第146話 ここで戦わないと、今回は出番なさそうだったから

 奏達がガンガン奈落タルタロスを進んでいる一方、紅葉達は奏達が飛ばされたよりも広い通路にいた。


 後ろが行き止まりの壁で、天井と壁、床が全て黒い大理石でできているのは変わらないし、壁に松明が掛けられているのも同じだ。


「松明があっても、ここは暗いわね」


「そうだね。でも、【影移動シャドウムーブ】や【影拘束シャドウバインド】を使う僕にとっては、理想的な環境だよ」


「そっか。それは言えてるかも」


『お主達、早速モンスターが来たのじゃ』


 迦具土から、敵が接近していると知らされ、紅葉達は戦闘態勢に入った。


 そこに、両手斧を持った強面の悪魔系モンスターが姿を現した。


『グレートデーモンファイターじゃな。こんな序盤から出て来るとは、このダンジョンはどうなっておるのかのう』


 やれやれ、先が思いやられると言いたい迦具土だったが、紅葉達の戦意を削がないようにするため、その言葉だけは口にしなかった。


「紅葉、わかってると思うけど、屋内のダンジョンでは火は使わないでね」


「はいはい。盾役タンク回復役ヒーラーに徹するわよ」


「よろしい」


「死ネ! 【重斬撃ヘビースラッシュ】」


「【金剛アダマント】」


 ブンッ、キィィィィィン! バチィィィッ!


「グァッ!?」


「【猛毒牙ヴェノムファング】【影移動シャドウムーブ】」


 グサッ! スッ。


 【紫電反撃ボルトカウンター】で痺れたグレートデーモンファイターの背後に忍び寄り、その背中に首切丸Ver.4を突き刺してすぐ、響は影の中に潜って離脱した。


 それにより、グレートデーモンファイターの顔色が青白くなった。


 突然、猛毒状態にされれば、そうなるのもおかしくない。


「【刺突乱射スタブガトリング】」


 グサグサグサグサグサッ! パァァァッ。


「ガァッ!?」


 痺れと猛毒に侵され、体を動かせないグレートデーモンファイターに対し、紅葉は追い打ちをかけた。


 動かないグレートデーモンファイターなど、ただの的である。


 何度か突きを繰り返したことで、グレートデーモンファイターのHPは尽きた。


 それだけ、響の与えた猛毒が追い込みをかけていたのだろう。


 しかし、残念ながら見た目には強そうな相手だったくせに、響達のレベルアップを告げる神の声は聞こえなかった。


 延暦寺の大江山四天王と比べてしまえば、響達にとってはコスパの悪いモンスターと言えよう。


「次、行くわよ」


「うん」


 魔石を回収した後、それぞれの従魔の背中に乗り、紅葉達はダンジョンの先へと進んだ。


 少しすると、紅葉の手の中で迦具土がピクッと反応した。


「迦具土、どうしたの?」


「モンスターじゃ。今度は3体おるのじゃ」


「グレートデーモンファイター?」


「いや、違うのじゃ」


 戦闘態勢に入った紅葉達の前に、今度は槍を持った強面の悪魔系モンスターが横並びに姿を現した。


「ピエドラ、【迷霧ワンダーミスト】」


「(9`・ω・)9頑張リマス.+゚*。:゚+」


 ヒュゥゥゥッ。


 ピエドラの口から、白い霧が吐き出され、それが正面の3体を包み込んだ。


「【影移動シャドウムーブ】【暗殺アサシネイト】」


 スパァァァァァン! パァァァッ。


「「何処ダ!?」」


「流石はピエドラ先生。良い仕事するね。【影移動シャドウムーブ】【暗殺アサシネイト】」


 スパァァァァァン! パァァァッ。


「クソッ!」


「はい、おしまい。【影移動シャドウムーブ】【暗殺アサシネイト】」


 スパァァァァァン! パァァァッ。


 ピエドラが敵の視界を封じた後は、響による独壇場だった。


 抵抗することもできず、あっさりと3体とも響によって首を刈られた。


『ふむ。グレートデーモンランサーが3体でも、問題なくて安心したのじゃ』


「迦具土、別にそんな強い相手じゃなくない?」


奈落タルタロスじゃが、最低レベルでも先程の2種類ぐらいなのじゃ。つまり、あれらが今よりも群れて襲って来る可能性があるのじゃから、たかが3体で躓かなかったことに安心したのじゃよ』


