第158話 粉砕! 玉砕! 大喝采!

 光が収まると、奏達の前に1体のアラクネが現れた。


 しかし、そのアラクネの様子はおかしかった。


 現れた瞬間から、アラクネが酷く怯えており、平身低頭して謝り始めた。


「ヒィッ、強キ雄ヨ、ドウカ見逃シテクレ!」


 当然、怯えられた対象とは奏のことだ。


 奏の<覇皇>が、蘇ったアラクネに対して仕事をしただけの話である。


「富士の樹海の時とは、全然反応が違うな」


「そりゃ、奏があの時よりも遥かに強くなってるからだろ。<覇皇>の力、どんどん増してるし」


「そういうことか。アラクネ、顔を上げろ」


「ハイ!」


 シュバッと音を立てながら、アラクネはすぐに顔を上げた。


 アラクネからは、殺さないでほしいという表情で不安そうに奏を見ていた。


「俺にお前を殺すつもりはない。お前には、ここにいるルドラの従魔になってほしいだけだ」


「ナリマス! ナラセテイタダキマス! 従魔万歳!」


「種族特性が崩壊してんぞ。大丈夫か、これ?」


「大丈夫だろ、きっと」


「よし。ルドラ、じゃあ、そういうことだから?」


「えぇ・・・」


 奏の力に怯え、あっさりと自分の従魔になったアラクネを見て、ルドラの表情は引きつった。


 戦って従魔にするよりも、スムーズに従魔になってくれたのは良いのだが、なんとなく釈然としない気持ちを抱いたからである。


「【創造クリエイト】」


 奏はスキル名を唱えると、従魔の証を創り出してルドラに渡した。


「これは?」


「従魔の証。これを装備させれば、連れて歩いても従魔扱いされるから、このアラクネが冒険者から攻撃されないんだ。まあ、目印だと思ってくれ」


「なるほど。着けるぞ?」


「喜ンデ!」


 奏の説明を聞き、ルドラの従魔になりさえすれば、奏から攻撃されることはないとわかり、アラクネはルドラに従順だった。


「ルドラ、従魔にしたんだから、名前を付けてやれば?」


「名前・・・。サラにする」


「サラ! 私ハ今カラサラト名乗リマス!」


「サラスヴァティーのように、賢くあれ」


「カシコマリマシタ!」


 名付けにより、アラクネはサラと呼ばれるようになった。


 サラはルドラにとって有能な従魔となれるように、早速ルドラに自分を売り込んだ。


「主、私ノ背中ニ乗ッテ下サイ。移動時間ヲ短縮シマス」


「助かる」


 ルドラはサラの背中に乗った。


 それを見たルナは、サラが羨ましくなって、奏の顔を円らな瞳で見つめた。


「パパ、ルナもパパを乗せたい」


「わかった。乗せてくれ」


「わ~い!」


 ルナは奏に乗ってもらったことで、すっかりご機嫌になった。


 【憑依ディペンデンス】で力になれるのも嬉しいが、やはり奏を自らの背中に乗せた方がルナは嬉しいのである。


「んじゃ、ザガンの反応もかなり近いことだし、一気に進んじまおうぜ」


「了解」


「わかった」


 バアルに先導され、奏達は目的地に向かって再び移動し始めた。


 先程までは、ルドラが走っていたせいで、奏はかなりペースを落としていたが、ルドラがサラを従魔にしたことで、少しペースアップした。


 その変化に慌てて、ダンジョン内のモンスター達がこれ以上奏達を進ませてなるものかと慌てて立ち塞がった。


 空中を埋める勢いで現れたのは、鬼の首の大群で、地上には巨大で頭が無く、胸に目、腹に口を持ち、腕が長いアンバランスなモンスターの大群がびっしりと並んでいた。


「空中のがラーフ、地上のがカバンダだな」


「知ってる」


「そりゃ、ルドラは知ってるだろうよ。俺様は、奏に説明してんだから」


「ルドラが知ってるってことは、この2種類はインド発祥か?」


「その通り。これだけの数が揃ってるとなると、カーリーを復活させるためには都合が良いだろうぜ」


「サラ、足止め! 【溜行動チャージアクト】」


「ハッ。【粘着網スティッキーウェブ】」


 ヒュッ。


 スイッチが切れ変わり、オラつき始めたルドラが、サラに敵の大群の動きを止めるように指示した。


 そして、奏に言われたように、サラに時間稼ぎをさせた後に強烈な一撃をかますため、ルドラは【溜行動チャージアクト】を発動した。


 サラはオラついたルドラに困惑することなく、視界に映った敵を全て抑え込むために、行動を制限できるように巨大な網を投げた。


 その網に触れた途端、ラーフやカバンダはくっ付いてしまい、身動きが取れなくなった。


 しかし、撃ち漏らしがいたので、奏はルナに指示を出した。


「ルナ、撃ち漏らしを倒してくれ」


「は~い。【翠嵐砲テンペストキャノン】」


 ゴォォォォォッ、ズバババババァァァァァン! パァァァッ。


