第118話 えっ、聖女(笑)は秋葉原に行かなくて良いの?

 紅葉の転職が済むと、奏達は今日やるべきことについて話し合いを再開した。


「幻獣系モンスターのスカウトにでも行くか? バアル、まだ日本にもいるんだろ?」


「いるぜ。つっても、奏が望むレベルを超えられるかは微妙だが」


「奏兄様、防衛戦力重視なんですか?」


「まあね。ユラとカグラ、リック達は生産職、娯楽要員だから、戦えなくはないだろうけど、戦力にカウントするのもマズい。万が一、当てにしてたのに、それが外れたら笑えないだろ?」


「そうですね。強い幻獣系モンスターがいれば良いんですが」


 そこに、日課の掲示板巡回をしていた紅葉が割り込んだ。


「大変! 日本国内に新たに大きなダンジョンが発生したって! しかも5ヶ所も!」


 紅葉の話を受けた奏は、バアルに視線をやった。


「バアル、そんなことってあるのか?」


「あり得なくはねえな。だが、日本全体でのダンジョンの気配の総量は変わってねえ。まさか・・・」


「なんだよ? 勿体ぶるなっての」


 間の空き方が、何か良からぬことが起きたことを想起させたので、勿体ぶるなと奏は催促した。


「・・・地脈を通じて、ダンジョンが5ヶ所に統合されたのかもしれねえ」


「そんなことできるのかよ?」


「現実に起きてるんだから、できるんだろ。つーか、ソロモン72柱が焦ってるな、これは」


「焦ってる?」


「おうよ。奏が頑張ったおかげで、難易度の高いダンジョンをいくつか踏破した。だから、日本のモンスター討伐率が他国に比べて著しく高いだろ? それを見て、日本からモンスターが消される前に、勢いを盛り返そうとリソースを集中させたに違いねえ」


 言われてみて、奏は先程聞いた神の声を思い出した。


 モンスター討伐率は、1位の日本が75%で、2位のアメリカで40%と2倍近く差が開いていた。


 その状況を、ソロモン72柱がひっくり返すために、ダンジョンを日本の5ヶ所に集中させたとなると、奏はなんだか自分が悪いことをしたように感じてしまった。


 そのせいで、奏の表情が暗くなり、楓が激怒した。


「バアルさん、奏兄様を悪く言わないで下さい! 大体、奏兄様がダンジョンを踏破したのも、多くのモンスターを倒してるのも、バアルさんを復活させるためですよ!」


「お、おう、すまん。俺様としては、奏のおかげで日本が救われてるって意味で言ったつもりだったんだが、悪かった」


「奏兄様、大丈夫ですよ。奏兄様を悪く言う者は全部私が消してあげます。私だけは、奏兄様の全てを肯定しますからね」


「ありがとう、楓」


 バアルに激怒したのとは打って変わって、慈愛に満ちた表情になった楓が、奏と対面になるように体の向きを変えて抱き締めると、奏は楓を抱き締め返した。


 それを見た紅葉が、このままの流れだと、奏を守るために楓が暴走しかねないと判断し、知り得た情報の共有を再開した。


「ダンジョンがあるのは、西から桜島、比叡山、秋葉原、白神山地、五稜郭だって」


「紅葉、そのチョイスはなんでなの?」


 響も空気を読み、話題を変えることに協力した。


「掲示板によると、世界災害ワールドディザスターから2週間で、この5ヶ所に多くの冒険者が集まってるかららしいわ。分析スレでは、そう書いてある」


「分析スレって、紅葉が書き込むとチヤホヤされるスレだよね」


「今はそれ、言う必要ないでしょうが」


 紅葉をイジる響は、楽しそうに笑う。


「さっきも、転職してすぐに転職情報とハンドルネームの変更を更新するまめっぷり。『流石は秋葉原の近衛兵ロイヤルガードさん! 転職なんて俺達にできないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!』」


「私へのコメントで遊ぶのは止めなさい」


 ゴン。


「痛い」


 紅葉の鉄拳制裁により、響は痛みに頭を抱えた。


 だが、響は痛みからすぐに復帰し、反撃に出た。


「ねえ、知ってる? 秋葉原にいる冒険者達から、紅葉って聖女って呼ばれてるんだよ?」


「〇柴っぽく言うの止めなさい!」


 ゴン!


