第109話 ワールドクエストって、1人1つじゃないの?

 奏達がビーチで寛いでいると、突然、ルナがむくりと起き上がった。


「ルナ、どうした?」


『パパ~、誰かが呼んでるの~』


 寝起きのせいで、まだ頭がしっかり働いていないようだが、それでもルナは起き上がった理由を口にした。


「ルナを呼んでる?」


「幻獣系モンスター、それも【念話テレパス】を使える奴だろうな」


 ベンチで寝そべっていたバアルが、話に入って来た。


「あれ、<覇王>って従魔以外の同等以下の強さのモンスター避けになるんじゃなかったか?」


「味方以外はな。注釈が付くって言っただろ?」


「味方って、自分やパーティー、レギオンの従魔だけじゃないの?」


「友好的な奴も味方に含まれるぜ。つまり、今回近づいて来た奴は、友好的ってことだ」


「友好的なら、なんでこっちに来ないんだ?」


「奏、双月島は聖域だぜ? 俺様が許可しない限り、友好的だろうが入れねえよ」


「俺の安眠を妨げる者は、何者にもできないって訳か。ありがたい」


 聖域について、深く考えていなかったため、奏は初めてバアルの聖域指定の効果を知り、バアルに感謝した。


「いや、お前の安眠は、なんでもねえ」


 奏の隣から、目の笑っていない笑みを浮かべた楓の姿を見て、バアルは言おうとしていたことを途中で止めた。


 バアルは今、奏の夜は楓との夫婦の営みで大変だろうと言おうとした。


 もし、それで奏が大変だと思い、その時間が減ろうものなら、楓はショックを受ける。


 だから、ショックを受ける前に、その火種を楓はもみ消したのである。


 聞かなければ、楓がショックを受ける未来と、受けない未来の両方が同時に存在する。


 シュレディンガーの猫の応用ともいえる考え方だ。


 それはさておき、ルナに連絡を【念話テレパス】で呼びかけたモンスターがいる。


 その事実は、奏達にとって無視できない。


「ルナ、行ってみようか」


『うん』


「楓も行くか?」


「勿論行きます」


「キュル~」


 いつの間にか、サクラが起きていて、いつでも行けるとアピールをしていた。


「バアル、ルナに呼び掛けたモンスターの反応を捕捉できるか?」


「おうよ。むっ、2体いるじゃねえか。あっちだ」


 バアルが指差した方角に向け、奏と楓はそれぞれの従魔に乗って移動した。


 3分で到着する距離に、飛んでいるモンスターの姿があった。


「バアル、1体しかいなくないか?」


「空を飛べるのは、1体ってことだ。海を見てみろ」


「あっ、いたわ」


 バアルに指摘され、海を見下ろすと、奏は海上に姿を見せているモンスターも視界に捉えた。


 空を飛ぶモンスターと、海から姿を現すモンスターの両方とも、かなり人型に近いモンスターだった。


 まず、空を飛ぶモンスターは、腕が鳥の翼になっている以外は裸の女性の上半身で、下半身は鳥の見た目だった。


 羽毛は赤く、大事なところはしっかり隠れている。


 次に、海から姿を現しているモンスターは、上半身は水色の髪の女性で、腰に6つの犬の首、下半身はタコのような触手が12本という見た目である。


 こちらは、空を飛ぶモンスターと違い、何も隠れていなかった。


「ハーピーとスキュラか」


「ハーピーは知ってる」


「確かに、スキュラは奏の知識にもなかったな」


「奏兄様、スキュラを見てはいけません。奏兄様が見て良いおっぱいは、私のものだけです」


 奏がバアルと話していると、楓から有無を言わせないプレッシャーが放たれていた。


 スキュラの丸出しに対し、楓はすっかり臨戦態勢らしい。


『ルナに話しかけて来たのはどっち~?』


『ボクだよ!』


 【念話テレパス】を返したのは、スキュラだった。


 話しているのがスキュラだとわかると、楓はサクラに指示してルナに近づかせ、ルナの背中の奏の前に座った。


 奏を見上げるように、対面した状態で抱き着いた。


 楓の視線には、スキュラの裸を見て鼻を伸ばすことは許さないと言う意思が感じられた。


「楓、俺はモンスターに欲情するような男じゃないぞ?」


「頭ではわかってます。でも、他の雌を見ると、嫉妬してしまうんです」


「そればっかりはしょうがないか」


 いつだって頭で考えて行動できる訳ではない。


 そう理解して、奏は左腕で楓を抱きしめ、もう片方でルナの手綱を握った。


『ルナに何か用事なの?』


『うん。ボク達、君のご主人の島で住まわせてほしいの』


『パパ、島に住みたいんだって』


