第155話 しまった。こいつの嗅覚忘れてた・・・

 奏は初手ぶっぱの後、冒険者達が勢いを取り戻したのを確認して、戦利品の回収を始めた。


「【透明腕クリアアーム】【無限収納インベントリ】」


 敵の数が多ければ、戦闘中に戦利品が破損して回収不能になる可能性がある。


 それを回避するため、ひと仕事終えた奏は、迷うことなく戦利品を回収したのだ。


 幸い、奏には<覇皇>があり、その上【聖爆轟ホーリーデトネーション】の効果で爆心地にはモンスターが近づかなかったので、奏は問題なく戦利品を回収し終えた。


 そして、冒険者達は爆心地をモンスターが避けていることに気づいた。


「おい、負傷した奴はあそこに行け!」


「なんでかは知らねえが、あそこにはモンスターが近づかねえぞ!」


「よっしゃ!」


「やったわ!」


 そんな冒険者達の声が耳に届くと、奏は首を傾げた。


「バアル、インド人って日本語で喋らないよな? なんで俺、あの冒険者達の言葉がわかるんだ?」


「悪い、言い忘れてた。それ、<バアルの加護>のせいだ」


「マジで?」


「おう、マジだぜ。そもそも、神と人類の言語は違う。神が人類と話す時は、神側が自動的に双方の言語を翻訳してるんだわ。で、俺様が奏に加護を与えたから、奏も世界のあらゆる言語を理解できる。日本語で喋ってても、あっちにはインド語で聞こえるのさ」


「ファンタジー、こんなところで仕事してたのか」


「おい、そこは俺様を褒めるところだろ」


「はいはい。バアル凄いなー」


「棒読みやめい」


 奏達はじゃれていたが、地上で1人の冒険者が突出した動きを見せたので、バアルの目を引いた。


「奏、神器カーリーの保持者ってあいつじゃね?」


 バアルが指差した場所を見ると、そこにはターバンを頭に巻き、剣闘士風の革鎧を身に纏った男性の姿があった。


 その男性は、グラディウスと呼ばれる種類のショートソードと赤い盾を持って暴れ回っていた。


 盾を盾と思わず、グラディウスで斬り、盾で殴るようにして戦う姿は、防御知らずと言っても過言ではなかった。


「暴れてるな」


「だな。多分、カーリーのせいだ」


「カーリーのせい?」


「あいつって、戦闘狂で流血大好きだし、破壊や殺戮を喜ぶ恐るべき女神なんだよ」


「だけどさ、バアルも復活する前は好戦的だったじゃん。カーリーのこと言えなくね?」


「いやいや、ちょっと待て。俺様をカーリーと一緒にすんな。俺様は、少しでも早く復活するために奏に戦ってほしかっただけだ。本来は、そんなに好戦的じゃねえんだよ。だから、奏が奈落タルタロスを踏破した後、外国に一狩り行こうぜなんて言ってないだろうが」


