第149話 もし僕の味方になれば、世界の半分を君にやろう

 地下10階層に行くと、奏達はいきなり分厚そうな扉に行き当たった。


「【透明腕クリアアーム】」


 ギギギィィィッ。


 奏はダンジョンのボス部屋の扉を、今更自分の手で開けようとはしなかった。


 大体、ダンジョンボスは来訪者が扉を開けた隙を狙い、攻撃するからである。


 扉が床と擦れ、不快な金属音と共に拓くと、その中には階段の上に玉座があった。


 来訪者を見下すポジション玉座には、額に黒い2本の角を生やした赤髪の美青年が座っており、ワインらしき赤い液体を片手に寛いでいた。


 なんとなく、見下ろされるのが嫌だったので、奏は【飛行フライ】でダンジョンボスと同じ目線の高さまで飛んだ。


 当然、バアルもその隣にいる。


「これはこれは、裏切り者のバアルじゃないか」


「よう、ベリアル。相変わらず、気障ったらしい言い方だな。虫唾が走るぜ」


「そう言うなよ。僕は君のその見てくれだけは評価してたんだ。そんな汚い言葉使いをするなんて、品性がないね」


「ハッ、淫乱野郎め。てめえに見せるための体じゃねえんだよ」


 バアルは中指を立て、ベリアルを挑発する。


「では、そこの亜神エルフに見せるためか?」


「おうよ。俺様を復活させた奏へのご褒美だ」


「えっ、そうだったの?」


「・・・ちょっと黙ってろ。な?」


「わかった」


 バアルの予想外の発言に、奏が思わず口を挟んでしまった。


 すると、売り言葉に買い言葉という感じで、うっかり口にしてしまったことが急に恥ずかしくなり、バアルは顔を赤くして奏に黙るように言った。


「おい、亜神エルフ


「なんだ、モンスター?」


 亜神エルフと種族名で呼ばれた奏は、自分もベリアルを種族で呼び返してみた。


 その瞬間、ベリアルの顔が怒りで歪んだ。


「貴様、偉大な王たる僕を、十把一絡げにして呼ぶな!」


「お前だって、俺のことを種族名で呼んだろ? おあいこさ」


「ケケケッ、流石は奏! ベリアルをモンスターだってよ! いやぁ、その通りだがな!」


「何がおかしい!」


 奏の言い分がツボに入ったらしく、バアルは腹を抱えて笑い出した。


 それがたまらなく不愉快だったらしく、ベリアルの表情は更に怒りで歪んだ。


 最初は美青年と表現できた顔も、今はとてもそう表現はできないぐらい歪んでいた。


「悪い悪い。そりゃ、滑稽だろ。プライドの高いてめえが、ただのモンスター呼ばわりされてるんだ。しかも、取り繕った化けの皮が剝がれるじゃねえか。はぁ、面白い」


「なあ、バアル。もうやっても良いか?」


「おう。っちまえ。こいつを倒せば、日本からモンスターはいなくなる」


 バアルとベリアルの話に飽きた奏は、天叢雲剣に手をかけながらバアルに訊ねた。


 バアルから許可が下り、奏が攻撃しようとした時、ベリアルは慌てて表情を元の美青年のものに戻して待ったをかけた。


「待て、奏とやら。君、このまま天界の神々の従僕として、一生働くつもりか?」


「は? そんな訳ないだろ? 別に、俺は神様の従僕になったつもりはない」


「そうは言っても、亜神エルフとは神に近く、神にかしづく傅く存在だ。君の意思に反して、天界の神々は君に無理難題を言って来るだろう」


「おい、奏。聞くんじゃねえ。こいつの言ってることは戯言だ」


 自分の不利を悟ったベリアルが、奏を懐柔しようとしているとわかると、バアルはそれを阻止しようと割って入った。


 だが、ベリアルはそれを許さなかった。


「バアル、君には話してない。僕は、奏という個人と話してるんだ。なあ、本当に今のままで良いと思ってるのか? もし、僕を倒したとしても、世界にはまだ僕達ソロモン72柱がわんさといるんだ。それを、君抜きで世界が対抗できると思うのかい?」


「何が言いたい?」


 回りくどいことを言うベリアルに対し、奏はさっさと要件を言うように促した。


「もし僕の味方になれば、世界の半分を君にやろう」


「は?」


「僕の味方になるのなら、君には好きに過ごしてもらって構わない」


「・・・マジでお前の味方になれば、寝放題ライフに突入して良いのか?」


「ね、寝放題ライフ? ああ、勿論だ。存分に惰眠を貪ると良いよ」


 予想外の言葉が出てきたため、一瞬目を丸くしたベリアルだが、話が自分にとって都合良くまとまりそうなので、奏の言葉を肯定した。


 しかし、奏はニヤッと笑った。


「だが断る」


「なんだと!?」


「だって、お前が約束を守る保証がないだろ? 話は終わりだな?」


「ケケケ、流石は奏! お前は期待を裏切らない奴だぜ!」


「何故だ!? こんな破格の条件、迷うことなく頷くべきだろう!?」


「保証がないって言ったろ? 【転移ワープ】【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン!


