第132話 ずっと私のターンとか言わないかしら!?

 延暦寺攻略2日目、朝食後の食休みに響は欠伸を隠しきれなかった。


 昨晩は、奏達とバアル、迦具土の念話と筆談でやり取りをした後、比較的安全そうな場所を探してから、紅葉達は野営した。


 前半と後半に分けて見張りをすることになり、前半を響とアランのペア、後半を紅葉とピエドラのペアが担当した。


 双月島にいれば、まず夜に見張りをすることはなかったので、紅葉達はいつもよりも睡眠時間が少ないのだ。


「響、眠そうね?」


「そりゃね。僕、夜更かししないタイプだから」


「夜しっかり寝るのは、奏君との血の繋がりを感じるわね」


「でしょ? それより、なんで紅葉はそんな平気そうなの?」


「元ブラック企業の社畜を舐めないで。寝られただけありがたいわ」


「怖い・・・、働くの怖い・・・」


「働いたら負けでござる・・・」


 紅葉が遠い目をして言ったことにより、響とアランがブルブルと震えた。


「何言ってんのよ。世界災害ワールドディザスターのせいで、社会人は無職よ。というか、働く前に生存することが優先する状態じゃないの」


「その点、奏ちゃんと一緒にいる僕達は勝ち組。衣食住に困らないなんて、絶対双月島以外にないよ」


「そうね。双月島って、既に奏君を王とした国家になりつつあるし」


「奏ちゃんが<覇王>、楓が<覇王妃>だもんね。でもさ、僕達は?」


「私はほら、奏君の近衛兵ロイヤルガードっていう立派なお仕事があるから」


「僕だけ役割がない・・・、だと・・・」


 今更ながら、響は双月島で役割を持っていないことに焦りを感じ始めた。


「このダンジョンを踏破したら、転職玉買う?」


「それ、死亡フラグっぽくない?」


「こりゃ失敬」


 そんなことを喋りながら、紅葉達は朝食を終えた。


 そこに、迦具土が話しかけた。


『紅葉よ、今日はどこまで行くつもりじゃ?』


「う~ん、西塔までは行きたいわね。このダンジョンに、何日もかけたくないわ」


「そうだね。ここで時間取られて、奏ちゃんと楓の子供の出産に立ち会えなかったら、僕達ずっと楓にいじられるよ。生まれた子に紹介される時、僕達が会う度に”生まれた時にいなかった”って言葉が頭に付いちゃう」


「それは嫌。甥っ子か姪っ子かはまだわからないけど、懐いてもらえなくなる」


「あっ、僕が生まれた時にいなかった紅葉だー」


「やめて。私は伯母さんなんて歳じゃないわ。まだ、25歳よ」


「家族としては、伯母さんじゃん」


「くっ、この歳で伯母さんになることから逃れられなくなるなんて」


 紅葉は本気で落ち込んだ。


 もちろん、楓に子供ができたことは嬉しい。


 しかし、それと同時に自分が伯母になってしまうことは認めたくないのだ。


『これこれ、脱線するんじゃないぞよ。西塔まで行くのなら、そろそろ出発するのじゃ』


「ごめん、迦具土。そうね、もう行くわ」


 食休みを終え、紅葉達は出発した。


 出発してから10分後、迦具土はモンスターの反応を察知した。


『むむっ、この先にモンスターの大群が待ち構えてるのじゃ』


「大群?」


『大群じゃ。1体あたりの反応が、そこそこ大きいから気を付けるのじゃ』


「わかったわ」


「紅葉、あれじゃない? 空を飛んでる野伏みたいなの」


『天狗じゃな』


「昨日から思ってたけど、本当に日本の妖怪っぽいモンスターしか出てこないわね」


「洋風ファンタジーが攻めて来たから、和風ファンタジーも抵抗してるんじゃない?」


「かもね。それにしても、こっちが空を飛んで移動すると進めないくせに、敵は空を飛べるなんて理不尽ね」


「それがダンジョン」


 延暦寺の理不尽さを感じ、紅葉も響も溜息をついた。


 その直後、天狗の大群が紅葉達を捕捉した。


「敵ダ! ヤルゾ!」


「ブッ殺ス!」


「「「・・・「「ヒャッハァァァァァッ!」」・・・」」」


「響、どの辺が和風? 世紀末に聞こえる雄たけびよ、あれ」


「妖怪の風上にも置けない。【酸乱射アシッドガトリング】」


 ドドドドドッ! ジュワァァァァァッ!


