第152話 掲示板をオタクの溜まり場扱いするなっての
奏と紅葉がリビングに移動すると、
「おう、どうしたんだ? 奏はまだオフじゃなかったか?」
「オフだったんだけど、紅葉に呼び出された。楓と悠と過ごしてたのに」
「ごめんって。そんな恨みがましい感じで言わないでよ」
「紅葉の姉ちゃんが奏を呼び出すってことは、島の外から救援要請でもあったか?」
「流石はバアルさん、お見通しだった?」
「まあな。つーか、俺様はここにいても、日本全国の様子をまるっと見通してるから」
「バアルさん半端ないわ」
バアルの視野を知り、紅葉は驚愕した。
「紅葉、要件を聞こう」
「そうね。さっき、冬ちゃんから連絡があったの。
「紅葉経由で頼むとか、俺って木枯さんに避けられてんの?」
「いや、そもそも奏君って冬ちゃんと数回しか会ったことないでしょうが。向こうも、いきなり奏君に直接念話でお願いできる程親しくないから、先に私に話を通したのよ」
「それもそうか。木枯さんからいきなり連絡来ても、なんで連絡したのかってなるもんな」
「そうなのよ。一応、あの子も奏君からの心証が悪くならないように、考えて私に連絡を取ったみたい」
冬音に普通の社畜と言われ、ムッとしていた紅葉だったが、なんだかんだ面倒見は良かった。
「あっそ。でもさ、人間1回でも楽をしたら、その後も楽をしたがるものじゃね?」
「・・・奏君が言うと、誰よりも説得力があるわね」
「だろ?」
社畜時代、ベースが省エネで、休憩時間は少しでも寝ようとする奏を見ていた紅葉にとって、奏の言葉に重みを感じた。
「だけど、かなり切羽詰まってるみたい。今、秋葉原って日本で最大の人口なのよ。だから、どうしても全員分の食糧を賄えなくなってしまったのよ」
「・・・悩ましいな」
紅葉の言い分を聞き、奏は顎に手をやって考え込んだ。
「奏君、何が悩ましいの?」
「仮に、俺が秋葉原を支援したとするじゃん?」
「仮にね」
「支援された冒険者の誰かが、掲示板に呟くじゃん?」
「その可能性は、大いにあり得るわね」
「その後、他の場所の冒険者からの支援要請も待ったなしじゃん?」
「全部その通りなんだけど、じゃんじゃん煩い。って、これデジャヴじゃん」
「紅葉の姉ちゃん、奏からうつってるぜ」
「しまった」
バアルにツッコまれ、紅葉はハッとした表情になった。
それと同時に、紅葉は奏の言っていることについて冷静に考え直した。
奏の言う通り、仮に奏が食糧を秋葉原に支援したとすれば、感謝する投稿を掲示板にする冒険者が1人ぐらいは出てしまうだろう。
何故なら、
紅葉から、冬音に対して掲示板への投稿を禁止するように言ったとしても、全ての冒険者の動向を監視できるはずがない。
そうなれば、奏の懸念通り、比叡山、白神山地、五稜郭、桜島からも支援を求める声は必ず出るだろう。
人間の中には弱った時、自分が追い詰められた時に、他人が羨ましい状況にあれば、自分も同じ状況に引っ張り上げてもらえないのは不公平だと喚く者がいる。
全部が全部、そういう人間だとは言わないが、公平を主張し恩恵に与ろうとする他力本願な者がいるのは否定できない。
「正直、秋葉原を支援したら、これから先は
「・・・そうよね。奏君のスキルがバレたら、間違いなく妬まれるし、あることないこと言う馬鹿も出て来るかも」
「だろ? 正直、俺はバアルに最初に助けてもらったから、その借りを返すために戦っただけだ。それ以外の戦いも、楓やルナ、サクラを進化させるため、ベッドを手に入れるためとか、俺の個人的な理由で動いた。今回の支援要請には、俺が動きたいと思う動機がない」
「奏君にとっては、百害あって一利なしだもんね」
「マジでそれ。別に、俺はちやほやされたい願望なんて全くない。楓も落ち着いて来たし、この島で家族でのんびり過ごせれば、他はどうでも良い」
奏の気持ちを聞き、紅葉は考え込んだ。
自分の良心に従うならば、秋葉原を支援すれば良い。
しかし、支援する物資の所有権は紅葉にはない。
所有権は奏にあり、奏が動く理由はない。
紅葉はオタクだからこそ、オンラインゲームで凄腕のプレーヤーをやっかむ者がいることを理解している。
