第144話 忍者というよりNINJAだね、この服

 昼食後、奏達は大半がリビングに揃っていた。


 悠がベビーベッドの中で眠り、ヘラがそれを見守っているので、それ以外がリビングに集まっている。


 ヘラは、悠がかわいくて仕方ないらしく、進んで楓の代わりに悠のお守りを買って出たのだ。


 それはさておき、奏達が集まっているのは、響が転職玉を使う決意が固まったからだった。


 大樹回廊から、奏達が半日で余裕そうな表情で帰って来たことで、響は転職する方向に少しだけ傾いていた気持ちが、完全にその気になったのである。


 それだけ、奏と自分の間にある如何ともしがたい差を、響がどうにか埋めたいと思っているということだ。


 紅葉だって、本来は戦闘には不向きな賭博師ギャンブラーから、完全な前衛である近衛兵ロイヤルガードに転職して強くなった。


 響の狩人ハンターだって、別に悪い職業じゃない。


 戦闘向きの職業であり、今だって普通のモンスターとの戦闘であれば、知恵と工夫でどうとでもできる職業だった。


 しかし、響は紅葉と違って、近衛兵ロイヤルガードのように普段でも奏と一緒にいても違和感のない職業ではない。


 このままでは、自分だけが取り残されてしまうという焦りが生じ、響が転職を決めたのはそれが主な要因だと言えよう。


 響の時とは異なり、【全投入オールイン】でLUKの数値を上げられないのは気になるところではあるが、響は躊躇うことなく転職玉を使った。


 それにより、転職玉から光が発生し、そのままリビングを包み込んだ。 


 光が収まると、群青色の忍装束を身に纏った響の姿があった。


《響は転職玉により、狩人ハンターから暗殺者アサシンに転職しました》


《おめでとうございます。個体名:秋山紅葉は、世界で初めて転職により現職業の上位職業に就きました。初回特典として、<専門家>の称号を会得しました》


《響は【罠作成トラップメイク】を失い、【影移動シャドウムーブ】を会得しました》


 神の声が止むと、響は自分の装備を見回して頷いた。


 そこに、奏が声をかけた。


「響、転職した感想はどうだ?」


「忍者というよりNINJAだね、この服」


「悪い。言ってる意味がわからん。その違いは?」


「忍者はその時代に溶け込んで、だよ。でも、これはジャパニメーション好きのアメリカ人が、これでもかとテンプレートを詰め込んだNINJAだと思う」


「・・・言われてみれば、確かにそうかもな」


 響の言っていることが、なんとなくではあるもののわかった気がしたので、奏は頷いた。


 しかし、そこに紅葉が口を挟んだ。


「ちょっと待って。忍者談義してるところ悪いけど、響は暗殺者アサシンでしょ? 忍者関係ないじゃん。それに、サラシはどこいったのよ?」


「紅葉、胸で負けてるからって僻んじゃ駄目。絶壁にして鉄壁な近衛兵ロイヤルガードでしょ?」


「異議あり! 誰が絶壁にして鉄壁な近衛兵ロイヤルガードよ!?」


「紅葉だよ。まったく、料理もしないのに胸にまな板を仕込むなんて。あっ、自前だったね。ごめん」


「ぶち殺す!」


「やってみなよ」


「はい、そこまで。【透明腕クリアアーム】」


 今にも戦い出しそうな雰囲気の2人に対し、奏は透明な腕で2人を拘束した。


「奏君、離して! 今日という今日は響にガツンと言ってやらなきゃ!」


「奏ちゃん、痛い」


「悠が寝室で寝てんだよ。起きたらどうしてくれる?」


「「・・・ごめんなさい」」


 悠を起こすような騒ぎを起こすなと言われ、紅葉と響はすぐに謝った。


 悠の眠りを妨げようものなら、奏がマジギレすると直感でわかり、この場で争うことが下策だとわかったからだ。


 紅葉と響がおとなしくなると、奏は【透明腕クリアアーム】を解除した。


「そうだ、紅葉、大樹回廊でいくつかモンスターカードと素材を拾ったから、装備か何か作れないか? どうせ、明日の奈落タルタロスにはお前達も行くんだろ? それなら、強化できるだけした方が良いと思うが」


