第173話 満漢全席・・・だと・・・

 愛の湯に連行された奏だったが、その後家族風呂に浸かり、【生命呼吸ライフブレス】の効果もあって元気を取り戻していた。


 それから、極楽湯を満喫した奏達は、ガネーシャの案内で料亭にやって来た。


 見るからに、一見さんお断りという雰囲気の立派な料亭を前にして、ガネーシャが奏達の方を向き返った。


「ここが美食亭よ。天界で最も美味しいと評判の料亭なの」


「な、なあ、ガネーシャ。俺達、こういう所の作法とか全く知らないんだけど」


「気にしなくて良いわ。ここも時間単位で貸し切ってるから、マナーを気にするような神は来ないもの」


「ガネーシャの財力半端ないな」


「金ならあるわ」


 そう言い切ったガネーシャの顔は、どんな時よりも頼もしく見えた。


「・・・持つべきものは金か」


「大丈夫ですよ、奏兄様。奏兄様には、【創造クリエイト】があります。お金なんてなくても、十分食べていけます」


「ありがとう、楓」


「それに、どんなことがあっても、私は永遠に奏兄様を隣で支えますから」


 奏自身、多様なスキルは会得しているが、世界災害ワールドディザスター後に経済活動が破綻してから、金を不要としていたため、金は持っていない。


 それゆえ、ガネーシャに極楽湯や料亭を貸し切れる財力を見せつけられると、一家の大黒柱として自信をちょっぴり失った。


 だが、そこは楓の嫁度の高いフォローがあり、奏は失った自信を取り戻すことができた。


「リア充爆しろ」


「馬鹿な、嫁力53万だと・・・」


 奏と楓のやり取りを見て、紅葉も響も言いたいことを言った。


「ウフフ。莫大な資産があっても、買えないものもあるわ。だから、奏は奏のままで良いのよ」


「こいつ、サラッと自分が莫大な資産があるって言いやがった」


 ガネーシャの金持ち発言を聞き逃さず、バアルは苦笑いした。


「これこれ、いったい何をやってるのかえ? 早く中にはいるえ」


「そうね。じゃあ、入りましょう」


 伊邪那美に促され、ガネーシャは奏達を美食亭の中に案内した。


 ガネーシャが言った通り、美食亭の中で他の神らしき存在と奏達が遭遇することはないまま、部屋に通された。


 余談だが、美食亭は料理だけでなく、気配りのレベルも非常に高く、神同士が料亭内で顔を合わせないように、従業員は厳しく指導されている。


 だから、わざわざガネーシャが貸切らずとも、奏達が他の神と遭遇することはないのだが、ガネーシャが念には念を入れたのだ。


 部屋に入ると、そこは春の庭園を思わせるデザインだった。


 それぞれが席に座り、従魔達も従魔用のテーブルと敷物の上に座ると、次々に料理が運ばれて来た。


 運ぶ従業員が、チャイナドレスを着ていたことから、奏達はなんとなく中華料理が運ばれてくるのだろうと想像していた。


 しかし、現実は奏達の想像をワンランク上をいった。


「満漢全席・・・だと・・・」


「どう? 驚いた? 今、この料亭って中華フェアの真っ最中なの」


 ガネーシャ、再びドヤ顔である。


「き、聞いたことがあるわ」


「何を?」


 紅葉が困ったような、それでいて何か話したいような顔だったので、響がそれを拾った。


「今の中華料理店で出される満漢全席と呼ばれるものの多くは、宮廷と無縁の料理人が資料に基づいて、あるいは想像を膨らませて調理したものが多いって」


「安心してちょうだい。この満漢全席は、間違いなく本物よ。だって、満漢全席を昔の中国に伝えたのは、天界の神だもの」


「ですよねー」


 自分の聞いた噂話なんて、全く問題ないと言わんばかりのガネーシャの説明に、紅葉はすぐに心配するのを止めた。


「冷めないうちに食べましょう」


「「「・・・「「いただきます」」・・・」」」


 目の前の食事に感謝してから、奏達は満漢全席に舌鼓を打った。


「俺達が働いてた頃の食事は、土だった」


「うぅ、これは手強いわ。私の腕で再現できるかな・・・」


「奏君、カロリー〇イトは食事とは言わないのよ? でも、私もそう思う」


「数回しか食べたことない学食と比べても、学食がいかに不味いのかわかる」


「久々の美食亭だが、やっぱ美味いな」


「此方も久し振りだけれど、安定の美味しさだえ」


「美味しいわね」


「美味いのじゃ」


「美味しいね~」


「美味しい!」


「ウ,ウマ━━━Ψ(°д°;!)━━━!!」


「美味いでござる」


