第114話 怒りて臥す者だぜ? 不貞寝する者じゃねえよ

 バアルが敵の襲来を告げると、奏はルナに騎乗し、楓もサクラの背の上に乗った。


「紅葉達は、先に戻っててくれ」


「・・・わかったわ」


 既に、レベル上げでMPをかなり消耗しており、これから始まる戦いに参戦するには自分達が力不足である。


 それを理解しているので、紅葉は悔しくて歯を食いしばり、奏の指示に従った。


 アスレチックのある双月島の西側から飛び立ち、日が沈みつつある海上を移動すると、双月島を覆うバアルの結界に巨大な黒竜の姿があった。


 東洋で見られる龍ではなく、西洋の竜、つまりはドラゴンである。


 その黒いドラゴンが、結界に衝突してそれ以上先に進めないことに苛立っていた。


「おいおい、なんで日本のちっぽけな島にニーズヘッグが来る? そうか、世界樹か・・・」


 自分で疑問を口にしておきながら、バアルはすぐに答えに辿り着いた。


 ニーズヘッグには、本能的に世界樹の根に噛みつき、自身の持つ呪いで世界樹を枯らそうとしているのだ。


 双月島に世界樹がなければ、まず目にするようなことはないモンスターを見て、バアルは苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「俺でも知ってるぞ、そのビッグネームは」


