第131話 そりゃまた、随分と遠い将来のことを考えてんな

 紅葉のパーティーが牛鬼を倒した頃、奏は紅葉から連絡が来ないことを気にしていた。


 楓が妊娠して、1週間で子供が生まれるとわかっているので、今日の奏達はずっと神殿の敷地内から出ていない。


 神殿内でルナやサクラと遊び、楓とのんびり過ごしていれば、気づけば夕方になっていたのだが、紅葉達が帰ってこなかったので、時間の経過に気づくのが遅れたのだ。


「おかしい」


「どうしたんですか、奏兄様?」


「紅葉達がまだ帰ってこない」


「確かに、普段なら帰って来てもおかしくない時間ですよね」


「ああ。帰りが遅くなるなら、紅葉は必ず連絡を入れてくる。だが、今日はそれがない。なんでだ?」


「紅葉お姉ちゃん達は、比叡山のダンジョンに向かいましたよね。何かあったのかもしれません」


 心配そうに言う楓を見て、奏は少し嬉しくなった。


 妊娠する前の楓なら、紅葉かどうかではなく、楓以外の女性のことを口にしただけで不機嫌になっていたのに、今は違うからである。


 奏の子供をその身に宿したことで、気持ちに余裕ができてヤンデレではなくなったように奏には思えた。


 そこに、バアルが口を挟んだ。


「こりゃヤバイかもな」


「何かわかったのか、バアル?」


「おう。紅葉達が挑んだ比叡山、正確には延暦寺だが、俺様達が挑んだどのダンジョンよりも厄介だ」


「と言うと?」


「一方通行になってやがる」


「一方通行? どういうことだ?」


 バアルの言っている意味がよくわからず、奏は詳細をバアルに訊ねた。


「つまり、一旦ダンジョンに入ったら、ダンジョンを踏破するまで戻って来れねえってことだ」


「何それ? ダンジョンって、そんなものまであんの?」


「きっと、俺様達がガンガンダンジョンを踏破しちまったから、踏破されないようにダンジョン側も構造に手を加えて来たんだろうぜ」


「マジかよ。それ、ソロモン72柱がやってんの?」


「あー、延暦寺と白神山地は違うぜ。秋葉原はソロモン72柱の気配がするが」


 バアルからの情報を聞き、奏は関心した表情になった。


「日本にも、ソロモン72柱と同じ強さのモンスターがいたんだな」


「何言ってやがる。八岐大蛇は王クラスだし、牛頭鬼と馬頭鬼も単体ならともかく、ペアでなら候爵にはなれるクラスだぜ」


「そんなもんか」


「おい、奏、案外大したことないとか思ってねえだろうな?」


「思った」


 思っていることを当てられ、奏は素直に頷いた。


「そりゃ認識を改める必要があるぜ。大体、奏は退魔師エクソシストだから、悪魔系モンスターの天敵だ。そこに、<バアルの加護>と<覇王>の効果があって、おまけに楓嬢ちゃんの【天使応援エンジェルズエール】まで付いて来てる。そりゃ、あいつらを大したことないと思っちまうだろうさ」


「それな。正直、バフ効果がいくつも重なるおかげで、最近じゃ危なっかしい戦いがなかったじゃんか」


「まあな。バフ効果も勿論あるし、奏は相性とか諸々の要素を考慮して、敵を上手く倒してやがるから、余計に弱く感じるんだろうぜ」


「老衰で死ぬ気なら、それぐらいのことはして当然だろ」


「そりゃまた、随分と遠い将来のことを考えてんな」


 まさか、奏が寝放題ライフのことだけでなく、老衰で死ぬことまで考えていたとは思っておらず、バアルは苦笑いした。


「考えもするさ。だって、俺も楓も亜神エルフなんだ。<不老長寿>も会得してるんだし、これから先世界がどうなっても、気ままな生活を送って老衰で死ねれば、俺もここまで頑張った甲斐がある」


「奏兄様と一緒に、私も最後の最後までいますよ」


「ルナも~」


「サクラも!」


「まあ、俺様も最後まで見届けてやるさ」


「妾もいることを、忘れては困るわ」


 紅葉達がいないことで、よくよく考えてみれば、神殿に残っているのは亜人エルフが2人に、テンペストグリフォンが1体、クリスタルケートスが1体、神が1体、神器が1体と不老長寿の存在ばかりだ。


