第140話 イエス、マイ、マジェスティ
手紙を読み始めた奏だが、筆で書かれた文字が日本語ではある者の達筆であり、どうにも読めなかった。
だから、奏はその手紙をバアルに渡した。
先程までなかった手紙が、いつのまにか悠のベビーベッドの枕元にあったので、十中八九天界の神々の仕業だと判断したからである。
「バアル、これ読んで要約して教えてくれ。俺には読めなかった」
「ん? あぁ、こりゃ伊邪那美の文字だな。わかった。ちょっと待ってろ」
奏から手紙を受け取ると、バアルはササッと内容に目を通した。
読み終えると、バアルは小さく息を吐いた。
「どうした? 何が書いてあったんだ?」
「まあ、半分が奏を自分の子ども扱いして、俺様を復活させたこと、日本のモンスター討伐率が90%に達したのはお前の働きが大きいと褒めちぎってた」
「お、おう・・・」
「3割は楓との結婚、悠の誕生祝いで、残りが奏に対する依頼だった」
「どんなふうに祝ってたんだ?」
「日本人の夫婦が
「大袈裟だな」
「それな。でもよ、あいつ、日本人大好きだから、これがデフォルトなんだぜ。気にすんな」
伊邪那美のお祝いが大げさだったので、奏の表情が少し引きつっていたのだが、それはバアルも同じだった。
「ところで、依頼ってなんだ?」
「ああ。ほら、楓嬢ちゃんの簪に、八尺瓊勾玉が同化しただろ? それで、三種の神器が双月島に揃ったのはわかるな?」
「わかる。俺の天叢雲剣、神殿の八咫鏡、楓の八尺瓊勾玉で全部だ」
「おうよ。これで、奏は国としての機能を失った日本の新たな王として認められた」
「え゛?」
あまりにも突拍子のない話を聞いたことで、奏は変な声を出してしまった。
というよりも、バアルが口にした言葉を奏の耳が受け付けなかったのだ。
「流石は奏兄様です」
「パパ、王様なの!」
「おとーさん、王様!」
「まあ、奏ならよかろう」
「うん、良いんじゃない? 奏君以外が出しゃばるのは筋が通らないし」
「奏ちゃん、マジ覇王」
その一方で、奏以外の面々は、奏が王様に認定されたことに肯定的だった。
「いやいや、ちょっと待ってくれ。そもそも、日本は王政じゃないし、象徴扱いではあるけど、皇族がいるじゃんか」
「あー、残念ながら
「マジかよ。って、1人ってのはどういうことだ?」
「あのな、俺様も初めて知ったんだが、伊邪那美曰く、奏って本当にほんのちょっぴりだが皇族の血を引いてるんだってよ」
「ちょっと何を言ってるかわからない」
許容できる範囲を超えた事実を知らされ、奏は困惑した。
「奏兄様、皇族だったんですか?」
「全く知らん。バアル、冗談だろ?」
楓に訊ねられた奏だが、全く心当たりのない話なのでバアルが冗談を言ったのだと思っていた。
「こんなことで冗談は言わねえよ。真面目な話、随分前の皇族から降嫁した者の血を継いでるんだとよ。だから、元を辿れば皇族なんだとさ。故に、奏が三種の神器を持っても拒否反応は起きねえし、奏と結婚した楓嬢ちゃんにも拒否反応が起きなかった」
《奏の<覇王>が、<覇皇>に上書きされました》
《楓の<覇王妃>が、<覇皇妃>に上書きされました》
バアルの説明のすぐ後に、神の声がそれを裏付ける内容を告げた。
「マジかよ・・・」
「私、知らない間にロイヤルレディになってたんですね」
バアルの話と神の声を聞き、否定できる根拠がなくなったので奏は抗うのを諦めた。
勿論、まだ信じられない気持ちも残っているが、否定するために使う労力が計り知れないから、仕方なく受け止めることにしたと言った方が正しいだろう。
それに対して、楓はまんざらでもない様子である。
奏の妻になれただけで、十分に幸せだと思っていたが、実は奏が皇族で、女性が子供の頃に夢に見る王子との結婚が現実になったとなれば、悪い気がするはずもない。
そんな中、奏の従姉妹である響は、自分は皇族なのか気になり、バアルに訊ねた。
「あれ、じゃあ僕も皇族の血が流れてるの?」
「残念ながら、響嬢ちゃんは違う。正確には、奏の母親が皇族の血を引いてたらしいからな。だから、奏と響を育てた父方の祖父も、皇族の血は引いてねえ」
「なーんだ」
「がっかりしたか?」
