもらえなかった可能性があるのだから、そうなるのも仕方のないことだろう。


「温泉の効果を甘く見ない方が良い。滞在してもらう双月島の神殿にも大浴場はあるが、天界の温泉はそれを上回る」


「そ、そうか」


 奏の真剣な雰囲気に押し負け、ルドラは頷くしかなかった。


「それはさておき、ガープを倒した時、カーリーは強化できたのか?」


『私のこと、気になるか? どうしてもっつーなら、教えてやっても良いぜ』


「いや、別に。大して興味ない。社交辞令で訊いた」


『なん・・・だと・・・』


 歯に衣着せぬ奏の物言いに、カーリーは戦慄した。


 そんなカーリーを見て、ルドラは奏を尊敬の眼差しで見た。


「流石は奏。俺にできないことを平然とやってのける」


「弱肉強食の世の中で、自己主張が弱いと神々にとって都合の良い手駒に成り下がるぞ? ルドラは押しに弱いから、もっと自己主張した方が良い」


「努力する」


「そうだな。いきなりやれって言っても難しいし、自分のペースでやってみてくれ」


「わかった」


「それじゃ、移動するぞ。【転移ワープ】」


 話を一旦打ち切り、奏達は【転移ワープ】で双月島の神殿に移動した。


 奏達が神殿に到着し、玄関から入ると楓が出迎えた。


「おかえりなさい、奏兄様。隣がルドラさん?」


「そうだ。カーリーの契約者のルドラだ。ルドラ、こっちは俺の嫁の楓だ」


「はじめまして。ルドラ・ナイヤーです」


「はじめまして。奏兄様の妻の楓です。ルドラさん、失礼しますね。【浄聖域クリアサンクチュアリ】」


 ルドラに断りを入れると、楓はルドラとサラの汚れを落とした。


「・・・すごいですね。体がさっぱりしました」


「ルドラさんが野宿していたと聞いたので、汚れを落とさせてもらいました」


「奏、楓さんすごいな」


「だろ? 回復、防御、支援、家事、育児とあらゆる範囲で俺を助けてくれてるよ。今となっては、楓のいない生活は考えられないな」


「エヘヘ♪」


「育児・・・。奏の子供もいるんだよな?」


 奏に子供がいると聞いていたので、ルドラはちょっとだけでも良いから悠の顔を見てみたいと思った。


「いるぞ。楓、悠は今寝てる?」


「ヘラが面倒を見てくれてますが、恐らく寝てると思います」


「まあ、赤ちゃんは寝るのが仕事だ。趣味と実益を兼ねる仕事なんて最高だよなぁ。俺も寝たい」


「奏、後半から私欲ダダ洩れだぞ?」


「俺は寝るのが大好きなんだよ」


「そ、そうだな」


 それから、奏は神殿の空き部屋にルドラを案内した。


 サラは、従魔部屋に案内しようとしたが、室内では落ち着かないらしく、庭の世界樹の木陰で休ませてほしいと申し出た。


 奏が食卓に食器を並べていると、礼拝堂に転移門ゲートが開き、そこから紅葉とピエドラが戻って来た。


 リビングでゆっくりしていたルドラは、神殿に帰って来た紅葉を見た途端、目を見開いて立ち上がった。


「・・・パールヴァティーの生まれ変わり?」


「えっ、誰この人?」


「俺と結婚して下さい! 一目惚れです」


「えぇぇぇぇぇっ!?」


 紅葉の目の前で跪き、手を取ってほしいと言わんばかりにプロポーズをするルドラに対し、状況が全くわかってない紅葉は思わずさけんでしまうぐらい驚いた。


「自己主張した方が良いとは言ったけど、ここで伏線回収するとは・・・」


 その一部始終を見ていた奏は、ポツリとそんなことを口にした。


「奏兄様、紅葉お姉ちゃんはどうしたんですか? また、いつもみたいに頭がおかしくなりましたか?」


「いや、そうじゃない。ルドラが紅葉に一目ぼれして、そのままプロポーズした」


「・・・奏兄様、お赤飯を【創造クリエイト】で用意してもらえませんか?」


「いやいやいや、ちょっと待って!」


 奏と楓の会話に待ったをかけたのは、ルドラにプロポーズされた紅葉である。


「どうした? モテ期到来だぞ?」


「そうだよ、紅葉お姉ちゃん。答えはYesのどれかでしょ?」


「私に受けろと!? というか、この人誰よ!? 見ず知らずの人からプロポーズされても、困るわよ!」


 奏と楓に受けないのかと問われると、紅葉は自分にプロポーズした男が誰なのか教えてくれと言った。


「ルドラだ。俺がインドで出会ったカーリーの契約者」


「奏君のインド人の友達!? なんでここに!?」


「一旦落ち着け。ガネーシャから、ここに滞在させてほしいって頼まれたんだよ。部屋も空いてるし、良いだろ?」


「ま、まあ、そこは別に良いわよ。私達だけじゃ、この神殿は広いんだし。でも、いきなりプロポーズされて、それをOKしろって雰囲気はどうなのよ?」


 落ち着きを取り戻した紅葉は、奏に静かに抗議した。


 しかし、それに応じたのは楓だった。


「紅葉お姉ちゃん、よく考えて。クセの強い紅葉お姉ちゃんに、一目惚れしてプロポーズまでしてくれた男の人だよ? 奏兄様の友達で、神器持ちなんて優良物件じゃん」


「それはまあ、そうかもしれないけどさ、い、いきなりプロポーズされても、困るって言うか・・・」


「それなら、まずは紅葉がルドラを見極めてみれば? 当面の間、ルドラはここに滞在するんだし、一足飛びに結婚しなくても、付き合っても良いか判断すれば良いんじゃね?」


「あの鈍感な奏君に、まともなアドバイスをされた!?」


「失敬な。俺のことをなんだと思ってるんだ」


「鈍感なジゴロ」


「誰がジゴロだ。それよりも、いつまでもルドラを放置すんなよ。何か答えてやれって」


「あっ、そうだった」


 紅葉はルドラを放置していたことを思い出し、ルドラに返事をすることにした。


「一旦保留させて下さい。いきなりすぎて、なんとも答えられません」


「わかりました。俺のことを知ってもらえたら、また挑戦させてもらいます」


「良いお返事をできるかわかりませんが、これからよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 こうして、突発的に起きたプロポーズイベントが幕を閉じた。

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