第197話 天界よ、私は帰って来た!

 トレーニングルームを使用し、紅葉達が修行を始めてから1年が経過した。


 紅葉達は修行を終え、トレーニングルームから出て来た。


「天界よ、私は帰って来た!」


「そだねー」


「響、テンション低過ぎ」


「だって、柄にもなく修行なんてしちゃったから、思い出すだけでどっと疲れる」


「そっちで何してたのよ?」


「使えるものは老婆でも使えって、言われてひたすら狡猾な手段で神造生命体ホムンクルスを倒してた」


「ロキさん、何してくれちゃってんの!?」


 自分が恐れていたことが起こり、紅葉はロキに抗議した。


「教える度にどんどん吸収するから、俺もついついあれこれ仕込んでしまった。充実した時間だったな」


「ふむ。やはり、自分から志願しただけあって、成果はあったようじゃな」


「勿論だ。俺が弟子と認めたぐらいだからな」


「気づいたら、<腹黒策士>が<ロキの弟子>に上書きされてた件について」


「・・・嫌な予感しかしない」


「これで、紅葉いじりがパワーアップ。当社比10倍」


「やらんでよろしい」


 くだらないことに力を注ぎそうな響を見て、紅葉はすぐに釘を刺した。


「まあ、儂も紅葉を弟子にしたんじゃし、簡単にやられるでないぞ?」


「あれ、師父? そこは止めるところですよね?」


「なんだ、紅葉も弟子の称号貰ったんじゃん」


「まあね。気づいたら、<RPGプレイヤー>と<臥薪嘗胆>が、<オーディンの弟子>に統合されてたわ」


「やったじゃん」


「でも」


「でも?」


 オーディンの弟子になれたのだから、紅葉が泣いて喜ぶと思っていたのに、いまいちな反応をするものだから、響は気になった。


「奏君の<不退転覇皇ドレットノート>みたいに、琴線に触れる称号は手に入らなかったの」


「・・・はぁ。これだから断崖絶壁の不良在庫は」


「おいコラちょっと待て。今、なんつった?」


「え? 断崖絶壁の不良在庫だけど? 聞こえなかった?」


「マジで口が悪くなってんじゃないの・・・」


「これぐらい、ロキとの会話じゃ挨拶みたいなものだよ?」


「何それ怖い」


 響が修業期間、ロキと何を話していたのか紅葉は想像したくなかった。


 2人がそんな雑談をしていると、オーディンがわざとらしい咳払いをして注目を集めた。


「ウォッホン」


「師父?」


「どうしたの? 痰が詰まったの?」


「ロキ、響の口撃が儂まで飛んで来とるぞ?」


「やあ、打てば響くから、つい」


「後で説教じゃ。それはさておき、修行に耐え抜いた紅葉に、儂からプレゼントがあるのじゃ」


「プレゼント?」


「そうじゃ。ほれ」


 オーディンがどこからともなく取り出したのは、複数種類の鱗だった。


「師父、これは鱗ですか?」


「その通りじゃ。儂のコレクションで、ミドガルズオルム、ヴィーヴル、ニーズヘッグの鱗じゃ。紅葉なら、【技術合成テクニカルシンセシス】で有効利用できるじゃろ?」


「ありがたく使わせていただきます。【技術合成テクニカルシンセシス】」


  ピピピッ。


 紅葉が3枚の鱗とボマーガントレットVer.2を並べ、スキル名を唱えると、電子音が鳴るのと同時に素材群が光に包み込まれた。


 その光の中で、それらのシルエットが統合され、ガントレットのシルエットへと変わった。


 そして、光が収まると、赤をベースに3体のドラゴンが三角形の頂点にいる紋章がが刻まれたガントレットの姿があった。


「【分析アナライズ】」


 ガントレットを装着しつつ、紅葉は強化によって何が変わったのか確かめた。


 内容を確認した後、紅葉が恒例の行動を取ろうとしたので、響が先回りした。


「三段笑いはいらない。強化されたポイントだけよろしく」


「ぐぬぬっ。わかったわよ」


 先読みされてしまい、鮮度が落ちたネタを使う訳にもいかなくなって、残念そうに紅葉は三段笑いを諦めた。


「説明よろ」


「はいはい。【紫電反撃ボルトカウンター】が【紫雷正拳サンダーストレート】になって、【鋼噛メタルバイト】を会得したわ」


「そのスキル名だけ聞くと、武闘派だよね」


「そうね。そういえば、響はロキさんから何か貰わないの?」


「トレーニングルームで、既に色んな暗器を貰った」


「そ、そうなのね」


 願わくば、その暗器を自分との喧嘩の時には使わないでほしいと紅葉は思った。