 話を終わらせた奏は、ベリアルの頭上に瞬時に移動し、ベリアルの翼を両手で掴み、踵落としをしながら【聖橙壊ホーリーデモリッション】を発動した。


 それにより、玉座に座っていたベリアルは、脳天に強烈な一撃を受けると同時に両翼が捥げ、玉座と階段を吹き飛ばされた自身の体で破壊し、ボス部屋の地面に瓦礫とともに埋め込まれた。


「おい、奏、なんでしたんだよ? 今のお前なら、一撃で倒せたろ?」


 退魔師エクソシストの効果に加え、<バアルの加護>と<覇皇>、<英雄ヒーロー>の効果が加算され、その上ルナの能力値も加わっているのだから、本来なら今の一撃で戦闘は終わっていたはずだった。


 それが終わっていないのだから、バアルは奏が手加減したのだろうと判断したのだ。


「どうせなら、倒す前に引き出せるだけ情報を引き出そうと思って」


「なるほど。そりゃ良い考えだ」


「だろ? 【透明腕クリアアーム】」


 バアルを納得させると、奏は透明な腕を2本創り出し、片方でベリアルの体を地面に押さえつけ、もう片方でダイダラボッチにやったのと同じことをし始めた。


「右腕、右脚、肩甲骨、鎖骨、鼻骨、頬骨、涙骨、口蓋骨、肋骨、上顎骨、下顎骨、篩骨」


 ボキボキボキボキボキィィィィィッ!


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 情け容赦なく、ノンストップで骨を折られたせいで、痛みと恐怖が入り混じり、ベリアルはプライドなんてどこかに置き忘れたように叫んだ。


「お前の知ってるソロモン72柱の情報、全部吐け」


「ぐぐぐっ・・・」


「吐けって。蝶形骨」


 ボキィッ!


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 奏は養豚場の豚を見るような目で、ベリアルを見下ろしながら、ベリアルを構成する骨の半分を折った。


 今までに蓄積された痛みが、さらに増幅するような感じがしてベリアルは絶叫した。


 その後、絶対に生物として奏に敵わないとわかると、ベリアルは自分の知っているソロモン72柱の情報を全て奏に話した。


 ベリアル曰く、ソロモン72柱は世界中に散り散りになっていた。


 アメリカ、中国、ロシアにはそれぞれ10体、日本、イギリス、フランス、ドイツ、インド、エジプトにそれぞれ5体、残りは適当に人口の大きい国に1体ずつ配置されているらしい。


 日本のソロモン72柱は、今目の前にいるベリアルを除き、奏達が全て倒してしまったので、ベリアルさえ倒せば日本に危害を及ぼすソロモン72柱はいないらしい。


 魔界からの侵攻をするにあたって、自分達が不利な状況に陥っていたとしても、それを助けに行く優しさは、ソロモン72柱には存在しないからだ。


「で、他には何か知らないの?」


「はぁはぁ、他とは?」


 痛みに耐えているため、ベリアルの息は荒い。


 正直、他に何を喋れば、自分はこの痛みから解放されるのだろうかとすら思っているところだ。


「ニーズヘッグとか、フォートレスホエールみたいに、ソロモン72柱に関係なく暴れ回ってるモンスターについて、何か知らないの?」


「はぁはぁ、知らない」


「あっそ。じゃあ、次。なんで地球に侵攻してきた?」


「はぁはぁ、ぐっ、魔界じゃ足りぬからだ」


「何が?」


「領土、はぁ、食糧、はぁ」


「いや、そうじゃねえよ」


 ベリアルを尋問しているところに、バアルが割り込んだ。


「バアル、何が違うんだ?」


「悪魔系モンスターってのは、子孫を残す以外の生産活動をしねえ。基本的に、奪うことしか考えてねえから、そういう発想になるんだ。つまり、自助努力もせず、食い物と土地が足りねえから、地球を支配下に入れるって発想になったんだ」


「そんなことのために、俺の寝放題ライフが遠のいた訳?」


「お、おう」


 奏から放たれたプレッシャーは、楓を傷つけたり侮辱した時と同じぐらい高まった。


「そうか。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン! パァァァッ。


 蒼い稲妻がビームのように放たれ、ベリアルの頭を消し炭にした。


 それにより、ベリアルの体が消え、魔石とモンスターカード、宝箱が代わりに出現した。

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