第153話 フッ、そういうのは楓に勝ってから言え

 奏とバアル、紅葉は準備が整うと、そこにピエドラも加えて、奏の【転移ワープ】で秋葉原へと移動した。


 バアルにより、奏はバアルと共に誰からも認識できないようになっているので、秋葉原の冒険者がこの場に現れれば、紅葉とピエドラの姿しか目に映らない。


 ピエドラを連れて来たのは、紅葉が【転移ワープ】を使える訳ではないので、移動手段のカモフラージュのためだ。


 住宅街から少し離れた所で、紅葉は冬音に念話機能で連絡を取り始めた。


 プルルルルルルッ♪


 呼び出し音が鳴ってすぐに、冬音は念話に出た。


『紅葉先輩! さっきはすみませんでした! 紅葉先輩は、普通の社畜じゃないです!』


「人が忘れてたのに、思い出させるとかどうなのよ?」


『だって、紅葉先輩が念話を掛け直したら、出てくれなかったんですもん。まずは謝らないと、次に進めないと思ったんです』


「謝るぐらいなら、余計なことは口にしないこと。おわかり?」


『はい』


「よろしい。ところで、冬ちゃんは今どこにいるの?」


 普通の社畜のくだりに区切りをつけると、紅葉は本題に入るために冬音の居場所を確認した。


『私ですか? 私は今、住宅街でROMってます』


「おい、仕事しろ」


『これも仕事の内ですよ。他の4ヶ所から、必要な情報を仕入れてるんです。それに、高城さんのおかげで、今は掲示板で世界とやり取りができますから、情報の精査が必要なんですよ』