 そういう意味では、普通の人間とは別の場所でまとまって生きていた方が良いのだろう。


 もし、不老長寿の存在と一般的な寿命しか持たない人間が同じ空間で住み続ければ、生き続ける方は別れを繰り返すことになり、辛い思いをしてしまうのだから。


「おっと、話がすっかり逸れちまったな。紅葉の姉ちゃん達がいる延暦寺だが、連絡ができないはずだぜ。奏、試しに紅葉に念話を使ってみろよ」


「わかった」


 軌道修正したバアルに言われ、奏は念話機能で紅葉に連絡を取ろうとしたが、呼び出し音が鳴らず、少し待っても何も音が聞こえなかった。


「駄目みたいだ」


「だろ?」


「あっ、そうだ。バアルなら、連絡できんじゃね? 神なんだし?」


「勿論と言いてえところだが、制限がある。俺様から、迦具土に話しかけることはできる。だが、迦具土がまだ完全に力を取り戻してねえから、一方的に語り掛けることになっちまう」


「あっちの状況を知る方法、何かないのか?」


「あったらすぐやってる、いや、待てよ。この神殿内ならできるか・・・」


 紅葉達と連絡を取る方法はないと思っていたバアルだが、ふと思いついたものがあり、急に静かになった。


「何ができるんだよ?」


「今の俺様がこの神殿にいれば、迦具土の視界を転写することぐらいできる」


「つまり?」


「俺様が迦具土に話しかけ、その内容を迦具土から紅葉達に伝えてもらい、紅葉達が字を地面に描いて俺達がそれを目で見るって方法なら可能だ」


「手間はかかるけど、それしかないんだろ?」


「おう。せめて、迦具土がもっと力を取り戻してれば、俺様と迦具土でやり取りするだけで済んだんだが」


 この場で言っても仕方のないことをバアルが言ったため、奏は首を横に振った。


「いや、それで十分だ。ない物ねだりをしててもしょうがない。バアル、迦具土の視界を転写してくれ」


「任せとけ」


 そう言うと、奏達の前に画面が現れ、そこに延暦寺の敷地内らしき地面が映し出された。


「バアル、迦具土に連絡を」


「わかった」


 奏に頼まれ、バアルは頭の中で迦具土の反応を探り、それを完全に捕捉した。


「迦具土、俺様の声が聞こえたら、体を揺らせ」


 バアルがそう言うと、奏達が見ている画面が揺れた。


「聞こえてるみたいだな」


「そうですね」


「迦具土、俺様からお前に話しかけるから、その内容を紅葉の姉ちゃん達にも共有させろ。そして、言いたいことは地面に書いて、お前がそれを見ろ。俺様達は、迦具土の視界を転写した画像を見てるから、こっちが喋り、そっちは書いてやり取りをする。わかったら、紅葉の姉ちゃんに何か書かせろ」


 バアルが一気に伝えると、少し間が空いてから、迦具土の視界に紅葉が今日の晩御飯はいらないと地面に描いた。


「紅葉、律儀だな。わざわざ書かなくても、それぐらいわかってるのに」


「紅葉お姉ちゃんは、まだ働いてる頃、帰りが遅くなる時は必ずそういう連絡をくれたんです」


「習慣か」


「はい。習慣ですね」


 紅葉の取った行動に対し、奏と楓はコメントした。


 そんな2人をスルーして、バアルは話を続けた。


「今、お前達が置かれてる状況を教えろ」


 すると、少しのタイムラグの後、紅葉が細かく状況を地面に書き始めた。


 それにより、ボス1体を倒したが、まだ残り2体はいるであろうこと、それらを倒すには今日だけでは時間が足りないことが書かれていた。


「応援は必要か?」


 紅葉達を心配し、バアルがそう訊ねると、少ししてから紅葉がNOと大きく地面に書いた。


 そして、紅葉は断った後に、奏が来ると自分達のレベル上げにならず、進化するチャンスが遠のくこと、現状ではピンチに陥っていないことを理由として補足した。


「紅葉らしいな」


「そうですね。もしかしたら、帰って来た時、紅葉お姉ちゃんは進化してるかもしれません」


 紅葉の意思を知ると、奏と楓は微笑んだ。


「バアル、紅葉達がヤバい事態になったら、すぐに教えてくれ。それまでは、紅葉達の好きなようにさせる。今言ったことを伝えてくれ」


「わかった」


 バアルは頷くと、奏が言った内容を迦具土に伝えた。


 迦具土から、奏の言葉を聞くと、紅葉は本当に助けてくれるのかと書いた。


「助けるさ」


 バアルがそれを伝えると、少し間が空いてから、紅葉の筆が乗った。


 そこには、”だが断る。この秋山紅葉が最も好きなことの1つは、自分で自分のことを強いと思ってる奴に「NO」と断ってやることだ”と書かれていた。


「紅葉ェ・・・」


「奏兄様、放っておきましょう。この調子なら、きっと大丈夫です」


「そうだな」


 ダンジョンに閉じ込められても、ネタに走る紅葉を見て、奏と楓の心配していた気持ちは一気に吹き飛んだ。


 そのまま、奏達は紅葉達がピンチになるまで延暦寺には手を出さないと言うことで話がまとまり、それぞれの場所で奏達と紅葉達は別々の夜を過ごすことになった。

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