第206話 ぜーんぶちょうだい

 響がそっとボス部屋の扉を開けると、部屋の奥にいるボスが響達に気づいた。


「ゲッ、マジで来やがった!? エクスキューショナーを倒すとか、普通にヤバくね!?」


 焦っているボスは、全身が骨のドラゴンだった。


 しかし、普通のドラゴンの骨格と違うのは、首が3つあり、真ん中が人、左がグリフォン、右が犬の頭蓋骨であることだ。


『この特徴は、バアル曰くブネだね。アンデッドだよ』


「OK。アラン、やっちゃって」


「了解でござる。【讃美歌ヒム】」


 ラララ~ラ~ラ~ラ~ラ~ララ~、ラ~ラ~ラ~ラ~♪


「ん!? 体がピリピリすっぞ!?」


「はぁ、モブには効いても、ボスには通じないか」


 アンデッドのボスだった場合、先制攻撃はアランの【讃美歌ヒム】にすると決めていたので、アランが【讃美歌ヒム】を使った。


 ボスモンスターについては、月読が暇を見つけてはバアルに訊ねていたので、月読の判定を聞いた後、どのように対処するか行動パターンが決まっていた。


 しかし、響があまり期待していなかった通り、ボスには通じておらず、真ん中の人の頭蓋骨が違和感を口にするに留まった。


 アランの【讃美歌ヒム】は、あくまで味方のHPの回復がメインであり、アンデッドの強制成仏は副次的効果に過ぎない。


 奏の【聖橙壊ホーリーデモリッション】と【聖爆轟ホーリーデトネーション】のように、攻撃がメインではないのだから仕方のないことだろう。


 それでも、できることはやっておくべきだと判断し、響達はアランに【讃美歌ヒム】を使わせたのだから、ほんの少しだけ効果があったとわかっただけでも良しとすべきである。


「想定通りじゃないの。アルゴス【強化召喚ライズサモン】」


 千里の宣言に応じ、手に握ったカードが光った。


 そして、光が千里の手から離れ、その前方に移動すると、みるみるうちに光がアルゴスへと変化した。


「アルゴス、【呪眼光カースビーム】」


 ビィィィィィッ! ズズズッ。


 千里の指示を受け、アルゴスのいくつもの目から、紫紺色のビームが放たれ、ブネの体に命中した。


 命中した部位から、ブネの体が黒ずみ始めたが、ブネに苦しむ様子は見られなかった。


「無駄無駄無駄ァ! 【呪吐息カースブレス】」


 ゴゴゴォォォォォッ!


 真ん中の頭しか喋っていないが、それでも【呪吐息カースブレス】は3つの頭それぞれから放たれた。


 3つのブレスは、千里が召喚したアルゴスに命中し、アルゴスは光になって千里の手の中に戻った。


「嘘でしょ? アルゴスの再召喚に30分!?」


 持久戦が得意なアルゴスだったのに、大した戦果も出せずにあっさりとやられ、その上30分も召喚できないとわかると、千里は声を出さずにはいられなかった。


「【陥没シンクホール】【降王水レジアフォール】」


 ズズズズズッ、ザァァァァァッ! シュワァァァァァッ!


「ん? ヒリヒリすっぞ?」


 陥没した地の底で、滝のように流れ落ちる王水をその身に受けても、ブネは痛みに叫ぶことはなかった。


 骨の表面が融けても、すぐに骨が再生して王水によるダメージなんてなかったように振舞った。


「千里さん、穴から出させないようにして」


「了解! アメミット【強化召喚ライズサモン】」


 千里の宣言に応じ、アルゴスとは別のモンスターカードが光った。


 そして、光が千里の手から離れ、その前方に移動すると、みるみるうちに光がアメミットへと変化した。


「アメミット、【執行エクスキュート】」


 ゴォォォォォッ!


「それも無駄だぜぇぇぇっ! 【反射鏡リフレクトミラー】」


 ピカァン、ゴォォォォォッ!


 アメミットの口から、黒い光線が吐き出されたすぐ後に、ブネを覆うように光の球体が現れた。


 そして、その球体にアメミットの【執行エクスキュート】が当たると、それを響に向かって反射させた。


「【幽霊移動ゴーストムーブ】」


 シュゥッ。


 響の体が、その輪郭から薄くなり、すぐに響の体が半透明になり、そのまま響はその場に浮いた。


 それからすぐに、ブネが反射させた【執行エクスキュート】が飛んできたので、響はそれを滑るようにして避け、そのまま地の底にいるブネとの距離を詰め始めた。


「ヒュドラ【強化召喚ライズサモン】」


 アメミットを送還すると、千里はその代わりにヒュドラを召喚した。


「ヒュドラ、【地獄炎ヘルフレア】で集中砲火」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!


