第129話 酷いことするわ
土蜘蛛の群れを倒したことで、心に余裕を取り戻し、紅葉は迦具土に話しかけた。
「迦具土、確認だけど、もう土蜘蛛はいないわよね?」
『うむ。我の索敵範囲には、土蜘蛛の反応はもうないのじゃ』
「ふぅ。良かったわ」
迦具土の言葉を聞き、紅葉は土蜘蛛とこれ以上戦わなくて済むと思い、肩の力を抜いた。
だが、響は違った。
「紅葉、あそこに冒険者っぽいのが見えた」
「えっ、マジ?」
「マジ。ほら、あそこ」
響の指差す方向を見て、紅葉はそれらしき存在をぼんやりとだが視界に捉えることができた。
「私、楓とは違って、目が良い訳じゃないのよね」
「妹の楓に、胸の大きさでも目の良さでも負けるなんて、紅葉は一体どこで勝ってるの? 身長だけ?」
「言ったわね!? 私が気にしてることを言ったわね!?」
自分のコンプレックスを、ズバッと言われてしまい、紅葉は響に掴みかかった。
傍から見れば、紅葉だって十分美人なのだ。
ただ、言動が少し残念であり、胸が絶壁なだけで、それ以外は人の目を引く容姿である。
『これこれ、紅葉。こんな所で騒いでは駄目なのじゃ』
「迦具土、私だって騒ぎたくて騒いでる訳じゃないの。響が酷いことを言うから、認識を改めさせようとしただけ」
『響、紅葉をからかうでないのじゃ。ここは敵地なのじゃ。敵地で遊べる程、我等に余裕があると思ってるのかのう?』
「むぅ、正論だね。わかったよ。自重する」
『わかれば良いのじゃ』
延暦寺に来る前、迦具土を含む神々に説教された響は、おとなしく迦具土の言うことを聞いた。
「迦具土、今後も響が調子乗ったらよろしく」
『わかったのじゃ。まったく、世話の焼ける契約者じゃのう』
そうは言いつつ、まんざらでもなさそうに迦具土だった。
天界では、伊邪那美に迷惑をかけっぱなしだった自分が、頼られる存在になったという事実は迦具土にとってひそかに嬉しいことだったのは言うまでもない。
それはさておき、紅葉達は響が見つけた冒険者らしき存在のいる場所に近づいた。
「頭と四肢が、糸に吊られてる?」
「なんか嫌な予感がする」
『紅葉、糸を斬るのじゃ! それは死体なのじゃ!』
迦具土が注意した瞬間、糸に吊られた死体が手に持った錆びた剣で紅葉を攻撃し始めた。
スッ。
「響!」
「わかってる」
スパパパパパァァァァァン! ドサッ。
紅葉が剣を避けながら響に声をかけると、指示も何もなかったのに、響は紅葉が何を期待したかわかったように死体を吊る糸を全て斬った。
上に引っ張り上げる力がなくなると、死体には重力だけがかかり、死体は俯せに倒れた。
「酷いことするわ」
「死体を操るなんて、外道」
『むぅ、これは恐ろしいのじゃ。この先、モンスター反応がしばらくないのじゃ。もしかしたら、死体を兵士扱いしてる可能性があるのう』
「えぇ・・・」
「帰還しなかった冒険者が、丸々敵の手駒になってるってこと?」
迦具土の推測を聞き、紅葉も響も顔が引きつった。
残念ながら、迦具土の推測は当たることになる。
紅葉達が進む道を阻むように、死体となった冒険者達が糸で操られて紅葉達を襲った。
そんな操られている死体を傷つけることなく、紅葉達は次々に無力化して進んだ。
幸い、糸で操られている冒険者達の死体は、配置された場所からほとんど移動できなかったため、紅葉達は早々に動きを見切り、ダメージを負うことはなかった。
10回同じことを繰り返すと、紅葉達は空腹であることに気づき、周囲に気を付けながら昼食を取った。
昼食を取り終え、再び先に進みだすと、またしても糸に吊られた冒険者の死体があった。
「またか」
「紅葉が受けて、僕が糸を斬る」
「任せて」
糸に吊られた死体はどちらも、ゴブリンジェネラルの剣を持っており、装備が今までの死体よりも整っていた。
スッ、キィン! ドォン。
「嘘っ!?」
「速くなってる?」
今までに戦って来た死体と比べ、明らかに動きが速く、紅葉は一瞬だけ反応が遅れた。
しかし、紅葉も高レベルの冒険者なので、すぐに迦具土で操られた死体の攻撃を受け止めた。
紅葉が攻撃を受け止めたことで、【
「響!」
「今斬る」
スッ。
「えっ!?」
「危ない」
紅葉が攻撃を受け止め、その隙を突いたはずだったのに、死体は紅葉から響に攻撃対象を変えて斬りかかった。
そんな死体の行動に、紅葉は驚き、響は警戒してすぐに距離を取った。
『ふむ。この死体を操っとる敵に近い程、操作の制度が上がるようじゃの』
「ということは、いずれ死体を傷つけずに無力化する余裕がないような敵が出てくる?」
「面倒だから、死体ごと斬って良い?」
「それは駄目よ」
「はぁ。わかった」
「そうして。私が動きを遅らせるわ【
紅葉がスキル名を唱えると、糸に操られた死体の動きが鈍くなった。
動きが遅ければ、響が糸を斬るのは容易いことだ。
スパパパパパァァァァァン! ドサッ。
死体が解放され、地面に落ちた。
それと同時に、響は斬った糸の1本を手に掴んでいた。
「響、何やってんの?」
「やられっ放しはムカつくじゃん?」
「そうね」
「だから、仕返ししようと思うんだ」
「何する気?」
「見てればわかる」
そう言うと、紅葉は近くにあった樹の幹に、手に持った糸をグルグルと巻き付けた。
それにより、糸は死体を操っている原因に向かってピンと張られた状態になった。
「アラン」
「なんでござるか?」
「この糸を嘴に咥えたまま、【
「心得たでござる。【
ブゥゥゥゥゥン!
