第174話 これはね、東洋の計算機だよ

 カジノに入ると、ガネーシャが説明を始めた。


「ここで何ができるか、紹介するわね。ルーレット、スロット、カード、モンスターレース、コロシアムよ」


 ガネーシャの説明の中で、天界にはいないと思っていた存在の名前を聞き取り、奏は気になった。


「モンスターレース? 天界にもモンスターがいるのか?」


「いるわ。元々は、魔界にしかモンスターはいなかったけれど、バアルが魔界から戻った時に、一緒にサンプルとして連れ帰って来たの。その子孫よ」


「バアル、色々頑張ってたんだな」


「まあな。うっかり、ソロモン72柱の王にもカウントされちまうぐらい暴れたから、戦果をごっそり天界に持ち帰ったんだよ」


 奏に感心されたとわかり、バアルはドヤ顔になった。


「その戦果、がっつりガネーシャの商売に使われてるけど?」


「それは問題ねえ。俺の資産をガネーシャに運用させてるから、その手数料代わりだ」


「もしかして、バアルって金持ち?」


「ガネーシャ、どうなんだ?」


「丸投げかよ」


 バアルに訊いたにもかかわらず、そのバアルがガネーシャに訊くものだから、奏は思わず突っ込んだ。


「だって、俺様運用とか面倒で興味ねえから」


「バアルの個人資産は、日本円にして約10兆円よ」


「へぇ、そんなにあったのか」


「金持ちじゃん。兆なんて単位、普通は聞かないぞ」


「ちなみに、個人資産額は天界5位よ」


 10兆円という額だけでも驚いたのに、そこにもっと驚くべき事実が公開され、奏は遠い目をした。


「・・・いざとなったら、バアルに養ってもらおう」


「良いぜ。俺様を復活させてくれたから、それぐらい面倒見てやるよ」


「バアルさん、駄目です。奏兄様をヒモにしないで下さい。奏兄様をヒモにするのは私です」


「お、おう。安心してくれ。別に、俺様には楓嬢ちゃんと競って奏をヒモにするなんてことは考えてねえから。冗談だから」


 突然、楓が参戦してきたので、バアルは顔をひきつらせた。


 この話題を続けるのは、得策ではないと判断し、バアルは話の軌道修正に入った。


「ガネーシャ、モンスターレースにはどんなモンスターが出るんだ?」


「午後のレースは、ペガサス、スレイプニル、ユニコーンよ。本当なら、フェンリルも出場するはずだったんだけど、体調不良で欠場なの」


「なんだ、3体しか出ねえのか。4体はいねえと、見ごたえねえだろ」


「そうなのよね」


 バアルに指摘され、ガネーシャが困った表情になった。


 その時、奏の肩でおとなしくしていたルナが、奏の首筋をこすりながらおねだりし始めた。


「パパ~、ルナも出てみたいな~」


「いきなりは難しいんじゃないか?」


「いや、その手があったわ! 奏、ルナを出させてみない? 出場給ファイトマネーは出すし、優勝したら豪華賞品もあるわよ?」


「えっ、良いの?」


「むしろ、私からお願いしたいわ。ルナなら、十分にフェンリルの代わりになり得るもの。これならチケットは売れるわ」


 そう言うと、ガネーシャはどこからともなく算盤そろばんを取り出し、パチパチと弾き出した。


 それを見た途端、紅葉が生き生きした表情になり、ガネーシャに訊ねた。


「ガネーシャ、まさかそれは!?」


「これはね、東洋の計算機だよ」


「ありがとうございます!」


「お礼言っちゃったよ」


 聞きたいセリフが聞けたからか、感謝の言葉を口にする紅葉に対し、奏は苦笑いだった。


「パパ、ルナ頑張るね!」


「・・・わかった。無茶しなくて良いからな」


「うん! 絶対優勝するね!」


 奏に心配されているが、ルナは絶対に勝つと意気込み、その後話はとんとん拍子に進んだ。


 モンスターレースの会場は、カジノの地下にあり、地上のフロアよりもかなり広かった。


 地下に移動すると、ルナは元のサイズに戻り、ペガサス、スレイプニル、ユニコーンと同じように、奏とルナとバアル、刀の形態に戻った天照は割り当てられた控室に移動した。


 それ以外の者達は、ガネーシャがVIP用の観客席へと案内した。


 モンスターレースは、障害物のある1周2キロのトラックを、騎手がモンスターに騎乗して先に2周した方が勝ちだ。


 騎手もモンスターも、原則的にスキルに使用制限はない。


 ただし、故意に騎手やモンスターを殺すことは禁止されている。


 いくら、妨害や攻撃が認められているとしても、モンスターレースは天界のスポーツだからだ。


 スポーツマンシップに則り、堂々としたプレーが求められている。


 ちなみに、天界には神以外に天使が存在する。


