第142話 奏、お前って奴は楽をする天才かよ

 情報交換といっても、奏が千里の愚痴を聞いていた時間の方が長かった。


 奏の場合、社会人の頃から、話していて面倒になりそうな場合、適当に相槌を打って相手に喋らせるだけ喋らせる技を会得していたので、千里にもそれを使ったのだ。


 おかげで、千里は罠満載の大樹回廊で溜まったストレスを解消できたし、奏も情報を得られたので両者に損はない。


 愚痴が終わると、千里は奏に訊ねた。


「そうだ、高城さん、モンスターカード余ってませんか?」


「さっき、ゴブリンウィードとバンブートーテムのカードがドロップしたけど、なんで?」


「実は、私って召喚士サモナーなの。召喚士サモナーって、モンスターカードに描かれたモンスターを召喚できるのね。だから、戦力の増強をしたくって」


「こっちだって、労力をかけて手に入れたんだから、タダじゃあげられない」


「勿論、対価は払うわ。私がパーティーに入るの。高城さんのために、ガンガン働くよ?」


「いらない」


「即答・・・、だと・・・」


 奏に考えることなく拒否されたことで、千里はその場に崩れ落ちた。


 それを見た奏は、千里が紅葉と同種だと判断した。


 その判断は、間違っていない。


「私、そこら辺の冒険者よりも強いよ? お役に立てるよ?」


「俺、嫁以外の女とはパーティー組まないから」


「・・・嫁って、紅葉の妹のこと?」


「そうだ。楓以外とパーティー組んだら、楓が拗ねる」


 本当は、拗ねるどころかヤンデレを発動して組んだ相手の記憶が消されるのだが、それを千里に言っても仕方がないので、拗ねるという抑えた表現をした。


「くっ、これがリア充。いや、リア王か」


「いや、それ別物だから」


 千里としては、リア充の中のリア充と言いたかったのだろうが、奏からすればシェイクスピアの悲劇の名前だったので、バッサリと切り捨てた。


 これ以上、奏に自分を売り込んでも成果は得られないとわかると、千里は対価に払うものを変更した。


「ふぅ。OK。じゃあ、これと交換ならどう?」


 そう言いながら、千里は義眼ヘカテーからガラス玉を取り出した。


「バアル、これ何?」


技能交換玉スキルチェンジャーだ。使った対象の任意のスキルを選択すると、そのスキルを失う代わりに、等価値のスキルを会得できる」


「ふーん。黒木さんは、なんでそれを使わなかったの?」


「今のところ、私に不要なスキルはないのよ。だから、ヘカテーの中で寝かせとくしかなかったわ」


「なるほど。じゃあ、それと交換で」


「交渉成立ね」


 千里が技能交換玉スキルチェンジャーを奏に渡し、奏はゴブリンウィードとバンブートーテムのモンスターカードを千里に渡した。


「私、もうここのダンジョンはこりごりだから、秋葉原の奈落タルタロスに行くわ」


「そうか。外に出るなら、この人達も運べないか? ヘカテーに収納とかできない?」


「試してみたことあるけど、生物は収納できないよ」


『可能』


「え?」


「おいおい、ヘカテー。もうちょっとちゃんと説明してやれよ」


 千里は駄目だと思っていたが、ヘカテーは可能だと言ったので、バアルはヘカテーをジト目で睨んだ。


『不問』


「訊かれなかったからって、それは答えるのが優しさだろうが。ヘカテー、復活したいんだろ?」


『当然』


「なら、自分の能力ぐらい正確に教えてやれ」


『検討』


「検討するんじゃなくて、実行しろっての。やれやれだぜ」


「えっと、あの、バアルさん? どういうことですか?」


 状況がよくわからず、千里はバアルに説明を求めた。


「あのな、ヘカテーは確かに生物までは収納できないが、気絶してるとか、寝てるとかの意識のない状態なら、収納できんだよ」


「ヘカテー、それ早く言ってよ・・・」


『謝罪』


「うん、まずは二字熟語だけで喋るのを止めるところから始めようね」


『拒否』


「拒否するな」


 千里とヘカテーは言い合いを始めたので、奏はそのやり取りを放置して技能交換玉スキルチェンジャーの使い道を検討し始めた。


 すると、ルナが奏に話しかけた。


「パパ、私使いたい」


「どのスキルを交換したいんだ?」


「【嵐分身ストームアバター】だよ。これって、いまいち使う機会がないんだもん」


「・・・確かに。じゃあ、使ってみるか?」


「うん! パパ、ありがとう!」


 ルナの言い分に納得した奏は、技能交換玉スキルチェンジャーをルナに使うことにした。


 技能交換玉スキルチェンジャーをルナにかざすと、それが光を放った。


