第178話 よく似合ってる。楓のためにあるみたいな浴衣だ
紅葉の試合後、奏達はカジノを後にした。
ルナのモンスターレース、紅葉のスペシャルマッチのせいで、カジノで目立ち過ぎたからだ。
これ以上カジノに留まれば、現状よりも更に目立ち、ちょっかいをかける者が出てくるリスクがあった。
モンスターレースでは、楓と紅葉、響が大儲けし、スペシャルマッチでは奏が大儲けしたのだから、そのリスクは避けられないと考えた方が無難だ。
それゆえ、奏達は伊邪那美の案内で、各々の従魔に乗って次の目的地へと向かった。
ガネーシャは、飛び入り参加でカジノの収益が大きく増えたこともあって、後処理のためにカジノに残った。
一旦奏達と別れることになり、奏達の次に向かう場所は、伊邪那美が管轄している場所である。
「さて、着いたえ。此方はまず、ここに連れて来たかったんだえ」
「これは・・・」
「神社のお祭りですね」
「うわぁ、懐かしい」
「まさか、また屋台が見られるなんてね」
奏達は、
特に、浴衣を着て楽しむ天界の住人を見て、楓と紅葉、響の目は浴衣に釘付けになっていた。
「女性陣は、浴衣を着てみたいかえ?」
「あるんですか!?」
「浴衣着たいです!」
「着てみたいです」
奏以外の女性3人は、伊邪那美の申し出に揃って首を縦に振った。
「わかったえ。準備してあるから、そこのテントに入って着替えるえ」
伊邪那美が指し示した方向には、祭りの案内所らしき白い直方体のテントがあった。
「奏君、ピエドラ達を見てて」
「わかった」
「奏ちゃん、僕達の着替え見たい?」
「別に」
「響、奏兄様を誘惑するのは止めて。大体、奏兄様と私はいつもお互いのを見てるんだから」
「これが夫婦かぁ・・・」
「しまった、自爆だった」
紅葉と響は肩を落とし、トボトボとテントの中に入って行った。
「奏兄様、着替えて来ますから、悠をお願いします」
「任せてくれ」
その後ろを、楓と伊邪那美、ヘラ、迦具土がついて行った。
奏はバアル、天照と一緒に、従魔達と留守番である。
楓達がいなくなると、バアルは悠を抱っこしている奏に訊ねた。
「奏、お前天界を楽しんでるか?」
「ん? なんだよ急に」
「いや、奏のことだから、極楽湯でずっとダラダラしたかったかなと思ってよ」
「まあ、確かに極楽湯で1日のんびりするのも良かったな」
「やっぱりか」
奏らしい考え方に、バアルは苦笑した。
「ただ・・・」
「ただ?」
「家族風呂にあのままいたら、楓がノンストップだっただろうから、俺はカジノに行って良かったと思ってる」
そう言った奏は、遠い目をして愛の湯での出来事を思い出していた。
そんな奏を見れば、バアルは同情せずにはいられなかった。
「・・・あぁ、そういやそうだった。楓嬢ちゃんに愛の湯で捕食されてたっけか」
「ねぇ、バアル。なんでバアルが奏と楓の状況を知ってるの?」
「そりゃ、楓嬢ちゃんが奏と子作りしたいって希望を叶えるには、悠やルナ、サクラの面倒を見る役が必要だろ?」
「私だけ除け者だったの?」
「あっ、いっけね」
天照だけ、伊邪那美に連れられてサウナに入っていたのを忘れ、バアルはうっかり余計なことを喋ってしまったことに気づいた。
天照が目に涙を溜め、今にも泣きだしそうになったのを見て、バアルは面倒なことになったとも思った。
「天照、除け者だったんじゃねえよ。伊邪那美だって、天照と一緒に話したいことがあったんだ」
「本当?」
「本当だ」
「本当に本当?」
「本当に本当だ」
「本当に本当に本当?」
「本当に本当に本当だ。って、面倒だな、このやり取り。いつまで続けんだよ?」
バアルが終わりの見えないやり取りにうんざりして、天照にももう止めろと言外に伝えた。
「うぅ、奏、バアルが私のこと面倒って言うよ・・・」
「あー、よしよし。ほら、泣くな」
スヤスヤと眠り、手のかからない悠とは違って、涙目で自分を見上げる天照を見て、奏は困って天照の頭を優しく撫でた。
「奏はバアルと違って優しいわ」
「どっちが親かわからねえな」
「バアル」
「こりゃ失敬」
