第110話 楓の体に負担はかけられないな

 翌朝、奏は朝食前に世界樹の様子を見るため、神殿の外に出た。


 すると、立派な姿になった世界樹に虹色の果実が生っていた。


「【透明腕クリアアーム】」


 透明な腕を2本操り、奏は世界樹を朝食で食べる分だけ捥いだ。


 そこにバアルがやって来た。


「何やってんのかと思ったら、世界樹の果実を収穫してたのか」


「ワールドクエストだし、食べられるなら味が気になるから」


「世界樹の果実はな、完全栄養食品で疲労を回復するだけでなく、食べた奴の全能力値を50増加させるぜ」


「何それすごい」


《おめでとうございます。個体名:高城奏がクエスト2-3をクリアしました。報酬として、<世界樹の管理者>の称号を会得しました》


《奏が<世界樹の管理者>の称号を会得したことで、【健康ヘルス】と【高速再生クイックリジェネ】が、固有スキルの【生命呼吸ライフブレス】に統合されました》


 神の声がワールドクエストの進行だけでなく、新しいスキルを奏が会得したことを告げた。


「ケケケ、【生命呼吸ライフブレス】を会得するとは、ヒューマンじゃねえな」


「そりゃ亜神エルフだから人間じゃねえよ」


「そうだったぜ。【生命呼吸ライフブレス】ってのは呼吸するだけで常時健康でいられるし、状態異常無効、部位欠損や傷を治せるぶっ壊れスキルだ」


「そんなとんでもスキルをなんで俺が・・・。あぁ、世界樹のおかげか」


「その通り。奏が世界樹の所有者だからこのスキルを会得したんだ。普通の手段じゃまず手に入んねえよ」


 奏とバアルが話していると、戻って来ない奏を心配して楓がやって来た。


「奏兄様、朝食の時間ですよ」


「ああ、今行くよ」


「綺麗ですね。これが世界樹の果実ですか?」


「うん。捥ぎたてだ」


「じゃあ、デザートにしましょう」


「信じられるか? 世界樹の果実をデザートにするなんてどんな食卓だよ」


「そんなこと言ったら、バアルが同席してる時点でおかしいだろ?」


「それもそうか」


 奏達はお喋りを終えて神殿に戻った。


 世界樹の果実は全員に好評であり、あっという間に捥いだ分がなくなってしまった。


 デザートまでしっかり食べ終えた奏達は、食休みに今日のスケジュールについてそれぞれのパーティーで話し始めた。


 しかし、すぐに紅葉が奏に話しかけた。


「奏君、ちょっと良い?」


「どうした?」


「実は、ちょっと昨日倒せなかったモンスターがいるのよ」


「へぇ。どこのモンスター?」


「富士山」


「あれ、富士山ってまだモンスターいたの?」


 八岐大蛇を倒したことで富士山のモンスターを狩り尽くしたつもりでいた奏は、紅葉の発言に首を傾げた。


「奏君が<覇王>持ちだったから、富士山からいなくなった瞬間に戻って来たんじゃないの?」


「・・・そうかもしれない。で、どんな奴?」


「ケンタウロスのコンビ。武器で私達が負けてるの」


「つまり、紅葉と響の武器強化に使えそうな素材をくれと?」


「勿論、タダでとは言わないわ。魔石で払う」


 いつまで経ってもタダで奏から恵んでもらっていては甘えてしまうと思ったので、楓は対等な交換を持ちかけた。


 腕を組んだ奏は、何か交換できる物がないか考えて丁度良い物があったのを思い出した。


「良いのがあった。【無限収納インベントリ】」


 スキルを発動すると、奏が亜空間から取り出したのはダイダラボッチの首切り包丁と牛頭鬼の斧だった。


「なぁにこれぇ」


「ダイダラボッチの首切り包丁と牛頭鬼の斧。どっちも、富士山で八岐大蛇と戦う前に倒した時に手に入れた」


 当時、担当声優が棒読みになったカードゲームのアニメのセリフを口にする紅葉だが、奏は華麗にスルーした。


「奏君、私のボケをスルーしないでよ! 私だってたまにはボケたいの!」


「紅葉お姉ちゃん、奏兄様の時間を無駄にするつもり?」


「わ、わかったわよ。それじゃ、お代はこれで」


 楓にビビった紅葉は、奏の前に魔石の山を積み上げた。


「交換成立だ」


 奏の中では、正直【無限収納インベントリ】の肥やしでしかない武器が、山盛りの魔石になったことでホクホクである。


 交換が終わると、紅葉はそのまま自分と響の武器の強化に移った。


「VITをLUKへ。【全投入オールイン】」


 LUKの数値を高めてから、紅葉はすぐに武器の強化を始めた。


「【幸運合成ラッキーシンセシス】【幸運合成ラッキーシンセシス】」


 カラン、カラン。


 賽子が2つ現れ、6と5の目が出た。


 そのすぐ後に、紅葉と響の武器と強化素材が光に包み込まれた。


 それらは、2つの黒いシルエットに変わり、そこから片方は槍に、もう片方はナイフになった。