「そういうことか。でもさ、迦具土」


『なんじゃ?』


奈落タルタロスって、奏君にとって美味しい狩場じゃない? だって、モブが悪魔系モンスターなんでしょ? 退魔師エクソシストなんだから、奏君無双しちゃうじゃん」


「覇皇無双だよね」


『・・・確かにのう』


 紅葉と響に言われた内容が、まさしくその通りだったので、迦具土も人の姿だったら苦笑いしていただろう声を出した。


「それにしても、この通路広いわね。この通路に入るぐらいの大きさのモンスターは、出現すると想定してた方が良いのかしら?」


『そうじゃな。というか、現在進行形で大きいモンスターが来ておるのじゃ』


 迦具土がそう言うと、紅葉達の耳に重く響く足音が聞こえて来た。


 ドシン、ドシン、ドシン、ドシン。


 足音が近づくにつれて、紅葉達の目にもぼんやりとだが敵の姿が見え始めた。


 骸骨マスクにの巨人に、蝙蝠の翼が背中から生えており、両手にはそれぞれ出刃包丁が握られている。


「迦具土、あいつは何者?」


『ジャイアントブッチャーなのじゃ。生物を殺しまくった悪魔系モンスターが、強烈な殺戮衝動を抱えたまま進化すると、あれになるのじゃ』


「要は殺人鬼みたいなものね」


暗殺者アサシンとして、絶対に負けられない戦いがそこにある」


「じゃ、響だけでやってみる?」


「上等。【影移動シャドウムーブ】」


 先手必勝と言わんばかりに、響は素早く【影移動シャドウムーブ】を使い、ジャイアントブッチャーの背後に回った。


「肉」


「【暗殺アサシネイト】」


「肉ゥゥゥゥゥッ!」


 キィィィィィン!


 背後からの響の首を刈ろうとした攻撃に対し、ジャイアントブッチャーはその見た目からは想像もできない反応速度で避け、右手に持った出刃包丁を使って響の攻撃を弾き返した。


 響は特段、STRの数値が高い訳ではないので、あっさりとジャイアントブッチャーに弾き返された勢いで、そのまま後方に吹き飛ばされた。


 しかし、体のコントロールは利いたので、そのまま後方宙返りして地面に着地した。


「あの反射神経は厄介だね。【槍領域ランスフィールド】」


 グサグサグサグサグサッ!


「肉ゥゥゥゥゥッ!」


 突然、足元から突き出してきた無数の槍に刺さり、悲鳴を上げたのかと思いきや、ジャイアントブッチャーの口から出たのは肉という言葉だけだった。


 痛みは感じないのか、すぐに翼を動かして空へと脱出し、響を完全に敵として認知したらしく、両手の出刃包丁を前方に向かってクロスするように投げた。


 ブブン。


「【影移動シャドウムーブ】」


 響は再び影に潜り、投げられた出刃包丁を避けるのと同時に、影を経由してジャイアントブッチャーの背後に移動した。


 先程は、出刃包丁によって攻撃が防がれたが、今のジャイアントブッチャーには響の攻撃を防ぐ武器が手元にない。


 しかし、ジャイアントブッチャーの反射神経は見た目からは想像もつかない速さだったので、近接攻撃は選ばなかった。


「【酸乱射アシッドガトリング】」


 ドガガガガガッ! ジュワァァァァァッ。


「肉ゥゥゥゥゥッ!」


 響の攻撃は、ジャイアントブッチャーの翼に直撃し、穴だらけになったことで機能しなくなった。


 そうなれば、ジャイアントブッチャーは地面に墜落するのだが、その時も何故か肉とだけ叫んだ。


 このモンスターは、肉に囚われ過ぎだろうとその場にいる全員が思うのは当然のことだろう。


「【影拘束シャドウバインド】【暗殺アサシネイト】」


 ズズズズズッ、スパァァァァァン! パァァァッ。


 墜落したジャイアントブッチャーに対し、そのまま地面に縫い付けるように影が絡みつき、動けなくなったところを響の首切丸Ver.4がその首を切断した。


 痛覚を感じさせない動きだったジャイアントブッチャーも、首を落とされてしまえば流石に動き続けることはできず、そのまま魔石がドロップした。


《響はLv97になりました》


《ピエドラはLv97になりました》


《ピエドラの【迷霧ワンダーミスト】が、【混乱霧コンフュミスト】に上書きされました》


《アランはLv93になりました》


 神の声が終わると、紅葉は響に声をかけた。


「お疲れ様」


「うん。僕にしては働いた」


「そうね。響にしては、動き回ってたと思うわ。でも、どうして今回は自分だけでやるって言ったの?」


「ここで戦わないと、今回は出番なさそうだったから」


「・・・そんなメタ的な発言、ここでするんじゃないわよ」


 響のあんまりな発言に、紅葉は少し詰まったがどうにか言葉を返した。


「だって、奏ちゃんが無双することは決定事項じゃん」


「間違いないわね」


「だったら、折角転職したんだし、見せ場を作っとこうと思って」


「なるほど。って、納得しちゃいけないのよ」


 セルフツッコミをする紅葉だったが、響に言われたことが現実に起こる気がしたのは紅葉の胸の内に留めた。

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