「お、おう。悪かった。今のはなかったことにしてくれ」


 カーリーと同類扱いされるのは心外らしく、バアルは身を乗り出して弁解した。


 その勢いに奏は面食らったので、発言を撤回した。


「オラオラオラァ! 【斬撃突撃スラッシュブリッツ】」


 スパスパスパッ! ダダダダダン! パァァァッ。


 地上では、カーリーの保有者と思しき男性が、グラディウスを振り回し、それでも倒せなかったモンスターは盾を構えた突進で薙ぎ倒していた。


「確かに、バアルはオラオラしてなかったな」


「そうだろ? カーリーと同類は心外だぜ」


 奏が男性の戦う姿を見て、バアルはカーリーと違うと認めると、バアルはわかってくれたかと嬉しそうに頷いた。


 その後、タージマハルの外での戦闘は冒険者達の勝利で終わった。


 負傷した者も当然いたが、バアルが見つけた男性は無傷だった。


 奏達は、ここで無駄に時間を費やしたくはなかったので、冒険者達を置き去りにしてタージマハルの中へと進入した。


「奏、疲れるから認識阻害を解除するぞ」


「わかった」


 誰も見ていないのに、認識阻害をかけておく必要はない。


 だから、バアルは奏に断りを入れてから認識阻害を解除した。


 その時、奏達は後ろから声をかけられた。


『見つけた!』


「誰だ?」


 後ろを振り返ると、そこには先程1人だけ無傷で立ち回っていた男性の姿があった。


「バアル・・・」


「しまった。こいつの嗅覚忘れてた・・・」


 認識阻害を解除した途端、すぐに現地人に姿を見られてしまったため、奏はバアルをジト目で睨んだ。


 バアルも油断したと言わんばかりの表情で、額に手をやった。


『おい、ルドラ、こいつはバアルだ! 私と一緒で神だぞ!』


「そうか」


 喋っていたのはグラディウスで、戦闘中はオラオラしていたルドラと呼ばれた男性の口数は少なかった。


 バアルは溜息をつくと、カーリーに話しかけた。


「おい、カーリー。お前、そのルドラって男に迷惑かけてねえだろうな? 戦ってた時と性格全然違うじゃねえか」


『それは私を使うことの代償だ。好戦的になるだけで、生き抜く力が手に入るのなら、些細なことだろう?』


「些細じゃない。やむを得ずだ」


 ルドラはカーリーの言い分を聞き、そんな訳あるかと抗議した。


『あん? ルドラ、それでもお前タマついてんのか? そんなんだから、女の1人もできやしねえんだよ。まったく、童貞臭え奴め』


「ぐふっ・・・」


 ルドラの性格は、本当は繊細らしい。


 カーリーにズバズバと言われ、ルドラは膝から崩れ落ちた。


「カーリー、止めてやれ。とっくにルドラのライフは0だろ」


『しょうがないな』


 バアルに止められ、カーリーはルドラへの口撃を止めた。


 奏はルドラに同情し、声をかけた。


「大丈夫か?」


「・・・ああ」


 奏が手を貸すと、ルドラは立ち上がった。


 向かい合って立つと、ルドラの方が背は高かった。


 しかし、ルドラが猫背であり、奏はルドラに背の高いという印象を感じられなかった。


「自己紹介がまだだったな。俺は高城奏。神器だったバアルを復活させたから、バアルは今自由にしてる」


「俺はルドラ・ナイヤーだ。よろしく」


 奏とルドラは握手した。


『おい、ルドラ。そこは舐められたら負けだ。相手の手を握り潰すぐらい力を入れろよ』


「カーリー、お前俺様のパートナーになんてことさせようとしてんだ。まあ、無駄だが」


『あん? やってみなきゃわかんねえだろ?』


「奏とルドラじゃ強さの格が違うっつーの。全能力値、諸々の加算なしで最低でも4,000オーバーだぜ?」


『なん・・・、だと・・・』


「そんなことが・・・」


 バアルがドヤ顔で言ったことに対し、カーリーとルドラは驚きを隠せなかった。


「バアル、なんで言った? 余計なこと喋んなよ」


「あっ、悪い。だが、こいつに舐められるといくらでも調子に乗るから、ここで線引きしねえと後々鬱陶しいんだよ」


「・・・わかった」


 鬱陶しい神器の相手をしたくないので、奏はバアルの情報漏洩を不問にした。


『信じらんねえ。私のルドラだって、Lv70で全能力値が最低でも700だぜ? おい、バアル、どんなチートを使った?』


「奏の努力の賜物だ。大体、外の戦闘の爆発を見たろ? あれ、奏の仕業だかんな?」


『・・・くっ、認めるしかあるまい。ルドラ、奏には戦いを挑むな』


「挑む気はない」


 勝手に奏に挑むことを計画されていたと知り、ルドラは断固拒否の姿勢を見せた。


「あのさ、悪いけどここで無駄話はしたくない。おれはとっととザガンを倒して、家に帰りたいんだ。嫁と子供が待ってるから」


「子持ち・・・」


 奏の見た目が若いにもかかわらず、家庭があるのだと知ると、ルドラが落ち込んだ。


『凹むな童貞ルドラ。むしろ、喜べ童貞ルドラ。これで、強ければモテるって証明されただろ?』


「カーリーェ・・・」


 ルドラにやる気を出させるためとはいえ、気合を入れるための言葉に毒が含まれているのを見て、バアルはカーリーのやり方に戦慄した。


「先に行くぞ」


「待ってほしい」


 先に進もうとした奏に対し、ルドラが待ったをかけた。


「なんだ?」


「俺も同行させてくれ。職業は剣闘士グラディエーターだ。俺も戦える」


「・・・遅かったら置いてく」


「それで構わない」


『おい、ルドラ! そこは俺が全部敵を倒してやるぐらい言ってみろ!』


「カーリー、お前はちょっと黙ってろ」


 カーリーがルドラを焚きつけるのを見て、バアルは止めに入った。


 ここで連れて行く、連れて行かないの話をしている時間は惜しいので、奏は仕方なくルドラの動向を許可した。


 神器保有者を無下に扱うと、後々面倒そうだと思ったからである。


 話がまとまったので、奏達はタージマハルの奥に待っているだろうザガンのいるボス部屋を目指し、先へと進み始めた。

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