「そうらしいな。スキュラ、双月島に住みたいのか?」


『住まわせてくれるの?』


「条件によってはな」


 幻獣の楽園たる双月島に、幻獣系モンスターが引き寄せられることは不思議ではない。


 現に、アル&ブランやピエドラも、双月島が楽園だと知ってやって来た。


 しかし、無条件で住みつかれてしまうと、バアルの聖域である意味がない。


 だから、奏は住むための条件を用意した。


『その条件って何?』


「3つある。1つ目は、俺達に敵対しないこと」


『わかった』


「2つ目は、双月島の住民同士で戦わないこと」


『問題ないよ』


「3つ目は、双月島の住民として、何か役割を持つこと」


『役割?』


「そう、役割だ。双月島は今、世界中で最も安全な場所だ。そこに対価なしに住むのはいただけない」


『なるほど。そうだよね。一方的に楽をさせてもらうなんて、良くないよね』


 スキュラは奏から条件を聞き、うんうんと頷いた。


「これらの条件を守れるなら、スキュラとハーピーを住民として迎え入れよう」


『それじゃ、ボクは魚を獲る役割に立候補する』


「ピッピピィ!」


『パパ、ハーピーは歌うんだって』


「ピッ!」


「漁師と歌手か。わかった。迎え入れよう」


『やったね!』


「ピィ!」


 奏から居住許可が下りたことで、スキュラとハーピーは喜んだ。


「そうだ、名前はあるのか? スキュラもハーピーも、あくまで種族名だろ?」


『ボクもハーピーもないよ。ご主人、名前を付けてくれない?』


「スキュラはユラ。ハーピーはカグラ」


『ユラ、うん。良い響きだね。ボクはこれからユラだ』


「ピピッ!」


『パパ、カグラもわかったって言ってるよ』


 名づけが終わり、これでユラとカグラが双月島の住民になった。


《おめでとうございます。個体名:高城奏がクエスト2-1をクリアしました。報酬として、【売店ショップ】の品揃えが増えました》


《おめでとうございます。個体名:高城奏がクエスト2-2をクリアしました。報酬として、奏の全能力値が+100されました》


 突然、神の声が聞こえ、奏がワールドクエストをクリアしたことを告げた。


「あれ、ワールドクエストって、バアルの復活で終わったんじゃなかったのか?」


「更新されたんじゃね? クエスト機能で確かめてみろよ」


「わかった」


 バアルに言われ、奏はクエスト機能を使ってみた。



◆◆◆◆◆


☆個体名:高城奏のワールドクエスト☆

〇1:神の復活(クリア!)

〇2:双月島開拓

2-1.住民の獲得(達成済)

2-2.島の区画整備(達成済)

2-3.世界樹の果実の収穫


◆◆◆◆◆



 (いつの間にか、新しいワールドクエストが始まってるんだが・・・)


「どうだったよ、奏?」


「ワールドクエストって、1人1つじゃないの?」


「一体、いつからワールドクエストが1つだと錯覚してたんだ?」


「なん・・・、だと・・・」


 バアルの発言により、奏はショックを受けた。


「奏兄様、大丈夫ですか? おっぱい揉みますか?」


「楓嬢ちゃん、半端ねえ」


「働けど働けど、終わらない仕事・・・。うっ、頭が・・・」


 社畜時代を思い出してしまい、奏は頭が痛くなった。


「バアルさん、奏兄様に酷いことしないで下さい!」


「えっ、俺様のせい!?」


「そうです! バアルさんを復活させて、ようやく解放された奏兄様に対し、これはあんまりな仕打ちです!」


「俺様に言われても、クエストを発注してるのは天界の連中だから困るぞ」


 実際、その通りなので、バアルとしては楓に責められても何もできないのだ。


『楓、落ち着きなさい』


「ヘラ」


『これはチャンスよ。弱った奏に対し、貴女が優しくしてあげるの。そうすれば、奏は貴女に甘えるわ。甘える奏を独り占めできるなんて、燃えるでしょ?』


「今すぐ神殿に帰る!」


「うっ、大丈夫だ。俺はもう、社畜じゃないんだ。1日7時間寝られるようになったんだ」


 その後、奏達はユラとカグラをそれぞれビーチと南東部の森に案内してから、神殿に帰った。


 神殿に帰ると、楓はそれはもう奏を甘やかした。


 レベル上げから、紅葉達が帰って来るのがもう少し遅ければ、楓が赤ちゃんプレイをするところだった。


 後日立ち直った奏が、楓の暴走未遂の話を聞いて冷や汗をかいたのはまた別の話である。

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