「それぐらい、冬ちゃんに言われなくても知ってるわよ」


『そうですよね。紅葉先輩も結構掲示板に張り付いてるでしょうから』


「な、何故わかったし」


『いやいや、紅葉先輩は私以上のオタクですよ? 私なんかより、掲示板に張り付いてると思っても不思議じゃないです』


 冬音の発言を聞き、紅葉は言葉に詰まった。


 事実を指摘されたことで、紅葉は何も言えなくなってしまったのだ。


 そこに、奏が紅葉に近づいて小声で喋った。


「紅葉、早く本題に入れ」


「ひゃう!?」


 突然、奏に耳元で囁かれたせいで、紅葉は思わず声を出してしまった。


 その声は、念話をかけていた冬音にも届いていた。


『紅葉先輩? いきなり変な声を出したりして、どうしたんですか?』


「ごめん、なんでもない。一緒に来たピエドラが退屈して悪戯してきただけ」


『そうだったんですね』


「(ω・ )ゝ なんだって?」


 突然、自分のせいにされたので、ピエドラが反応した。


 心の中で謝りつつ、紅葉は話題を強引に進めることにした。


「それより、冬ちゃんが言ってた支援の件だけど、奏君と話し合って1回だけ助けることにしたわ」


『本当ですか!? ありがとうございます!』


 念話の先で、冬音が喜んでいるのが紅葉にも伝わった。


「それで、支援をするにあたって条件があるから、冬ちゃんと1対1で盗み聞きされない場所で話がしたいの。そういう場所、住宅街にあるかしら?」


『それなら、私が一旦紅葉先輩のいる場所に向かいます。もう、秋葉原の近くに来てるんですよね?』


「そうしてもらえる? 私達は、以前スタンピードが起きた際、私が秋葉原の冒険者達を治療した場所にいるわ」


『40秒で支度します。3分間だけ待ってて下さい』


「わかったわ。1,2,3・・・」


『えっ、ちょっ、そんなカウントするんですか?』


 プツン。


 冬音がまだ何か言いたそうだったが、紅葉は念話を強制終了した。


 すると、今は紅葉に姿が見えない奏が声をかけた。


「お前、なかなかに鬼だよな」


「社畜呼ばわりされたことを、私は簡単には許さないわ。それよりも、奏君こそ念話中に急に耳元で囁かないでよ。私、耳は敏感なんだから」


「知らんわ。そんなカミングアウトいらない」


「もう、奏君ったら、私が魅力的だからって悪戯しないでよね?」


「フッ、そういうのは楓に勝ってから言え」


「鼻で笑ったわね!? あァァァんまりだァァアァ!」


 紅葉がネタに走るので、奏は黙り込んだ。


 奏が黙り込んでしまえば、紅葉はピエドラしかいない場所で孤独にボケるかわいそうな人になってしまった。


 それがおかしくて堪らなかったらしく、ピエドラが紅葉を嘲笑した。


「m9(^Д^)プギャー」


「うっさいわよ、ピエドラ」


「それな( ´-ω-)σ」


 紅葉とピエドラがじゃれ合っていると、そこに冬音が走って来た。


「ハァッ、ハァッ、紅葉先輩、お待たせしました」


「うむ。くるしゅうない」


「久し振りに、ハァッ、無茶振り、ハァッ、しましたね、ハァッ」


「冬ちゃん、息を整えてからで構わないわ」


 紅葉にそう言われると、冬音はまず息を整えた。


 呼吸が落ち着くと、再び冬音は口を開いた。


「お待たせしました。本当に、紅葉先輩とピエドラしかいないんですね?」


「(ρ≧□≦)ノ…コラーっ!!!」


「えっ? 紅葉先輩、ピエドラはなんで怒ってるんですか?」


「冬ちゃんに呼び捨てされたからじゃない?」


「(゚∀゚ノノ"☆パチパチパチ★」


「当たりみたい」


「・・・ピエドラ君?」


「夜露死苦(■皿■´)ノ」


「及第点らしいわ」


「はぁ・・・」


 ピエドラにマウントを取られ、冬音は困惑したが、すぐに気持ちを切り替えた。


「それで、他に誰もついてきてないでしょうね?」


「はい。大丈夫です」


「誰もいねえ」


 冬音が頷くと、そのすぐ後にバアルが紅葉の耳元で囁いた。


 奏に1回耳元で囁かれたので、紅葉にも耐性ができたらしく、今度は変な声を出さずに済んだ。


「それなら良いわ。じゃあ、支援の条件を話すわね。まず、今回の支援に奏君の名前を出さないで。それから、奏君のことは、今後掲示板で取り上げないようにしてほしいの」


「・・・世界中から、救援要請を受けて炎上するからですね?」


「そうよ。冬音だって、ゲームにのめり込んでたんだから、プレーヤーの妬みの怖さは重々承知してるでしょ?」


「はい。目立つとアンチは必ず生まれるし、アンチじゃなくても付きまとわれるし、言いたい放題にされて面倒です」


 冬音は自身の経験から、紅葉が何を言いたいのかを正確に理解した。


「奏君は今、楓と2人の子供とのんびり暮らしてるわ。それを邪魔されたら、あんまりでしょ? 日本を救った奏君に対して、これ以上何か背負わせるのは私達が無責任だわ」


「わかりました。その条件は守ります」


「次よ。奏君の隠れ蓑として、今回の支援は私がしたことにするわ」


「紅葉先輩なら、秋葉原では聖女扱いですし、確かに丁度良いですね」


「ええ。だから、建物のオーナーが私で、管理人は冬ちゃんってことでよろしく」


「はい。・・・え? 建物? どういうことですか?」


 一旦は頷いたが、建物と聞いて支援を頼んだのは食糧だったのにどうしてそうなったのかと冬音は質問した。


「今回、支援するのは2つよ。スリープウェルパレスと、そこに備蓄されてた非常食。どうせ、住宅街には前に私が建てた小屋みたいな家が1番まともでしょ?」


「そ、そうですね。残念ながら、秋葉原には【建築ビルド】持ちの冒険者はいませんから。というか、スリープウェルパレスって、紅葉さんが住んでた家ですよね? あれを収納できたんですか?」


「まあね。初期から動いてたから、色々と便利な物があるのよ」


「わかりました。深くは踏み込みません。住宅まで支援してもらえるなら、素直に受け入れます。ありがとうございます」


 ここで踏み込めば、冬音は紅葉から敬遠される気がしたので、何も訊かないことにした。


「そうしてちょうだい。それで、どこに出せば良いかしら?」


「住宅街の中心にお願いします」


「中心って、広場になってる所よね?」


「はい。立派な建物なら、秋葉原の復興のシンボルになってくれると思いますから」


 そう言った冬音の表情は、これからの秋葉原をどうするか真剣に考えるものだった。


「まあ、上手く使いなさい。けど、今回で支援は本当に最後よ。これ以上私達が秋葉原を贔屓すれば、秋葉原まで妬みの対象にされるわ」


「わかりました。ちなみに、スリープウェルパレスの備蓄って、どれぐらいあるんですか?」


「大体、1ヶ月は40人の3食を賄えるから、3,600食かしら」


「それだけあれば、【農家ファーマー】の冒険者の作る食糧が収穫できます。助かりました」


「この借りは高くつくわよ?」


 紅葉はニヤッと笑うと、手でお金を表すジェスチャーをした。


 それに対し、冬音も笑顔で応じた。


「この恩は、秋葉原全体である時払いで返します。だから、催促と利子なしでお願いしますね?」


「奏君次第ね。普通に考えて、これだけの支援をポンとできるとか異常だから」


「ですねー。こうなったら、高城さんにメイドとして雇ってもらうしか」


「それは無理。楓がメイドだから」


「Oh・・・。妹さん、高城さんに尽くしちゃってる系女子ですか?」


「尽くしちゃってる系女子も何も、まず嫁だから。それと、馬鹿な真似は止めなさい。廃人になるわよ?」


「廃人?」


 楓がヤンデレを再発させ、冬音の記憶を消すことがないように紅葉は冬音を注意した。


 それから、紅葉達は住宅街の広場に戻り、紅葉の合図で奏が【無限収納インベントリ】からスリープウェルパレスを戻した。


 その瞬間、紅葉を胴上げしようと秋葉原の冒険者達が群れ、紅葉がしばらくの間、解放されないとわかったので、奏とバアルは先に双月島に帰った。


 【転移ワープ】の使えない紅葉は、カモフラージュの移動手段として連れて来たピエドラに乗り、その日の夕方になってようやく双月島に帰るのだった。

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