第156話 終わらない残業は悪だ。違うか?

 奏達がタージマハルの中を進んでいくと、モンスターの群れが待ち構えていた。


 しかし、奏は<覇皇>を保持しているため、モンスターの群れは皆ルドラを狙っている。


 一本道の通路で逃げ場がないので、ルドラを倒してそのままこの場から逃げ出したいのだろう。


「ドライエリュマントスに、エクスキューションタイガーか。動物系モンスターが中心らしいな」


「バアル、敵が全然俺達のことを見ようとしないんだが」


「そりゃ、お前の<覇皇>のせいだろ。今回は、ダンジョンのキャパを超えてても、奏以外に敵となる相手ルドラがいる。ルドラを倒して、そのまま外に逃げようって魂胆だ」


『ルドラ、舐められんてんじゃないわ! 鏖殺おうさつよ!』


「了解」


 カーリーに返事をした瞬間、ルドラの纏っていた雰囲気が変わった。


 それは、二重人格ではないかと疑いたくなるような変化だった。


「オラオラオラァ! 【斬撃突撃スラッシュブリッツ】」


 スパスパスパッ! ダダダダダン! パァァァッ。


 通路に所狭しと並んだモンスターの群れに突撃し、ルドラはカーリーと盾を使って敵をどんどん倒していった。


 しかし、通路の奥から援軍がやって来て、ルドラが倒した分はすぐに補充されてしまった。


 その上、ルドラが突撃してできた穴は前方にいたモンスター達に塞がれ、ルドラは前後左右を敵に囲まれてしまった。


「俺もやるか。【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン! パァァァッ。


 ルドラだけでは手に負えなさそうだったので、奏は自分から目を離したエクスキューションタイガーの1体に飛び蹴りを放った。


 その余波に巻き込まれ、ルドラを背後から襲おうとしていたモンスター達は、あっさりと倒れた。


「助太刀感謝! 俺もやるぞ、オラァ! 【三叉刺突フォークスタブ】」


 グサグサグサッ! パァァァッ。


 ルドラがカーリーを3連続で素早く突き出し、フォークを模った指向性のある衝撃波が、ルドラの前に立ち塞がったモンスターを貫通した。


「あれは・・・」


「どうしたバアル?」


「今、ルドラが使ったスキルだが、あれはフルカスってソロモン72柱の得意としてたスキルでな。なんでルドラが使えたのか気になったんだ」


「バアルみたいに、カーリーの神器としての効果が、ソロモン72柱のスキルのトレースとかだったんじゃね?」


「なるほど。それはあり得る。だが、そのためには俺様の時みたいに、魔石やモンスターカードの吸収が必要なはずだ。それができたなら、ルドラは少なくともフルカスを倒してるってことになるぜ」