《ルナは【嵐分身ストームアバター】を失い、【翠葉嵐リーフストーム】を会得しました》


 神の声が止むと、技能交換玉スキルチェンジャーは光の粒子となって消えた。


「バアル、説明頼む」


「おう。無数の鋭い葉が現れて、嵐のように使用者の周囲の敵を斬りつけるように舞う攻撃スキルだ」


「なるほど。【嵐分身ストームアバター】よりは、使い道がありそうだ。良かったな、ルナ」


「うん! これで、パパの敵をバッサバッサと倒すね!」


 奏の役に立ってみせると気合を入れ、ルナは頷いた。


 その頃には、千里とヘカテーも言い合いを止めて気絶している冒険者達の収納を終えていた。


「じゃあ、私はもうここを出るわ」


「そうか。じゃあな」


「ええ。運が良ければ、またどこかで」


 千里を見送ると、奏は天井の穴を見つめた。


「なあ、バアル」


「なんだよ?」


「黒木さんが落ちて来た穴を使えば、ショートカットできるんじゃね?」


「奏、お前って奴は楽をする天才かよ」


「だろ? というか、この先に冒険者がいるのか?」


「いねえな。この先に進めたのは、あのヘカテーの契約者だけだったみたいだ」


 そのバアルの言葉を聞いた瞬間、奏はニヤッと笑った。


「じゃあ、予定変更だ。一旦、外に出る」


「・・・まさか」


「おう。そのまさかだ」


「え? パパ、何するの?」


 バアルは奏のやろうとしていることを理解したが、ルナはわかっていなかったので首を傾げた。


「ルナ、ボスだけ残す程度にダンジョンを壊す。ボスはルナが戦って良いから、それで許してくれないか?」


「もう、パパってばしょうがないなぁ」


 正直に言えば、ルナはもっと活躍して奏に褒めてほしかった。


 しかし、奏が早く帰って楓と悠に会いたいのだとわかったので、奏の言うことに従った。


 それに、ボスは譲ってくれるというのだから、それなら奏の役に立つことはできるので、ルナも目的を果たせる。


 だから、ルナは奏の言うことに従ったのだ。


 奏達は、千里がこのダンジョンを出たのを確認すると、【転移ワープ】で大樹回廊の上空に移動した。


 ルナに乗っていれば、奏は上空から大樹回廊を見下ろすことができる。


 この位置にいた方が、次にやろうとしていることには都合が良いから、わざわざ上空に移動したのである。


「ルナ、【魂接続ソウルコネクト】を頼む。俺がダンジョンを攻撃したら、多分ボス戦になるから」


「は~い。【魂接続ソウルコネクト】」


 奏の指示通り、ルナは【魂接続ソウルコネクト】を発動した。


 準備が整うと、奏は早速行動に移った。


「【聖爆轟ホーリーデトネーション】」


  ピカッ、ドガガガガガガガガガガァァァァァァァァァァン!


 白い閃光に少しだけ遅れ、大樹回廊を聖なる劫火が襲った。


 <覇皇>の効果もあり、ダンジョンを壊すこともできる奏の攻撃は、確実に大樹回廊を壊した。


 光が収まると、大樹回廊は焼け焦げて残骸しか残っておらず、魔石やモンスターカード、マテリアルカードが散らばっていた。


 そして、大樹回廊の半分ぐらいの大きさの顔のある大樹だけがその場に残った。


「ダンジョンボスは、マザートレントか」


「トレントの頂点的な?」


「その通りだ。厄介なのは、マザートレントは果実の種からあらゆる植物系モンスターを生み出し、それを統率できるってことだ」


「へぇ。面倒だな」


「おう、面倒なんだよ。普通はな」


 そのバアルの言葉には、少なくとも今の奏やルナにとってはマザートレントが面倒ではないことが言外に告げられていた。


「ルナ、回収が終わったら、戦闘開始だ【透明腕クリアアーム】」


「は~い」


 戦っている間に、戦利品が壊れたら勿体ないので、奏は透明な2本の腕を駆使して戦利品をテキパキと回収した。


 一方、そんな奏達をマザートレントが黙って待つことはなかった。


「キェェェェェッ!」


 幹の正面にある顔から、奇声を上げると、マザートレントに生っていた果実が地面に落ち、そのまま地面に埋め込まれた。


 そして、地面から様々な植物系モンスターが現れた。


 奏達が戦利品の回収を終えた頃には、マザートレントも軍団と呼べる戦力の準備を終えていた。


「パパ、こいつらはルナがやって良いんだよね?」


「勿論だ。ヤバそうだったら参戦するけど、基本はルナに任せる」


「わ~い」


 ルナは奏から言質を取ると、戦闘を始めた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る