 光が収まると、左側には紫紺の穂に灰緑色の柄、石突には牛の角を模した装飾が付いている槍が現れた。


 右側には、見た目はコンパクトな首切り包丁だが、柄頭にはワイバーンの尻尾の棘、色が紫紺になったナイフが現れた。


「僕のナイフ、包丁になっちゃった。首切丸とでも名付けようかな」


「そうね。いつまでもジャンクなんて呼んでたらナイフがかわいそうよ」


「プププ、紅葉は蜻蛉切の手入れの時にお話してるもんね」


「なっ、そんなことしてないわよ!」


「『はぁ。私の蜻蛉切、大切に手入れしてたら神器にならないかしら?』って言ってたじゃん」


「や~め~て~!」


 強化した武器を放置して、紅葉が響を追いかけ始めた。


 どうやら、神器を見つけられない紅葉は見つけるのではなく作ろうと神器を手に入れる手段を変えたらしい。


 しかし、奏達に生暖かい目で見られて恥ずかしくなり、その原因である響を追いかけてその場から逃げたのだ。


 そんな中、バアルは放置された2つの武器に目をやった。


「まあ、紅葉の姉ちゃんのやり方も間違っちゃいねえんだよな」


「付喪神か?」


「おっ、奏にもわかったか」


「わかったというか、紅葉の考えそうなことを思い出したというか」


「おのれ、紅葉お姉ちゃんめ。奏兄様の記憶の容量を奪うなんて、許せない」


 独占欲の強い楓は奏に細かいことを覚えてもらっていることに嫉妬心を剥き出しにした。


 それを見たバアルは苦笑いした。


「楓嬢ちゃん、それぐらい許してやれよ」


「何か?」


「な、なんでもねえ」


 凍てつくような視線を向けられ、バアルはその視線を避けるため、奏の後ろに隠れた。


 紅葉と響が追いかけっこをしており、楓が紅葉にジェラっている状況だが、奏は落ち着いていた。


「魔石も手に入ったし、良い物あるか探そう。【売店ショップ】」


『ガネーシャがいるのよね。【擬人化ヒューマンアウト】』


 ブブッ。


 奏が【売店ショップ】を発動すると、ヘラが人型になった。


 そのすぐ後に、電子音が聞こえると、奏の前にガネーシャが映る画面が現れた。


『いらっしゃ~い。あら、ヘラが人型になってるわね』


『久しいわね、ガネーシャ。この前は妾のティアラを見つけてくれたこと、感謝するわ』


『久しぶりね、ヘラ。どういたしまして。これも私の仕事だからね。それで、奏は今日何が欲しいのかしら?』


技能巻物スキルスクロールで、使えそうなのがあったらほしい。予算は、これぐらい」


「フォートレスホエール。それも、Lv95の奴の魔石だぜ」


 フォートレスホエールの魔石を取り出して、奏はガネーシャに技能巻物スキルスクロールを買えないか訊ねた。


 奏の持つ魔石の価値を正しく伝えるため、バアルがどのモンスターの魔石なのか補足説明した。


『うーん、その魔石、なかなか強いモンスターのだね。どうだろう、釣り合うのがあるかな』


 かなり良い魔石であるとわかると、ガネーシャは画面の向こう側でそれに釣り合う技能巻物スキルスクロールを探した。


 そして、30秒ぐらいで3つの技能巻物スキルスクロールを持って来た。


『この中から選んでちょうだい。1つ目が【空中歩行エアウォーク】、2つ目が【隕石メテオ】、3つ目が【助産ミッドワイファリー】』


「【助産ミッドワイファリー】一択よ、奏」


 ガネーシャが紹介し、画面上に3つのスキル名のボタンが現れると、ヘラが【助産ミッドワイファリー】をいち早く推した。


「その理由は?」


「貴方、楓と毎晩やることやってるんだから、楓が妊娠するのも時間の問題よ。じゃあ、妊娠した楓が出産する時、この世界でどうやって出産するの? 設備もないのに」


「なるほど。【助産ミッドワイファリー】があれば、安全に出産できると?」


「その通りよ。ついでに言うなら、私に使わせなさい。私に任せてくれれば、楓が安心してバンバン産めるようにサポートするわ」


「奏兄様、【助産ミッドワイファリー】にしましょう」


 ヘラの説明を聞き、楓も【助産ミッドワイファリー】に1票を投じた。


「楓の体に負担はかけられないな」


 そう言いながら、奏は【助産ミッドワイファリー】のボタンを押した。


 それにより、奏の手の上に【助産ミッドワイファリー】の技能巻物スキルスクロールが現れ、反対の手にあったフォートレスホエールの魔石が消えた。


『流石は愛妻家だね。それじゃあ、またね』


 プツン。


 電子音と共に、画面が消えた。


 【売店ショップ】を終了すると、奏はヘラに【助産ミッドワイファリー】の技能巻物スキルスクロールを渡した。


 それから、自分の体を大切に考えてくれた奏に、楓が抱き着いたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る