「そりゃそうだろうぜ。こいつを知らないとか、世界樹を育てる奴としてどうかしてるもんな」


「ん? 別に世界樹のために知ってるとかじゃないぞ? 俺が知ってるのは、ニーズヘッグの名前の意味が、不貞寝だってことだ。なんとなく共感するわ」


「怒りて臥す者だぜ? 不貞寝する者じゃねえよ」


 奏とバアルがくだらないことを喋っていると、楓が支援を始めた。


「奏兄様、強化します。【天使応援エンジェルズエール】」


 楓がスキル名を唱えると、ラッパを持った天使達が天から舞い降りて、奏達を鼓舞するようにラッパを吹いた。


 ラッパを吹き終わると同時に、天使達は消えた。


「エフェクトがすごいな」


「そうですね。初めて使いましたが、かなり大袈裟です」


「確かに。1回の支援で、ここまで盛大にやらんでもとは思った」


 【天使応援エンジェルズエール】のエフェクトについて、使う度に天使達にラッパで応援されるのだろうかと思う奏だったが、体の内側から力が湧くのを感じて驚いた。


 さらに、敵がニーズヘッグということで、奏の<竜滅殺師ドラゴンスレイヤー>が効果を発揮し、奏の全能力値をぐーんと上昇させた。


 そこに、ルナが続いた。


「私もパパと強くなるもん。【魂接続ソウルコネクト】」


 ルナがスキル名を口にすると、奏とルナを覆うように緑色のオーラが発生した。


 そのオーラの発生により、奏とルナの全能力値が合算された状態で共有された。


 そこまで強くなってしまえば、一撃で日本を消滅させることぐらい容易くできる。


 無論、奏にはそんな自覚がないので、バアルとヘラだけが本州にスキルを誤射しないでくれと願うだけである。


 そんな奏の強さを前にしても、ニーズヘッグは怯える様子を一切見せなかった。


「貴様等からは、吾輩の嫌いな世界樹の臭いがする」


「そう言うなよ。俺達、互いに寝るの大好きじゃん? だから、俺に免じて帰って寝てくれよ」


「別に、吾輩は寝るのが好きな訳ではないわ!」


「えー、そうなの? じゃあ、お呼びじゃないから帰ってくれない? ハウス」


 寝ることを重要視する同志だったら、見逃そうと思って声をかけた奏だが、ニーズヘッグは同志ではなかった。


 そのせいで、奏はニーズヘッグへの興味を急激になくした。


 それがニーズヘッグをさらに苛立たせ、頭上に湯気を幻視してしまうぐらいニーズヘッグがキレた。


「きぃぃぃぃぃさぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁっ!!」


「ケケケ、奏、お前最高だなっ! ニーズヘッグをコケにする奴なんて、前代未聞だぜ!」


 奏の反応がツボに入ったらしく、バアルは宙に浮いた状態で腹が捩れるぐらい笑っていた。


「楓は結界の中にいてくれ。サクラ、楓のことを頼む」


「はい!」


「キュル!」


「バアルは・・・、笑ってるから当てにならないか。ルナ、行くぞ」


「うん!」


 大爆笑しているバアルを放置して、奏はルナと共に結界の外に出た。


「ふんっ! 飛んで火にいる夏の虫とは貴様等のことだ! 【隕石雨メテオレ


「言わせねえよ! 【世界停止ストップ・ザ・ワールド】」


 その瞬間、奏とルナ以外の全てが灰色になった。


 本来、【世界停止ストップ・ザ・ワールド】は発動者以外の全ての時を止めるスキルだ。


 しかし、ルナが【魂接続ソウルコネクト】を発動していることで、ルナも【世界停止ストップ・ザ・ワールド】の効果対象外となったのである。


「うっ」


「パパ、どうしたの?」


 突然、奏が声を漏らしたので、ルナは奏が心配になった。


「いや、思ったよりも【世界停止ストップ・ザ・ワールド】のMP消費量が多くて」


「そうかも。ルナも、ちょっとクラッと来ちゃったもん」


「それじゃ、さっさとやりたいことをやっちゃおう。スキルの効果が切れる前に、倒せなくてもスキルの発動は阻止しないとな」


「何をするの?」


「ここは海の上だし、溺れさせてみるか。【透明腕クリアアーム】」


 奏はスキル名を唱え、透明な2本の腕でニーズヘッグの尻尾をがっちりと掴んだ。


「ルナ、俺が海に向かって投げたら、そこに【翠嵐砲テンペストキャノン】を撃ち込め」


「わかった!」


「そぉい!」


 ヒュゥゥゥゥゥ。


「【翠嵐砲テンペストキャノン】」


 ゴォォォォォッ、ズバババババァァァァァン! バッシャァァァァァン!


 奏が指示した通り、ニーズヘッグが海に向かって投げられてすぐに、ルナは翡翠色の嵐を凝縮したブレスを放ち、ニーズヘッグの巨体を海中へと押し込んだ。


 その瞬間、奏は【世界停止ストップ・ザ・ワールド】を解除した。


 すると、当然気が付いたら海中に投げ込まれていて、スキルの詠唱どころじゃなくなったニーズヘッグが、海中から抜け出そうと必死にもがいた。


 しかし、ニーズヘッグは空を飛べても泳げるモンスターではない。


 その上、自らの巨体が原因で海上に浮かび上がれない。


 【世界停止ストップ・ザ・ワールド】を解除したことで、MPの消費を抑えることができた奏は嗜虐的な笑みを浮かべた。


「あーあ、浮かび上がれないのか。しょうがないなぁ」


「しょうがないね~」


「【技能付与スキルエンチャント:<天墜碧風ダウンバースト>】」


 コォォォォォォォォォォッ!


 天叢雲剣を抜刀し、奏はその刀身に【天墜碧風ダウンバースト】を纏わせた。


 碧色の冷気が、天叢雲剣の刀身を伸ばした状態で、奏はそれをニーズヘッグのもがいている位置目掛けて突き刺した。


 カキィィィィィィィィィィン!


 天叢雲剣が刺さった途端、海水で濡れていたニーズヘッグの体は急速冷凍された。


 もし、天叢雲剣に【蒼雷罰パニッシュメント】を付与していたら、一撃でニーズヘッグを倒せていたかもしれないが、周囲一帯の海水を蒸発させかねない。


 進化して強くなったおかげで、環境を無駄に破壊せずとも戦える余裕が生まれたため、奏は今回【天墜碧風ダウンバースト】を付与させたのだ。


「【透明腕クリアアーム】」


 氷塊となったニーズヘッグに対し、奏は再び【透明腕クリアアーム】を使い、今度は氷塊を海中からサルベージし、そのまま天高く放り投げた。


 天高く上った氷塊だが、重力と上昇する力が釣り合い、そして重力の方が強くなって落下し始めると、奏は天叢雲剣を氷塊に向けた。


「【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン! パァァァッ。


 氷塊は、蒼い稲妻のビームによって打ち抜かれ、粉々に砕け散った。


 空から落ちて来た魔石をキャッチすると、奏達の耳に神の声が聞こえた。


《おめでとうございます。個体名:高城奏のパーティーが、世界樹の防衛に成功しました。それにより、人類に敵対する全世界のモンスターの力が10%弱体化しました》


《奏の<世界樹の管理者>が、<世界樹の守護者>に上書きされました》


《ルナがLv98になりました》


《ルナがLv99になりました》


《ルナがLv100になりました》


《ルナは【風治癒ウインドキュア】を会得しました》


《ルナの【風回復ウインドヒール】と【健康ヘルス】、【風治癒ウインドキュア】が、【碧風再生グリーンリジェネ】に統合されました》


《ルナはLv100になったことにより、進化条件を満たしました。これより進化を開始します》


《ルナの<不老>が、<不老長寿>に上書きされました》


《サクラはLv94になりました》


《サクラはLv95になりました》


《サクラはLv96になりました》


《サクラはLv97になりました》


 神の声が、ルナの進化を告げた途端、奏達のいる辺り一帯が光に包み込まれた。

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