 響がブネに接近するのを邪魔させないように、千里はヒュドラに命じて9つの首全てにブネ目掛けて【地獄炎ヘルフレア】を撃たせた。


「無駄なんだよぉぉぉぉぉっ! 【呪吐息カースブレス】」


 ゴゴゴォォォォォッ! ゴォォォォォッ!


「【陥没シンクホール】【槍地獄ランスヘル】」


 ズズズズズッ、グササササササササササッ!


 ヒュドラの【地獄炎ヘルフレア】とブネの【呪吐息カースブレス】がぶつかり、双方の勢いが互角になった。


 そのタイミングで、響はブネの足元を崩し、壁面や足元から無数の槍でブネの体を突き刺した。


 足元を崩されたことで、【地獄炎ヘルフレア】と【呪吐息カースブレス】の均衡も崩れ、ブネの【呪吐息カースブレス】はヒュドラではなく壁面に向いた。


 その結果、ヒュドラの【地獄炎ヘルフレア】を邪魔するものがなくなり、ブネの体に命中した。


あっつぅぅぅぅぅっ!?」


「「えっ?」」


 ブネのまさかのリアクションに、響と千里の声がシンクロした。


 今までどんな攻撃も、ブネには大して効かなかったので、熱に弱いと知って驚いたのだ。


 しかし、響はすぐに気持ちを切り替えて攻撃を仕掛けた。


「【炎鉤爪フレイムクロー】」


 ゴォッ!


あっつ!?」


「へぇ、熱が弱点なんだぁ」


「ヒュドラ!」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!


あっついわぁぁぁぁぁ!! 【悪夢竜ナイトメアトル


「させないよ。アラン!」


「任せるでござる! 【斥力リプル】」


 ズゥゥゥゥゥン!


「ぐぇっ!?」


 よく熱せられたせいで、序盤よりも動きが鈍ったブネは、アランによって地の底に押さえつけられた。


「グッジョブ、アラン。【影操作シャドウコントロール】」


 ズズズズズッ、ボキボキボキボキボキィッ!


いってえぇぇぇぇぇっ!」


 アランが押さえつけたことで、身動きが取れなくなったタイミングに追い打ちをかけるように、響はブネの影を操作して関節技を決めた。


 ブネが痛みに叫んでいると、響はニッコリ笑った。


「首置いてけ。【致命斬首ヴォーパルビヘッド】」 


 スパァァァァァン! ジュワァッ! パァァァッ。


 ブネの背中に乗ると、MPによって生成した猛毒濡れの刃が、ブネの真ん中の首を真っ二つにした。


 戦闘中、ずっと真ん中の首が喋っているのを見て、響はブネの真ん中の首を斬り落とした。


 この首さえ落とせば、ブネを倒せるという確信があっての攻撃だったが、その響きの考えは正解だった。


《おめでとうございます。個体名:新田響が、クエスト1-9をクリアしました。報酬として、月読の復活率が90%になり、月読が【千里眼クレヤボヤンス】を会得しました》


《響の<上忍>が、<忍頭しのびがしら>に上書きされました》


《響の【影操作シャドウコントロール】が、【影傀儡シャドウパペット】に上書きされました》


《おめでとうございます。個体名:黒木千里が、クエスト1-9をクリアしました。報酬として、ヘカテーの復活率が90%になりました》


《千里がLv91になりました》


《千里がLv92になりました》


《千里がLv93になりました》


《千里の【札保全カードメンテナンス】が、【札融合カードフュージョン】に上書きされました》


 神の声が止むと、響は魔石とモンスターカードを回収してから、アランに頼んで地の底から地上に戻った。


「響、お願いがあるんだけど」


「何?」


「ぜーんぶちょうだい」


「却下。で、本当は?」


「魔石と宝箱の中身を譲ってくれるなら、ブネのモンスターカードはあげる」


「それで良いわ」


「毎度あり」


 臨時パーティーで問題になりやすいのは、戦利品の分配だ。


 響は紅葉と固定パーティーを組んであり、双月島で一緒に暮らしているので、戦利品で揉めることはない。


 響も紅葉も、特別に物欲が強い訳ではない。


 それに、奏が【全創造オールクリエイト】を使えば、欲しいものが被った場合は奏に創ってもらえば済む話である。


 それはさておき、今回は響と千里の利害が一致した。


 だから、響と千里は争わずに済んだ。


 響は千里にブネのモンスターカードを渡すと、宝箱を開けた。


「これは・・・」


 宝箱の中には、黄色い錠剤の入った透明なケースが入っていた。


「月読、これ何?」


『ごめん、僕にもわからないや。戻ったら、バアルに訊こう。間違っても飲んじゃ駄目だよ。効果がわからないんだから』


「わかった」


『まあ、宝箱から出て来たし、十中八九プラスになる物だと思うけど、念には念を入れるべきだよ』


「そうだね」


 その後、響達はケルン大聖堂を脱出し、響とアラン、月読は手に入れた物の正体を確かめるため、千里と別れて双月島に戻ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る