「全然。そっちの方が気楽だもん。それに、金髪の皇族ってどうよって思ってたし」
響は本気でそう思っていた。
「じゃあ、もしかして、私って本物の
「そうなるな」
「オールハイル奏君!」
「止めろコラ」
「イエス、マイ、マジェスティ」
紅葉が悪ノリして、仰々しいお辞儀をするものだから、奏は額に手をやり頭が痛いと言わんばかりの態度を取った。
そして、スイッチの入った紅葉を止めるには並々ならぬ労力がいると判断し、奏は紅葉を放置することにした。
「バアル、血筋云々はこの際置いとくとして、伊邪那美からの依頼を聞かせてくれ。依頼に三種の神器がどう絡むんだ?」
「伊邪那美は奏が皇族の血を引くとわかってから、奏に怠惰な生活をさせるんじゃなくて、王としての自覚を持たせたかったらしい。だから、まずは皇族である証明として、三種の神器をこの島に揃わせたんだとよ」
「怠惰だって良いじゃないか。人間だもの」
「んで、皇族であると理解してもらったうえで、日本のモンスター討伐率を100%にしてくれってのが伊邪那美の依頼だ。要は、奏が皇族として凱旋くれたら、伊邪那美的には感無量ってこった」
「知らんがな」
余計な事実を突き止め、自分を王に担ぎ出そうとする伊邪那美に対し、奏は余計なことをしてくれたと抗議したくなった。
「ちなみに、この手紙には本州の状況と報酬もちゃんと書かれてたぜ」
「はぁ。じゃあ、状況から教えてくれ」
もう、どうにでもなれという気分で、奏はバアルに本州の状況を訊ねた。
「白神山地に出現した大樹回廊ってダンジョンから、モンスターが溢れそうなんだとよ。それと、こっちはまだ時間的に余裕はあるが、秋葉原の
「その2つのダンジョン以外には、モンスターはもう日本にはいないのか?」
「いないらしいぜ。日本の討伐率は、90%で世界トップだ。だから、1位を維持するためにも、この2つのダンジョンからのスタンピードは避けて、日本を安全な国にしたいんだってよ」
「ふーん。で、報酬は?」
極端な話、奏は双月島で安全な生活ができるので、本州のことに対して興味はない。
それに、見ず知らずの他人のために戦うことは、正義の味方でもなんでもない奏にとっては理由がなければするつもりもやる必要もないのだ。
だから、奏はすぐに報酬を訊ねた。
動くに値する報酬が貰えるなら、少しはやる気を出せるかもしれないと思ったからだ。
「天界で限定生産されたダブルベッド。奏が今まで絶対に体験したことのない、完全無欠な睡眠を提供するって書いてあったぜ」
「何やってるんだバアル。すぐに行くぞ」
「切り替え早いな、おい」
伊邪那美は策士だった。
奏の好みをよくわかっていた。
奏は富も名声も求めていない。
求めているのは、睡眠である。
そんな睡眠の中でも、完全無欠な睡眠を提供すると言われては、奏が動かないはずがなかった。
「奏兄様、私も行きます」
「楓は出産って大仕事の後なんだから、悠の傍にいてくれ。大丈夫。大樹回廊は、今日だけで踏破してくるから」
「・・・わかりました。悠と一緒に帰りを待ってますね」
奏の目には、まだ見ぬ完全無欠なベッドしか映ってないとわかり、楓は奏の言う通りに留守番することにした。
「楓が奏君と一緒に行かないなんて・・・」
「これは嵐が起きる」
「失礼だよ、2人共。私は、奏兄様の足を引っ張りたくないの。それに、奏兄様が私の体調を気遣って下さったのを無下にできないもん」
「なるほど」
「それもそうか」
楓の言い分を聞き、紅葉と響は納得した。
「紅葉達も留守番な。俺とルナ、バアルだけで行くから」
「「え?」」
「当たり前だろ? 俺達が本気で踏破しに行ったら、紅葉達が置き去りになるから」
「・・・否定できないわね」
「また、ダンジョンに閉じ込められるのも困るし、今回は奏ちゃんの言うことを聞こう」
奏に言われ、紅葉と響は奏について行くことを諦めた。
「よし、じゃあ行くか」
「うん!」
「良いぜ」
「【
こうして、奏とルナ、バアルというメンバーで、いきなり白神山地にある大樹回廊へと向かうのだった。
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