第14章 覇皇が往く
第139話 奏兄様、無事に生まれましたね。男の子です
紅葉達が延暦寺のダンジョンをクリアしてから、4日が経過した。
3日間気が休まることなく、ずっとダンジョンにいたので、紅葉達は解放されてから休むことにしており、本州に移動することはなかった。
というよりも、紅葉達が移動しなかったのは、残り2つのダンジョンに挑み、それがまた延暦寺のように入ったら踏破するまで出られないタイプだった場合、楓の出産時に不在になってしまうからだ。
そんなところで、楓に一生いじられるネタを提供するぐらいなら、楓が出産するまで休みにした方が紅葉達は精神的に楽なのだ。
そして、今、奏と楓の寝室には、奏と楓、バアル、ヘラだけがいる。
それ以外の者達は、吉報を部屋の外で待っている。
奏は楓の隣にいて、楓の手を握っている。
バアルは奏の隣に座り、ヘラに何か助けを求められた時のために備えている。
ヘラは人型になり、楓を挟んで奏の反対側に立ち、準備を終えたところだった。
「楓、準備は良い?」
「良いよ」
「わかったわ。妾に任せて、楓は肩の力を抜きなさい。すぐに終わるわ。【
ヘラがスキル名を唱えた瞬間、奏達のいる部屋を白い光が包み込んだ。
《おめでとうございます。個体名:高城楓が、人類で初めて
《八尺瓊勾玉は、約束の簪に同化しました》
《おめでとうございます。個体名:高城楓がクエスト1-7をクリアしました。ヘラの復活率が80%になりました》
《おめでとうございます。個体名:高城楓がクエスト1-8をクリアしました。ヘラの復活率が90%になりました》
《おめでとうございます。個体名:高城楓がクエスト1-9をクリアしました。ヘラは【
《おめでとうございます。個体名:高城奏がクエスト2-7をクリアしました。報酬として、奏の全能力値が+100されました》
神の声が収まってから少しして、奏達は目を開けるようになった。
奏達が目を開いて初めに見たものは、ヘラの腕に抱かれた黒髪黒目の
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「【
自分の子供が産声を上げ、我に返った奏はすぐに【
それから、楓が子供の顔を見られるように、楓の手が届く範囲まで子供を抱いたまま移動した。
「【
楓は、自分が汚れていないか心配になり、清潔な状態になって初めて子供を奏の手から受け取った。
だが、ちょっと待ってほしい。
普通に考えれば、出産したばかりの楓がスキルを唱えられる程の余力は残らないだろう。
それにもかかわらず、どうして楓が【
その秘密は、ヘラの【
【
しかも、出産による体の不調や体型を妊娠前に戻す効果もあるので、出産後の色んな不安も解消できるという優れものだ。
それに加え、楓が初回特典で手に入れた八尺瓊勾玉にも楓の負担を和らげる効果があった。
正確には、装備スキルとして【
つまり、MPさえあれば身に着けているだけで体調が時間経過とともに回復するのである。
この2つの要因のおかげで、楓は辛さなんて全く感じさせない笑顔で自分の子供を抱くことができた。
「奏兄様、無事に生まれましたね。男の子です」
「ああ。楓、良くやってくれた。体は大丈夫なんだよな?」
「大丈夫です。ヘラのおかげで、こんな世界でもどこよりも安心して産めました」
「そうか。ヘラ、ありがとう」
奏に目をじっと見つめられながら感謝され、ヘラは恥ずかしさを誤魔化すために視線を奏から外した。
「べ、別に奏のためじゃないんだからね。楓のためなんだからね?」
「ツンデレ乙」
「バアル、妾の新スキルの実験台になりたいのかしら?」
「ケケケ。怖い怖い」
照れているところを指摘され、ヘラは急に冷徹な視線をバアルに向けた。
一方、バアルは生まれたばかりの子供がいる場所で、ヘラが暴れるとは思っていないので、口にチャックをするジェスチャーでもう言わないことをアピールした。
