第207話 ちょっと何言ってるかわからない

 夕方、奏がルナのブラッシングをしていると、ガネーシャが奏に連絡を取って来た。


『奏、ちょっと助けてくれないかしら? 奏しか頼めそうな相手がいないの』


「何があった?」


『ルドラがピンチなの』


「ルドラが? あいつ、今どこにいんの?」


『メキシコのモンスターを駆逐し終えたから、アメリカに北上したんだけど、アメリカが酷いのよ』


「アメリカ?」


『アメリカよ。今、アメリカはタイムズスクエア、グランドキャニオン、ナイアガラにダンジョンがあって、そこにモンスターが集まってるの』


「観光名所を押さえられてるな」


『そうね。それで、ルドラがいるのはタイムズスクエアなんだけど、現地の冒険者が操られてて、ルドラを攻撃してるの』


 ルドラ自体は、戦闘狂ではない。


 戦闘が絡まなければ、ルドラはおとなしい性格をしている。


 つまり、ルドラは現地の冒険者を相手取るのに気が引けて、戦闘に入れていないということだろう。


「ルドラなら、自分の身は守ってるよな?」


『勿論よ。ただ、最初に操られた現地の冒険者を殺しちゃって、それがショックで戦うスイッチが入らなくなっちゃってね・・・』


「なるほど。ガネーシャ、俺にルドラをどう助けろと?」


『冒険者が敵にならなければ、ルドラは戦えるの。だから、現地の冒険者を奏になんとかしてほしいの』


「タイムズスクエアには、現地の冒険者はどれぐらいいる?」


『少なく見積もっても、1,000人はいるわね』


「滅茶苦茶手間がかかるじゃん」


 面倒だと奏が考えていると感じ、ガネーシャはすぐに報酬の話に入った。


『私の依頼に応じてくれたら、極楽湯の年間パスポートを奏達全員分手配するわ』


「マジ?」


 楓に愛の湯に連行されたけれど、奏は極楽湯自体は気に行っていた。


 日本人としての血が、温泉を求めてしまうのだろう。


『マジよ。毎晩、極楽湯に入れるなら、ルドラを助けても十分なおつりがくると思わない?』


「思うけど、ガネーシャの懐具合は問題ないの?」


『お金ならあるわ。奏達がカジノに来てくれた時の売り上げで、年間パスポートを買っても余るぐらい儲けたから』


「どんだけ儲けたんだよ・・・」


『そこはほら、私って商売の神様だから』


「伊邪那美の許可は下りてる?」


『大丈夫よ。奏さえよければ依頼して良いって言われたわ』


「わかった。それなら引き受けよう」


『ありがとう。助かるわ』


 ガネーシャとの会話が終わると、奏は楓に出かけることを伝えた。


 極楽湯の年間パスポートの話を聞くと、楓は頑張ってほしいと【天使応援エンジェルズエール】をかけるぐらい、積極的に奏がアメリカに行くことに乗り気になった。


 そして、奏、バアル、ルナ、天照は【転移ワープ】により、アメリカのタイムズスクエアに向かった。


 タイムズスクエアは富士の樹海のようなフィールド型ダンジョンであり、そこに入った途端にダンジョンであることに奏達は気づいた。


 ルナに乗り、上空から地上を見下ろすと、操られた冒険者の集団に追われているルドラの姿があった。


 サラに乗り、立体機動とも呼べる移動で逃げているが、アメリカの冒険者達も今日まで生き残っただけあって色々と便利なスキルを持っているらしく、1対多数では逃げ切れない様子だった。


「バアル、これどうしよう? 受けたは良いが面倒になって来た」


「おいおい、極楽湯に釣られたのは奏だろうが。あれじゃね? <不退転覇皇ドレッドノート>があるんだし、操られて敵になったんなら、奏の力にビビって逃げ出すんじゃね?」


「なるほど。けどさ、ソロモン72柱に俺の姿を見せると、双月島が狙われんじゃね?」


「あー、それは言えてる。じゃあ、時間を止めちまえ。んで、冒険者達を身動きが取れないようにして、どっかに閉じ込めちまえ。そうすれば、ルドラもモンスターを相手に戦えんだろ」


