第177話 絶対に負けられない戦いがそこにはある

 リング等の準備が整い、紅葉が槍の姿に戻った迦具土と共にリングに上がると、実況が従業員からガネーシャに変わった。


『さて、本日限りのスペシャルマッチを開催します! ゲスト参戦の紅葉がリングに上がりました! 対戦するのはカジノが誇るこの選手! アーサー・ペンドラゴンです!』


「「「・・・「「おおおおおっ!」」・・・」」」


 紅葉の反対側から、騎士鎧に剣、盾を装備した精悍な顔つきの天使が現れた。


『挑戦者の紅葉には、特別に自らの武器の使用を許可します! さあ、どちらが勝つか、賭けて下さい!』


 ガネーシャは、観客達にどちらが勝つか賭けるように声をかけた。


 観客達は、こぞってアーサーに賭けた。


 それもそのはずで、アーサーはカジノで人気No.1の選手だからである。


 そんなアーサーと、天界の住民にとってどこの馬の骨ともわからない紅葉の試合なら、勝って取り分が少なくとも、アーサーに賭けるのは当然の流れだった。


 しかし、奏は紅葉に魔石払いで転職玉1つ買える金額を賭けた。


 それを見た楓は、リング上の紅葉に念話機能で話しかけた。


「紅葉お姉ちゃん、奏兄様が紅葉お姉ちゃんに賭けました。つまり、どういうことかわかるよね?」


『絶対に負けられない戦いがそこにはある』


「その通りだよ。転職玉を買うだけの金額を賭けたの。だから、奏兄様のために絶対に勝って。勝たなかったら、どうなるかわかるよね?」


『サー! イェッサー!』


『紅葉はどうしたのでしょうか? 突然、叫び始めましたが、あれは鼓舞でしょうか?』


 ガネーシャは、紅葉が急に姿勢を正して叫び始めたので、困惑したコメントを心の内に留められずに口にしてしまった。


 当然、観客達も同様にざわついている。


 その一方、リング上で楓から激励という名目の脅迫を受け、紅葉は退路を失った。


 勝たなければならない紅葉に対し、迦具土は緊張を和らげるために声をかけた。


『紅葉、落ち着くのじゃ。いつも通りにやれば、紅葉なら勝てるのじゃ』


「勝つわ。絶対に勝つわ。勝たないと、楓が私のエンジェルから悪魔に変わるし、何より奏君に失望されるもの」


『急いては事を仕損じるのじゃ。深呼吸するのじゃ』


「深呼吸? ひっひっふー。ひっひっふー」


『それはラマーズ法じゃろうが。お主、わざとやっておるじゃろ?』


「・・・ごめん。落ち着いたわ」


『まあ、ボケられるぐらいが、紅葉にとっては丁度良いじゃろうて。準備は良いかの?』


「ええ。大丈夫よ」


 迦具土のおかげで、紅葉は楓のプレッシャーに打ち勝つことに成功し、いつも通りの調子を取り戻した。


 紅葉の準備が整ったことを目視で確認すると、ガネーシャは口を開いた。


『では、両者の準備が整いましたので、スペシャルマッチを行います! 試合開始!』


「挑戦者よ、特別に先手を譲ろう」


「えっ、良いの? 【爆轟デトネーション】」


 ドガァァァァァァァァァァン!


 アーサーが余裕そうに先手を譲ってくれたので、紅葉は容赦なく【爆轟デトネーション】を放った。


 紅葉が選んだ戦術は、奏譲りの初手ぶっぱである。


『紅葉が仕掛けました! 槍で攻撃すると思いきや、開始早々リングに大爆発を起こしました!』


「正々堂々って言葉を知らないのか!?」


「卑怯だ!」


「BOOOOOOOOOO!」


「汚いぞ、貧乳!」


「貧乳って言ったの誰!? 降りて来なさい!」


 自分へのブーイングに対し、最後のものだけ聞き捨てならなかったので、紅葉が反応した。


 しかし、そんな余裕はすぐに紅葉から消えた。


 爆炎の中から、無傷のアーサーが現れたからである。


「よろしい。そちらがその気なら、こちらも手段は選ばない! 【振動斬撃バイブレーションスラッシュ】」


 ブゥゥゥゥゥン!


『紅葉、これは拙いのじゃ!』


「【炎釘打フレイムネイル】【金剛アダマント】」


 ゴォッ! キィィィィィン!


『なんということでしょう! アーサーのスキル、【振動斬撃バイブレーションスラッシュ】を紅葉が凌ぎました!』


「なんだと!?」


「高速振動する斬撃を、受けきったぁっ!?」


「おいおい、冗談は止してくれ!」


「アーサー、どういうことだよ!」


 観客達は、アーサーが反撃として大技を放ったにもかかわらず、それが紅葉にダメージを与えられていないことに驚きを隠せなかった。


 紅葉がどうやってアーサーの攻撃を凌いだかというと、【炎釘打フレイムネイル】で斬撃の勢いを削り、迦具土の穂先をずらして【金剛アダマント】を発動し、斬撃を受け流したのだ。


 アーサーの大技に対し、咄嗟に2つのスキルを駆使して受け流すことができるようになったあたり、紅葉は自身の成長を感じられただろう。


「少々驚いたぞ、挑戦者。ならば、これでどうだ? 【不破撃剣モルデュール】」


 スパァァァァァン!


