第167話 僕の経験値になってくれる?

 通路を進んでいると、また響達の視界がぐにゃりと歪んだ。


 視界が歪む前は、ただの通路だったにもかかわらず、視界が元に戻ったら、響達の正面にボス部屋の扉があった。


 だが、その前には赤いローブを纏、顔には仮面を被った悪魔系モンスターがおり、ボス部屋に体重を預けていた。


 そして、そのモンスターの前には、挑んで敗れたであろうエジプトの冒険者達が倒れていた。


「おやおや、また私の主に挑戦しに来た冒険者かね?」


「ボス部屋の前に、知性のある悪魔系モンスター。なんて面倒」


「奏君がいたら、瞬殺だったのに」


「ないものねだりしてもしょうがないよ?」


「そうだけどさ」


「・・・君達、私が紳士的に話しかけてるというのに、無視するとはいただけないな」


「紳士? どこに?」


「モンスターの間違いじゃないかしら?」


「OK、良いでしょう。折角の厚意を無駄にするその所業、許す訳にはいきません。私の人形の実験台になっていただきましょう。【操糸人形マリオネット】」


 響と紅葉が挑発すると、自分を紳士的と称する悪魔系モンスターが倒れている冒険者の体に糸を張り付けた。


 すると、カタカタと音を鳴らしながら、その冒険者の体が起き上がった。


 しかし、冒険者は意識がないどころか、絶命していて瞳孔が開いていた。


 それを見て、響達はやり口が延暦寺の牛鬼と同じであることに気が付いた。


「貴女達、人形の素材として丁度良さそうです。ここで倒したら、私のコレクションに入れてあげましょう」


「生理的に無理」


「同感。死体を使った人形遊びが趣味だなんて、変態じゃない」


「変態ではありません。紳士です。名乗っておきましょう。私はアスタロト様が配下、ネビロス。以後お見知りおきを」


「変態に名乗る名前はないDEATH! 【怠惰眼スロウスアイ】」


 ボワワワァァァン。


 紅葉の目が紫色に光ると、紅葉の目から放射状に紫色の光が放たれた。


 紅葉は実戦に新スキルを使った訳だが、効果はすぐに現れた。


 ドサッ、ドサッ。


 ネビロスと操られていた死体が、その場に力なく倒れたのだ。


「ちぃぃぃかぁぁぁらぁぁぁがぁぁぁ?」


「なるほど。力が入らなくなるだけじゃなくて、動きがスローモーションになるのね」


「紅葉、僕も試して良い?」


「良いわよ」


「ありがとう。【王水アクアレジア】」


 ゴポポッ、ヒュッ、ジュワァァァァァッ!


「グゥゥゥゥゥオォォォォォッ!?」


 倒れているネビロスに対し、橙赤色の液体が降りかかると、【酸乱射アシッドガトリング】が児戯に感じられる勢いで、ネビロスの体が融け始めた。


 仮面も融け、苦悶の表情が丸見えのネビロスに対し、響は心配そうな表情を


「DIE丈夫? 【槍領域ランスフィールド】」


 グサグサグサグサグサッ! パァァァッ。


 【王水アクアレジア】によって、守りが手薄になったところに、無数の槍が地面から生え、ネビロスの体を串刺しにした。


 心配そうな表情を作り、わざわざ痛みが増す方法でとどめを刺すあたり、響はやはり鬼畜なのかもしれない。


「響もDEATHネタに乗っかったわね」


「ネビロスにとって、おちょくられながら死ぬのは堪えると思ったからね」


「そうね。冒険者の死体を使い、私達と戦うなんて外道なモンスターなんだから、死に方が選べないのは当然よ」


「それよりも、冒険者達の死体はどうする? 持ってく?」


「申し訳ないけど、ここに置いてく。ダンジョンを踏破すれば、外に出されるでしょうし、持ってっても仕方ないもの」


「だよね」


 ネビロスの魔石を回収した後、響と紅葉は冒険者達の死体を右側の壁に寄せた。


 それから、ボス部屋の扉へと視線を向けた。


「ボス部屋にいるのは、アスタロトってモンスターだっけ?」


「ネビロスがそう言ってたわね。迦具土、何か知ってる?」


『うむ。バアルに聞いてあるのじゃ。見た目は二足歩行になったドラゴンで、右腕にはペットの毒蛇を巻き付けてるらしいのじゃ。しかも、アスタロト自体も毒の息を吐くと聞いておるのじゃ』