「そうするか。ルナ、【憑依ディペンデンス】頼める?」


「は~い。【憑依ディペンデンス】」


 ピカッ。


 ルナがスキル名を唱えると、翠色の光がその場を包み込んだ。


 光が収まると、奏の髪の色が翠色になって、目は金色になっていた。


 すると、奏はこれ以上目立たないようにすぐに行動に移った。


「【世界停止ストップ・ザ・ワールド】」


 その瞬間、奏以外の全てが灰色に染まり、時が止まった。


 奏はルナの力を借り、【飛行フライ】を使ってルドラを追いかける冒険者達の排除に動いた。


「【透明多腕クリアアームズ】」


 ルドラを追いかける冒険者達に対して、奏は無数の透明な腕を伸ばし、1ヶ所にまとめた。


 それから、奏はその冒険者達の動きを封じるため、実験をしてみることにした。


「【仙術ウィザードリィ】」


 スキルを発動し、深呼吸をすることで奏は冒険者達の気を感じ取った。


 そして、冒険者達からMPを吸収し始めた。


 MP切れになれば、冒険者達は気絶する。


 どこかに縛って閉じ込めるよりも、MPを0にした方が気絶して抵抗されることもないので、奏の取った行動は最適解と言えよう。


 もっとも、誰にも気づかれずに1,000人以上の冒険者達からMPを抜き取るなんて方法が使えるのは、この世に奏しかいないだろうが。


 奏はMPを吸収した後、今度はそのMPをルドラとサラに流し込んだ。


 ずっと逃げて来たであろうルドラ達ならば、MPを消耗している可能性が高いと考えてのことである。


 そして、奏はバアルのいる場所に戻ると、【世界停止ストップ・ザ・ワールド】を解除すると、奏の耳に神の声が届き始めた。


《おめでとうございます。個体名:高城奏が、ガネーシャの依頼を達成しました。双月島の神殿に、人数分の極楽湯の年間パスポートが送られました》


「流石はガネーシャ。仕事が早い。【転移ワープ】」


 報酬を確かめるべく、奏達は【転移ワープ】で双月島に戻った。


 その一方、色を取り戻したタイムズスクエアで、ルドラは首を傾げた。


 先程まで、冒険者達に追われていたはずなのに、その冒険者達が1人残らず倒れているからだ。


 何かの罠ではないかと疑い、近寄って確かめてみたが、気絶しているだけにしか見えなかった。


 それに、スキルをかなり使用したはずなのに、MPを消耗した倦怠感が抜けており、むしろ全快に近い状況まで回復している。


 狐につままれたような顔をしていると、ルドラに念話機能の着信音が聞こえた。


 プルルルルルルッ♪


 誰がかけたのかと思えば、それが奏だったので、ルドラはすぐに応答した。


「もしもし、奏? ルドラだ」


『ルドラ、久し振り』


「あぁ、久し振り。すまない、落ち着いたら連絡すると言ったのに、結局連絡してなかった」


『別に構わないよ。それはさておき、今、目の前で1,000人以上の冒険者が気絶して、ルドラのMPが回復したと思うけど、それは俺がやったことだから』


「ちょっと何言ってるかわからない」


『タイムズスクエアに転移して、冒険者達のMPを吸い取ってルドラとサラに分けた』


「事実なんだろうけど、それをどうやってやった? いや、良いや。助かった。ありがとう」


『どういたしまして。こっちも、ガネーシャから依頼を受けてやったことだから、気にしなくて良い』


「ガネーシャ様が?」


『ガネーシャの依頼だ。インドの冒険者として、目をかけられてるってことだろ?』


「確かに。ガネーシャ様は、インドのモンスター討伐率が100%になった時、俺に<ガネーシャの祝福>を授けてくれた。メキシコに遠征したのも、ガネーシャ様の導きがあってのことだ」


 奏の言い分を聞き、ルドラもそう思っていたので頷いた。


『だろ? それで、ガネーシャがルドラはタイムズスクエア攻略で苦戦してるから助けてほしいって頼まれたんだ。ルドラが苦戦してたのは、現地の冒険者とたたかいたくないからだろ? だから、俺が全員の動きを封じた。これで、心おきなくボスと戦えるだろ?』


「・・・感謝する。俺は人殺しじゃない。冒険者だ。国は違えど、同業者を殺したいと思ったことはない」


『俺も同じだ。敵に操られたからと言って、片っ端から殺すのはただの虐殺者だ。だから、気絶させて使える者は回収して、戦えるルドラとサラに分配させてもらった』


「ありがとう。ボスを倒したら、今度は直接俺が訪ねて礼を言う」


『大したことをしたわけじゃないから、気にしなくても良いぞ?』


「時々、奏は常識を捨ててると思う」


『そうか?』


「そうだ。じゃあ、また後で。今度こそ、俺から連絡する」


『わかった。頑張ってくれ』


「ああ」


 ルドラは念話を終了すると、自分を苦しめたタイムズスクエアのボスを倒してやると気合を入れ直した。

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