第15章 新たなる問題

第151話 普通の社畜って、なかなかのパワーワードよね

 世界災害ワールドディザスターから1ヶ月、日本のモンスター討伐率が100%になってから1週間が経過した。


 日本はモンスターという脅威から解放され、少しずつではあるが、復興作業に入った。


 現在、日本の冒険者は奏達を除いて、北から五稜郭、白神山地、秋葉原、比叡山、桜島のいずれかに身を寄せている。


 生存者数が限られており、少しでも多くの人がいる場所で協力し合う必要があると誰しもが考えたからだ。


 冒険者が集まれば集まるほど、様々なスキルを持った冒険者達がそれぞれの力を活かして復興に力を注ぐ。


 特段、重宝されているのは、生産系スキルを会得している者達である。


 戦闘系スキルしか保持していない者達は、肉体労働に進んで志願した。


 そうすることで、少しでも早く世界災害ワールドディザスター以前の生活を取り戻したいからだ。


 モンスター討伐率が100%になったことにより、日本の冒険者達は通常のレベルアップの手段を失った。


 だから、今保持しているスキルを使って助け合い、復興を目指すしかなかった。


 しかし、5つの場所では、それぞれ共通の問題が生じていた。


 それは、食糧不足である。


 今までは、モンスターの中にマテリアルカードで食材をドロップするものがいた。


 しかし、日本にはもう、従魔や友好的なモンスターを除き、モンスターはいないのでドロップを当てにできない。


 海や山が近い場所で暮らしていれば、狩りや採集で食材を確保できないこともない。


 それが理由で、五稜郭、白神山地、比叡山、桜島はどうにか食いつなぐことができている。


 しかし、秋葉原は違った。


 秋葉原にいる冒険者も、東京湾まで出れば海鮮系の食材を手に入れることはできた。


 だが、数が足りないのだ。


 日本の人口は、5つの場所に均等に割り振られている訳ではない。


 秋葉原>白神山地>比叡山>五稜郭=桜島という感じで、冒険者達の人口には傾斜があった。


 秋葉原にいる冒険者達は、紅葉が作った住宅街を中心に冒険者が次々に集まったせいで、日本では最も大所帯な場所となってしまった。


 そうなれば、当然1人当たりの食べられる量が少なくても、塵も積もれば山となる訳で、食糧が日を追うごとに減っていくのは当然だと言えよう。


 では、秋葉原の冒険者は飢え死にするしかないのか。


 冒険者の数は多く、様々なスキルを持っているので、飢え死にさせるには勿体ない者ばかりだというのに、それを賄えるだけの食糧がない。


 そんな窮状とは無縁の環境にいる紅葉に、念話の着信音が鳴った。


 プルルルルルルッ♪


「もしもし、冬ちゃん?」


『お疲れ様です、紅葉先輩』


「・・・その声の感じだと、食糧が足りないのかしら?」


『あはは、紅葉先輩に隠し事はできないですね。おっしゃる通りです。どんなに切り詰めても、3日で何も食べる物はなくなります』


 食糧不足をどうにかするため、秋葉原のリーダーとなっていた冬音は、苦渋の決断をして頼れる先輩の紅葉に念話で連絡したのである。


『それで、私に助けてくれってこと?』


「はい。日本を安全地帯にしたのは、紅葉先輩達の功績です。それは重々承知してます。大したお役には立てませんでしたから、私達も今日まで高城さんや紅葉先輩達に助けを求めず、戦い続けて来たつもりです。それでも、時間が足りなくなってしまいました。どうか、農家ファーマーの冒険者の食糧が収穫できるまで、ご支援いただけませんか?」


 実際、秋葉原で立て続けにスタンピードが起きた時以来、冬音が弱音を吐いて紅葉に泣きつくことはなかった。


 しかし、今回についてはもう紅葉の善意に縋るしかないところまで事態が進行している。


 だから、冬音は決して退かないつもりで紅葉に連絡したのである。


「それは、私だけじゃどうしようもできないわ。食料の用意についても、運搬についても」


『わかってます。私が紅葉先輩にお願いしたいのは、高城さんへの取次ぎです。私は一応、高城さんから連絡を取れるようにはしてもらいましたが、いきなり連絡できる程親しくはありません。ですから、紅葉先輩には高城さんに話を通していただきたいんです』


 冬音の言い分は至極当然のものだ。


 奏は下手に恨みを買わないように、協力するポーズとして冬音と念話機能で連絡を取れるようにした。


 しかし、奏から冬音に連絡したことは1回もないし、逆もまた然りだ。


 奏は正直、人付き合いが面倒なので、双月島に引き籠る気満々であり、島外の冒険者に興味を持っていない。


 そんな奏に支援してほしいと頼むなら、冬音は紅葉を通して頼むしかないのだ。


 というよりも、日本最強の冒険者に対し、何も保証のないままいきなり支援を頼むなんて、冬音にはとてもできる気がしないというのが本音である。


「うーん、話してはみるけど、期待はしないでね。奏君、この1週間は絶対に働かないって言って休暇中なのよ。家族の時間を大切にするって言ってるから、今も楓と悠君とのんびりしてると思うし」