ボソッと余計なことを言うバアルに対し、これ以上面倒を起こすなと奏はバアルに注意した。
その後、奏にかまってちゃん状態の天照を見て、小さくなったルナも奏の肩に乗って奏に構ってほしそうに体を擦り付けた。
なんとなく、奏は何人もの小さい子供の面倒を見る幼稚園の先生の気分になった。
10分後、奏達の前に楓が戻って来た。
楓は白をベースに、楓の葉が散りばめられたデザインの浴衣を着て奏の前に立った。
浴衣を着ても、楓は約束の簪を身に着けており、それがとても似合っていた。
「奏兄様、どうですか?」
楓と出会った頃は鈍感だった奏も、楓と結婚してから少しはその度合いが改善されたので、楓が何を期待しているのかちゃんと理解した。
「楓の葉が映えて、よく似合ってる。楓のためにあるみたいな浴衣だ」
「・・・もう、奏兄様ってば」
奏に褒められて嬉しかったらしく、楓は頬を赤らめてピッタリと奏の左隣に移動し、そのまま奏の腕を抱いて寄りかかった。
「お待たせー」
「待たせた」
今度は、紅葉と響が一緒にテントの中から戻って来た。
紅葉の浴衣は、楓のものと色違いで、ベースが黒色で楓の葉が散りばめられたデザインだった。
響の浴衣は、水色をベースに、紫陽花がたくさん咲いたデザインである。
「奏君、どうかな?」
「奏ちゃん、褒めて」
奏に感想を求める紅葉に対し、響は誉め言葉しか受け付けないとアピールした。
「紅葉も響も似合ってるぞ。紅葉は背が高いから、浴衣が似合ってる。響に紫陽花ってチョイスも、響らしくて似合ってるぞ」
「それは、私みたいに胸がない女は浴衣がお似合いだと?」
「奏ちゃん、それは僕にも紫陽花にも毒があるって言いたいのかな?」
紅葉と響が、ムッとした表情で自分に訊ねたので、奏は隣の楓に助けを求めた。
「楓、俺の感想ってそんな悪意を感じるものだった?」
「そんなことありません。紅葉お姉ちゃんも響も、奏兄様がサラッと褒めましたから、成長度合いを確かめるために深堀りして訊いてるだけです」
「成長度合い?」
「奏兄様は、自然体で良いんです。私は奏兄様の全てにYesですから」
首を傾げる奏に対し、楓は悠を慈しむのと同じ笑みを向けた。
「うわぁ、楓の点数稼ぎに利用された」
「楓って、僕よりも策士だよね」
「点数稼ぎなんて人聞きの悪いこと言わないでよ。私は、奏兄様という存在そのものが愛おしいだけなんだから」
「これが嫁力か」
「引き立て役にされちゃった」
楓が抗議すると、紅葉も響も自分達の敗北を認めた。
そこに、着替えた伊邪那美とその後ろにヘラ、迦具土がついて来た。
この神社に来るまでは、十二単を着ていたのだが、今は黒をベースに白い線と桜の花が散ったデザインの浴衣を着ていた。
「此方も着替えてみたえ。どうかえ?」
「「「参りました」」」
楓、紅葉、響は口を揃えて降参を宣言した。
実際、伊邪那美にその浴衣は似合っており、色っぽい大人の魅力に溢れていた。
奏と結婚するまでの楓が、理想とする大人の女性の姿にぴったり当てはまっていたのだ。
「似合ってる」
「そうかえ。それは良かったえ」
奏は短く答えたが、それでも奏のコメントに噓偽りが一切なく、真剣にそう思って口にしたのだと理解すると、伊邪那美は嬉しそうに笑った。
「んじゃ、浴衣のお披露目も終わったことだし、そろそろ行こうぜ」
「バアル、慌てるなえ。祭りはまだ始まったばかりだえ」
「そうかもしんねえけど、待つのは飽きたんだよ」
「やれやれだえ。それじゃ、早速回るえ。ただ、この大所帯で回るのは大変だから、二手に分かれるえ。奏のパーティーは此方が案内するから、紅葉のパーティーは迦具土が案内するえ。迦具土、ここの歩き方は覚えているかえ?」
「覚えておるのじゃ」
「ならば、そちらは任せるえ。さて、夜は此方が贔屓にしてる旅館で夕食が出るえ。それを頭に入れたうえで、買い食いしたり屋台で遊んでほしいえ」
そう言うと、奏のパーティーと楓のパーティーは、鳥居をくぐった後に各々の行きたい場所へと向かった。
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