第147話 バランスブレイカーにも程があるだろ

 響がジャイアントブッチャーを倒した頃、奏は悪魔系モンスターとの戦闘と移動を繰り返していた。


「なあ、バアル。このダンジョンって、奈落タルタロスって言うくらいなんだから、ただ横に広いだけじゃないよな?」


「おうよ。ボスはずっと下の階層にいるぜ」


「じゃあ、止めた」


「ん? 止めたってのはどういうことだ? まさか、ダンジョンの攻略を諦めるつもりかよ?」


 魔石を回収しても、先に進まない奏を見て、バアルは奏が面倒になって帰ると言い出すのではないかと思った。


「いや、違う。


「あん?」


「要は、下に行ければいいんだろ? なら、こうするまでだ。【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン!


「バランスブレイカーにも程があるだろ」


 右脚を思い切り地面に叩きつけると同時に、【聖橙壊ホーリーデモリッション】を発動することで、奏は奈落タルタロスの地面を壊した。


 それにより、下の階層に繋がる穴が開いたものだから、バアルは苦笑いした。


「バアル、急がないとダンジョンが修復しちゃうだろ」


「お、おう」


 奏の言う通り、黒い大理石が徐々に穴を塞いで元通りになろうとしているので、奏に続いてバアルも地面の穴を通り抜けて下の階層に移動した。


 そこには、何体もの蛇で体が構成された悪魔系モンスターの集団が控えており、奏達が天井から降りて来たのを見て目を丸くしていた。


「邪魔だ! 【翠葉嵐リーフストーム】」


 スススススッ、スパパパパパァァァァァン! パァァァッ。


 地面に着地すると同時に、ルナのスキルを発動して、驚いて動けなかったモンスターの集団はあっさりと全滅した。


「あーあ。これじゃ、スネークレギオンデーモンの群れが哀れだぜ」


「何か言ったか?」


「いや、近道には違いねえなって話だ」


「だろ? 【透明腕クリアアーム】」


 急いで最短ルートを進みたい奏だが、戦利品を捨てておくような真似は絶対にしない。


 散らばった魔石やモンスターカード、マテリアルカードは、【透明腕クリアアーム】を使ってテキパキと回収した。


 そして、回収が終われば、奏にはこの階層に用事はない。


「次行くぞ。【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン!


「うん、もう慣れた」


 流石はバアル。


 奏の異常な行動に、2回目で適応した。


 正確には、奏がさっさと帰るために頭を使っただけだと割り切ることにしただけだが。


 しかし、地下3階層と呼ぶべき場所に降りると、奏とバアルは先程とは違うものを目の当たりにした。


「壁と扉か。ってことは、この先はボス部屋?」


「ボス部屋ではあるが、この先にはソロモン72柱の反応はねえな。この中にいるのは、中ボスってこった」


「わかった。【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン!