『・・・高城さん、半端ないですね。世界がこんな状況でも、家族サービスを忘れないとか』


「まあね。でも、日本の冒険者が不甲斐なくて、奏君を働かせ過ぎたのは事実よ。奏君が動かなかったら、いまだに大樹回廊も奈落タルタロスもあったでしょうし、スタンピードが発生してたわ」


『そう言われると、返す言葉がないです。でも、高城さんの強さ、異常過ぎじゃありません? 1か月前まで、紅葉先輩と一緒で普通の社畜だったんですよね?』


 冬音の言葉が、紅葉の精神に渾身の一撃をかました。


 最近では、自分が社畜だったことすら忘れかけていたというのに、冬音が寝た子を起こしてしまった。


 紅葉の頬は、ヒクヒクと引き攣っていた。


「普通の社畜って、なかなかのパワーワードよね」


『すみません。今のは忘れて下さい』


「そうね。お願いするついでに、奏君に言ってみるわ」


『止めて下さい! 冗談です! 紅葉先輩、実は私のこと嫌いでしょ!?』


「そんなことないわよ。どこかの誰かさん曰く、私も普通の社畜らしいし?」


『あーん、やっぱり嫌いじゃないですか!』


 自分の失言が、紅葉の機嫌を損ねてしまったとわかり、冬音は慌てた。


「社畜が日本を救った訳だし、普通の会社員は自分の食い扶持ぐらい、自分でどうにかできる余裕はあるよね? それじゃ」


『ちょっ・・・』


 プツン。


 冬音が何か言いかけていたが、紅葉は念話を強制終了した。


 プルルルルルルッ♪


 すぐに、念話の着信音が紅葉の耳に届いた。


 確認しなくても、その相手が冬音であることは疑いようがなかった。


 だが、紅葉はその着信を無視した。


 普通の社畜呼ばわりされて、ムッとしたのは事実だが、紅葉は日本の中でも秋葉原の食糧不足が可及的速やかに解決しないといけないとわかっている。


 だから、冬音からの念話に出ても出なくても、奏に冬音から頼まれた件について話をするつもりなのだ。


 紅葉は奏の部屋の前まで行くと、起こさないで下さいという札が掛けられてないのを確認してから、ドアをノックした。


 コンコン。


 ノックの音が、神殿の静けさの中で響いた。


 10秒待つと、ドアが少しだけ開き、その隙間から楓が顔を出した。


「紅葉お姉ちゃん、なんですか?」


「奏君に話があるんだけど、今は大丈夫?」


「奏兄様は、明日から本気出すって言ってたから、今日まではダラダラするよ?」


「そんなニートみたいなことを言ってるのね・・・」


「奏兄様がニートなら、人類は漬物石ぐらいしか役に立ってないよ、紅葉お姉ちゃん」


「ごめん、今のは私が悪かった」


 その人類に、自分も含まれているような気がして、紅葉はすぐに自分の失言を詫びた。


 そこに、奏が眠っている悠を抱っこしながらやって来た。


「誰がニートだ」


「あっ、奏兄様」


「奏君、聞こえてたの?」


「まあな。今日までがっつり休んだって、誰にも迷惑はかからないだろ? というか、双月島の開拓だって、ほとんど住人に任せてるし、このまま寝放題ライフ突入しても良くない?」


「そりゃ、私達は良いでしょうけど、島の外がピンチなのよ。その件で、真面目な話がしたいの。ちょっと時間をちょうだい」


「はぁ。来るかもとは思ってたけど、やっぱ来たか」


「あら、こうなることは奏君も想定済みだった訳?」


 奏が溜息をつくと、紅葉は意外そうな顔をした。


「俺はな、万全の状態で寝放題ライフを満喫したいの。その邪魔をされそうなことぐらい、想定しないでどうするよ?」


「その情熱、もっと別のことに向けなさいよ」


 奏の言い分を聞いて、紅葉は奏にジト目を向けた。


「家族サービスに向けてる」


「それは知ってる。私が言ってるのは、その他にもってことよ」


「楓、悠を頼む。ここでこれ以上喋ってたら、悠が起きちゃうからな」


「わかりました」


「じゃあ、リビングで話すか」


「ええ。そうしましょう」


 奏はやれやれと言わんばかりに首を振り、紅葉と一緒にリビングへと移動した。

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