第143話 俺とルナは、一心同体って訳か

 奏を乗せたまま、ルナはマザートレントの前に並ぶ取り巻きへの攻撃した。


「【翠葉嵐リーフストーム】」


 スススススッ、スパパパパパァァァァァン! パァァァッ。


 ルナがスキル名を唱えると、硬くて鋭い翠色の葉が無数に出現し、奏達を中心に吹き荒れる嵐に乗って周囲のモンスターの群れを襲った。


 一般的な冒険者であれば、マザートレントの取り巻きとの戦いでも一苦労なのだが、【魂接続ソウルコネクト】を発動し、全能力値が奏と合算されたルナの前にはただの雑魚である。


 一瞬にして、マザートレントの取り巻きは全滅した。


「キェェェェェ!」


 ズズズズズッ、グサグサグサグサグサッ!


 その事実を許せなくて、マザートレントは奇声を上げた。


 すると、地面から太く鋭い根が大量に生えて、ルナを貫こうとした。


 しかし、ルナは既に上空に逃げており、マザートレントの攻撃が届かない位置まで移動していた。


「そんな攻撃当たんないもん」


「キキキキキッ・・・」


 マザートレントの顔は、人間なら額に浮き出た血管が千切れるぐらい怒りに満ちていた。


 そして、体を激しく揺らし始めた。


 ザザザザザァァァァァッ!


 激しい揺れにより、枝から落ちた葉が宙に浮いたまま、照準をルナ達に合わせた。


 そして、次の瞬間、一斉にその葉がルナ達に向かって放たれた。


 ゴォォォォォッ!


「無駄だよ~。実力が違うもんね~」


 ルナ達を傷つけようとした無数の葉だが、マザートレントの思い通りになることはなく、奏とルナの【嵐守護ストームガード】によってあっさりと防がれた。


 実際、奏とルナの合算された能力値を前にすれば、マザートレントのINTがダンジョンボスの強さであろうと足元にも及ばない。


 【嵐守護ストームガード】で弾かれるのは、当然の結果だった。


「終わらせちゃうよ。【翠嵐砲テンペストキャノン】」


 ゴォォォォォッ、ズバババババァァァァァン!


 轟音とともに、翡翠色の嵐を凝縮したブレスがルナから放たれ、それがマザートレントの顔に命中した。


 ところが、どういう訳かマザートレントが魔石に変わった音がしなかった。


 マザートレントの顔があった部分は、ルナの【翠嵐砲テンペストキャノン】で大きな穴が開いているのに、まだマザートレントは倒せていなかったのだ。


「あれ? パパ、何で倒せないのかな?」


「顔だと思ってた部分が、実は顔じゃなかったってことじゃないか?」


「奏の言う通りだぜ」


 今まで、ずっと黙って観戦していたバアルだったが、奏が正解を言い当てたので口を開いた。


「ちなみに、本体はどこだ? 地中の根っこか?」


「おうよ。あの顔みたいなのは、単なる空気の通り道だ。奇声みたいな音も、マザートレントが思い切り空気を吸い込んだだけだぜ」


「なるほど。じゃあ、ルナ。マザートレントの根元を攻撃してみるんだ」


「は~い」


「キェェェェェェェェェェッ!」


 バキバキバキバキバキィッ!


 ルナが返事を瞬間、マザートレントから戦闘中で最も大きな音が発せられた。


 それと同時に、マザートレントの体が左右で真っ二つになるように割れた。


 そして、右半分の姿が変わり始めた。


 根元から蔓が繋がっているが、幹の半分が巨大な東洋型の龍の姿になったのである。


 変身したマザートレントの半身は、ルナに向かって突撃した。


「ルナ、マザートレントの周りをグルグル回れ」


「わかった!」


 奏の指示通り、ルナは龍の姿をしたマザートレントの半身に追いかけられながら、地面に固定された半身の周りをグルグルと回った。


 すると、どうなるか。


 簡単である。


 マザートレントの動ける半身が、動けない半身にグルグルと巻き付けられ、身動きが取れなくなった。


 つまり、自縄自縛を実際にやってみたような状況になった訳だ。


「ルナ、ここまでやれば、もう何もできまい。とどめだ」


「うん! 【翠嵐砲テンペストキャノン】」


 ゴォォォォォッ、ズバババババァァァァァン! パァァァッ。


 轟音とともに、翡翠色の嵐を凝縮したブレスがルナから放たれ、それがマザートレントの根元に命中した。


 今度の攻撃は、マザートレントの本体を直撃したようで、INTの数値が異様なことになっているルナの【翠嵐砲テンペストキャノン】に耐えられるはずもなく、マザートレントのHPは尽きた。


《おめでとうございます。個体名:高城奏の全能力値の平均が、世界で初めて3,000を突破しました。初回特典として、退魔師エクソシストセットがバージョンアップされました》