「うわっ!?」


 【振動斬撃バイブレーションスラッシュ】なんて比べ物にならない巨大な斬撃を見て、紅葉は受ける選択を捨て、回避に全力を注いだ。


 今のスキルを受けようものなら、紅葉も無事では済まないと直感的に判断したからである。


『むぅ、STR極振りのような奴じゃのう』


 どうにか避けた後、迦具土は悩ましそうな声を出した。


「でも、今までに見たスキル2つは、どっちも大振りで発動前後に隙があるわ」


「何をブツブツ言ってるんだ? 【不破撃剣モルデュール】」


 スパァァァァァン!


 今度は危なっかしさなんて感じさせることなく、紅葉は【不破撃剣モルデュール】を避けることができた。


 どうやら、アーサーの攻撃速度に慣れたらしい。


「手はあるわ」


『なら、やってみるのじゃ』


「そうね」


「喰らえ! 【不破モル・・・」


「【怠惰眼スロウスアイ】」


 ボワワワァァァン。


 紅葉の目が紫色に光ると、紅葉の目から放射状に紫色の光が放たれ、アーサーのスキルが発動する前に紫色の光がアーサーに命中した。


 それにより、アーサーの動きが鈍くなったので、紅葉はアーサーの懐に飛び込んだ。


「【刺突乱射スタブガトリング】」


 ガガガガガッ! ガンッ!


『剣が落ちました! アーサーが剣の柄を連続で攻撃され、その衝撃に耐え切れずに剣を落としました!』


 故意に対戦相手を殺すことが禁じられているため、紅葉は【刺突乱射スタブガトリング】をアーサーの剣の柄を狙って放った。


 動きが鈍り、力が上手く入らなくなったアーサーは、紅葉の攻撃で剣を持っていられなくなり、その場で剣を落としてしまった。


 すると、紅葉は後ろに飛び退き、中段の姿勢を取った。


『お主、何をする気じゃ?』


「こうするの! 【刺突乱射スタブガトリング】」


 スガッ、スガッ、スガッ、スガッ、スガッ! ガタン!


 紅葉は迦具土を振り下ろすと同時に手を放し、それと同時に【刺突乱射スタブガトリング】を発動した。


 すると、迦具土が紅葉のユニーク武器であるため、手から離れてもすぐに手元に戻り、スキル補正で細かく振り下ろしては手放す動作が連続して起こった。


 これは、明らかに通常の【刺突乱射スタブガトリング】とは異なっていたが、迦具土を細かく振り下ろしてすぐに手放したことで、スキルの射程が伸びていた。


『一体、私達は何を見させられてるんでしょうか!? 紅葉の放ったスキルは、【刺突乱射スタブガトリング】のはずなのに、どう見ても別のスキルです! ですが、そのスキルに押され、アーサーはバランスを崩し、後ろに倒されてしまいました!』


 【怠惰眼スロウスアイ】の効果が続いているせいで、仰向けに倒れたアーサーは、立ち上がろうとしても動作が酷く緩慢だった。


 その隙に、紅葉が起き上がろうとしているアーサーの胸を鎧の上から踏みつけ、首元に迦具土の穂先を向けて止まった。


「これで、私の勝ちかしら?」


『・・・決まりました! 私を含めた観客の予想を裏切り、勝負を制したのは紅葉です! 勝者、紅葉!』


「嘘だぁぁぁぁぁっ!」


「賭けにならない勝負だと思ったのにぃぃぃぃぃっ!」


「こんな結果、あんまりだぁぁぁぁぁっ!」


 ガネーシャが勝敗を告げると、観客席を観客達の嘆きが支配した。


 そのすぐ後、紅葉の耳に神の声が聞こえ始めた。


《【金剛アダマント】が、【金剛移動アダマントムーブ】に上書きされました》


《【刺突乱射スタブガトリング】が、【不可視釘打インビジブルネイル】に上書きされました》


《おめでとうございます。個体名:秋山紅葉が、クエスト1-8をクリアしました。報酬として、迦具土の【爆轟デトネーション】が、【灼熱世界ムスペルヘイム】に上書きされました》


「あら、スキルが3つも上書きされたわね」


『技量だけであれば、格上の天使を倒したのじゃ。前2つについては、紅葉の柔軟な発想に基づく使い方で、変化を遂げたのじゃよ』


「そういうの良いわね。まあ、とりあえず奏君に顔向けできるから万事OK」


 紅葉は期待された役割を果たしたので、気分良く奏達と合流した。

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