「ふ~ん」


 バアルの推測を聞いても、奏の関心は薄かった。


「なんだよ、その反応は?」


「別に、他国の状況に興味がないだけだ。あれもこれも気にしてたら、全然終わりが来ない」


「それもそうか」


「終わらない残業は悪だ。違うか?」


「その通りだぜ。俺様も、魔界と天界で馬車馬の如く働いたからなぁ」


 奏の発言に対し、バアルはわかるわかると首を何度も縦に振った。


 奏とバアルが喋っている間に、ルドラは周囲のモンスターを全て倒し終えた。


 しかし、バアルの予想とは異なり、ルドラはドロップした魔石をカーリーに吸収させたりはせず、回収して収納袋にしまっていた。


 仕組みが気になったバアルは、カーリーに訊ねることにした。


「カーリー、さっきルドラが【三叉刺突フォークスタブ】を使ったよな。あれ、カーリーが使えた訳じゃねえよな?」


『ククク。よくぞ聞いてくれた。私はな、バアル。ソロモン72柱の一部を吸収することで、そいつの使えるスキルを1つ装備スキルとして使用できるのさ』


「へぇ、そういうことだったのか。じゃあ、魔石やモンスターカードは吸収できねえの?」


『できないな。私の場合、ルドラのモンスター討伐数が復活に直接関係してるんだ。だから、ルドラのワールドクエストは、全てモンスター討伐数〇体以上って内容になる』


「理解した。そりゃまた、俺様とは違って使用者依存のやり方じゃねえか」


『それで良いのだ。ルドラは私が育てる。そして、インドのトップ冒険者として名を上げさせてやるのさ』


「カーリーが教官とか、ただの地獄だろうが。ルドラに同情するぜ」


 戦闘狂カーリーしごかれるなんて、ルドラもかわいそうな奴だとバアルは心の中で合掌した。


『おい、バアル。そりゃ一体どういう意味? 私に鍛えてもらえるなら、むしろ泣いて喜ぶことだろうが』


「・・・毎日がキツい」


「カーリー、パートナーから本音が出たぞ?」


『ルドラ、気合入れろ! そんな甘えた性格してるから、私に指摘されんだろうが!』


 パワハラ怖いと奏は思ったが、対岸の火事に巻き込まれたくはないので、進んで関わろうとはしなかった。


 しかし、それとは別に奏は思いついたことがあった。


「バアル、カーリー相手に交渉できる? 物々交換したいんだけど」


「何を交換って、あぁ、そういうことか。良いぜ。任せてくれ」


 奏の言いたいことを理解し、バアルはニヤッと笑って請け負った。


「カーリー、取引しねえか?」


『あん? 取引?』


「俺様達は、ベリアルの翼を持ってる」


『何ぃっ!? くれ! それを私にくれ!』


 ベリアルの翼と聞き、カーリーがルドラの中でブルブルと震えて強請った。


「対価があれば、譲ってやるよ。ベリアルと言えば、ソロモン72の王の1体。ザガンと同等なんだから、タダではくれてやれねえよ」


『それはまあ、そうだな。わかった。ルドラ、あれ出せ。使い道がなくて困ってたけど、バアル達なら使うかもしんねえぞ』


「あれ?」


 奏とバアルのように、以心伝心とまではいかないらしく、カーリーが何を指しているのかピンと来なくて、ルドラは首を傾げた。


『馬鹿! 阿保! ルドラ! この場面であれって言ったら、ヴァジュラに決まってんだろ!』


「俺の名前を、罵声と同列にするな」


『良いから出せ! すぐにだ!』


「・・・はぁ。わかった」


 自分の苦情を聞かないカーリーに溜息をつき、ルドラは渋々収納袋から金剛杵ヴァジュラを取り出した。


「まさか、こんな物を持ってたとはな」


『私がいれば、他の武器なんていらねえ。だから、宝の持ち腐れなんだよ。バアル、これなら良いだろ?』


「奏、俺様は予定よりも上物が来たと思ってるが、これで良いか?」


「良い。【無限収納インベントリ】」


 奏は頷くと、亜空間からベリアルの翼を取り出した。


 奏とルドラは、それぞれの手に持った物を交換した。


 奏はヴァジュラを亜空間にしまい、ルドラはベリアルの翼をカーリーに吸収させた。


 シュゥゥゥッ。


《カーリーは、【地獄炎宴ヘルズディナー】を会得しました》


《おめでとうございます。カーリーがソロモン72柱の王のスキルを会得したことで、ルドラに<英雄ヒーローの卵>が与えられました》


 神の声が奏達の耳に届いた。


「あれ、伊邪那美の声じゃなくて、ガネーシャの声だったぞ?」


「そりゃそうだ。だって、ここはインドなんだから。インドの神の声は、ガネーシャのサンプリングされた声だぜ」


「出た、無駄に洗練された無駄の無い無駄な技術」


 奏はガネーシャの声が聞こえたことに納得し、神の声を相変わらず無駄な技術だとバッサリ言った。


 そして、こんな所にいつまでもいてもしょうがないので、奏は先へと進み始めた。


 すぐにバアルが横に並び、少し遅れてルドラが走って追いかけた。


 そして、しばらく移動した所で、奏達は次のモンスターの大群と遭遇した。


 今度は、頑丈そうな巻貝を背負った大きなリクガメと、体中に邪悪な目が無数に広がった馬だった。


「シェルトータスとイビルアイホースだな。奏には効かねえが、ルドラはイビルアイホースの目は見るなよ。状態異常マシマシだからよ」


「オラオラオラァ! 【地獄炎宴ヘルズディナー】」


 ブンッ! ゴォォォォォッ! パァァァッ。


 突然、キャラが変わったように叫んだルドラは、カーリーに黒い炎を纏わせたと思ったら、それをモンスターの大群に向かって横に薙いだ。


 それにより、カーリーに纏っていた黒い炎が斬撃となって飛び、敵に命中した途端に勢いが激しくなって、前方の敵全てを燃やした。


地獄炎宴ヘルズディナー】の威力は申し分ないし、新しく手に入れたスキルを使いたい気持ちは奏にもよくわかったが、ツッコまずにはいられなかった。


「屋内で火を使うなよ」


「駄目だ、奏。ルドラの奴、戦闘に入った瞬間、冷静じゃいられなくなってやがる。きっと、カーリーに扱かれたせいだ。無理にでもハイにならなきゃ、耐えられなかったに違いねえ」


「・・・不憫だ」


「だな」


 奏とバアルは、出現した敵を殲滅して落ち着いたルドラに対し、かわいそうなものを見る目になった。

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