 轟音とともに、翡翠色の嵐を凝縮したブレスがルナから放たれ、【粘着網スティッキーウェブ】を逃れて宙に浮いているラーフ達が一掃された。


「【透明腕クリアアーム】【無限収納インベントリ】」


 地上にドロップの雨を降らせてしまえば、次のルドラの攻撃で壊れてしまう可能性があったため、奏は戦利品を素早く回収した。


 奏の回収が終わる頃には、拘束した敵の大半に対し、ルドラの攻撃準備が整っていた。


「燃やすぜオラァ! 【地獄炎宴ヘルズディナー】」


 ブンッ! ゴォォォォォォォォォォッ! パァァァッ。


 突然、奏の注意を忘れたのか、ルドラはカーリーに黒い炎を纏わせ、それをモンスターの大群に向かって横に薙いだ。


 1回目に使った時よりも、【溜行動チャージアクト】を使ったことで、2回目の【地獄炎宴ヘルズディナー】の勢いは倍以上になっていた。


 【粘着網スティッキーウェブ】は、結局のところアラクネの糸を使ったスキルだったので、火に弱くて燃える。


 だから、勢いが増した【地獄炎宴ヘルズディナー】の前にあっさりと燃え、モンスターの大群と共に焼失した。


『粉砕! 玉砕! 大喝采! ワハハハハハハ!! アーハハハハハハ!!!』


 敵の大群を蹂躙したことで、カーリーはとても気分が良くなったのか、悪役のような高笑いをしていた。


「まったく、屋内で火を使うなって言ったのに」


「もう、諦めろ。一時の共闘なんだから、気にするな」


「共闘って感じじゃないけどな」


「それもそうか」


 ハイになったルドラが、またしても屋内で【地獄炎宴ヘルズディナー】を使ったので、奏は溜息をついた。


 それと同時に、ルドラと共同戦線を張るのは不可能だと悟った。


 そもそも、奏だって強過ぎてパーティーでの連携なんてほとんどしていない。


 楓が妊娠する前は、楓のバフを受けて殲滅する簡単な作業を繰り返していただけだ。


 だから、奏はルドラに味方を考慮した攻撃を期待していなかった。


 ラーフとカバンダの大群を倒すと、ルドラはせっせと戦利品を回収した。


 回収が終わったルドラは、奏に声をかけた。


「待たせた」


「それは構わない。ただ、先に言っとくけど、ザガンは俺達だけでやる」


「何故? 今の俺なら、戦力になれる」


「理由は2つ。1つ目は、最初に言った通り、ここに俺達が来たのは、ザガンを倒すためだからだ。2つ目は、ルドラが戦闘に絡んだら、ザガンからの情報収集の邪魔になる」


「・・・わかった」


 少しの間の後、ルドラは頷いた。


 バアルはついでに、カーリーからも言質を取ることにした。


「カーリー、お前も余計なことすんなよ。ザガンは奏の獲物だ」


『私だって倒したいぞ』


「俺達がここに来たのは、ガネーシャの依頼だ」


『ガネーシャ? なんであいつが国外の冒険者の力を借りようとする?』


「そりゃ、お前達がこの国で行き詰ってるからだろ。日本なんて、とっくにモンスター討伐率100%なんだぜ?」


『チッ、結果を出されたらどうしようもないか。わかったよ』


 バアルがマウントを取ったことで、カーリーは渋々だがザガンとの戦いには関与しないことを口にした。


 それから、奏達はモンスターの気配がほとんどしないダンジョン内を進んだ。


 少しすると、奏達の視界に大きな扉が映った。


 その荘厳な見た目からして、間違いなくボス部屋の扉である。


 しかし、その前には小麦色の肌をした二足歩行のモンスターがいた。


 そのモンスターは、牛の角を額から生やしているが、見た目は人にそっくりで、体をベルトでぐるぐる巻きにしていた。


 モンスターだとわかったのは、その背中から翼が生えているからである。


 進化した人間は、今のところ奏と楓、紅葉だけであり、生まれながらにして亜神エルフなのも悠だけだ。


 だから、扉の前に立ち塞がっているのは、モンスター以外あり得なかった。


「あいつも俺がやる。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォン! パァァァッ。


 蒼い稲妻がビームのように放たれ、モンスターの頭を消し炭にした。


 勢い余って、【蒼雷罰パニッシュメント】がボス部屋の扉を焦がしたが、それは誰も気にしなかった。


 ドロップした魔石だけを回収すると、奏はルナの頭を撫でた。


「ルナ、悪いけど【憑依ディペンデンス】を頼むよ」


「エヘヘ♪ わかった♪ 【憑依ディペンデンス】」


 ピカッ。


 撫でられてご機嫌なルナは、文句を言うことなくスキルを唱え、翠色の光がその場を包み込んだ。


 光が収まると、そこには髪が翠色に、目は金色になった奏の姿があった。


 準備が整った奏は、ボス部屋の扉を蹴飛ばした。

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