第111話 人付き合いが面倒だから

 ヘラが【助産ミッドワイファリー】の技能巻物スキルスクロールを使うと、神の声がその場に響いた。


《おめでとうございます。個体名:高城楓がクエスト1-6をクリアしました。ヘラの復活率が70%になりました》


 ヘラが【擬人化ヒューマンアウト】を解除して、杖の姿に戻ったところでバアルが楓に話しかけた。


「なあ、楓嬢ちゃん」


「なんですか?」


「参考までに、どんなクエストをクリアしたのか教えてくれねえか?」


「構いません。今クリアしたのは、私が安全に出産できる環境の準備です。ヘラが【助産ミッドワイファリー】を会得したことで、達成されました」


「Oh・・・」


 そんなクエストがあるとは思わず、バアルは驚きのあまり、外人のようなリアクションをしてしまった。


 その頃には、追いかけっこをしていた紅葉が響を捕まえており、2人揃って自分達の強化した武器の変化を確認していた。


「2人共どうだ? 強化した甲斐はあった?」


「ばっちりよ。蜻蛉切Ver.5になったおかげで、【十字水刃クロスウォータースラッシュ】と【岩槍ロックランス】が、【斬撃雨スラッシュレイン】と【岩砲ロックキャノン】に上書きされてたわ」


「僕の方も、首切丸Ver.1に強化されたおかげで、【風槍ウインドランス】が【風砲ウインドキャノン】に上書きされて、【暗殺アサシネイト】を会得できたよ」


「そりゃ良かった。ケンタウロスのコンビには勝てそうか?」


「勝てる、いや、勝つわ」


「奏ちゃんにも協力してもらったんだし、次は勝つ。狩人ハンターたるもの、獣相手に何度も負けてられない」


 やる気に満ち溢れた様子を見て、奏は安心して紅葉達を双月島から送り出した。


「さて、俺達は・・・」


「どうしますか?」


「残り3つの区画をどんな区画にするか決めたい。北東部、北西部、南西部は道以外手つかずだからな」


「そうですね」


 少し考えた楓が、ポンと手を打った。


「奏兄様、家畜を育ててみませんか?」


「農業か。良いかもしれない。だけど、家畜は厳しいと思う」


「どうしてですか?」


「今後、俺達に友好的な幻獣系モンスターが、ぽつぽつとやって来たとして、家畜をうっかり食べられるかもしれないだろ?」


 従魔でもない肉食のモンスターに対し、家畜を食べるなと命じたところで、その効果は期待できない。


 そのことに楓も気づき、奏の言い分に納得した。


「なるほど。では、何か植えるんですね?」


「そのつもり。穀物、野菜が候補だ。フルーツは、世界樹があるし」


「奏、俺様からも良いか?」


「なんだよ?」


「双月島に、身内以外のヒューマンを連れてくるつもりはないのか?」


「ない」


 バアルの問いに対して、奏は即答した。


「その理由は?」


「人付き合いが面倒だから」


「え?」


「考えてみろよ? この島だけ安全だとわかったら、だれもがこの島に来たがるに決まってる。この人は良くて、あの人は駄目とか線引きしたら恨まれるじゃん」


「そうだな」


「そもそも、見ず知らずの他人が来ちゃったら、この島に引っ越した意味がない」


「確かに」


 奏の言い分に頷くバアルに、楓が自分の意見を補足した。


「それに、奏兄様のおこぼれにあずかろうとするクズが湧くのは許せません。奏兄様に色目を使おうとする雌豚は、私が存在することを認めません」


「そ、そうだな。うん」


 余計なことを言って、楓の機嫌を悪くしたくないので、バアルは頷いておいた。


「だが、バアルの言いたいこともわかる。この島を機能させるなら、人手が必要だ。俺の【創造クリエイト】に頼らず、自給自足できるようにしておけば、万が一の時に慌てずに済む」


