第176話 パクるんじゃないわ。オマージュよ

 コロシアムは、カジノの地下2階にあった。


「地下闘技場って聞くと、アングラ感あるわよね」


「失礼ね。何もやましいことはしてないわ」


「あっ、ごめんなさい、ガネーシャさん」


「言葉には気を付けてね、紅葉。地下闘技場の観客には、手が早いのも紛れ込んでたりするんだから」


「気を付けます」


 うっかり感想を口にした紅葉だったが、口は災いの元であるとガネーシャに注意されて反省した。


 地下2階だが、コロシアムという名前ではあるが、実際にはだだっ広いボクシングのリングと表現するのが正しかった。


 ただし、普通のリングと違うのは、床タイルが敷き詰められていることと、リングの四方を光の壁が中と外を隔てていることだろう。


「ここでは、人類史上の過去の英雄の戦いの記憶を読み込んだ天使達が、己の力と技を磨いて戦ってるわ。勿論、死なれたら困るから、武器は全て非殺傷の武器を使わせてるし、戦闘不能になったら試合は終了よ。観客は、どっちが勝つか賭けて楽しむの」


「過去の英雄?」


「今からやるのは、確かクー・フーリンとジークフリートの記憶を持った天使達の試合だったかしら」


「何それ見たい」


 両者とも有名な存在だったので、紅葉は興味津々だった。


「ちゃんと行儀よくするのよ?」


「わかってます」


 紅葉に注意すると、ガネーシャは奏達をVIP専用の観客席へと案内した。


 VIP専用というだけあって、リングの真正面の席であり、視界を遮るものは何もなかった。


「それで、どっちが勝つか賭けるかしら?」


「止めておきます。奏君に勝たせてもらったので、ここで調子に乗ると大損しそうですから」


賭博師ギャンブラーだった経歴からは、まず出てこない発言ね」


「あくまで職業ですし、今は奏君の近衛兵ロイヤルガードですから」


「・・・そう。まあ、荒稼ぎされても、大損されても、どっちでも私としては困るから、そうしてくれると助かるわ」


 ガネーシャは紅葉にそう言うと、口を閉じてリングを見た。


 それから少しして、奏達の耳にアナウンスが届いた。


『午後の試合の時間がやってまいりました! 午後の対戦カードはこちら! クー・フーリンVSジークフリートです!』


「「「・・・「「おおおおおっ!」」・・・」」」


 野太い歓声が起こる中、奏は気になったことがあってガネーシャに訊ねた。


「リングネームって、英雄の名前なんだ?」


「そうよ。どの英雄の記憶を持った誰って紹介するのは、長くてアナウンスしにくいもの」


「確かに。その上、名の知れた英雄の名前をそのまま使った方が、観客も盛り上がるよな」


「その通りよ」


「今回は、実況しないんだな」


「ええ。奏達の誰かが出るなら、私が担当した方が良いでしょうけど、元々の予定通りなら、従業員に任せるわよ」


『赤コーナーからは、槍の名手クー・フーリン! 青コーナーからは、剣の名手ジークフリート! 両者が登場しました!』


「「「クー・フーリン!」」」


「お前の槍、見せてやれ!」


「お前に午前の勝ち分ぶっこんだぞぉぉぉっ!」


「「「ジークフリート!」」」


「剣が最強だと教えてやれ!」


「今日も期待してるぞ!」


 クー・フーリンとジークフリートが両コーナーから現れると、観客達が応援する方にエールを送った。


 一部、エールとは言い難いものもあったが、気にしたら負けである。


 奏は試合を見たがっていた紅葉が、どっちを応援するのか訊ねてみた。


「紅葉、賭けないとはいえ、どっちを応援するとか決めてるのか?」


「ううん。でも、クー・フーリンの槍捌きは勉強させてもらうつもりよ」


「勉強熱心だな」


「これでも、奏君の近衛兵ロイヤルガードだもの。Lv100になったからって、まだまだ強くなれないはずないでしょ?」


「まあね」


 実際、奏達は毎日、世界樹の果実を食べることで少しずつ全能力値が上がっている。


 それだけで、普通のLv100の新人類よりは強くなれるが、あくまで数字上の話である。


 だから、戦闘とは無縁だった昔とは違い、技術を会得できるならば、それは見て学びたいというのが紅葉の正直な気持ちだった。


『両者、準備が整いました! それでは、試合開始!』


「【刺突乱射スタブガトリング】」


「【流水斬スルースラッシュ】」


 ガガガガガッ! スススススッ、スパァン!


 偶然ではあるが、両者は紅葉と響が使えるスキルを試合開始と同時に発動した。


 槍を持つクー・フーリンは、先の先を取りに【刺突乱射スタブガトリング】で果敢に攻めたが、剣を持つジークフリートは、それを見越して後の先を取った。


 クー・フーリンの鋭い突きを連続して躱し、クー・フーリンのスキルが終わるタイミングで、ジークフリートはクー・フーリンに向かって斬撃を放った。


 しかし、クー・フーリンもそれを難なく躱し、両者の初手は相手にダメージを与えることがなかった。


 お互い、刃を潰した槍と剣のはずだが、それでも余裕で相手を殺せそうな威力だった。


「ノーダメージか、槍の」


「お前こそだろ、剣の」


「「ふんっ!」」


 キィィィィィン! ゴォォォッ!


