枕を変えたらダンジョンで目覚めた件について

第175話 楓嬢ちゃん、マジで奏をヒモにする気かよ

　ユリウスはルナの攻撃を受け切り、スタートしていた。

　正確には、ユリウスの纏う冷気が、【翠葉嵐（リーフストーム）】による無数の葉の攻撃を凍てつかせて防いだのだ。

「ルナ、飛ばせ！」

「うん！」

「ユリウス、風よりも早く駆けなさい！」

「任せたまえ！」

　開始直後の攻防はすぐに終わり、ルナもユリウスもそれぞれの騎手に従って進み始めた。

　モンスターレースのトラックは、2つのコーナーと1つ目のコーナーが終わった直線部分に障害物が設置されている。

　第一コーナーには、多くの岩壁が無作為に設置されており、それを躱しながら進まなければならない。

　しかし、先に第一コーナーに入ったユリウスは違った。

　ドガッ、ドガッ、ドガッ、ドガッ、ドガッ！

『恐るべき怪力です！　並外れたSTRとVITを活かし、ユリウスは岩壁を粉砕して最短距離を曲がっています！』

「マジかよ」

「パパ、ルナ達は飛べるから大丈夫！」

「そうだな」

『ルナは岩壁を越え、同じく最短ルートを曲がりました！　岩壁にぶつからない分、ルナの方がコーナーでのタイムロスは少ないようです！』

　第一コーナーが終わると、奏達はユリウスに追いついた。

「ユリウスの後ろを走らせはしない！　【炎弩（フレイムバリスタ）】」

「ルナの邪魔はさせない。【透明多腕（クリアアームズ）】」

　ドゴォン！　プシュー・・・。

『何が起きたのでしょう！　ユリウスの騎手、シーザーによる【炎弩（フレイムバリスタ）】が、途中で消火されました！』

　奏以外、【透明多腕（クリアアームズ）】は見えないので、ガネーシャの実況に観客席がざわついた。

　奏にとっては簡単なことで、単純に無数の透明な腕でシーザーの攻撃を握り潰しただけだ。

　ルナは奏が必ず守ってくれると信じ、避けることをせず、ただユリウスよりも前に行くことだけに集中していた。

『並びました！　ユリウスとルナが横並びになりました！　このまま、丸太ゾーンに入ります！』

　丸太ゾーンは、第一コーナーが終わった直線部分で、丸太が乱雑に組まれており、その隙間を縫うようにして進まなければならない。

　ところが、今度は奏が観客達を驚かせる番だった。

「【技能付与（スキルエンチャント）＜無限収納（インベントリ）＞】」

　ズズズズズッ！

　刀となった天照が、紫色のユラユラしたオーラを帯び、それによって刀身がぐーんと伸びた。

　そのまま、奏は【刀剣技（ソードアーツ）・日輪（ソル）】に身を任せ、思いっきり天照を振りぬいた。

　スパパパパパァァァァァン！　ゴォォォッ！

　一刀両断し、奏は進行方向にある数々の丸太を、斬ると焼くを同時に行い、亜空間に収納することで道を拓いた。

『斬りました！　ルナの騎手、奏が自らの進路を阻む丸太だけを斬って消しました！　ここで初めて、ルナがユリウスを追い越しました！』

「なんだと！？」

「シーザー、もっと飛ばすぞ！」

　シーザーもユリウスも驚いていたが、ユリウスの方が冷静であり、丸太を破壊しながらのはずなのに、確かにスピードアップしていた。

　ところが、奏達が今度はユリウスの前にいる訳で、妨害するチャンスを得たのだ。

　このチャンスを無駄にするような真似を、奏がするはずがなかった。

「【創造（クリエイト）】」

「何！？」

「網だと！？」

　奏がスキル名を唱えると、巨大な網がユリウスの眼前に現れた。

「【創造（クリエイト）】【創造（クリエイト）】【創造（クリエイト）】【創造（クリエイト）】【創造（クリエイト）】」

　勿論、1つだけでは効果が薄いとわかっているので、奏はどんどん網を創り出した。

「【竜巻衣（トルネードクロス）】」

　スパパパパパッ！

　ユリウスがスキル名を唱えると、冷気ではなく竜巻がユリウス達を覆い、ユリウス達に纏わりついた網を切断した。

「なるほど。パッシブでは冷気、任意では竜巻を纏えるのか」

「パパ、ルナは【憑依（ディペンデンス）】なしで勝ちたい」

「わかってる。ルナがレースに参加したいのに、俺が飛んでも面白くないもんな」

「うん！」

　実際、ルナが【憑依（ディペンデンス）】を使ったなら、奏はこのレースでユリウスに大差をつけて勝つ自信があった。

　しかし、それをやってはモンスターレースらしさが損なわれるし、何よりもモンスターレースに参加したいというルナの希望を叶えたことにはならない。

　だから、奏はこのレースで、あくまでサポートしかするつもりはない。

　飛ぶ主体は、ルナでなければならないのだ。

『ルナ、ユリウスが第二コーナーに入りました！　こちらは、カーブが終わるまで泥沼です！』

　ちなみに、この泥沼は空を飛ぶ者にも障害になり得る。

　何故なら、泥沼から上空に向かい、ランダムに泥が噴水のように噴射されるからだ。

　ブシャァッ、ブシャァッ、ブシャァッ！