『・・・人化できない僕だけが、ここの料理を食べられないのさ。ハハハ』


 それぞれがコメントする中で、唯一【擬人化ヒューマンアウト】を会得していない月読だけが悲しそうに呟いた。


「月読」


『なんだい、響』


「どんまい」


『・・・響、食べ物の恨みは怖いってこと、覚えといてね?』


 傷口に塩を塗り込むような所業をする響に対し、月読はいずれこの恨みは晴らすことを誓った。


 それからしばらくの間、奏達は夢中で食事を続けた。


 もてなす側の伊邪那美とガネーシャは、奏達が満足そうに食べていたのを見て、自分達のもてなしが順調に上手くいっている実感を得た。


 最初は、満漢全席が奏達だけで食べ切れるのか心配になった。


 だが、全員がどんどん食べて、それでも食べ切れない部分はピエドラが美味しく食べたので、食品ロスで罪悪感を抱かせることもなかったので、2柱の心配は杞憂だったと安心した。


「奏兄様」


「どうした?」


「私、いつか奏兄様にこれと同じ満漢全席を作って差し上げます」


「これだけの量になると、作るのは大変じゃないか? 味も覚えたし、食べたくなったら【創造クリエイト】で用意するぞ?」


「それじゃ駄目なんです。私が、奏兄様と悠に作った満漢全席を食べさせてあげたいんです」


「・・・そっか。じゃあ、俺にできることはなんでも言ってくれ。協力するから」


「はい!」


「くっ、食べ過ぎたタイミングで、この砂糖たっぷりの展開はキツい」


「カロリー過多。吐きそう」


『ざまぁ』


「煩い」


 奏と楓のやり取りを見て、口から大量の砂糖を吐き出しそうになった紅葉と響に対し、何も食べられない月読がここぞとばかりに2人を嘲笑った。


 その後、食休みも兼ねて奏達は午後の予定を話し合った。


「伊邪那美、ガネーシャ、午後はどこかに連れてってくれるのか?」


「何がしたいと希望がなければ、この後はガネーシャの経営するカジノで遊べるえ」


「自慢になるかもしれないけど、天界一のカジノよ」


「金持ち怖い」


「奏兄様、私達、天界のお金持ってないです」


「そうだった」


 極楽湯と美食亭は、ガネーシャが前払いで貸し切ってくれたから、奏達は一銭も払っていない。


 しかし、カジノで遊ぶとなれば、流石に無料で遊ばせてもらう訳にもいかないだろう。


 そのことに楓が気づき、奏にそれを指摘すると、奏も遊ぶ元手がないことを思い出した。


「ああ、それは大丈夫よ。【売店ショップ】と同じで魔石払いOKだから」


「魔石マジ万能」


「そうですね」


 カジノで遊ぶ元手があったと気づくと、奏達はホッとした表情になった。


「もう少し休憩したら、カジノに行きましょう」


 それから10分程休んだ後、美食亭を出ると、ガネーシャが手配したらしい巨大な空飛ぶ絨毯が待機していた。


 偶然、美食亭の外に一足先に出た紅葉が、それを見てガネーシャに訊ねた。


「ガネーシャ、これは?」


「カジノの送迎絨毯よ。VIP専用なの」


「ガネーシャ半端ないって! こいつ半端ないって! 温泉も料亭も貸し切って空飛ぶ絨毯まで召喚するもん! そんなんできひんやん普通!」


「あら、大変。紅葉が壊れたわ」


「いや、ふざけてるだけじゃね?」


「紅葉お姉ちゃんですから、ふざけてるだけですね」


「気にするだけ無駄」


 大変と言う割に、全く動じないガネーシャに対し、奏と楓、響はこれが紅葉のボケであると判断し、サラッと流した。


「・・・そう。じゃあ、そっとしておきましょう」


「僕は一向に構わない」


「いや、構ってよ!」


 流石に、誰にも相手にされなかったのは寂しかったようで、紅葉は響に抗議した。


 そんな紅葉を宥めた後、奏達は空飛ぶ絨毯に乗り、ガネーシャの経営するカジノへと移動した。


 移動中、ルナ達従魔は、満腹だったせいかそれぞれの主に寄り添って眠っており、絨毯は眠ってる従魔を起こすような揺れは生じさせずに目的地へと向かった。


 30分後、奏達はタージマハルそっくりな建物の前に到着した。


「ガネーシャ、これってタージマハルだよな?」


「私、インドの神だもの。インドと言ったら、やっぱりタージマハルでしょ?」


「まあ、そうか」


「大丈夫。中は普通にカジノだから」


 何が大丈夫なのかはわからないが、奏達はガネーシャに連れられ、カジノの中へ入った。

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