 そこに、これ以上脱線するのは困るとオーディンが割って入った。


「さて、紅葉、響よ。そろそろ出発の時じゃ」


「師父、私達はどこへ行けば良いのでしょうか?」


「フランスじゃ」


「フランス? どうしてですか?」


「フランスには、王に値するソロモン72柱がおるのでな、戦力を削ぎたいんじゃよ」


「なるほど。ちなみに、フランスのソロモン72柱は残り何体ですか?」



「2体じゃ。片方が王、もう片方は公爵以下じゃわい。紅葉達には、別々のダンジョンを踏破してもらいたい。修行を乗り越えたお主達なら余裕じゃろうて」


 パチン。


 オーディンが指を鳴らすと、転移門ゲートが2つ開いた。


「楽な方が良いなぁ。ロキ、どっちが良さそう?」


「俺にも行き先しかわからん。ヴェルサイユ宮殿か、ノートルダム大聖堂だ」


「ふうん。じゃ、僕は大聖堂ね」


 紅葉と相談することなく、響は勝手に行き先を決めた。


「はぁ・・・。それじゃ、私はヴェルサイユ宮殿ね」


 紅葉は響の決定に異議を唱えず、余った方のヴェルサイユ宮殿に行くことを了承した。


「では、紅葉、響よ。フランスを頼むぞい。ダンジョンを踏破し終えたら、また転移門ゲートを用意しよう」


「わかりました」


「よろしく」


 オーディンとロキに別れを告げると、紅葉達はそれぞれの目的地に繋がる転移門ゲートへと向かった。


 紅葉達が目的地に到着したのを確認すると、転移門ゲートは閉じられた。


「さて、ロキよ。実際のところ、響の修業はどうじゃった?」


「あれは奏と一緒の化け物だ」


「ほほう、ロキにそこまで言わせるとは、大したものじゃわい」


「信じられるか? あいつ、冗談のつもりでウォーミングアップに俺と模擬戦するっつったら、容赦なく首を刈りに来るんだぜ?」


「殺されかけたというのに、何故そこまで嬉しそうに笑っとるんじゃ?」


 オーディンの質問は、至極当然のものだ。


 何故なら、自分が殺されかけたというのに、ロキの表情はとても生き生きしているからである。


「そりゃ、あそこまで鍛えがいのある存在は、俺の周りにはいなかったからな。もう少し時間があれば、俺の後継者に指名しても良いぐらいだぜ」


「・・・先が怖いのう」


 ロキの後継者なんて、碌な成長をしていないだろうと思い、オーディンは溜息をついた。


「そっちこそ、紅葉はどうだったんだ? オーディン、貧乳に興味はないだろ? 最後にプレゼントまでして、まさか惚れたのか?」


「止めい。儂を巨乳好きの好色家扱いするでないわ。それに、惚れてもおらん」


 先日、伊邪那美に蹴り飛ばされたことを思い出し、オーディンはブルっと震えた。


「じゃあ、何故オーディンがそこまで肩入れする?」


「そ、それは、師父って慕ってくれるし、儂の槍捌きもどんどん吸収してくれるから、興が乗っただけじゃ」


「なるほど、ちやほやしてもらえるし、孫みたいに思えたってことか」


「そういうことじゃ」


 修業期間中、オーディンは冗談や思いつきで色々言ってみたが、紅葉は素直ですぐに行動に移した。


 天界の神々は、皆が皆キャラが濃く、自分の言うことに素直に応じてくれる者は少ない。


 天使は従ってくれるものの、それは仕事だからであり、そこに絆を感じるような関係性はない。


 だから、紅葉が純粋に慕ってくれて、自分の技術を確実に身に着けていくのを見て、応援したい気持ちになった訳だ。


「それにしても、いきなりフランスとは、容赦ねえな」


「・・・ロキ、お主何を知っておる?」


「フランスには、戦闘狂のベレトがいるって話だ。ダンタリオンの話じゃ、あいつのダンジョンには間違っても視察に行きたくないって言ってたな」


「ロキよ、お主知ってることはどんなに細かいことでも話せと言ったであろう? 何故、そのような重要なことを言わずにおった?」


「あっ、やべ、これ話してなかったっけ?」


「・・・お主には、奏を呼び出して洗いざらい吐かせる必要がありそうじゃな」


 そう言ったオーディンからは、ゴゴゴと背景に特殊効果が幻視できそうなぐらい怒りのオーラが溢れていた。


「奏だけは勘弁してくれ! 奏だけは!」


「お仕置きじゃ! 【必中投槍グングニル】」


 ブンッ! グサッ!


 この後、ロキは滅茶苦茶体に穴を開けられた。

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