「うぅ、さっきよりも痛い」


「何やってんだよ、お前ら」


 紅葉と響のやり取りを見て、奏は苦笑いだった。


 楓はちらりと紅葉の方を振り返ると、紅葉を嘲笑った。


「へぇ~、紅葉お姉ちゃん、聖女なんだ」


「実際のところ、聖女の妹を持つ聖女(笑)」


「奏えも~ん、カエディアンとヒビ夫が虐めるんだよ~。何か強い武器出してよ~」


「しょうがないなぁ、もみ太君は、とでも言うと思ったか?」


「いや、奏、お前も半分以上乗ってるからな?」


 奏達の寸劇チックなやり取りを見て、バアルが冷静にツッコんだ。


 だが、その寸劇のおかげで奏の表情は明るくなった。


 そこまで気分が戻れば、奏は話題の軌道修正をできるぐらいには立ち直っていた。


「さて、バアル、ダンジョンは5つになったらしいけど、日本国内のモンスターはどうなってる? ダンジョンがなくなっても、ダンジョンの外にいたモンスターはそのままか?」


「おうよ。ダンジョン内にいたなら、その5つのダンジョンに移動してるだろうが、元々外にいたモンスターは、その場に留まってるだろうぜ」


「つまり、5つのダンジョンを踏破すれば、後はダンジョンの外にいるモンスターを倒すだけってことか」


「その通りだ」


「紅葉、5つのダンジョンの近くにいる冒険者の人数、一番少ないのはどこだ?」


「掲示板によると、桜島だったわ」


「バアル、桜島に幻獣系モンスターはいるか?」


「反応はあるな。もっとも、それが望んだレベルかどうかは断言できないが」


 紅葉とバアルの回答を聞き、奏は少しだけ考えて頷いた。


「・・・よし、わかった。楓、その幻獣系モンスターのスカウトのついでに、桜島を踏破しに行こう」


「はい!」


「響、私達は五稜郭に行くわよ」


「えっ、聖女(笑)は秋葉原に行かなくて良いの?」


「秋葉原には、そこそこの数の冒険者がいるわ。桜島の次に、冒険者の数が少ないのは五稜郭よ。奏君達が桜島に行くなら、私達は五稜郭に行くべきじゃない?」


「マジレスじゃん」


「当然でしょ? 戯れの時間は終わったの」


「は~い」


 方針が決まり、奏のパーティーが桜島へ、紅葉のパーティーが五稜郭に行くことになった。


 予定が決まると、奏の行動は早かった。


 【瞬身テレポート】が上書きされた【転移ワープ】を発動し、奏のパーティーは一瞬で桜島の前にやって来た。


「パパ、熱いよ~」


「キュル~」


 桜島の火口から、溶岩が流れ出しており、桜島の周囲一帯の気温が上がっていた。


 そのせいで、ルナとサクラは暑いと訴えた。


 奏と楓は、それぞれの装備が気温に対応しているおかげで、ルナとサクラのように暑さを感じることはなかった。


 しかし、それを口にしたところで、ルナとサクラが不満に思うだけなので、奏はルナに共感するように返事をした。


「そうだな。ちゃっちゃと終わらせて、早く双月島に帰ろう」


「うん!」


「サクラ、頑張ろうね」


「キュル!」


 気合を入れた奏達は、桜島に進入した。


 すると、奏達に富士の樹海に足を踏み入れた時のような感覚が生じた。


 そして、すぐに景色の変化に気付いた。


 奏がルナに乗り、楓がルナに乗っていたから良かったものの、一般の冒険者が歩いていたら、注意しなければダメージ間違いなしの足場になっていた。


「うわっ、下が溶岩の海じゃん。足場狭いな」


「うぅ、暑いのは溶岩のせいなんだね」


「サクラ、落とさないでね? 絶対だよ」


「キュル!」


 カキィィィィィン!


 暑さに参ったのか、サクラは左側の溶岩の海に向かって【凍結フリーズ】を発動して凍らせた。


 それにより、奏達がいる場所の気温が下がった。


 桜島のダンジョンは、細い岩の道を挟むようにして、両側に溶岩の海が続いている。


 溶岩から攻撃されるか、通路から叩き落されるかすれば、溶岩に入って無事で済まない冒険者達は軽くても火傷、下手すれば熔けて死ぬ。


 ザッパァァァァァン。


「「「・・・「「シャァァァァァッ!」」・・・」」」


「キュル!」


 コォォォォォッ! パァァァッ。


 突然、右側の溶岩の海から、溶岩で体が構成された蛇の群れが出現したが、サクラの【吹雪ブリザード】によって溶岩ごと凍った。


「キュルル~」


 蛇の群れを倒したサクラは、ドヤ顔を披露した。


 どうやら、桜島ではサクラが率先して戦うつもりらしい。

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