それは、現実でも同じなのだから、そこに奏を巻き込むことは、奏を不快にさせる危険性があるのもわかっている。
となれば、紅葉に出せる結論は1つしかなかった。
「わかった。じゃあ、私からの支援にしましょう。私が偽りの救世主になる。奏君が不要と判断した物を、私名義で秋葉原に送る。それなら、奏君は妬まれることはないわ」
「・・・極端な話、紅葉は偽善者扱いされるかもしれないし、ちやほやしてくれた奴等が、手のひら返しすることだって十分にあり得る。それでも、紅葉は耐えられるのか?」
「できるだけ頑張る。掲示板を見ても、めげない」
「いや、掲示板見るの止めろよ」
「オタクが2〇hから離れられないのは、そういう宿命なのよ」
「掲示板をオタクの溜まり場扱いするなっての」
キリッとした真面目な表情で、しょうもないことを紅葉が言ってのけるので、奏は紅葉にジト目を向けた。
「ごめん、今のは冗談。もし、私が傷ついたら、その時は奏君が優しく慰めて。そうね、楓にするみたいに」
「ごめん、無理」
「即答するなし」
少しだけ期待して、奏にお願いした紅葉だったが、奏がバッサリと断ったので真顔になった。
「まあ、楓に嫉妬されない程度でなら、慰めてやるよ」
「うわぁ、上から目線だ~」
「だって、<覇皇>だもの」
「くっ、これが皇族・・・」
「お前達、漫才やってんのか?」
奏と紅葉のやり取りを聞いていたバアルは、そろそろ黙って聞いていられなくなり、口を挟んだ。
「おいおい、漫才なんて俺はしてないぞ?」
「誰がセルフ漫才師や」
「ほらな、こいつだけだ」
「紅葉の姉ちゃん、奏といると基本的にボケに走りがちだよな」
「面倒臭そうにしてても、なんだかんだ拾ってくれる奏君好き」
「ごめん、紅葉の気持ちには応えられない」
「鈍感が服を着たような奏君が、なんで今だけ普通の感度になってんのよ・・・」
紅葉がサラッと奏を好きだというと、奏はいつもの鈍感振りはどうしたとツッコみたくなるぐらい素早くそれを感じ取り、そのまま断った。
その事実に驚愕し、紅葉は目を見開いた。
「まあ、悪ふざけはここまでにするとして、本当に紅葉の名義で支援するんで良いんだな?」
「良いわ。どうせ、私は秋葉原では聖女だもの。元から目立ってるわ」
「聖女(笑)な」
「オイコラ喧嘩売ってんのか?」
「売ってみようか?」
「すいません、参りました」
奏と喧嘩をすれば、勝てるビジョンがさっぱり見えないので、紅葉は早々に降参を宣言した。
「もう、お前達に好き勝手喋らせると話が進まねえな。しょうがねえから、俺様が引っ張ってやんよ。奏、お前は秋葉原に何を提供するつもりだ?」
「パッと浮かぶのは、スリープウェルパレス。あの建物からは、紅葉や楓の私物は全て回収してあるし、あの建物には緊急時用の食糧の備蓄もあった。俺達には必要ないから、秋葉原に返しても良いんじゃないか?」
「そういえば、避難訓練に参加した時に、緊急時にはこれを食べられるって食糧の説明を受けたことがあったわ。すっかり忘れてたわね。私は賛成」
「なるほどな。秋葉原の人口を考えれば、人の住める場所はあっても良いだろうし、住宅街に最初からいた連中には、もうちょっと良い暮らしをさせねえと、後から来た連中が遠慮して面倒そうだ。丁度良いんじゃね?」
奏の意見を聞き、紅葉とバアルは賛成した。
「じゃあ、スリープウェルパレスを秋葉原にあげるか。ただ、紅葉の収納袋には入らないんだよな・・・」
「奏君はさっと取り出して、そのまま【
「取り出してる瞬間を見られたら、意味なくね?」
「だったら、そこは俺様に任せろ。俺様の加護を持つ奏のことなら、俺様が隠してやれる」
「マジ? 透明になれんの?」
「透明になるっつーよりは、その場だけ奏を俺様をお互い以外に認識できなくなるようにするんだがな」
「バアルさん、それ、お願いできる?」
「任せな。奏、それで良いか?」
「OKだ」
話がまとまったので、奏達は早速準備に取り掛かった。
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