 天使は、それぞれが神に仕えており、極楽湯や美食亭の従業員は全て天使だった。


 そして、今回のモンスターレースも、奏以外の騎手は全員天使だ。


「バアル、天使って強い? いや、ペガサスとスレイプニル、ユニコーンについても何も知らないんだけどさ」


「今の奏だったら、決して見劣りしねえな。並みの天使が相手なら、苦労せず勝てる」


「毎朝、欠かさずに世界樹の果実を食べて来たもんな」


「原因はそれだけじゃねえけどな」


 まさか、世界樹の果実だけで強くなってきた訳ではないだろうと、事実を知っているバアルはツッコんだ。


「スレイプニルとユニコーンって、飛べるの?」


「飛べねえな。空中戦になるとしたら、ペガサスだけだ」


「バアル的に、注意すべき相手はどれ?」


「スレイプニルだ」


「なんで?」


「スレイプニルってのは、オーディンが騎獣とする種族だ。個体差はあるだろうが、パワフルで成長した個体なら、数歩分ぐらい空中を駆けられる」


「マジか」


 バアルの説明を聞き、奏はスレイプニルが要注意だと頭に叩き込んだ。


「つっても、ペガサスとユニコーンにも注意しろよ?」


「ペガサスは翼の生えた馬ってこと以外、どんな特徴があるんだ?」


「補助、回復系のスキルが得意だ。だから、攻撃を受けても射程圏から脱出して回復して、何度でも戦線に復帰する」


「ゾンビみたいだな」


「それ、ペガサスには絶対言うなよ? ペガサスはプライドが高いから、ゾンビなんかと一緒にされたら絶対にキレる」


「わかった」


 自分の感想のせいで、余計な敵を作りたくないので、奏はバアルの忠告に素直に頷いた。


「ユニコーンは、あの角で突くし、魔法系スキルをバンバン撃つぐらい気性が荒い」


「何それ怖い。近寄りたくない」


「モンスターレースに出るんだから、それは諦めろ」


「はぁ・・・」


 それから、レース開始時刻が近づき、バアルに見送られて奏とルナはスタートラインへと向かった。


 奏以外の天使は、ジョッキーのような服装に身を包んでいた。


 飛び入り参加の奏は、今日も今日とて陰陽師の見た目をした退魔師エクソシストシリーズに身を包んでいる。


 他の天使達は、このレースに勝つため、それぞれ必死に特訓してきたが、奏はルナの気の向くまま自由に飛んだことしかない。


 このハンデは決して小さくないのだが、奏もルナもそれを特に気にすることはなかった。


 そこに、ガネーシャの声がスピーカーから聞こえて来た。


『本日の午後のレースですが、急遽欠場となったフェンリルのリルに変わり、テンペストグリフォンのルナが参戦します』


「グリフォンじゃない・・・、だと・・・」


「グリフォンが進化したのか?」


「綺麗な毛並みね」


「グリフォンがレースに出るのっていつ振りかしら?」


「あの3体の中に、いきなり素人を入れて大丈夫か?」


 観客席からは、緊急参戦のルナに注目する声が聞こえた。


『午後のレースの出場モンスターは、ペガサスのカルロ、スレイプニルのユリウス、ユニコーンのディアナ、そして、テンペストグリフォンのルナです』


「カルロー! お前に今月の小遣いオールインしたぞー! 敵はぶっ潰せー!」


「ユリウスー! 全員蹴散らせー!」


「ディアナー! 邪魔者は串刺しにしちゃえー!」


 なんとも過激な応援を聞き、奏は溜息をついた。


 そして、奏はルナの頭を優しく撫でた。


「ルナ、怖くないか?」


「平気だよ。だって、パパと一緒だもん」


「そっか。じゃあ、一緒に頑張ろうな」


「うん!」


 奏がルナと気合を入れると、観客たちがそれぞれ応援するモンスターの名前を叫んでいる中、再びガネーシャの声が響いた。


『それでは、これよりレースを始めます。3,2,1,GO!』


「ルナ、足止め!」


「【翠葉嵐リーフストーム】」


 スススススッ、スパパパパパァァァァァン!


「「ヒヒィィィィィン!?」」


『なんということでしょう! レース開始直後にもかかわらず、カルロとディアナがダウン! ルナの攻撃が決まりました!』


 ルナがスキル名を唱えると、硬くて鋭い翠色の葉が無数に出現し、奏達を中心に吹き荒れる嵐に乗って競争相手達を襲った。


 ユリウスはどうにかやり過ごしたようだが、カルロとディアナはまともに受けてしまい、壁際に吹き飛ばされて気絶し、リタイアとなった。


 これにより、モンスターレースは、ルナとユリウスの一騎打ちへと移行した。

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