第179話 良いんだな? 本気を出して良いんだな?

 奏達が最初に向かったのは、綿あめの屋台だった。


 夕食が伊邪那美の贔屓にする旅館で食べられるとわかっているので、屋台では少しだけ食べ歩きして、遊ぶ屋台をメインに回ることにしたのだが、ルナが綿菓子に目を奪われたのだ。


「パパ~、あの白いふわふわって何~?」


「ん? 白いふわふわ? あぁ、綿あめだな」


「綿あめ?」


「柔らかくて、甘いお菓子だ」


「お菓子!? 食べてみたい!」


 ルナは雑食であり、肉も植物も食べる。


 モンスの実や世界樹の果実が好きだが、それはあくまでそれらの実が甘いからだ。


 楓が料理を作ってくれる今、ルナの主食は果実ではなくなったが、甘いものが好きなのは変わらない。


 奏に綿あめが甘いお菓子だと説明されると、ルナは奏に食べてみたいと頬擦りしておねだりした。


 綿あめの値段は、屋台価格で割高ではあるものの、ケチるような価格でもない。


 だから、奏はルナのために綿あめを買い、ルナに差し出した。


「はい、ルナ。食べてごらん」


「いっただっきま~す」


 綿あめを嬉しそうに一口で全部頬張ったが、ルナはすぐに首を傾げた。


「パパ、口の中でなくなっちゃったよ?」


「綿あめは、そういうお菓子だ」


「え~!?」


 食べてもすぐ口の中でなくなると知り、ルナは驚いた。


 その様子を見て、ルナ以外の全員がルナを微笑ましく思った。


「味はどうだった? 気に入ったか?」


「・・・うん。でも、すぐになくなっちゃうのは悲しい」


「双月島に戻ったら、特大の綿あめ作ってあげるから、機嫌を直してくれ」


「本当!?」


「勿論だ」


「わ~い! パパ大好き~♪」


 ルナの機嫌はすぐに直り、奏に頬擦りし始めた。


 奏の【創造クリエイト】があれば、特大の綿あめを食べられるとわかっているので、ルナは大喜びである。


 すると、サクラが楓の肩を叩いた。


「サクラ、どうしたの?」


「おかーさん、サクラ、あの茶色い甘い匂いのするの食べたい!」


「茶色い甘い匂い? チョコバナナのこと?」


「うん!」


 サクラが食べたいと主張したのは、チョコバナナだった。


 ルナはふわふわした見た目で綿あめに興味を持ったようだが、サクラはチョコの匂いに興味を持ったらしい。


 楓は悠を抱っこしているので、楓の代わりに奏がチョコバナナを1本買った。


「はい、サクラ。食べて良いぞ」


「おとーさん、ありがとう!」


 ルナが綿あめを食べた時、一気に全部食べて口の中でなくなったのを見ていたので、サクラは少しだけ齧った。


「美味しい!」


「じ~」


 サクラが美味しそうにチョコバナナを食べると、ルナは声に出してサクラの食べたチョコバナナを凝視した。


「ルナ、食べたいのか?」


「うん。気になるの」


「はぁ。もう1本買うか」


 サクラに一口分けてやれというのはかわいそうだから、奏は新たにチョコバナナを1本買った。


「ルナ、食べて良いよ」


「いっただっきま~す!」


 今度は、ルナも一瞬でなくなるのを警戒して、少しだけ齧った。


「美味しい!」


「良かったな」


「うん!」


 ルナは満足そうに頷いた。


 それを見た楓は、しょうがないなと苦笑していた。


「奏兄様、その様子だとルナちゃんが気になった食べ物、全部買うことになっちゃいますよ?」


「大丈夫。ルナのおやつは、これで終わりだから」


「えっ!?」


「だって、これ以上食べたら、夕食を食べられなくなるぞ?」


「大丈夫だよ! 甘いものは別腹だもん!」


「5歳でも、ルナちゃんは立派な女子だね」


「でしょ~?」


「褒めた訳じゃないんだけどね」


「そうなの?」


「うん」


 楓は女子学生みたいな発言をするルナを見て、またまた苦笑いした。


 ルナはよくわかっていなかったが、チョコバナナが美味しかったので、とりあえずそれを食べることに集中した。


 ルナと桜がチョコバナナを食べ終えると、今度は楓がある屋台が気になって止まった。


「奏兄様、ちょっと良いですか?」


「どうした? 何か気になる屋台があった?」


「はい。というか、あれはそもそも屋台なんでしょうか?」


「どういうことだ?」


 楓の指し示した方向を奏が見ると、ずらっと並ぶ屋台の中に、人と同じ身長の漆黒の竹でできた人形が立っているスペースがあった。


 奏と楓が首を傾げていると、伊邪那美が解説した。


「あれは、腕試しの屋台だえ」


「腕試し?」


「そうだえ。あの竹は、金剛竹という珍しくてとにかく硬い竹だえ。それを破壊できたら、景品が貰えるんだえ」


「へぇ。楓、行ってみるか?」


「はい!」


 クリアした際、どんな景品が貰えるのか気になったので、楓は奏の申し出に頷いた。


 金剛竹の人形があるスペースに移動すると、頭部に見本と札が貼られていた。


 この屋台は奥行きがかなりあり、巨大なテントのようだった。