《ルナの【魂接続ソウルコネクト】が、【憑依ディペンデンス】に上書きされました》


《おめでとうございます。個体名:高城奏がクエスト2-8をクリアしました。報酬として、悠の全能力値が+100されました》


 神の声が止むと、奏はまず自分の装備を確認した。


 見た感じでは、特に変わった様子はなかったので、奏は首を傾げた。


「まあ、お前にとっちゃ変化がわからねえかもな。それでも、退魔師エクソシストセットの機能が、VITとDEX、INTの3つが+100になったんだが」


「進化する前だったら、その変化もすぐにわかったのかもしれないけど、ここまで強くなると変化を感じ取りづらいな」


「だろうな。つーか、奏のワールドクエストなのに、なんでか悠の能力値が上がったよな」


「それな。でも、俺としては悠が死ににくくなったと思えるから、全然問題ない」


「なるほど。そう考えれば、確かに問題ねえか」


 今日生まれたばかりなのに、既に一般的な人間ヒューマンのLV20に相当する能力値を持つことは、普通じゃない。


 しかし、弱肉強食のこの世界において、強いことは生きることに直結するので、奏もバアルもそれを問題視することはなかった。


「それはそれとして、ルナの新しいスキルの説明を頼む」


「ルナも知りたい!」


「おう。【憑依ディペンデンス】だが、これはルナが奏に憑依するスキルだ」


「そんなことできんの?」


「できる。つっても、これはルナの固有スキルだがな。順当に行けば、従魔師テイマーが従魔に【魂接続ソウルコネクト】を会得させたら、それだけで一流だ。それを超えるんだから、固有スキルにしかならねえよ」


「そりゃ、本家のお株を奪ってるんだから、汎用的なスキルな訳ないか」


「その通りだ。で、【憑依ディペンデンス】を使うと、奏とルナの全能力値が合算されるのは同じだが、ルナの使える【憑依ディペンデンス】以外のスキルを奏が使えるようになる」


 そこまで説明を聞くと、ルナは目を輝かせた。


「ルナ、パパと一緒になれるの嬉しい! 【憑依ディペンデンス】」


 ピカッ。


 ルナがスキル名を唱えると、翠色の光がその場を包み込んだ。


 そして、光が収まると奏は宙に浮いていた。


「あれ、俺、空飛んでる?」


「おう。ついでに、髪の色が翠色になって、目は金色だぜ。ルナの影響だな」


「マジか。【創造クリエイト】」


 自分がどんな姿になったか気になり、奏はすぐに手鏡を創り出した。


 それから、自分の姿を見ると、確かにバアルの言った髪と目の色をした自分の姿が映っていた。


『エヘヘ♪ パパの中、温かいね~♪』


 奏の頭の中に、ルナの声が聞こえて来た。


「バアル、ルナの声は聞こえるか?」


「いや、聞こえなかったぜ。奏に聞こえたってことは、【憑依ディペンデンス】を発動してる際は、ルナの声は奏にしか聞こえねえってことだ。お前も喋りたいことを念じてみれば、ルナと会話できるだろうぜ」


「なるほど。やってみる」


 (ルナ、聞こえるか?)


『聞こえるよ、パパ』


 (ルナには今、何か見えてるのか?)


『パパと同じものが見えてるの。きっと、感覚はパパと一緒なの』


 (俺とルナは、一心同体って訳か)


『エヘヘ♪』


 奏と一心同体に慣れて、ルナは嬉しいらしく、奏の中にルナの感情が流れ込んできた。


 実験を終え、ルナが【憑依ディペンデンス】を解除すると、奏はいつの間にかルナの背中に乗っていた。


「パパ、ただいま~」


「おかえり」


「これで、ルナはもっとパパの役に立てるね」


「ああ。天界のベッドを手に入れるため、俺に力を貸してくれ」


「は~い」


 その後、奏達はマザートレントの魔石とマテリアルカードを回収した。


 マザートレントのマテリアルカードには、高級感のあるエフェクトと一緒に木材が描かれていた。


「木材だな」


「おいおい、奏よ。木材だからって舐めちゃいけねえ。その木材は、マザートレントの木材だ。奏の欲しがってる天界のベッドだって、それが使われてるんだぜ」


「マジか!」


「お、おう。やっぱり、奏は寝ることが大好きだな。素材を手に入れただけで、それだけ喜べるんだし」


「当然だ」


 白神山地でやることが終わったため、奏達は【転移ワープ】で双月島に帰還した。


 紅葉達が、延暦寺を踏破するのに3日かかったというのに、奏は同じか少し上の難易度の大樹回廊を半日、しかも無傷で踏破した。


 奏達が余裕な状態で帰った時、楓が満面の笑みで出迎えた一方、苦労した紅葉達の表情が複雑だったのは言うまでもない。

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