 クー・フーリンとジークフリートが、全力でそれぞれの得物を振るい、それらが衝突した。


 武器同士が衝突した際、衝撃波が周囲に広がったが、リングを囲う光の壁によって衝撃は吸収された。


「【雷撃槍ライトニングスピア】」


「【回転氷刃ロールアイスエッジ】」


 バチィッ! スッ、ピキィン!


「くっ、相変わらずやり辛いな」


「お前対策として、カウンターばっか鍛えたからな」


『クー・フーリンの先の先を取る攻撃が、ジークフリートの後の先を取る戦法の前に決め切れません! 両者、いまだノーダメージです!』


「なら、これでどうだ? 【双角雷突バイコーンブリッツ】」


「まだまだ! 【双犬氷牙オルトロスファング】」


 バチバチィッ! ピキピキィィィン!


「ぐあっ!?」


『おぉーっと、ここでようやく初撃が決まりました! 【双角雷突バイコーンブリッツ】が、【双犬氷牙オルトロスファング】の威力を上回りました!』


 どちらも刃は潰されて殺傷力は落ちているはずなのに、使ったスキルの影響もあって、クー・フーリンの攻撃により、ジークフリートは刺されて出血した。


「やはり、【双角雷突バイコーンブリッツ】はまだ防げないようだな」


「畜生が・・・。だが、まだだ。今度はこちらから行くぞ! 【幻霧剣ミストソード】」


「二刀流か。よかろう」


 キィン、キィン、キィン、キィン、キィン!


 ジークフリートは、【幻霧剣ミストソード】で創り出したもう1本にそっくりな剣も使い、クー・フーリンに猛攻を仕掛けた。


 しかし、クー・フーリンは2本の切っ先だけを見据え、正確かつコンパクトにジークフリートの攻撃を裁いた。


『なんという猛攻でしょう! しかし、あと少し手が足りず、ジークフリートの剣がクー・フーリンに届きません!』


「・・・一体、いつから剣が2本だと錯覚した? 【幻霧剣ミストソード】」


「何!?」


 キィン、キィン、キィン、スパッ!


『衝撃の展開です! 3本目です! ジークフリートが、あろうことか3本目の剣を口に咥えて三刀流を披露しました! 流石のクー・フーリンも、3本目の剣には手が足りません!』


 予想外の展開に、紅葉が奏に嬉しそうな笑みを向けて訊ねた。


「奏君、ジークフリートっていつから海賊狩りになったの?」 


「俺が知るかよ」


「俺様が知ってる限りでも、そんな話はねえ。あいつのオリジナルだろうぜ」


 奏が知るはずないので、バアルが助け舟を出した。


「私もオリジナルと言いつつ、有名どころの戦い方を真似しようかしら?」


「パクるのか?」


「パクるんじゃないわ。オマージュよ」


「物は言いようだな」


 そんな話をしている中、リング上ではまだジークフリートの攻撃が続いており、クー・フーリンは劣勢だった。


 しかし、どうにかクー・フーリンは堪え、大きく後ろに跳んで距離を取ると、乱れた息を整えた。


「良い物を見た。だったら、こっちもやってやろうじゃんか。【雷撃武装ライトニングアームズ】」


 バチッ、バチッ。


 クー・フーリンがスキル名を唱えると、雷の鎧がクー・フーリンを守るように現れた。


「無駄だ! 【双犬氷牙オルトロスファング】」


「喰らえ! 【双角雷突バイコーンブリッツ】」


 ピキピキィィィン!バチバチィッ! ズドォォォォォン!


 両者がぶつかり、衝撃波がリングを囲う光の壁に到達し、時間をかけて吸収された。


 衝突の際、ジークフリートの【双犬氷牙オルトロスファング】が【双角雷突バイコーンブリッツ】で蒸発し、蒸気がリングを覆ったせいで、観客達はリング上がどうなったのかわからなかった。


 徐々に蒸気が晴れ、リング上が見えるようになると、地面に横たわるジークフリートと、なんとか槍を杖替わりにして立っているクー・フーリンの姿があった。


『激闘を制したのは、クー・フーリンです! 勝者、クー・フーリン!』


「「「・・・「「おおおおおっ!」」・・・」」」


 クー・フーリンの勝利に歓喜した観客達が、立ち上がって歓声を上げた。


 その一方、VIP席でもワクワクした表情をした者が1名現れた。


「ガネーシャさん、ルナちゃんみたいに、私もコロシアムに出られませんか!?」


「そう言うと思ってたわ。大丈夫よ。スペシャルマッチの準備はできてるわ」


「ガネーシャ、マジで手際良いな」


「招待するなら、相手方のリサーチをするのは当然よ。こうなることは、予想してたわ」


 どうやら、紅葉が戦うことは、ガネーシャが奏達をカジノに案内した時から決まっていたらしいと知り、バアルは戦慄した。

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