 見本の人形の奥には、金剛竹の人形が3つ並んでおり、壁際には景品が人形の数だけ並んでいた。


 しかも、その景品はどれも技能巻物スキルスクロールだった。


 奏達が立ち止まったので、店主の天使が奏達に話しかけた。


「いらっしゃいませ。竹人形チャレンジ、やっていきますか?」


「景品の技能巻物スキルスクロールの中身は?」


「【超級治癒エクストラキュア】に【魂接続ソウルコネクト】、【森呪術ドルイドスペル】です」


 前2つについては、楓の【上級治癒ハイキュア】の上位互換と、ルナが以前会得していたスキルだったが、最後の1つは奏には想像がつかないスキルだった。


「バアル、【森呪術ドルイドスペル】って何?」


「植物を思いのままに操れるスキルだ」


「紅葉じゃないが、亜神エルフに相性良さそうだな」


「そういや、奏の記憶の中じゃ、亜神エルフが自然と調和する認識だったっけか。まあ、合うんじゃね?」


「そっか。店主、その竹人形を壊したら、好きな技能巻物スキルスクロールを貰って良いのか?」


「勿論です。しかも、成功すれば無料で差し上げます。もっとも、チャレンジに失敗したら、チャレンジ料が高くつきますが」


「壊す手段は問わない?」


「問いません。壊せるものなら、壊してみて下さい」


「どうすれば、壊したとみなされる?」


「金剛竹の人形ですから、原形を留めなかったら壊れたとみなします」


 そこまで聞くと、奏は少し考えてから頷いた。


「良いんだな? 本気を出して良いんだな?」


「どうぞどうぞ。壊せるものなら壊して下さい。3体壊せたなら、別の景品も上乗せしましょう」


「OK。言質は確かに取った」


「・・・あーあ。この屋台、終わったな」


 奏が静かに笑身を浮かべると、バアルは店主に同情した。


「天照、刀に戻ってくれ」


「わかったわ」


 天照が光り、人型から天叢雲剣の見た目へと変わり、奏は天照を掴んだ。


「ルナ、【憑依ディペンデンス】を頼む」


「は~い。【憑依ディペンデンス】」


 ピカッ。


 ルナがスキル名を唱えると、翠色の光がその場を包み込んだ。


 光が収まると、奏の髪の色が翠色になって、目は金色になった。


「楓、サクラ、バアル、伊邪那美、少し離れててくれ」


「わかりました」


「うん!」


「あいよ」


「わかったえ」


 奏の言う通り、楓達は奏の邪魔にならないように奏から離れた。


「【技能付与スキルエンチャント無限収納インベントリ>】」


 ズズズズズッ!


 納刀したままの天照が、紫色のユラユラしたオーラを帯びた。


 それからすぐに、奏は【刀剣技ソードアーツ日輪ソル】に身を任せ、思いっきり天照を抜刀した。


 スパパパパパァァァァァン! ゴォォォッ!


 抜刀した天照の刃は、紫色のユラユラしたオーラで長くなっており、3体の竹人形をまとめて一刀両断した。


 しかも、【刀剣技ソードアーツ日輪ソル】のおかげで、斬ると焼くを同時に行い、竹人形の上半分を亜空間に収納し、下半分を燃やす結果となった。


「はい。全部斬った。ついでに燃やした。景品3つ+α貰えるんだっけ?」


「・・・嘘だぁぁぁぁぁっ!」


 店主はその場に崩れ落ちた。


「奏には<覇皇>があるんだから、壊せないはずねえのに、それを知らねえんだからカモだよなぁ」


 あっさりとフラグを回収され、屋台の全ての景品を持っていかれた店主に対し、バアルは憐れみの視線を送った。


 そんな店主を放置して、ルナが【憑依ディペンデンス】を解除すると、奏は3つの技能巻物スキルスクロールを手に取った。


 そして、楓に【超級治癒エクストラキュア】、サクラに【魂接続ソウルコネクト】、自分に【森呪術ドルイドスペル】の技能巻物スキルスクロールを使用した。


《奏は【森呪術ドルイドスペル】を会得しました》


《奏が天照を使用し、新たな力を手に入れたことで、天照の復活率が70%になりました》


《楓の【上位治癒ハイキュア】が、【超級治癒エクストラキュア】に上書きされました》


《サクラの【魔力接続マナコネクト】が、【魂接続ソウルコネクト】に上書きされました》


 神の声が奏達の耳に届き、それぞれにスキルを会得、もしくは強化された。


『【擬人化ヒューマンアウト】』


 人の姿に戻ると、天照は得意気な顔だった。


「奏、お母さん役に立ったでしょ?」


「助かった。ありがとう」


 奏に感謝され、天照は天にも昇る嬉しさを感じ、バアルの方を向いた。


「だってさ、バアル。どやぁ」


「へいへい。良かったな」


「むぅ、馬鹿にしてるわね?」


「いやいや、大したもんだよ」


「フフン」


 いつも、バアルに涙目にされているので、バアルに褒められて天照はとても気分を良くした。


 その後、奏達は追加の景品を貰うため、店主が正気に戻るまで待った。

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