『迦具土、バアルに聞いただけ?』


『う、煩いのじゃ! 何も知らない月読には言われたくないのじゃ!』


『ぐぬぬ・・・』


 痛い所を突かれ、月読は唸った。


 実際、今日の午前に宝箱から解放され、同日の午後にエジプトでアスタロトと戦うとは思っていなかったので、月読は準備らしい準備は何もしていない。


 だから、自分だけが契約者の役に立てていないように感じ、月読は悔しく思った。


 そんな月読の悔しさを感じ取り、響は月読に優しく話しかけた。


「月読は、戦闘で役に立ってくれれば良いよ。紅葉が情報担当。僕は美味しい所を奪う担当だから」


『響・・・』


「ちょっと待ちなさい。その担当分けは異議ありだわ」


「紅葉、いつも助かってる」


「な、何よ。いきなり何が言いたいの?」


 突然、真剣な顔で感謝を告げて来た響に対し、紅葉は響が状態異常なんじゃないかと思うぐらい心配した。


 だが、そんな心配は不要だった。


「だから、これからも僕の手足として頑張って」


「おい、ニート。働け」


 心配した気持ちを返してほしいと思うぐらいには、紅葉は響にイラついた。


『お主達、遊んでる場合じゃないのじゃ。次がアスタロト戦なんじゃぞ? 気を引き締めるのじゃ』


「わかってるわよ」


「はーい」


 迦具土に注意され、紅葉も響もおとなしく言うことを聞いた。


 それから、気を引き締めた2人は、戦闘の立ち回り方を決めると、いよいよアスタロトと戦う覚悟を決めた。


「ピエドラ、扉をぶっ飛ばしちゃいなさい」


「壁||∇≦)))ノ彡☆ キャハハ!!ハ゛ンハ゛ンッ!!」


 ドゴォォォォォン!


 ハイテンションな絵文字で応じたピエドラが、勢いに乗ってボス部屋の扉を前方に飛ばすと、その中には足の踏み場のない毒沼と化していた。


 そして、部屋の奥の空中に、青緑色の体表をした二足歩行のドラゴンがおり、背中には悪魔の翼を生やし、右手には籠手のように紫色の蛇が巻きついていた。


「騎乗戦に変更! ピエドラ!」


「了解! アラン!」


「=͟͟͞͞(๑•̀=͟͟͞͞(๑•̀д•́=͟͟͞͞(๑•̀д•́๑)=͟͟͞͞(๑•̀д•́ 高速移動!!」


「わかったでござる!」


 紅葉と響の声に応じ、ピエドラとアランはそれぞれ自分の主を乗せて飛んだ。


 アスタロトと同じ目線の高さまで飛ぶと、アスタロトは不機嫌そうな表情を隠さなかった。


「てめえらが来たってことは、ネビロスは死んだか」


「あの変態なら死んだわ」


「紳士の皮を被った変態は死んだ」


「プハッ、変態か。違いねえ。俺様もあいつの人形遊びはキモいって思ってたぜ」


 不機嫌だったはずのアスタロトだが、紅葉と響が自分と同じ感想をネビロスに抱いていたと知ると、機嫌が良くなったのか笑った。


「俺様キャラかー。バアルさん、見た目が美少女だから、こういう敵が俺様キャラだと、悪役っぽくてしっくりくるわねー」


「同感。オラオラ系の敵としては、100点満点」


「・・・おい、てめえら。今、俺様とバアルを比べやがったな?」


 今度は、急に不機嫌になったアスタロトが声のトーンを低くして、紅葉と響に訊ねた。


「比べたんじゃないわ。事実を言っただけ。でも、最近はバアルさんの俺様にもすっかり慣れたから、王道の俺様キャラには退場してもらおうかな?」


「僕の経験値になってくれる?」


「てめえらの未来は決まった。惨たらしく痛めつけ、涙を流して命乞いしてるその喉笛を噛み切って殺す」


「そんな未来は決まってないわ」


「というか、そっちこそ僕達の踏み台不可避」


「ぶっ殺す! 【病毒吐息ディズィーズブレス】」


 ゴォォォォォッ!


「「回避!」」


 ピエドラとアランが、素早く左右に動き、アスタロトの【病毒吐息ディズィーズブレス】は響達の背後にあった壁に命中した。


「まずはてめえからだ、貧乳。その大して食べる場所のなさそうな体でも、仕方なく我慢してやるぜ」


「・・・モンスター風情が、私の何を知ってんのよ!? あんたこそ合成素材にしてやるわ!」


「((((;´・ω・`)))ガクガクブルブル」


 紅葉は激怒した。


 必ず、かの邪智暴虐のアスタロトを素材に解体バラして倒さねばならぬと決意した。


 今まで、ピエドラに貧乳ネタでいじられたことはあっても、それは直接ではなく、響にいじられた紅葉をいじっていただけだ。


 今回は、モンスターのアスタロトに直接貧乳と言われたことで、モンスターにまで貧乳と思われていると悟り、紅葉はキレたのだ。


 その怒りのオーラは、思わずピエドラがガクブルしてしまう程だった。


「ピエドラ、【混乱霧コンフュミスト】」


「(=`ェ´=;)ゞ」


 サァァァァァッ。


 短い顔文字で応じ、ピエドラは紅葉の指示に従って、アスタロトを覆うように【混乱霧コンフュミスト】を発動した。

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