第128話 ある訳ないでしょ? オタク舐めないで

 響が神々の説教から解放された後、紅葉のパーティーは比叡山に向かって移動した。


 事前に、紅葉達が掲示板から仕入れた情報によると、ダンジョンになってしまったのは、正確には延暦寺とその土地だった。


 延暦寺の土地に入った途端、視界が歪む現象が生じ、どの時間に入ってもダンジョン内は夜である。


 現在、京都と大津を拠点にする冒険者達が延暦寺に挑んでいるらしいが、今朝の情報によると、昨日挑んだ者達が誰も帰還しなかったと記されていた。


 奏と紅葉のパーティーが、それぞれ桜島と五稜郭のダンジョンを踏破したことで、残るダンジョンは延暦寺と秋葉原と白神山地の3つだ。


 しかし、秋葉原と白神山地のダンジョンでは、現状では問題が発生していない。


 だから、紅葉のパーティーは延暦寺に行くことにした。


 現地の冒険者達が、帰って来ていないということは、強いモンスターが延暦寺にいる可能性が高い。


 Lv100を目指すならば、強いモンスターに挑むのが効率的だ。


 異常の理由に加えて、迦具土が延暦寺に興味を示したことも、紅葉達が延暦寺に行くことになった理由の一因である。


 それはさておき、紅葉達はぐにゃりと歪んだ視界が元通りになった後、すぐに異変に気付いた。


「あれ、私達、空を飛んでたわよね?」


「なんで?」


『行きはよいよい、帰りは怖いってことじゃな』


「わかるの、迦具土?」 


『確証がまだ持てぬのじゃ。試しに、外に出ようとしてみるのじゃ』


「わかったわ」


 迦具土の言う通りに、紅葉達がこのダンジョンから出ようと体を反転させて進むと、いつの間にかダンジョンのスタート地点に戻っていた。


「これは凶悪。こんな罠反則だよ」


 あらゆる罠を、【罠作成トラップメイク】で作れる響ですら、ここまでの罠を用意できないらしく、頬を膨らませた。


「迦具土、このダンジョンを脱出する方法は?」


『絶対な手段としては、ボスを倒すことじゃな』


「・・・それしかないか」


「紅葉、奏ちゃんに状況だけ連絡した方が良いんじゃない?」


「そうね。報連相は大事だものね」


 響の提案に頷き、念話機能を使おうとした紅葉だったが、いくら使おうとしても使うことができなかった。


 響も試してみたが、念話機能が使えずに顔をひきつらせた。


「嘘じゃん。外と連絡できないの?」


「・・・そういうことか」


「紅葉、何かわかったの?」


「些細なことだけどね。掲示板機能でも、昨日このダンジョンに入った人達が帰ってこなかったってあったでしょ?」


「あったね。あぁ、なるほどね」


「響もわかったみたいね。念話機能も当然のこととして、掲示板機能も通じないってことよ。つまり、完全に閉じ込められたわ」


「ΣΣヽ(・Д´・゚+。)ェっ‥マジっ」


「それは困ったでござる」


 紅葉の発言に、ピエドラは慌て、アランは静かに困り顔になった。


「紅葉、収納袋に食糧ってどれぐらい入ってる?」


「1日3食だったとしても、1ヶ月は平気よ」


「奏ちゃんにお願いして、非常食大量に貰って良かったね」


「本当にそれ。少なくとも、今日だけで延暦寺をクリアできなくても、食事面で心配することはないわ」


 閉じ込められたことは非常事態だが、収納袋を失わない限り、餓死する可能性はないとわかって紅葉達は少しだけホッとした。


「ただ、下手したらダンジョンで寝泊まりするんだよね?」


「その可能性はあるわ」


「僕は野宿の経験あるけど、紅葉はどうなの?」


「ある訳ないでしょ? オタク舐めないで」


「サバゲーにハマることはなかったの?」


「知識だけはあるけど、やったことはないわ」


「しょうがない。野宿になったら、僕の力を見せてあげるよ」


『お主ら、そんなたらればの話をする前に、ダンジョンを踏破しに行くのじゃ』


 このままでは、細かい想定をチマチマしないと、全く先に進まないと判断し、迦具土は紅葉達に声をかけた。


「それもそうね」


「あれこれ考えるのは、今日中に踏破できない時でも遅くない」


 迦具土に先に進もうと声をかけられたことで、紅葉達はようやく延暦寺のダンジョンの攻略を始めた。


 紅葉はピエドラに乗り、響はアランに乗って移動を始めたのだが、ここで問題が発生した。


「ねえ、迦具土、これって前に進めてる?」


『進めてないと思うのじゃ』


「これって、歩いて敷地内の堂宇どうう全てを回れってこと?」


「ん? ちょっと待って。紅葉、延暦寺って建物が1棟あるだけじゃないの?」


 紅葉の言葉に引っかかり、響は自分の抱いた疑問をぶつけた。


 それを聞き、一旦着陸した紅葉は、響が延暦寺について誤解していることに気が付いた。


「違うわよ。比叡山にある境内地に点在する100近くある堂宇の総称が、延暦寺なの。東の東塔とうどう、西の西塔さいとう、北の横川よかわの3つに区分されてて、三塔と呼ばれてるわ。それぞれに本堂があるから、このダンジョンには、規模は違えど3体はボスがいると思うのよね」