「ギャァァァッ!?」


「融ケルゥゥゥ!?」


「クソォォォッ!?」


「自慢ノ鼻ガァァァッ!?」


「翼ガァァァッ!?」


 酸で構成された散弾が命中し、天狗の大群は阿鼻叫喚といった様子だった。


「飛んで火にいる夏の虫ってね。天狗だけど。【爆轟デトネーション】」


 ドガガガァァァン! パァァァッ。


 響の【酸乱射アシッドガトリング】で弱った天狗の大群は、紅葉の【爆轟デトネーション】から逃れられず、あっという間に一掃された。


 それにより、討伐を証明する魔石の雨が地面に降り注いだ。


《おめでとうございます。個体名:秋山紅葉がクエスト1-5をクリアしました。報酬として、紅葉の全能力値が50上がりました》


 天狗の大群を倒したにもかかわらず、神の声が紅葉達のレベルアップを告げなかったので、紅葉は驚いた。


「嘘でしょ? あれだけ倒したのに、レベルアップしないなんて」


「いやいや、紅葉は能力値上がったじゃん。僕は上がってないよ」


「そうだったわね」


「おかしい。紅葉だけ優遇されるだなんて。僕のクエストは、僕に優しくない」


 響のワールドクエストのテーマは、強敵との戦闘である。


 しかも、今までのクエストの内容は、定められた強敵との戦闘数に到達したことでしかクリアされないため、響が戦闘狂でもない限り、簡単にはクリアできないのだ。


「YOU、転職しちゃいなよ」


「自分は上手くいったからって腹立つ」


 世界的な男性アイドルの事務所の社長のような口調で、転職しろと言い出した紅葉を響はジト目で睨んだ。


 こんな会話をしながらも、紅葉達は魔石と一緒にドロップしたモンスターカードの回収を完了した。


「天狗のモンスターカード、合成したら空を飛べると思う?」


「さあね。やってみれば?」


「天狗のモンスターカードだけあってもしょうがないでしょ? 他にも合成素材がないと」


「それもそうか」


 回収した戦利品を収納袋にしまい込むと、紅葉達は再び西塔に向かって進み始めた。


 すると、しばらくしてから、迦具土が紅葉の手の中でピクッと反応した。


『この先で、モンスターと何者かが交戦しておるのじゃ』


「それって冒険者?」


『うーむ、ちょっと判断がつかんのじゃ』


「どういうこと?」


『モンスターとモンスターが戦っておるのじゃ。冒険者はその場から動いておらんのじゃよ』


「紅葉、もしかして従魔師テイマーなんじゃない?」


「確かに。様子を見に行きましょう」


 紅葉達は頷き合い、戦闘が行われている場所まで急いだ。


 走って移動すると、まだ距離はあるが、そこには両肩に炎を纏った車輪が浮いている化け猫とロックゴーレム、それを観戦する女冒険者の姿が見えた。


「ニャア!」


 キィン!


 化け猫が爪で攻撃するが、ゴーレムは傷つくことなくその攻撃を受け止めていた。


『化け猫は火車かしゃじゃな。それにしても、あのロックゴーレムは従魔とは違うように見えるのじゃ』


 シュイン。


 迦具土がそう言った瞬間、ロックゴーレムは光に包み込まれ、小さくなったと思ったらモンスターカードになり、女冒険者の手の中に戻った。


「チッ、時間切れね。それなら、リビングアーマー【召喚サモン】」


 シュイン。


 女冒険者の宣言に応じ、女冒険者の手に持ったカードが光った。


 そして、光が女冒険者の手から離れ、その前方に移動すると、みるみるうちに光がリビングアーマーに変化した。


 一連の流れを見た紅葉は、テンションが上がった。


「響、見て! あそこに決闘者デュエリストがいるわ!」


「いや、違うでしょ。きっと、召喚士サモナーだよ」


 モンスターの召喚を目の当たりにして、紅葉はアニメ化もして世界的に有名なカードゲームのシーンを思い出したらしい。


 それに対する響の反応は、かなり冷めていた。


「ずっと私のターンとか言わないかしら!?」


『紅葉、落ち着くのじゃ。あの冒険者は、響の言う通り召喚士サモナーなのじゃ』


「そんなはずないわ! きっと、魔法マジックカード発動とか、トラップカードオープンとか言い出すはずよ!」


「『紅葉、それはない(のじゃ)』」


 紅葉の希望が存分に込められた発言は、響と迦具土が息のぴったり合った言葉で否定された。


 そんなことをしている間に、召喚士サモナーの女性はリビングアーマーに指示を出して火車を倒すところだった。


「リビングアーマー、とどめよ!」


 グサッ! パァァァッ。


 リビングアーマーの剣が、火車の額を突き刺したことで、火車は魔石とモンスターカードに変わった。


「やった! モンスターカード、ゲットよ!」


「ポ〇モン、ゲットだぜ!?」


「紅葉、ちょっとは自重しよう?」


 戦利品を回収した召喚士サモナーの女性の勝利コメントを聞き、別のスイッチが入った紅葉は、響に哀れな者を見る目を向けられた。


 リビングアーマーが時間切れにより、モンスターカードとなって召喚士サモナーの女性の手の中に戻ると、召喚士サモナーの女性は紅葉達に気が付き、紅葉達に向かって歩いて来た。

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