「その通り。俺様が心配してたのは、そこなんだよな。奏に頼ってばっかりの生活じゃ、今は良くても将来的に困るかもしれねえ」


「という訳で、農業ができそうなモンスターを招待したい。バアル、ピッタリなモンスターとかいないの?」


「なるほど。パッと思いつくのは、ラタトスクだな噂好きだけど、植物の世話も同じぐらい好きな奴らだ」


「ラタトスクってどんな見た目?」


 紅葉であれば、名前を聞いただけでどんな外見かわかるだろうが、奏も楓もメジャーじゃないモンスターの見た目まで把握していない。


 だから、奏は素直にバアルに訊ねた。


「一言で言い表すなら、オリーブ色のリスだ」


「良いんじゃね? ラタトスクって、日本にいるのか?」


「ちょっと探ってみるぜ。・・・マジか、富士の樹海にいんじゃねえか」


「行ってみるか」


「はい。行きましょう」


 バアルが捕捉したラタトスクを探しに、奏達は【瞬身テレポート】で富士の樹海へと移動した。


 ダンジョン化から解放された富士の樹海からは、生物の鳴き声が所々から聞こえていた。


「バアル、前に来た時にラタトスクはいなかったんだよな?」


「いたのかもしれんが、あいつら隠れるのが上手いから、よくわからん。だが、今は隠れても無駄なぐらい、俺様の察知できる範囲が広くなった。もう逃がさん」


「そりゃ頼もしい。案内してくれ」


「おう。空から行くぞ」


「わかった」


 奏はルナの背中に乗り、楓はサクラの背中に乗って樹海の空からラタトスクのいる場所へと向かった。


 3分後、バアルが空中で止まった。


「いたのか?」


「おう。あそこだ」


 バアルが指差した場所には、オリーブ色のリスの集団が1ヶ所に密集していた。


 その少し先には、団扇のような形をした蛇がいた。


「シャァァァッ!」


「「「・・「「リュリュ・・・」」・・・」」」


 蛇に威嚇され、恐怖のあまり、ラタトスクの集団は団子のように密集している。


「襲われてないか、あれ?」


「バルーンコブラに襲われてるな」


「言ってる場合か。【透明腕クリアアーム】」


 ブチッ。パァァァッ。


 透明な腕で、奏がバルーンコブラを握り潰した。


 すると、ラタトスクの集団は命を救ってもらった奏を崇め始めた。


「「「・・・「「リュリュ~!」」・・・」」」


『パパ、ラタトスク達が守護者様って崇めてるよ?』


「う~ん、これは流れに乗った方が良さそうだ。ルナ、ラタトスク達に保護する代わりに、働く気はないか訊いてみて」


『は~い』


 奏の指示に従い、ルナは幻獣系モンスター同士の言葉で、ラタトスクの集団に話しかけた。


 ルナと話をしているのは、先頭のラタトスクで、この1体だけ背中に縦縞がある。


「リュリュ~、リュッ!」


「「「・・・「「リュッ!」」・・・」」」


 突然、縦縞のラタトスクが後ろ脚だけで立って鳴くと、その後ろにいたラタトスク達も後ろ脚だけで立ち上がり、敬礼のポーズを披露した。


『パパ、交渉終わったよ~。みんなついて来るって』


「ありがとう、ルナ。良い子だ」


『エヘヘ♪』


 奏に褒められ、ルナは喜んだ。


 それから、奏達は富士の樹海から【瞬身テレポート】で双月島に移動した。


 双月島の北東部に移動すると、奏はルナに話しかけた。


「ルナ、縦縞のあるラタトスクは、雄と雌どっち?」


『雄だよ』


「わかった。じゃあ、縦縞のラタトスクをリックと名付けて、この北東部を畑にするように言ってくれ」


『任せて』


 ルナが奏の指示を通訳すると、リックが1歩前に出て恭しく頭を下げた。


 どうやら、名付けてくれたことに対するお礼らしい。


「奏兄様、北東部は全部畑にするんですか?」


「その予定。実際、俺達だけなら神殿の設備で十分だから、後は食糧の確保と娯楽の確保だけすれば良いと思うんだ」


「それもそうですね。私達だけなら、ずっと神殿で愛し合っていられますもんね」


「流石は楓嬢ちゃんだぜ」


 自分に都合良く、奏の言葉を解釈する楓に、バアルは戦慄した。


「何がですか?」


「いや、なんでもねえ。それよりも、奏、ラタトスクには【耕作カルチベート】ってスキルがあって、それで地面を耕してくれるぜ」


「便利だな。それじゃ、木を切ってしまえば作業を始められるってことか」


「そうだな」


 バアルが頷くと、奏は天叢雲剣に手をかけた。


「【技能付与スキルエンチャント無限収納インベントリ>】」


 ズズズズズッ!


 天叢雲剣が紫色のユラユラしたオーラを帯び、それによって刀身がぐーんと伸びた。


 そのまま、奏は【刀剣技ソードアーツ】に身を任せ、思いっきり天叢雲剣を振りぬいた。


 スパパパパパァァァァァン!


 一刀両断という言葉が相応しい斬りっぷりで、奏は目の前の木々をバッサリと斬った。


 しかし、斬った木々は倒れることなく、跡形もなく消えてしまった。


 奏がやったことに最初に気づいたのは、相棒であるバアルだった。


「ほう、考えたな、奏」


「わかったか」


「おう。まさか、斬ると収納するのを同時にやるとは大したもんだぜ」


「そんなことしたんですか!? 流石は奏兄様です!」


『パパすごい!』


「「「・・・「「リュリュ~!」」・・・」」」


 楓とルナが、奏を褒め称えるのはいつものことだが、そこにリック以下ラタトスクの集団が加わるともはや宗教だ。


 リック達の円らな瞳に、尊敬が込められているため、奏は照れ臭く感じた。


 その照れ臭さを誤魔化すため、奏は口を開いた。


「ルナ、リック達に地面を耕すのは任せたと伝えてくれ」


『は~い』


 リック達に仕事を任せると、奏達は神殿へと戻った。

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