「そりゃ、秋葉原には冬音達もいるしね。それよりも、モンスターカードと素材を譲ってくれるの?」


「天界のベッドをいち早く手に入れるためなら、これぐらいは投資しても構わない。【無限収納インベントリ】」


「ベッドに投資って、流石は奏君ね」


 奏の発言を聞き、紅葉は苦笑いだった。


 どんなに強くなっても、奏は寝ることに対して貪欲だ。


 その姿勢が変わらないことは、人間から亜神エルフになっても言動に証明されており、奏はやはり奏なのだと紅葉に思わせるには十分だったのだ。


 奏から、いくつかのモンスターカードを手渡され、素材になりそうなものはリビングの床に並べられた。


 これらのものは、奏が【聖爆轟ホーリーデトネーション】で大樹回廊を外側から破壊した時、そして、ルナがマザートレントの制御下にあったモンスターを一掃した時に手に入れた。


 正直、奏は苦戦したと思っていないので、自分の報酬のためならこれぐらい提供したって全然元が取れると思っていた。


「迦具土、これらのモンスターが何か教えて」


『任せるのじゃ。【擬人化ヒューマンアウト】』


 迦具土は、紅葉からモンスターカードを見せてもらうため、低身長の赤髪ぱっつん和装美少女の姿になった。


 全てのモンスターカードを受け取り、ササッと目を通すと迦具土は顔を上げた。


「ヴァインサーペント、リーブスエリュマントス、モスゴーレム、マンドラゴラなのじゃ」


「見た感じ、ヴァインサーペントとリーブスエリュマントスなら、響の首切丸Ver.3の強化に使えそうね。残念だけど、その他の素材も含めて、私の装備には植物系モンスターの素材は向かないわ」


「むっ、それは我のせいだと言っておるのか?」


「そうじゃないわ。炎に植物を足したって、ただ燃え尽きるだけじゃないの。無駄だわ。それなら、響の装備の強化に回した方が生産的でしょ?」


「結局我が原因と言っておるのじゃが、まあ、良いじゃろう」


 紅葉が自分に対し、悪意を込めて言っているのではなく、単に事実を口にしているのだとわかったので、迦具土はそれ以上何も言わなかった。


「ほら、響。首切丸Ver.3を出しなさい。強化してあげるから」


「わかった。お願い」


 自分の装備の強化をしてもらえるので、響は紅葉を茶化すことなく素直にお願いした。


 見繕ったモンスターカード2枚と、自分の収納袋から取り出した酒吞童子の金棒を首切丸Ver.3と一緒に並べれば、合成の準備は完了である。


「【技能合成テクニカルシンセシス】」


  ピピピッ。


 紅葉がスキル名を唱えると、電子音が鳴るのと同時に素材群が光に包み込まれた。


 その光の中で、素材群のシルエットが統合され、小刀よりも長い脇差のシルエットへと変わった。


 そして、光が収まると、黒塗りの鞘と柄に星と虎、金、熊、盃のマークが刻まれた脇差の姿があった。


「【分析アナライズ】」


 見た目が変わった自分の武器だけでなく、転職による変化も確認するため、響は【分析アナライズ】で自分の情報を閲覧し始めた。



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名前:新田 響  種族:ヒューマン

年齢:20 性別:女 Lv:96

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HP:780/780

MP:780/780

STR:780(+80)

VIT:780(+50)

DEX:790

AGI:790 (+50)

INT:780

LUK:780

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称号:<腹黒策士><巨大鷲騎手フレースヴェルグライダー

   <専門家>

職業:暗殺者アサシン

スキル:【分析アナライズ】【陥没シンクホール】【酸乱射アシッドガトリング

    【影移動シャドウムーブ】【影拘束シャドウバインド

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装備1:首切丸Ver.4

装備1スキル:【猛毒牙ヴェノムファング】【流水斬スルースラッシュ】【竜巻砲トルネードキャノン

       【槍領域ランスフィールド】【暗殺アサシネイト】【炎鉤爪フレイムクロー

       【混乱付与コンフュエンチャント

装備2 :暗殺者アサシンセット

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パーティー:秋山 紅葉

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従魔:アラン(フレースヴェルグ)

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 自分の情報を確認し終えると、響は満足そうな表情だった。


「どうよ? これで、明日の奈落タルタロスでも活躍できそう?」


「紅葉が弱らせた相手に対して、ラストアタックを横取りできるぐらいには活躍できそう」


「それは止めて」


「まあ、それは常識的にどうかなって思うよね。だが断る」


「・・・響、あんたも私に染まって来たよね」


「僕が貧乳に染まる訳ないじゃん。馬鹿なの?」


「OK。表出なさい。ぶっつけ本番じゃ困るから、ウォーミングアップがてら格の違いを教えてあげるわ」


「良いよ。僕の実験台になってもらうからね」


 その後、紅葉達は神殿の外に出て疲れて動けなくなるまで模擬戦を行った。


 神殿内は静かになったので、2人が戦っている間、奏は楓のリクエストに応じ、ずっと楓と一緒に過ごすのだった。

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