「えぇ・・・」


 今度は、ボス部屋の扉を蹴飛ばすように、奏が【聖橙壊ホーリーデモリッション】を発動した。


 扉を破壊した余波で、ボス部屋の中にいたボスが壁際に吹き飛んでいた。


「【転移ワープ】」


 スパッ。パァァァッ。


 壁に背中をぶつけ、動きが鈍っていた相手に対し、奏は【転移ワープ】で目の前まで一気に移動し、抜刀術で相手の首を落とした。


 ボスらしいことは何もできないまま、巨大イナゴをベースとした中ボスの悪魔系モンスターは、魔石とモンスターカード、宝箱をドロップして消えた。


「かわいそうに。アバドンだって結構強いのに、扱いが雑魚モブだ」


「楽に倒せるに越したことはないだろ?」


「まあ、そうなんだが、こう、様式美に欠けるよな」


「そんなもん、俺に求めないでくれ」


「へいへい」


 奏は魔石を回収してから、宝箱を開けた。


 宝箱の中には、ミスリル製のロングソードが入っていた。


「おぉ、ミスリルの剣じゃん。悪魔系モンスターを倒して、そいつが苦手とする武器が出て来るとは、景気の良い話じゃねえか」


「いやいや、天叢雲剣がある時点で微妙じゃね?」


「それを言ったらおしまいだぜ。そりゃ、オリハルコンはミスリルの最上位互換の金属だがよ。こういうのはあって損はねえんだ。しまっとけ」


「わかった。【無限収納インベントリ】」


 奏にとって、初代の武器がバアル、2代目が天叢雲剣の時点で、奏を満足させられるような武器が宝箱から出てくると思う方がおかしい。


 それから、奏達はボス部屋の奥に現れた階段を下り、地下4階層へと移動した。


 階段を下った先には、顔だけが鏡になった悪魔の見た目のモンスターが集団で待ち伏せしていた。


「うわっ、ミラーフェイスがこんなにいやがる。奏、【魔法反射マジックリフレクト】持ちだから、魔法系スキルは使うなよ」


「ん? 反射するだけか?」


「おう。反射するだけだ」


「わかった。【世界停止ストップ・ザ・ワールド】」


 その瞬間、奏以外の全てが灰色になった。


「【透明腕クリアアーム】」


 灰色になった世界で、奏は2本の透明な腕を駆使してミラーフェイスを直列に並べた。


「【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン! パァァァッ。


 準備が整ってすぐに、奏は先頭のミラーフェイス目掛けて飛び蹴りを放つと同時に、【聖橙壊ホーリーデモリッション】を発動した。


 それにより、ミラーフェイスがスキルの衝撃に耐え切れず、ドミノ倒しになった。


 その際、全体の顔の鏡が割れ、それと同時に存在を保てなくなり、次々に魔石をドロップして消えていった。


 【世界停止ストップ・ザ・ワールド】を解除した奏は、魔石を回収した。


 バアルからすれば、いつの間にか奏がミラーフェイスの集団を倒し、戦利品回収をしていたので何をしたのか気になった。


「奏、時間を止めた後、一体何をしたんだ?」


「ん? 並べてから、ドミノ倒しで倒した」


「使ったのは【聖橙壊ホーリーデモリッション】か?」


「正解」


「まあ、それが効率良いやり方だよな」


 奏が楽をするため、どのように倒したか考えたバアルは、その回答に辿り着いた。


 実際、その通りだったのだから、奏に対するバアルの理解度もなかなかのものだと言えよう。


 戦利品の回収が終わると、奏はこの階層にはもう用事がなかったので、この階層の床をぶち抜くことにした。


「【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュイン、ドゴゴゴゴゴォォォォォン!


 穴が開くと、奏とバアルはそこに飛び込み、地下5階層に移動した。


 移動した先には、二足歩行で単眼の象のような悪魔系モンスターがいた。


 両手は象の脚とは異なっており、人の手のようにしっかりと指があった。


 その両手には、シミターが握られていた。


「ギリメカラか。奏、あの目が厄介だぞ」


「よくぞここまで来た。ひれ伏せ! 【重力眼グラビティアイ】」


 ゴォォォォォッ!


 バアルが注意した途端、ギリメカラの単眼が赤く光り、奏に過剰な重力を加えようとした。


 しかし、奏の【嵐守護ストームガード】によってそうはならなかった。


「いや、効かないから。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォン! パァァァッ。


 蒼い稲妻が、ギリメカラの単眼を貫き、そのすぐ後にギリメカラの体が消失した。


 その代わり、魔石とマテリアルカード、宝箱がドロップした。


「あれ、バアル、こいつって中ボスだった?」


「宝箱が出たってことは、そうなんじゃね?」


奈落タルタロスって、中ボス何体いるんだ?」


「9体いる。各階層にいるらしいから、フロアボスって呼んでやるか。最下層は、地下10階層だ。今倒したので、ちょうど半分だ」


「じゃあ、地下1階層、地下2階層、地下4階層のフロアボスはスルーした訳だ」


「そうなるな」


「ふ~ん。まぁ、いっか」


「良いんじゃね? どうせ、ダンジョンボスを倒した時点で、このダンジョンと共に消えるし」


 フロアボスの存在意義について、奏とバアルに指摘する者はここには誰もいなかった。


 奏に憑依しているルナも、奏が早く全ての用事を終わらせ、双月島に帰りたいとわかっているから、【憑依ディペンデンス】を解除したいとは言い出さない。


 それはさておき、奏はギリメカラがドロップしたマテリアルカードを見て首を傾げた。


 そこに描かれていたのは、何故かコーヒー豆が入った袋だったからだ。


「バアル、何故にコーヒー豆?」


「コーヒーでも飲んで、ギリメカラみたいにギンギンに目を開けってことじゃね?」


「あんなに目を開きたくない」


「奏、コーヒー飲まねえもんな」


「当然だ。カフェインは睡眠の敵だぞ。誰が飲むものか」


「飲めねえ訳じゃねえだろ?」


「飲めない訳じゃない。飲みたくないだけだ。大学時代、昼に飲んだら夜に全然寝つけなかった」


「でも、寝たんだろ?」


「6時間しか寝られなかった。あれは恐ろしい飲み物だ」


「お、おう。それでもちゃんと6時間は寝てるのな。流石は奏」


 雑談しながら、今度は宝箱を開けたのだが、奏がその中から見つけたのはミスリル製の盾だった。


 特段、盾を必要としていなかったので、奏はそれを【無限収納インベントリ】にしまうと、地下6階層へと急いだ。

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