「奏兄様、この子の名前は、男の子だから
「勿論だ。この子は悠だ」
楓に抱かれ、いつのまにか泣き止んだ子供は、悠と名付けられた。
「奏、悠の名前の由来は?」
「まず、俺も楓も名前は漢字一字だから同じにした。それと、いつも自然体でいられて、伸び伸びとマイペースで笑顔が絶えない男になってほしいから、悠になった」
「ほぉ、良いじゃねえか。どれ、俺様が孫に祝福でも与えてやるぜ」
《悠は<バアルの祝福>を会得しました》
バアルが祝福を与えると言ってすぐに、優しい光が悠を包み込んだ。
それにより、神の声が悠に<バアルの祝福>が与えられたことを告げた。
「祝福には、どんな効果があるんだ?」
「常時健康体になって、奏と同じく、将来的に加護スキルを会得できる可能性を与えた」
「そりゃありがたい」
「バアルさん、ありがとうございます」
<バアルの祝福>の内容を聞き、奏も楓もバアルに感謝した。
ただ、そこでヘラが悔しそうな顔をした。
「くっ、妾が復活してたら、悠に我の祝福も授けられたのに」
「そういえば、楓のワールドクエストって、まだ1つだけ残ってるんだよな。何が残ってるんだ?」
ヘラが復活するための最後のクエストが気になり、奏は楓に訊ねた。
「奏兄様が、私だけを妻としたまま、私に2人目を産ませることです」
「なるほど」
思ったよりも普通のクエストだったので、奏はホッとした。
「妾も感謝してるわ、奏。貴方は浮気することもなかったし、妊娠期間中はずっと楓と傍にいてくれたし、出産に立ち会ってくれた。あのエロ猿とは比べ物にならないぐらい誠実な男だわ。そこだけは、評価してあげる」
「お、おう」
「けど、私を復活させるまで、ちゃんと見張ってるんだからね」
「わかってるって。俺は楓一筋だから、心配いらん」
「そうでしょうね。貴方を信じるわ」
突然、ヘラから信じると言われたので、奏は目を丸くした。
そして、案外ツンデレとバアルが言ったのも間違ってないなと思った。
コンコン。
「あのー、そろそろ私達も入りたいなー」
部屋のドアをノックした後、紅葉が入室許可を求めた。
「紅葉お姉ちゃん、中に入っても良いよ」
「お邪魔するわよ」
「お邪魔ー」
入室許可を得ると、紅葉と響、ルナ、サクラが奏達の寝室に入って来た。
ルナは奏の肩にピタッと着地すると、悠を好奇心旺盛な目で見つめた。
「パパ、この子がルナの弟なの?」
「悠って言うんだ。ルナの弟だから、しっかり守ってくれ」
「うん!」
守るべき者ができたことで、ルナはやる気に満ち溢れた表情で頷いた。
その一方、サクラも楓の近くを浮きながら、悠をじっくりと見ていた。
「おかーさん、目が似てる」
「そうね。悠の目は、私に似てるのかも。でも、顔は奏兄様に似てるかな」
「不思議だねー」
「サクラも、ルナちゃんと一緒に悠を守ってあげてね?」
「任せてー」
サクラも、ルナという姉貴分はいても、弟分はいなかったので、守ってあげたいと思う者ができたことで嬉しそうだった。
そんな中、響はニヤッと笑って紅葉に話しかけた。
「ねぇねぇ今どんな気持ち? 紅葉伯母さんどんな気持ち?」
「うっさい」
ゴン。
精神的ダメージを与えてくる響に対し、紅葉は鉄拳をその脳天にお見舞いした。
騒がしくする紅葉と響を見て、楓はジト目で睨んだ。
「紅葉お姉ちゃん、響、煩くするなら出てって」
「「ごめんなさい」」
紅葉も響も、流石にまだほとんど悠の顔も見られないまま、部屋を出ていきたくはなかったので、すぐに謝った。
それから、奏はあらかじめ用意していたベビーベッドに、いつの間にか眠っていた悠を移した。
それと同時に、奏は先程まではなかった手紙が、ベビーベッドの枕元に置かれていることに気づき、手紙を手に取って読み始めた。
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