『むむっ、紅葉はよく知っておるのじゃ。お主、意外と博識なんじゃな』


「意外とは余計よ。私はね、歩くデータベースって呼ばれてた時もあるのよ。世界災害ワールドディザスターが起きてからは、バアルさんがすっかり解説キャラになったから、私の出番はないけど」


『今のバアルに、知識量で勝負するのはうつけがすることじゃ。バアルはの、天界、魔界の知識を蓄えてるだけでなく、奏から地球についても知識を吸収してるじゃろ? 知識だけなら、誰にもバアルには敵うまい』


「ねぇねぇ今どんな気持ち? 歩くデータベースさん、どんな気持ち?」


「うっさい」


 ゴン。


「痛い・・・」


 響に煽られ、イラっとした紅葉は我慢せずに響の脳天に拳骨を落とした。


 あまりの痛さに、響は涙目になった。


 「くだらないこと言ってんじゃないわよ。って、何か光ってる? あれは糸?」


 響に拳骨を落とすため、少し移動したことで、紅葉は先程見えなかった糸が見えるようになった。


 紅葉の視線を追い、響は首を縦に振った。


「糸だね。蜘蛛の糸だよ」 


「ということは、アラクネみたいなモンスターがいるかもね」


「あり得る」


「ちなみに、迦具土って索敵とかできるの?」


『我を舐めたらいかんのじゃ。2時の方向と10時の方向に、モンスターがいるのじゃ』


 紅葉に訊かれ、迦具土は得意気に答えた。


 すると、アランが舌なめずりした。


「この匂い、拙者の餌でござる」


「そうなの? じゃあ、軽く弱らせて食べちゃって良いよ」


「そうさせてもらうでござる。【騒音斬ノイジースラッシュ】」


 キィィィィィン! ブシャァァァッ。


 騒音を圧縮した刃が、左側の茂みに隠れているモンスターに命中したらしく、血しぶきが飛ぶ音がした。


 反撃が来ないことから、弱ったと判断したアランは左側の茂みへと飛んで行った。


 それを見た紅葉は、ピエドラに指示を出した。


「じゃあ、もう片方はピエドラ、やっちゃいなさい」


「ォヶd(。・∀・。)bォヶ」


 キュイィィィン、ドォォォン!


 力を溜めてから、ピエドラが急加速して右側の茂みに突撃した。


 ピエドラが【溜突撃チャージブリッツ】を使うのは、紅葉を背中に乗せていない時だけだ。


 茂みに突撃したことで、そこに隠れていた茶色い巨大な蜘蛛が空中に吹き飛んだ。


『あれは、土蜘蛛なのじゃ』


「ふーん。富士山以外にも、日本由来のモンスターっていたのね」


 そう紅葉は口にしたが、既に空中に吹き飛ばされた土蜘蛛は、上に飛んだピエドラの【大食ブリミア】によって捕食されて跡形もなくなっていた。


 アランの方も同じで、既に食事を終えていた。


 残念ながら、土蜘蛛を2体倒した程度では、紅葉達はレベルアップすることはできなかった。


「ねえ、紅葉」


「何かしら?」


「こうやってチマチマ戦うの面倒なんだけど」


「奇遇ね。私もそう思ってたの。迦具土、敵が固まってる所はない?」


『む? そうじゃのう・・・。11時の方角にある灯篭の後ろから、先程の土蜘蛛の群れの気配がするのじゃ』


「わかったわ。【爆轟デトネーション】」


 ドガガガァァァン! パァァァッ。


 ワサワサワサワサワサッ。


 半分ぐらいは倒れたものの、残りの土蜘蛛が紅葉の攻撃を受けて怒り、紅葉達に向かって突っ込んできた。


 自分達よりも大きい土蜘蛛が、集団で襲い掛かって来るのを冷静に見てはいられず、響は紅葉の後ろに隠れた。


「紅葉、あれキモい! やっちゃって!」


「わかってる! 【円陣炎サークルフレア】」


 ボッ、ゴォォォォォッ! パァァァッ。


《紅葉はLv92になりました》


《響はLv88になりました》


《ピエドラはLv88になりました》


《アランはLv84になりました》


 神の声が聞こえ、土蜘蛛の群れを倒したとわかると、紅葉も響もホッとして大きく息を吐いた。

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