アランがスキルを発動した途端、樹に巻き付けられた糸が高速で揺れた。
それからすぐ、紅葉達の耳に悲鳴が届いた。
「ギィヤァァァァァッ!? 耳がぁぁぁぁぁっ!」
「まさか、糸電話の応用?」
「フッフッフ。仕返し成功」
響が何をしたのか、紅葉はようやく理解できた。
しかし、迦具土は何が起きたのかわかっていなかった。
『響よ、何をしたのじゃ?』
「糸を使った嫌がらせ」
『むぅ?』
響が具体的に説明しないので、迦具土はまだ理解できていなかった。
そんな迦具土を見て、紅葉が理解できるように説明し始めた。
「迦具土、響は糸の先に敵がいると判断して、糸に【
『おぉっ! それはすごいのじゃ!』
「ちなみに、迦具土は今の悲鳴から敵の場所と正体を察知できた?」
『すまぬ。場所はわかったのじゃが、悲鳴だけで正体まではわからなかったのじゃ』
「ごめん、無茶言ったわ。場所がわかっただけでも十分よ」
バアルであれば、悲鳴だけでも正体を突き止めたかもしれないが、迦具土にそこまで求めるのは酷だ。
迦具土は自ら、バアル程の精度と知識はないと申告しているのだから、それでも頼った紅葉達が迦具土に多くを求めても仕方がないのである。
だが、響の機転のおかげで、糸を操る敵は一時的に糸のコントロールができなくなったようで、紅葉達が進む途中には地面に死体がだらりと倒れているだけだった。
そして、紅葉達は北の
紅葉の予想では、横川の本堂と呼ぶべき横川中堂にボスクラスのモンスターがいる。
だが、紅葉達が横川で初めて見たものは、倒れた冒険者のパーティーだった。
「ちょっと、しっかりしなさい!」
「紅葉、こっちは駄目」
4人で構成されていたパーティーの内、既に3人は息をしておらず、残る1人の男性だけ辛うじて息があった。
「【
紅葉は最後の1人を死なせまいと、【
すると、どうにか心臓が活動を止めずに動いていた。
「うっ、悪いな」
「良かった」
1人だけでも助かってくれたので、紅葉は報われた気持ちになった。
しかし、すぐにその気持ちは消えることになった。
「他の奴らは?」
「ごめんなさい。私達がここに来た時には、もう・・・」
「いや、あんたが悪い訳じゃねえ。悪いのは、勇み足でここに挑んだ俺達だ」
「何と戦ったの?」
「牛の顔を持つでっけえ蜘蛛だ。種族は牛鬼。毒を喰らったせいで、みんなやられちまった。俺は【
「立てそう?」
「正直キツイ。傷口を塞いでもらったし、HPも回復してもらったみたいだが、MPがほとんど残ってなくて、喋るのもしんどい」
冒険者の男は、完全にお手上げだと言わんばかりに困ったような笑みを浮かべた。
「それなら、牛鬼を倒すまで、ここにいて。私達は、牛鬼を倒しに行く」
「そうか。なら、仲間の敵討ち、頼んだ、ぜ・・・」
気力が尽きたらしく、冒険者の男は意識を失った。
その体を地面に置くと、紅葉は立ち上がった。
「行くわよ、響」
「この人、ここに寝かせてて良いの?」
「連れてはいけないでしょ。それに、このダンジョンの中で、確実に安全な場所なんてないだろうし」
「そうだね。じゃあ、行こっか」
『牛鬼は、あの大きな建物の中じゃ』
「やっぱり。毒を使うって事前情報は大切にしないとね」
紅葉達は、牛鬼がいる横川中堂へと向かった。
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