「極楽湯に入ったのに、泥塗れは困る。【天墜碧風（ダウンバースト）】」

　コォォォォォッ、カキィィィィィン！

『凍らせました！　奏が泥沼を凍りつかせました！　ルナはすいすいと進んでいきます！』

　泥沼が凍ったことで、泥の噴出も止まり、ルナの進路を邪魔するものはなくなった。

　その一方、足場が凍ってしまったせいで、ユリウスは滑って転ばないようにスピードダウンを余儀なくされた。

　【竜巻衣（トルネードクロス）】を使い、氷った泥沼を砕くことはできるが、そうすれば今度は泥を巻き上げてしまう。

　そうなると、この状況の方がユリウス達にとっても都合が良いと言えなくもないのだ。

『ルナが2週目に入りました！　この1周を先に走り終えた方が、勝者となります！　こんな展開を、一体誰が予想できたでしょう！？』

　2週目に入った奏達は、第一コーナーの岩壁を飛んで越えていき、丸太ゾーンは先程奏が開拓した道を通ったので、障害物が障害物になっていない。

　第二コーナーも、ただのスケートリンクになってしまっているので、空を飛べる奏達の邪魔にはならなかった。

　そして、ユリウスと1/4周の差をつけて、奏達はそのままゴールした。

『ゴォォォォォル！　優勝はルナです！』

「「「・・・「「負けたぁぁぁぁぁっ！」」・・・」」」

　飛び入り参加の奏に賭けた観客はほとんどおらず、観客席からは絶望の叫びが次々に響いた。

　そんな中、しっかりと勝ちを手にした者達がいた。

　当然、楓達である。

「奏兄様とルナちゃんが出て、勝たないはずがないもん。いっぱい稼いだね」

「まーね。ぶっちゃけ、奏君が出るって言った瞬間、私達はすぐにガネーシャさんに奏君の勝ちに賭けさせてもらったよね」

「敗北を知りたい」

　楓と紅葉、響は、ルナが出場したいと言った時から、こうなることがわかっていたので荒稼ぎした訳である。

　当然、ガネーシャも楓達が賭けないはずがないと思っていたので、その分の支払いは考慮したうえでルナの出場を許可している。

　だから、大穴で楓達が勝ったとしても、ユリウスやカルロ、ディアナに賭けた有象無象からちゃんと利益を回収できた。

　それに、ここから先ずっと、ルナがモンスターレースに参加する訳ではない。

　1回限りのイベントのようなものなので、今回負けた者達もめげずにまた次回に賭けるだろう。

　そう考えれば、楓達とディアナは、win-winの関係だと言えよう。

　奏達が控室に戻ると、バアルだけでなく、楓達も待っていた。

「よう、楽しかったか？」

「お疲れ様です、奏兄様、ルナちゃん」

「ありがとう、奏君、ルナちゃん」

「不労所得最高」

「ルナを思いっきり飛ばせてやれたよ。な、ルナ？」

「うん！　パパとレースに参加できて、とっても楽しかったの！」

「よしよし」

「えへへ♪」

　奏がルナの頭を撫でていると、そこにガネーシャがやって来た。

「奏、ナイスレースだったわ」

「ガネーシャこそ、意外とノリノリで実況してたな」

「しょうがないでしょ？　飛び入り参加なんて、私ぐらいじゃなきゃ捌けないもの」

「それはすまん」

「良いのよ。その分、私もしっかり儲けさせてもらったから」

「そ、そうか」

　抜け目ないなと奏が思っていると、楓がススッと奏の隣までやって来てニコッと笑った。

「私もしっかり儲けましたよ、奏兄様」

「そうなの？」

「奏兄様を養ってあげられるぐらい稼ぎました」

「楓嬢ちゃん、マジで奏をヒモにする気かよ」

「バアルさんには負けません」

「いや、俺様は奏をヒモにしないっての」

「はいはい。その話はまた後でにして。奏、これが優勝賞品よ」

　楓とバアルが、というより、楓が一方的にバアルに負けじと金を稼いだアピールをする中、ガネーシャがそれを遮って奏に白く光るカードを渡した。

「ガネーシャ、このカードは何？」

「進化の証よ」

「おい、ちょっと待て。なんでそんなもん、奏に渡すんだよ？」

「バアル、知ってるのか？」

「当然だ。こいつは本来、天使を下級神にランクアップさせられるものだ。奏が使ったら、どうなるか俺でもわからん」

「じゃあなんで、そんなものを俺に？」

　この疑問には、ガネーシャが答えた。

「それは、午後のレースの商品が元々これだったからよ。商品を差し替えるのは、良くないでしょ？」

「まあ、そうかもしれないけど、俺には使い道がないな」

「ごめんなさいね。でも、出場給（ファイトマネー）は別に用意したわ。はい、これ」

　またしても、奏はカードを渡された。

「カード？」

「【百貨店（デパート）】の無料券よ。私が取り扱えるものなら、どんな品でもこのカードを使ってくれれば1回だけ無料にするわ」

「なるほど。こっちはありがたいかも」

「さて、ルナの希望でモンスターレースに参加してもらったけど、次は何がしたい？」

「はいはい！　私、コロシアム見てみたい！」

「じゃあ、行ってみましょうか」

　紅葉の希望により、奏達はカジノ内のコロシアムへと向かうことになった。